3100)今回キリ番のお題は人との接し方。誰も信じないけれど、私はとても人見知りが激しく人前で話す事は大の苦手です。であるけれど、毎日沢山の知らない人と話し、接し、人前で自分の意見を言う機会が多いんですよね。さぞや苦痛でしょう?と思いきや、それが苦痛でないからおもしろのですね。人と接する時相手にどう接するかで自分も変わると言う事です。最初に飛び込んでくるのは外見であり、第一印象でしょうね。その第一印象に逆らわず、屈せず接する事はかなり大事だと思っています。そして外見にとらわれない事。第一印象も外見も目から入るのがほとんどだと思いますが、目を閉じて、相手の雰囲気をまず感じてみるとかなり違います。そして目を開けて、相手の目の中をじーっとみてご挨拶。目は口程に物を言う所でもありますから、、相手の人が苦手な場合、苦手と思う部分をいかに瞬時に自分で納得するか、これも大事。苦手な物を好きになるこつでもあります。そして、まず自分を見せることでしょうかね。自分をかこってしまうと、相手も知らない内に囲いを作りますから、、嫌だと排除した時、そこでアウト。排除せずにさらりとかわせばいいのです。自分が排除している人の数だけ、自分も排除されていると思いませんか?人と接する事に損得はありません。心と心のぶつかり合いです。いつも心はオープンに、心の窓を開け放っていると、人と接する事も楽しい物です。いろいろな人がいるのは当たり前ですから。でも同じ人間ですから。世の中悪い人もいますが、最初から悪いわけでもなく、、、この地球上に悪い人は存在しないと私は思っています。誰とでも分け隔てなく接する、そこには個人的感情もなく、差別偏見はあり得ませんね。 3099)日本は人口減少懸念で中国は人口増加の懸念。日本は少子化政策に政府が国民にお金を支払い、中国は第二子を設けた場合罰金を科せる。日本は財政難の中からいかに捻出するか、、中国の富裕層は罰金なんて怖くない、、、この対照的な格差社会をどうみますか?お金で人を動かそうとしても無理だと言う事ではないでしょうか? 3098)観測史上最大の爆発と言われる超新星。爆発すると言う事はその星が死を迎える事でもあり、また新たな星の誕生でもあるわけです。宇宙ではこのようなことが繰り返されて地球も私たち人間も誕生したとか。。この爆発の想像画を見て,なんと奇麗な物だと私は見とれてしまいました。実際、かなりの明るさとも言うけれど、、この時期にこんな再生が行われるなんて、なんだか不思議、、宇宙ってすごい所だな、、この超新星って人間に似ているとも感じましたが、、、 3097)一人の命を救う事と、一人の命を守る事。。。両方成立することが望ましいけれど、、どちらも大事なことではあるけれど、時には選ばなくてはならない時もあると、、私は思います。 3096)世の中には知らぬが仏ということもあります。その知らぬ事を知るということは、時間もかかりいろいろな心理的な壁にもぶつかる訳です。私は以前一度だけ,この壁にぶつかり、数年の時間を経て受け入れる事ができ、その真実を知った経緯があります。それはナチの残虐な行為についての歴史でした。精神心理学を学ぶ上で死と言う物を捉える為に必要だったけれど、、、この時の事は何年か前にこのサイトでも書いた程、かなりのインパクトでした。知らなくても良い事だったとは今は思っていません。そして人生二度目の知る事への探訪に出る事になりました。これもかなり重たいけれど、これからのいろいろを進んで行く上で大事な壁でもあります。その為に先日再生されたかの様な、まさに絶妙なタイミングでのこの壁です。やはり知らなくては行けない事のようですね。さて、どんな壁か、、、またこのサイトで触れると思います。 3095)我が国は積極的にODAに取り組むと外務大臣は張り切っています。これは施しではなくて互いの国が豊かになるように先行投資だと言っていました。ふーん、、、その割に互いの国が豊かではないです。今各国がやっているODAは確かに先行投資ではあるけれど、その方向は国ではなくてある一定の企業だけに向けられているのでは?なので、格差も出てくる、、、先見の目を持っての先行投資って、何でしょうか?みんなに福がわたるように廻っている国はドバイぐらいですかね???誰かの為に何かをするには、する人が豊かである事が第一条件と私は思っています。もちろん、どんな時でも思いやる気持ちは大切ですが規模が大きくなればなるほど、やはりまずは基本だと。ボランティアをするにも介護をするにも、やはりするがわのゆとりが持続性へもつながると思っています。
3093)ゴールデンウィーク最終日は私が最近得た変化をさらに確かなものにするような浄化と再生のまさに素晴らしい一日になりました。私が歩く所雨は無いと言っていたのに、雨ですか?と言われましたが、私が雨にふられるのは意味があると、ありがたく朝から笑顔で出かけました。護国寺にて行われていたチベットスピリチュアルフェアー。ずーとお天気が続き、最終日、砂曼荼羅の崩壊作業とチャムの儀式。まさにこの連休中の煩悩を払うにふさわしい雨ではないですか?楽しみにしていたチャムも傘の山でちっとも見えない位置にしか陣取れなかったのが、あれよあれよと私の前が空き、気がつけば最前列で私は見る事ができました。雨でもいいことあるなー、、と心の中でずーっと六字真語をサンスクリット語で唱えていました。感謝。それにしてもチベットの僧侶はなんとフレンドリーで暖かいのだろう、、日本のお坊さんは高い所からしか物を言えない人が多いけれど、、、本当に悟りと言うか、突き抜けている人は高位の僧侶でも普通に話せる人なのだと改めて実感し、私の仏の縁もしっかり感じ、、、その仏様の足下にはまだおよばないけれど、しっかりと目標を定めこの自分の道を進もうと思いました。自分と縁のある仏様を見つけると余計に楽しくなりますね。曼荼羅を眺めるのもまたにやりです。こんな素敵な時間を過してしまうと、日々のいろいろが見直されるし、物質欲に群がる人が不思議にも思えます。何もいらない、笑顔と健康が有れば、、今日たった8時間ぐらいの間に私は多くの感謝と縁をいただきました。今の気持ちはまさに再生、先日夢で得たメッセージ、生れ変わった私です。
