ロゴ☆徒然なるままに☆Cyou

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300)キリ番の今回のお題は、、《季節の決まりごととおしゃれ》なまじ、四季のある日本は意外と季節ごとの決まりごとが多くて、それも大昔の事が今もなお続いていて、時代錯誤はなはなだしい。衣替えなんていうのも、6月10月というけれど、今の平均気温を考えると4月10月でもなんらおかしくない。そもそも、大昔、私の子供の頃は夏にどれだけ30度の日があったでしょうか?ことに、和服の決まりごとはうるさくて、これをまもっていると、ワンシーズンのお手入れ代で数十万かかってしまう。なにより、見た目が暑い。私は着物のことをあれこれ提唱しているので、率先してニューバージョンで望んでいるけれど、正式な場所ではなかなか。。誰もが変えようとしないのがまた滑稽なのですが。日本人のかつての普段着がこんなにもがんじがらめになっているのでは、、、梅雨明けも、、例年を参考にしているからなかなか発表しなくって。今年等は6月末に開けていたと思っている私です。気象庁のデーターよりも、体感が一番正確ではないのでしょうか?ファッションに関しては、自分のポリーシーのなさと、センスのなさの表れとも思う。欧米人は何でも基本は自分。自分が寒ければ夏でもレザーを着る。ということで、日本人はいつまでたっても自分がない。それがどの状況にも顕著に現れていると言う私の見解。たまに自分を主張し過ぎて、表参道あたりは奇人変人博物館になっているけれど。センスがいいということは、自分がきめる事だけれど、人が見てもそう思わせられる事。見る人もいろいろだけれど、、それにはいろいろ見て、試して、創意工夫も必要と言う事。最近は《おやじ》がおしゃれに目覚めたと言うけれど、、、センスのない人が選ぶのだから、、どちらかというと、、表参道路線になってしまう。どちら様もぼけーっと横一線で右にならえでなく、自分探し。してもらいたいものです。

299)温泉に続いて食品の偽造表示がまた目に付く。デパート物産展のうそ、通販食品のうそ。広告や媒体如何では消費者は嘘だとは決して思わない。そんなとこを付いた商売なんだろう。影響力の大きな看板しょってる団体は売り込み、推薦に甘んじていては足下を救われる。これからの世の中は大きな名前、ブランドにとらわれない時代が来てほしい。自分の舌と目に自信がもてて、本物を見極められる事。名前では無い、ということを、おもいしらせられたのでは?日本人独特のこの固定観念。すべてにおいて、肩書き社会のほんのひとこま。

298)子供の頃から御盆とお彼岸は必ずお墓参りをして、結婚後はその数も倍以上に増えて一年中お寺と縁の切れない私だけれど、自分の母が亡くなって御盆に迎える行事が加わって、当たり前のように野菜のお馬さん作って、、もし、私がクリスチャンだったら、、それでも真言宗派の父の元この行事を行うのかな?でも、私の嫁ぎ先は日蓮宗で、、まーいいか。ここは日本だ。私は無宗教だ。気持ちだ。それで行こう。

改めて、親とは切れない性で、縁。両親がいて私がいて、、たまたまこの親の元に生まれた私はこの親から受けた影響は限りなく多く、今自分が好きなように、この親も好きである。だから現実を受け入れて穏やかでいられる。まー、親ではいろいろ試練があるけれど、他人から受けるよりははるかにいいのだ。

297)何だかな。。天然温泉と思いきや入浴剤投入だなんて、、信じ切っているものを疑う予知も無く、、あー、どうなってんでしょう??温泉もプール並みに消毒剤が入って、どうもいつもと様子がちがうし、、日本の癒しもそろそろ天然物は限界のだろうか?これでは家のお風呂に入浴剤入れて、ジェットバスにつかってる方が健康的かもしれない。

296)誰かが国会議員は一院制、野球は二リーグ制といっていたけれど、まったくだ。あまり決定権のない参議院の必要性と、無駄な税金の支払いと思ってしまう。

295)おばあちゃんが嫁を困らせようと孫に重傷を追わせるなんて、73歳にもなって、こんな子供じみたいじめしかできないものなのか?他人同士の間柄。うまくいくほうが珍しい。こんなあさはかなおばあちゃんのために、かわいい孫はこれから人を信じて生きていけるのか?

294)今回の選挙で私が一番気に入ったのは、島田伸助の応援演説。この人が候補者のようだった。彼は真面目に政治を見ているな−っと感心したものです。彼の言ってることはそのものずばり、『プロレスラーやスキー選手は政治に関係ない!』ほんとにそうだ。ただの人気者だもの。この程度の人なら、ごろごろいるし。『おれは大阪が好きだ、日本で稼がせてもらってる、一分一秒も早く、この日本の借金を返さなくてはいけない。』涙ながらに語った彼の胸の内。若い頃はヤンキーのお兄ちゃんだったけれど、なかなか、いい人生生きている人だと感心いたしました。さて、彼の応援した候補は当選したようですが、この方についてはまだ、、わからない。

まともな国/まともな社会/まともな人間。今40代が熱い。けれど、、、崩れているのも40代。バブルを体験しているこの年代の気持ちの切り替えがポイント。

今回、時間をかければいいってものではないと、気が付いた人が多いのでは?そして、中身のない人に踊らされている人の弱さ。人を見る目の大事さ。

293)【出る釘は打たれる】さて、このフレーズ。かなりきついけれど、受け方によって成果がかなり違ってくる。プラスにとるか?マイナスにとるか?