3091)豊島区の小学校で伝統文化の時間と言うものが導入されたようです。礼儀作法から日本の当たり前の文化、箸の上げ下ろし、、、浴衣を自分で脱ぎ着し、正座での授業です。いいですねー、、このような時間は英会話に授業を組み込むよりも重要と私は思います。親も知らない世代になり、核家族が進み、知らぬが仏になりつつある伝統文化。小学生だから意味があると私は思います。全国区でこのような取り組み、すすめてほしいものです。 3090)子供の日。我が家の近くでは大きな鯉のぼりが沢山泳いでいます。マンションのベランダには各階に見られるミニ鯉のぼり、、しばらくこのような風景は見なかったので、とても微笑ましい限りですが、、今の子供は幸せなのかな?とふと思う。塾がよいにいそしんで、ファミコンでひとりで遊んで、親と一緒にいれば車に放置され熱中症、通う幼稚園には猫の切断死体、、、親が幸せを実感していなければ、子供も本当の幸せを実感しずらい環境でもあります。本来の子供の姿、、といってもそれも人それぞれなのでしょうが、その時期にしかできないことをまずは体験させてあげてほしいなと思います。5歳ぐらいまでの子供の経験は以外と大人になっても尾を引く物ですから、、、
3088)久しぶりに昨年のケアンズ以来?すかっとするようなピュアな女性と知り合いました。まるで私の経験した事を彼女が確認作業で目の前に現れた様でもあり、納得するとともに、私の中の私が両手を上げて喜んだ瞬間でもありました。自分の前に引かれたレールを歩いている人って、やっぱり何か突き抜けるようなものを感じます。これぞ心優美そのもの。。欲はなく何にも感謝しているそのひと言ひと言に自然に笑みがこぼれました。そこまでになるにはいろいろあったとお話を聞いて、そうよ、そうよ、そうなのよ、と私も同感の一こま。経験に勝る物はなく、その経験を自分の感性につなげる智慧とするも、その人の度量と導きでもある。。。心優美、私にとっても大きな励みになる大事なフィーリングをありがとう!いつでもどこでも自分に忠実であれ。彼女に私に感謝。 3087)コピー商品の製造には太古の昔から定評のある中国。コピーと言えば聞こえはいいけれど、模造品、偽造品は穏やかではありません。今回はディズニーそっくりのテーマパークが取り上げられたようですが、これくらいの風評でめげるような国ではない、、昔からの風習が身に付いているのだから。独自のもので素晴らしい物もたくさんあるのに、何だかもったいないような感じでもあります。文化の違いと価値観の違い。この最大のものをひっさげての北京オリンピック、、いろいろな意味で楽しみです。 3086)私の辞書に不運はない、、不幸と思えば不幸になる事も、すべてを受け入れて転換してありがとう!つまずき、失敗、ミス、病気、、、すべて自分へのシグナルを得たと思えば、これほどありがたい事は無い、、その事を糧に繰り返さなければすべてよし。という私の理念です。命があって日々の生活を豊かに送れることだけでも幸せと言う、、、豊か故に見えなくなっている幸せ、ないですか?愚痴をこぼせるのも、悩むのも、すべて豊か故だと私は思うのですが、、、 3085)せっかちな国ベスト3が発表されましたが、ちょっと意外な結果でした。この記事でせっかちな人と機敏な行動を取れる人を一色単に取り上げていたのですが、これにもちょっと疑問の私です。せっかちは、忍耐強くなく先を急いで気ぜわしい事であり、機敏は時に応じて素早く判断し行動する事、と辞書にあるようにその性格は違うからです。せっかちと機敏を一緒にされると迷惑でもあります。せっかちな人は落ち着きがなく判断力もあいまいで、確かに我慢ができない、、機敏な人は、ぱっぱと物事を手際良くこなすような見ていて気持ちのよい様でもあります。私的感性から言えば、せっかちな人は地に足がついていない人が多く、軸がぶれている人も多いですが、機敏な人は地に足がついているので間違える事はあまりないようです。。。私の経験から機敏な行動が取れる人にとろとろ歩いている人は少ないです。さっさと歩くと、せっかちに歩くとでは、
3083) 夢はよく見る、、というより覚えている方だと思います。熟睡していないと言う人もいるけれど、どうでしょうか?夢は無意識でもあるし意識でもある、その中で得るメッセージや映像でこれまでかなり役に立っている事も事実です。よく、ご先祖様の罰があたって運が悪くなったような言い方をする人もいますが、それはご先祖様に失礼です。すべての原因は自分で、自分が引き起こした事をご先祖様のせいにするのは、どうかなと。まー、、ご先祖様をだしにつかって、改心するのも一つなのでしょうが、、ね。で、そんな罰はまずないということで、何かあれば夢で何らかのシグナルがでるものです。ここ一ヶ月、私の一連のシグナルの結末が今朝の夢のはっきりとしたメッセージでわかりました。うれしくて思わずスキップでしたが、、一喜一憂はしないしない、、、安堵とほころびかける顔をぐっと堪えて、満月でも眺めましょうか、、感謝。
3081)夏も近づく八十八夜、、とはまさに今頃。初夏と言う清々しさを通り超えてまさに夏のような昨今です。この温暖化にともなって、自然界にすむ虫達の生態も変わりつつあります。夏に大繁殖をするというアルゼンチン蟻。その集団が南から徐々に北上しています。この獰猛な蟻が大繁殖すると言う事は、今までいた虫達の生態系も脅かす事となるのだそうです。虫レベルで収まってくれればよいけれど、、四季の美しい日本の季節が暦だけでしか味わえないような、、そんな事態は食い止めたいですね。自然が変われば人に及ぼす影響も変わるはずです。だからこそ、自己免疫力の重要性を私は強く感じます。一番の療法、笑顔。 3081)困っている時はすりすりすり寄って、大丈夫だと思った途端に思いもよらぬ行動を取る人って結構います。年齢が行けば行く程、その恩知らず的行動は拍車がかかるようです。そんな人のあれやこれやを聞き耳かじれば、そのような人がいずれまた同じような状況に陥る事は免れる事もなく、、ただ、お気の毒というしかありません。徳と陰徳。いつでも援助の手を差し伸ばし、その感謝の気持ちは行動で示すのも徳のうち。差し出すばかりで良い事がない、、と言っている人もいます。見返りを求めるからです。求めなければいつでもハッピーです。 3080)環境問題で一般人がいつも身近にできることの一つがゴミです。家庭で分別をするのはいまや常識中の常識ですが、分別は家庭だけではないですよね。。公共の場をゴミで平気で汚す人々、、、まだまだ多いですよね。それだけ環境問題に危機感を持っていないと言う事でもあり、根本のモラルも出来ていない悲しい実態です。暑くなると河原でバーベキューがお手軽な行楽とあって、各地の河原はにぎわっていますが、その終わった後もにぎわっています。ゴミで、、、自分のゴミならず、家のゴミまで捨てて行くその無神経さ。公共の場を使う資格はありません。行政ももう少しこのような場所で強く出ても良いのではないでしょうか?よそから来た人が置いていったゴミをその土地の人の税金で処分する、、これもおかしな話です。自分のゴミは持ち帰る、山だけではなくどこでもかしこでも!家でも部屋でも外でも整理整頓、捨てる物が捨てられない人は自分の整理も出来ない人と私は思いますが。。。だらしなさは生き様にでます。人は死に向かって生きていると言う事。どのように死を迎えるか、これも生きている日々の結果です。
3078) オウムから離脱した元幹部が新教団を立ち上げたそうな、、あれだけ世間を揺さぶり、今もなおまだその恐怖と戦っている人もいる中、未だにこの教団が存続している事が不思議の一つ。そして、そこにまだ固執している信者/新しく入信した人、、何がそこまで人を引きつけるのか、、これも不思議の一つ。そこまで人を引きつける何かがあるならば、今の世の中に貢献し、すべての人に受け入れられるような存在にもきっとなるはずです。紙一重とは良く言った物ですが,,,人の信じる力もさることながら、人をコントロールする力も凄い、、どうせならその計り知れない人の意念、違う所で発揮していただければ、、信じる事に神仏のかかわりに、金品は存在しないと私は思います。
3076)宇宙に遺骨を撒いたスタートレック船長。彼にはふさわしいお墓かもしれない、、宇宙の散骨が意外な安価で驚いた私ですが、、私もこれがいいかな??宇宙の環境破壊にならない程度に。 3075)能登の被災者の方々の仮説住宅の入居が始まりました。とりあえず畳の上で寝られるようになって、よかったなーと、思っています。高齢者のかたがで家を失った人の今後を皆さんはどう考えますか?各地で弱者を狙うかのような災害が続いています。家を建てると言う事は、大変な事です。支援って難しい物です。本当に困っている人を支援するのが国の勤めと私は思うのです。家を建てる事ぐらい、政治家の不透明な出費に換算すれば、、税金は国民の血税です。意義のある意味のある使い方をして欲しいです。
3073)アインシュタインの言葉に次のようなフレーズがあります。{理論的な思考では実証的世界の知識を得る事はできない、真実、現実の知識は経験に始まり経験に終わるものである}頭でっかちのすべての人に捧げるフレーズです。実体験こそ自分で得た智慧であり、自分の言葉/行動となる物です。世の中数学的な事ばかりではありませんから。。。自分で経験する事には囲いも無く、そこには辛苦が必ず存在します。だからこそ喜びも体験でき、ありがたさも増します。仏陀は言います。生きる事は苦である。私はその言葉の奥深い部分には仏陀が悟りを得た多くの智慧と幸が伺えます。苦は楽の種。体を着飾るだけのものにするのはもったいないです。五体を限りなく使いこなす事も体への徳と思っています。
3071)少子化対策の一環として、企業が子育て支援金を支給する問題に、疑問を持ちます。支援できる企業にお勤めの方には朗報なんでしょうが、それはほんの一握りの事です。一人で4人も5人も実際問題産みますか?とも思います。ネットカフェ難民の急増、子供の自殺/虐待/育児放棄。。現状の子供をまず守りしっかり社会に送る事が先決と私は思っています。このごろ良く書きますが、今必要なのは大人の教育。子供は親の背中を見て育つのです。地球はどうして丸いのでしょうか?差別格差等なく、輪になってみんなで手をつなぎ、助け合って行く世の中、、それが美しい国ともある意味思いますが。。。
3070)2年間、毎朝使っていた数珠が勢いよく切れました。その少し前、主人と地球の事や宇宙の事を語り、お互いがとてもポジティブな時間を過ごせたその直後です。そしてまた、互いの10年後をありありと感じ、語らった後でした。この数珠は気に入った大玉の水晶と紅水晶で私と主人の共同作業で作った数珠でもあります。108の珠と数個の珠をつないでいた時の何とも言えぬ気持ちが今もよみがえります。ありがとう!私と主人の自分たちにはわからない何かがきっちりとメッセージを出してもくれました。自分たちの選んだ道は自分たちにとって良い選択であると確信も出来た、まさに区切りの日です。手持ちの数珠が切れたのはこれで3度目。どの時も変化のきざしと笑顔のきざしです。感謝。おかげさまでこころうきうきな朗報の多い一日でした。またこれからも努力あるのみ!
3067)本を読むのが嫌いな私。。子供の頃からほとんど斜め読み、もしくは顔の前でぱらぱらめくってぱっと止まった所を読む事の繰り返し、、それでも結構ここまでこれたのは不思議ではあるけれど、自分のそのセンスに敬意を払いたい気持ちです。16年前、私の目の前に1mほど積まれた小難しい本。主人が読みなさいと持って来たけれど、、、ぱらぱらめくっただけで終わりでした。今、いろいろな事を自分でしてみて、そのぱらぱらめくった所をまったく別のエリアからコンタクトを取られている事に、驚きと、以外と理解していた自分に久々に勤勉意欲がわいています。必要な時期と言うのがあるんですねー。。47歳、死ぬまで勉強と言うつもりで日々精進。意欲がわいている時にやることをやってしまう早業も、、、敬意を払いたい。。自分でいうのもなんですが、、おもしろい人です。私。
3065)どんな環境でどんな地域で住んでいても、みんな幸せになる権利は持っているんだと、私の想いでもあります。幸せの価値観一つです。戦争中の若者はお国の為と特攻隊として空に散りました。それもその時の彼らの幸せだと思うのです。毎日ぼーっとしていてつまらないと思えばそれはネガティブ。忙しくしている人の中で、自分がそんな時間を持てた事に幸せ感を見いだせば、ぼーっとしてても、ぼーっとしていないと私は思うのです。幸せというのは、やはり気持ちも高揚しています。その高揚した気持ちが日々のやる気にも、健康にも、結果として結びついているのだと。幸せは自分の周りにたくさんあります。小さなことへ目を向けられなければ大きな事は視野外となる、、これも私の理念。そして、もっと言葉を大切に使いたいですね。言葉を大切に使うと言う事は自分に返ってくる、ほんとうに素晴らしい力なのだから。その事にもっと耳を傾け発してほしいなー、、と思います。 3064)40数年ぶりに行われた全国一斉学力テスト。その真意は??政治的ツールに終わらない様願うだけです。学力低下が指摘されている日本。どうしてそうなったのか?誰も本気で探らない不思議。上辺の成績で何とかしようと教員を補充しても限度はあるでしょう。私的には、今欠けている思いやる心と意欲は似ている気がします。勉強は押さえつけて出来る物でもなく、競争をさせても良い事ばかりではなく、本人の意思が大変重要で、子供の場合、その意志をつけるのは大人の役目も多少なりともあるはずです。このサイトでもいろいろな場面で言っていますが、上辺だけでは向上無し。一度道をそれてしまった道の修復に一年二年で終わる訳も無く、、、だから、道はなるべくそれぬ様、どちら様もしっかり地に足をつけて、欲を捨て、心の目で見て考えて事を起こしてほしいなと思う私です。出世意欲に関しても低いと言われる日本、自分と言う存在の価値を自分で見いだせば、おのずと自分の目標をありありと見いだせると私は思います。意念の欲であり、物質の欲ではない。。。物質欲に燃えている人はきっとこれらのことが見えなくなり、思いも寄らないのだろうな、、、 3063)私はしつけの中で、教育の中で手を挙げる事は場合によっては必要であると思っています。しかし、それが暴力と言う言葉でくくられるものでは決してないと、確信しています。言っても効かなければこつんとする、そのことにより怒られてしまった、、と感じる部分もあると思うからです。けれど、最近の手のあげ方は自分のストレスの欲求のようにもとれる激しい物で、それは決してしつけとは言えず、単に大人のエゴであるのではないのでしょうか。注意を促す手のあげ方と、自分の怒りを混同することは、やはりまったく別の物。注意する側は注意する対象への配慮も見ながら話すのであり、理解させるのでもあるのでは?それは、自分に言い聞かせるかのごとくでもあると思うのです。そして、その裏には無償の愛がしっかりと存在する訳です。昨今のしつけと称する大人の感情を押さえられない暴力事件を、しつけのつもり、、と口にするその心が私には納得できない一つです。人を叱る時は愛が無ければ叱れないとも感じています。その人を思うから叱るのであって、そこに憎しみは存在しない、、怒りの感情は繋がりが根本。。。だから、、傷つくような叱り方はちょっと方向が考え方が違うのかなと。。
3062) 着付けの指導料にせよ、ヒーリングにせよ、カウンセリングにせよ、、世間並みの金額設定になぜしないのか?少ない収入をさらにすべて寄付に何故まわすのか、人と話すごとにその話題が上る、、、私的にはやはりお金ではないと結論。縁のある人が笑顔になって、その笑顔をまた他者につなげる心のタイジングが私の喜びであり、魂と言うか、真の喜び。だから私もいつも笑顔で健康でいられるのだから。。。お金は廻るもの。私に廻らなくとも、必要な人へ廻ればそれでいい。。。感謝。
3059)毎度の事ではあるけれど、信じる事の素晴らしさと強さを感じています。神仏/大宇宙/自然界から得る信じることは、国境も無く、宗派も無く、人種もないのですね。どこそこのなにがし、、とそこだけに焦点を合わせるからおかしくなる事もある、、、この地球上はすべて八百万の神。すべてが神なのだから一つである事がまずあり得ない、、代表格の日本は八百万の神なのに、八百万の神ではないのですよね。キリスト教の人がインドの数珠をお守りにしていてもいいんですよ、仏教の人がクロスを持っていてもいいんですよ、お葬式に宗派はないんですよ、、、すべてを信じ、ありがとうという気持ちを常に持つ事。それがいいんじゃないのでしょうか。
3058)何だか自分に違和感があると言うことでも、分けもわからず反発したくなる事も、理解し、受け入れる事でその感じていた事がすべて逆転し、つじつまがあうものです。つじつまがあうまでの時間は人によって様々、、、すぐの人もいれば、数日、数ヶ月、数年、死ぬまで、、どの時期につじつま合うのが自分に取ってより快適な環境になるのか、、すぐの方が良いに決まっています。それだけ執着が減るのだから、、どうしたらすぐにわかるのか?心を開けて、自分の中の自分に正直になれば良いだけの事です。と経験から思います。 3057)空は曇りだけれど、とっても清々しくて快晴のような気分でいます。やっぱり自分が好き。今日もありがとう!と自分に言える自分が好き。怒っている私、笑っている私、いろいろを語る私、多くの事を聞く私、歩きながら歌う私、寝坊する私、シャイな私、反省してしょんぼりする私、人から感謝される私、、みーんな大好き。
3056)逃がした獲物は大きい、、と落胆するか、縁がなかったとさっさとあきらめるか、、、人生の選択肢って中間はないんですよね、イエスかノー。獲物に執着するからそれを手放さざるを得ないとき、大きなショックにもなるけれど、次の獲物を待つ、、という為のポジションを開けると考えると、楽しくもなるのです。それこそ、解放すること。不要な物はどんなにあがいても去るのですが、下手にしがみつくとろくなこともありません。在るがまま、自然に任せて自分を信じてどーんと待つのも運の内。
3054)結婚17年目にして、主人と歩く道が一緒になりました。たぶん、同じ道を歩くべく縁あったと、、感じてはいましたが、時機到来ということでしょうか。私がその事にはっきりと気がつき、そうなって来たという事でしょうか。どちらにしても、夫婦で同じ道を歩く事の更なるパワーを私はしっかりと感じています。互いを理解し合い、私が主人であり、主人が私である。おもわずにやりの瞬間でもありました。行く道は紆余曲折あるでしょうが、二人ですから、互いを信じて愛していれば何なく超えられる道でもあります。今、晴天に昇る太陽な感じです。感謝。
3052) 一見普通の人、でも心が病んでいる人って、人口比率で言えばかなりのシェアーを占めていると感じています。その人達が爆発した時、事件は必ず起きてしまう、、、世界中の共通の課題、心の格差。私は経済的格差も根本は心の格差が起因していると、思っています。その心の格差はどうしてできたか、、社会?環境?違う。。その起因は人間だと強く思います。自分さえ良ければ、その考えが蔓延してきているのですね、経済の発達とともに。だから、奥地へ行くとコミュニケーションもしっかり取れて、みんなお友達的で、笑顔が多いんです。たとえ自給自足であっても。思いやる気持ち、布施の心に気づいてほしいな、、と強く感じます。布施は本来お金ではないのです。心なんですから。 3051)《晴好雨奇》という言葉があります。晴れていても雨が降っていてもそれぞれ趣があっていいというような意味合いです。横浜は4月の声を聞いても、晴天の日が数える程雨が多いです。雨が多い分、晴れた日の青空と太陽がさらにありがたく思え、雨が多い分、その若葉や花びらに落ちる雨をとても美しく捉える事が出来ます。今まで、こんなに雨が愛おしく思った事は多分無いと思うけれど、今年の春はとても雨が美しく映ります。ただ、、、、せっかく咲いたチューリップが雨に打たれて考え込むように下を向いているのが,、、ちょっと気の毒。こんな人って、いるなー、、なんてふと思う。私は、、雨でもぎらぎらの太陽でも、いつも背筋をぴんとたてて、上を向いて歩いています。雑草の様でしょうか???
3049)必要に応じて購入した書籍。けれど、読めない。何故?自分への自問をした結果、読んでしまえば自分と同じ言いたい事を目にするので、自分の言葉がその時点で変わる事。。とわかりました。やはり、私には学習というフレーズは不必要で、ひたすら自身で体験し感じる事によって書籍を読んでいる事と同じ気分になるのだな、、と改めて自分を知りました。振り返れば、、いろいろなことをしてきたけれど、机の上で学んだことなど何も無い。見聞きし、想像し、創作し、体験し、、、身に付いた智慧の宝庫でもあります。着物も気功もヨガもすべてそうでした。読んで勉強した物は、、何一つ無い事実。これからはじめる事もやはり同じ事でした。やりたいと思うツールはたくさんあるけれど、結局は一つなんだと言うことの気づき、それは自分を理解すれば良い事なんですね。
3047)国際宇宙ステーションからボストンマラソンに参加した飛行士のニュースはイマジネーションと現実が交差するかのごとく、久々のわくわく話し。彼女が走っている間、地球を2周しているという。。。へー、、といいながら思わず空を仰いだ私。この地球も宇宙圏。宇宙というと遠く黄昏の世界の様でもあるけれど、、、宇宙の重力感/空中遊泳を感じる事を、この地球で感じられる事が、何よりも自己探検。そのような意味で私の宇宙は割と近いかな?禅の境地とでも言いましょうか、、、まさに曼荼羅の世界です。 3046)人は誰もが必要であってこの世に生を受けているのですよね。何で生まれて来たんだ、、嘆く事もあるでしょう。自分の目的は何だろう?自分の存在って何だろう?家とか街とか日本という小さなエリアに焦点をあてて自問するよりも、大きな空間の宇宙にその疑問を投げかけると、、、、おもしろいです。しっかりと答えを見いだしたとき、悲しい顔をする人はいないと私は思います。死んだらどこへ行くとか、、、どこへ行こうが、原因は自分にあるという事です。八正道を実践し、陰徳を自分へも他者へも積んでいれば、そんな疑問もわきません。空を超えて無になれ。 3045)本当に厄介な黄砂ではあるけれど、黄砂様々のいろいろな現象が報告された記事はとてもおもしろく感じたとともに、やはり、悪い物はないんだな、、悪いと決めつける人間の感情が忌まわしさを増すのだなと、改めて感じました。陰と陽。陰のなかにもあるだろう陽を受け入れる事で、気分も和らぐものです。今の地球に必要なのかもしれない。。。もちろん、自然が保護されていればこのような問題も浮上はしないのです。地球は自身で保護できる。。人間もまったく同じ。 3044)人に良いと言われる物は世界各国いろいろな形で伝えられ、物質にもなっています。私が感じる事は、それらすべての根本はみんな同じという事。だから、、、これが一番!というのはないのだという結論です。そして、より多くの事を見聞きする事、それは学習であったり、体験であったり、、人への本当の意味での師匠は森羅万象であるという事と、強く思います。一つの事だけに頼っていてもその事は自分に感じられないし、、宇宙っておもしろいな、、そんな大宇宙の中で、人間が小さな囲いを作って、こだわって生きているのは、はやり、滑稽なんだろうな、、と思います。
3042)医者は本来弱者救済を目的とし、利益追求等眼中に無い、、ある医師の言葉が胸に響きました。今の医者はこのように感じている人は少ないでしょうね、、、本当に残念です。素晴らしい志を持っている病院が、新制度導入によって閉院せざるを得ない状況をどう思いますか?癒しを求めて地方へ行っても、地方の医療は崩壊しています。癒しを求めに地方へ行っても、病気になる時はなってしまう悲しさ、、、癒しって何でしょうか?私も今は元気でも先々はわかりません。年の離れた夫に、子供無し。でも不安はありません。季節対応型の大自然と触れ合って、大きなエネルギーをたくさんいただいていますから。季節はちょうど成長期の春。元気な人もやんでいる人も、積極的に自然に触れて、自己免疫力をあげたいものです。 3041)最近思う事があります。一生懸命になりすぎている人、努力をしすぎている人、、、結果として自分自身を束縛しすぎているのではないでしょうか?それもいわゆるエゴに繋がる事と私は思うのですが、、、何でもほどほど、時に一直線に走る時でも、休憩なしではパンクします。切り替えの大事さ。 3040)ゴミの分別をはじめてどのくらい経つのだろう。。当初は半ばノイローゼになりそうなほど気を使っていたけれど、今では体が覚えてくれているよう。でも、未だに納得のいかない分別はたくさんあります。ゴミを分別し、再利用するものや、ゴミの削減という言葉に消費者は環境問題に一役買っているような錯覚もあります。けれど、本当に錯覚であるような案件もあるのも事実。ここまで何十分別もさせているのだから、最後の最後に全部一緒なんてこと、やめていただきたいと、率直に思います。 3039)庶民派の中国の首相のその穏やかな笑顔と口調に秘めたいろいろな思いはかなり強いもの。さらっと的を得ずして的をちくり、話術を巧みに使いながら、あちらこちらでの釘止し行為はかなりのもの。この日中の氷を自力で溶かしたように見せた首相の凄腕に、日本はどう立ち向かうのか、、ここで靖国参拝等したならば目も当てられない。今度のこの訪日は中国側の白星でしょうか?
3036)ネットカフェ難民という聞き慣れない言葉、定職がなく安定した収入がないため、家を借りる事も出来ず、深夜のマンガ喫茶を寝床にしている人達をいうらしい。10代から40代、、普通なら元気一杯働き盛り、、、なのに、定職がないという今の日本。働きたくとも働けない時給就労者の加速を日本はどうするのだろうか。フリーターとは種が違う。。これからの日本を背負う彼らのこの状況を変えるのは、やはり企業。企業が今の人件費削除に歩き出してからどうも世の中おかしくなった、、狭い小さな箱の中で人が健康でいられるわけもなく、、、路上生活者予備軍とも言われるこの若者達。何とか格差もいいけれど、美しい日本を作るには、担う若者の環境整備も必須。。 3035)教職員の不祥事が後を立たないのですが、、教職員とて人間で、すべて優等生を望むことはないけれど、上に立ち、人を指導する立場であれば、人よりもモラルの徹底だけは求めたいもの。教職員試験の見直しと育成、、必要なんでしょうね、、今の社会では。
3032)子供は本来、生活を供にしている男女/夫婦の間にできるという摂理になっています。結婚であれ、未婚であれ、、ですが、子供に恵まれない男女間において、医学の進歩によりあらゆる限りの手段が現存しています。生まれて来た子供が実子であるにもかかわらず、法によって実子とは認める事はできない日本。かたや、夫亡き後、生存中の精子を使って子供を授かるケース、、自然の摂理に逆らって子供を作る物ではないという感じの法と、できる限り子供を授かる状態に向かう医学。一般的な見解からすれば、そこに不合理はでてくるのです。できるものを認めないというのはやはり、おかしなものでもあります。少子化問題に悩む日本にとって、この法の壁はかなりのキーとも受け止められます。法の改善には当事者達の実例に伴う判例が物をいうのかもしれない、、、いろいろな考え方もあるけれど、時代は変わり、思考も変わっているのです。一つの文章にこだわることの意味。 3031)現実世界では目に見える物がすべてというような風潮もあります。けれど、目に映っているもののその奥が結構おもしろい、、それは映る物から得るひらめきでもあり、直感であるメッセージがたくさんあるから。私の経験からすると、そのひらめきや直感に偽りはありません。それが偽りとなった時には思考が入っているものと私は捉えます。
3029)都道府県の選挙も蓋を開けてみれば、、、派閥争いの選挙だった、、注目の東京都知事も大方の予想通りの結果に終わったようです。いろいろな問題を抱えてのこの選挙、各自治体の不祥事に国民の反応は、、まだ他人事のようです。投票率50%台とは、、情けなくないですか?せめて80%は行きたい、今の日本だからこそ。関心を持つ事によって生まれる相乗効果こそ、日本を変える第一歩にもなるのではないでしょうか?格差社会だ、財政破綻だ、、文句は言えないですね。
3026)高松塚の解体作業、、、果たしてこれでも古墳と言えるのか、ちょっと疑問も残ります。保存は大事でしょうが解体してしまう事によるいろいろな変化を失う事の方が、、、保存という観点から発掘と解体はまったく別ではないのかな?私的な考え方は、カビが生えようが、致し方ない、、それまでの管理を見直してこれ以上進まない様思慮する方が懸命かなと。何でも守る事は大変で、守る人の感性がそこに浮き彫りになります。家もそう、土地もそう、、、守るという事に真剣に向き合えば、地球はもっと奇麗だったはず。この古墳の件は日本の歴史保存という枠ではなく、もっと大きな地球規模にも当てはまるように取れます。地球が悲鳴をあげているのに、守る事より経済を優先にする政治家の意見が取り入れられた事は、かなりショック。地球あってこその経済ではないでしょうかね?正論が通らない時がある、、、重要な案件に限ってそうなる。試されているようでもある、、、でも、正論は負けない。たたかれても、潰されても、、、それが正論。
3024)人と価値観の話をするとおもしろい、、、自分に取っては価値ある一品でも、ある人に取ってはゴミ同然、、それが価値でもあります。なので、価値観を押し付ける事も出来なければ、強要する事もないわけです。信じる信じないも同様であり、本物偽物も同様なのです。つまり、自分の価値観を正しく持っていれば、それが一番いいわけでもあるのです。物の価値は比較からも入るでしょう、好奇心からも入るでしょう、興味からもはいるでしょう、、、世の中の物がすべて対象の価値です。もちろん、動植物も人間もお金も。。。そしてさらにおもしろい事は、その価値は永遠とは言い切れないという事。人の意念と連動しているものでもあります。だから、、、一生を通して一つの物に価値を見いだしているという事は、すれは素晴らしいことでもある、、、夫婦などもそうでしょう。その価値観がエゴ/執着になったらどつぼでしょうかね。
3022) これこれをすれば良い事がある,,というフレーズに誰の心も微妙に動くでしょう。でも、それで安泰なら病人は出ないでしょうね、、お国違えばそれぞれ独特の開運方法なる物があるけれど、日本にも数々あるけれど、やはり何かに頼るよりは自分の意志が最優先。私は小さなエリアの出来事に翻弄はしない、、、この地球でどうなんだ?宇宙ではどうなの?、もっと心を広く持てば、それだけで開運と私は思います。 3021)地球温暖化での国連での調査報告や発表に、地球人達は何をどうしているのだろう、、主要な人の認識だけではこの問題はクリアできないことは誰もが承知の事。この危機感を募らせているのは、紙面だけ?何をどうすれば良いのか、もう半ば強制的に各国に指令を飛ばすくらいの事をしてもいいのでは?下々の人には具体案と義務が必要なんです。戦争なんてしている場合ではないのです、ブッシュさん。アメリカの環境破壊問題、もっと先陣をきって取り組んで欲しいです。 3020)他人の言動に流されずに自分の行動に責任をもって進む、、強さ/優しさがあればこそ、と私は思います。 3019)なんだかんだ言っても、結局はすべて自分の意志で何事も決まり進むのですが、それと自分中心で自分だけ良ければというのは全く別であるという事。親であっても女であり人であるけれど、親としての思いやりがあればうまくバランスはとれるはず。何事もするのも決めるのも自分であるけれど、生きるという大きな観点から見れば、一人ではいきて行けないのだから。自分さえよければ、この考えが及ぼす影響は今の世情を見ての通り。自分がいて、あなたがいて、、、思いやりは大きな愛だと私は思っています。 3018) 英会話スクールのトラブルは本当に後をたちません。英会話スクールとスクールと名をつけているだけで、学校ではないのです。これもビジネスなんです。会話に感情はなくてはならぬもの。そのことを度外視しビジネスにするから同じ事の繰り返し。教会でのスクーリングや学校法人のスクーリングがもっと多くの人の窓口になれば、、、私も英会話には四苦八苦していますが、ハートがあればなんとかなるものです。日本の教育での英語の授業の根本が日本人を話せなくしているような、、外国の日本語の授業は会話中心だと記憶していますが、、感情を絡める会話の授業は楽しいことが先でしょう、頭をかかえる文法は、、あまり意味が無いような、、気もします。
3014) 4月1日に真夏日になったと思えば、次の日から真冬のような寒さの横浜。あの暖かさはやはりエイプリルフール?だったのかと思いたくなります。10何年ぶりにひょうが観測されたり、この気象には思わず天を仰いでしまいます。そんな異常気象の中でも外にいる時は雨にも降られずに、おもしろいほど雨をよけられる自分に、今日はさすがに頭をひねってしまうほど、妙な気分でした。とにかく、、ありがたいです。一年に一度の風物詩、桜鑑賞も思う存分満喫し、思った通りの春です。それでも、この寒さに振るえる能登の人達を思うと、自分の非力も感じるし、、良い事がある人の陰では悪い事が起る人もいる。だからこそ、良い時程しっかりと地に足をつけて、一喜一憂しないで、次へ行こう。感謝。 3013)連日連夜ニュースから流れる殺人事件。安倍総理は美しい国作り有識者会議を発足したようですが、、世情と心情が反比例という感じでしょうか。お膝元での領収書添付問題。都合の悪い人が多いから流れそう、、、でも、これを流すという事は大きな問題、美しい国はここでストップでしょう。政治活動は自由でなければならないという官僚もいます。自由という事は、国民の税金を自由に無駄に使う事でしょうか?どんな会社でも経費には領収書は必需です。政治家がいらないという事自体に問題でしょう。安倍総理のいう所の美しい日本、まず、政治とお金の関係、そして美しい自分探しというけれど、自分探しは夢見る夢子ではないのだから、、有識者という方々がこの総理の下には随分招集されているけれど、一般市民の方がはるかに有識者(世間意識)と思う私です。 3012)何が便利で何が不便なのか、考えれば考える程すべてが不便になってしまいそうでしょう?この方がもっと便利、、、でも、不便という認識を通常認識にしてしまえば、不便はなくなるのです。あれば便利、でも必要ない、、便利も不便も人の意識如何です。環境問題を考慮するには、人の意識がまず第一。極端な話、無人島にいたらどうしますか?ハイテク生活に慣れてしまったらすぐにギブアップでしょうね、ましてや、創意工夫することもできないのだから。そう、このハイテク便利社会が創意工夫、イマジネーションを潰している根本と私は思います。食べ物が無ければどうしますか?お店はないのです。そうしたら魚を捕るか、木の実を採るか、、着るものがなかったらどうしますか?木の葉を紡いで布を編みます。そこにお金はないのです。便利な社会にはお金は必須です。今の世の中の大事な2点だと、私は思うのですが。。。 3011)願望であったり、夢に固執してると、いつしか視野も狭くなったり,なりたい/したいという獲得意識が結構邪魔になる場合があると思います。躍起にならなくとも、おのずと目の前にぶら下がってくるもの。それも解放という心の自由の元で。。。ぶら下がったものを取るか取れないか取り損なうか、、それもその人次第。自分に立てられているアンテナの感度をあげるのも、心の持ち方一つ。五感に精神力を加えればさらに冴え渡る事間違いないと確信しています。 3010)世の中何でもビジネスなんですね、、なんだか寂しい話です。ビジネスって感情抜きで利益のみの追求なんですよね。この感情抜きという所が私には大きなネックとなります。少子化といいつつ、その精子バンクの値段を聞いてびっくり。。。子供も売買の対象と受け取れかねます。こんなふうになればいい、、と思う事もすぐにビジネス化。だから地球は悲鳴をあげるのだと、私的心情です。松田家も心優美も感情優先です。私は自分のいいと思う事はビジネスにする意志はありません。だからこそいい縁にも恵まれるし、どんどんよくなるのもわかる、、、ビジネスにしていいことと、悪い事。このバランスも大事。ビジネスにするならば感情は押し殺す。私はそれがなかなかできないし、したくない、、、感性の人間を楽しみ、感情がメインのいわゆる元でただのもので商売は、、、できないでしょう。私はこれからもこの大宇宙の大きな空間を楽しみたいな。。
3008)私は年を重ねる事が毎年喜びとなっています。けれど、多くの人がその事に対してどうして?と。。年を重ねるといろいろ変容もするし、身体もどうのこうの、、いろいろあってね、、と。人の身体はそれなりに年をとるけれど、その年輪に味を見い出した時、その年令の良さがでるものです。若い人にはないものもその中にはたくさんあります。いい事悪い事、陰と陽、それらを自分の中で受け止めたとき、陰も陽になると言う究極の私の観念。いやだいやだと年を重ねるよりも、ありがたやありがたやと年を重ねる。。。今年還暦を迎える主人、今年折り返し地点の成人のようです。私も主人のような折り返し地点を迎えられる様、日々精進。47歳、やっとひよっこから抜け出したばかりです。 3007)新年度が今日からスタートして、電車の中も町中もスーツ姿の男女の姿がとても新鮮でした。私自身もこの春は心身共に清々しく、日々のいろいろを通して、人の縁、血縁に触れたとき、その優しさに幸せ感があふれます。こんなに幸せでいいの?このありがたい想いを私はちょっとふさぎ込んでいる人へつなぎたい。。。お互い様、、笑顔でありがとう。 3006)医学分野の研究は日々進化をしています。O型の血液も作り出せるようになったとは。。。この分では将来、人間本体もいろいろ変えられてしまいそうな勢いです。今でもクローンまでは行っている実情、果たしていい結果ばかりではないこの進化に、今の人間がどれほど付いて行かれるか、、すべてが可能になるということは、その裏を返せばなんらかのハンディーがあるということも思慮の内。 3005)春の風物詩になってしまった黄砂。今年は例年より早く来ているようです。中でも名古屋の黄砂はほとんど中国本土と変わらぬ有様、、、この黄砂の元となる中国の森林事情。いろいろな人がボランティア等で植林をしているけれど追いつかない、、、この黄砂の凄さは経験者は語る、、にまさに匹敵の凄いものです。雨がふればどろんこ、晴れれば頭から何かをかぶらなければ砂だらけ、、こんな状況が日本にも来ているのです。隣の国のこと、、ではなくて、環境破壊問題は地球人すべての問題です。そう考えるとむやみに森林伐採、開発事業、、もう出来ないはずなのですが、、、便利と引き換えに得た代償は果てしなく大変な事だと、誰もがはっきりと認識し、今の便利を振り返ってみる必要は決して無駄ではないと。 3004)桜前線軒並み上昇でただ今満開の桜。京都醍醐寺霊宝館のしだれ桜は必見の一本ですかね。樹齢180年の貫禄と深さと寛大さと優美、、私の理想のすべてがこの桜という木にはたくさんつまっています。なので、この時期、否が応でも体は反応します。人も年齢を重ねるごとに人としてのいろいろを着重ねて凛として優美さを増すものだと、、本来は。どの生き物も一からの積み重ねなのだから。31日、松田家は4年目に突入し、心優美は2年目に突入し、私は47歳となりました。桜の様に静かな存在感をまたひそかに作り上げていきたい、、、何事に於いても私は私、私らしさを失わぬ様、比較する事無く、ただひたすらあるがまま、、、自然の恩恵を体一杯浴びそのリズムと同調し、慌てる事無く今を大事に、、しかし、年とともに変わるのは、容姿であり、気質であり、思考回路であり、肉体レベル精神レベルで再生をくり返しつつ、、、そのすべてが私なのですが、私という存在は変わらない?変わっている?さー、自分探しのクライマックスにさしかかったようなわくわく感です。これまで以上に着物愛好家として着物を身につけ、心優美は私と一心同体。年を重ねるたびに若返る妙な私、子供返りと言われるけれど、、、それもまた私。桜満開の便りとともに、多くの方々からの愛をたくさん受け取りました。花は咲いたら散ります。そしてまた新しい花の準備にはいるのです。人も皆その繰り返し。ドライフラワーにならぬよう、ご用心。 3003)日本よりも歴史の古い仏教国中国で、お墓事情が変化しつつあります。上海では墓地の確保が難しいため散骨をすすめ、清明節においては環境問題や交通渋滞を配慮して、ネット参拝を呼びかけています。私もこのところお墓参りという行事に変化の念があります。魂や霊ということをつきつめて行った時に、自分で確信した部分と、疑問を持った部分。そもそも、、お墓参りもお墓も人の作った形であるという事実ですか。亡くなった人を供養するという気持ちの表し方とでもいいましょうか、、行きたいと思えば行けば良いし、行かなくとも罰等当たらない。でも、簡易のネット参拝は???これが私の結論です。その中で私が毎月両親のお参りに行くのは、きっと生前の親不孝の自分への課した行事のような、、そんな所でしょうかす。冷静に考えれば、、自分の身内が自分に悪い事等するはず無いのです。亡くなった人は皆様仏様ですから。 3002)今何事も無く一見普通に頑張って生きている人にも、過去を振り返れば多かれ少なかれ、人を知らずに傷つけている事は多々あるものです。それがわからないから幸せな人もいる、、いわゆる、ぼんくら。だから弱い人が多いのかなとも思う昨今です。感謝は大事なことですが、感謝と同時に詫び、反省する事も大事です。それができてはじめて活きてくるのが、感謝の意と私は思うのですが。。。ありがとう、ごめんなさい。私のボキャブラリーのなかで、外せない言葉です。 3001)オーストラリアで過去最大の干ばつが起こり、水のリサイクルまでされるようになっています。土地はひび割れ、木々は枯れ、作物は実らない、住民の水の利用制限にも罰金制度が適用されるとか、、同じオーストラリアでも雨量の多いエリアはあるのです。各国で起こっているこの異常気象といわれる現象、環境破壊といってしまえば終わりかというと、そうではないわけです。大都市中心に起こるこの異常気象は、やはり人の起因によるものともっと誰もが大声をあげ、自覚をする必要があると、痛切に感じます。無くならないと気がつかないのも人の特徴かもしれないけれど、あると思う、その当たり前の精神、それこそが最大のネック。この当たり前の精神で、何もかもが人中心に発展を遂げたこの結果。目を覚ましましょうよ。もっと思いやりを持ちましょうよ。当たり前にあるものすべてに。当たり前という人の価値観でしかないのだから。自然の価値観は?動植物の価値観は?水の価値観は?。。。いろいろ問いただす時間、誰もに必要かと思いますが。。。
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