292)今の世の中ではある程度のお金を持っていないとおちおち長生きもできないという事。ただでさえ施設なるものが少ないとこへもってきて、まー、どこも高額で、、父の年代はまだ年金もかなり出ているほうだと思うけれど、それでも年金ではまかないきれない。自分の親を施設へ、、というと、何の苦労もしていない人は、残酷な娘。と口をそろえて言うけれど、介護とはそんなきれいごとでは無い世界。病気だけならともかく、それにぼけなるものが加わると、下手をすると、介護をしている側が先にいってしまう。いますぐどうこうではないけれど、やはり、頭に置いておかないといけない現実。

291)人間の身体のメカニズムは私なんかにはまだまだ未知の世界だけれど、痴呆になって、何がなんだか分からなくなっても、ストレスだけは感じるという。ストレスって命ある限り付きまとうものらしい。もちろん、当事者はぼけてるので、ストレスなんて意識ないと思うけれど?本能で感じる様です。今あるいろいろな病気の元もこのストレス。うまく解消したいもの。ちなみに、私は母の死をきっかけに、ストレスともさようなら。今後も出会う事が、、、ないと想っています。

どんな状況にいても、自分でありたい。今、ここに、自分である。自分があって、あなたがいる。自分を見失う程恐いものは無い。自分を自分がいつも見守って入れる、そんなゆとりを心に置いておく。危ない!とおもったら、大きな声で笑って、空を見て、にこっと!

 

 

290)最近のニュースはワイドショーのようで、なんだか、ニュースを見ようという意欲も失せる程。ニュースはニュース。楽しませなくてもいいのだから、まともな報道をしていただきたいもの。それでなくとも、時事問題などの放送が少なくて、夜7時のオンタイムのトップニュースがワイド−ショー並みであると、がっかりです。

 

 

289)全く同じ人はいないもの。他人に触れれば興味も湧くし、好意もいだく。それが自分の中に入り込んでくると、自分をも揺るがす事となる。内部に入れば入る程、摩擦も起こる。そこを乗り越えて、もっともっと深く入り込んで行くと、真と実に出会う。陰陽から一体するともっともっとお互いが開けてくる。一人より、二人。二人より、、

 

 

288)病は気から。江戸時代から、もっと古くから言われてきている。【養生訓】にも解かれて入るけれど、これは西洋医学にまさる良薬。身体の気の流れがとどこおればたちまち病気になると言うもの。正しい姿勢。これが一番。呼吸も整い、ヨウ気が身体をめぐります。すると、考え方も前向きになり元気にもなる。現代人に多い身体の歪み。これは生活習慣病。意識して正したいものである。ついごろりんと横になったり、妙な姿勢をしてしまったら、その日の内に矯正しておくといいです。

丹田呼吸。私は中国でこの呼吸法を体得してから、随分、元気になった。この呼吸は武道/芸事等する人は体得しているはず。ここから感性も広がる。縁あって、このサイトを見ていただいたならば、【心優美】での呼吸法。是非実行してみて下さい。人間が大きくなり物を心で見る力も生まれます。頭を鍛えるのでは無くて、心を鍛える事、養う事。志がはっきりしている人は、気も座って、迷いはなくなるもの。加えて、座る事。椅子では無くて、座る事。ひたすら座る事。

 

 

287)昨日スウェーデンの選挙事情と言う報道をたまたまみたのですが、唸ってしまいました。投票率は過去3年、80%以上。10代の若者の選挙に対する意識に、教育の違いを痛感致しました。自分の国は自分の手でよくする。国民のこの意識レベルが高いため、すべてがうまく回っている様です。福祉、職業、学校、公共事業、、、彼等は戦争を経験しているなら、投票するべきとの価値観を持っています。だから、現在も戦争のない国。穏やかな国。今の日本の政治家、官僚をつくり出したのは国民です。日本人はそのような教育はカットされて育ってきているので、他人まかせの習性が身に付いているのです。天皇陛下万歳!から、進歩無しという情けない事情をしょってる国。物質面では先進国になってきているけれど、人間性、社会性は下降の一途をたどっている。いいと思って続いているこの教育体制もあとどのくらい、世界の中で通用できるか、、、

 

 

286)随分慌てていろいろなものを詰め込む人がいるけれど、必要なものですか?あれもこれもと手をだし、詰め込み過ぎたその頭、身体は自分ではなくなっている事に気がつきません。幻想/錯覚。時にすべてを放棄して、自分を振り返ると、いろいろな場面の自分を思い出します。そうすると、必要なものが見えてきて、詰め込み過ぎの自分に気がつきます。はたして、どれだけの人が自分だけで人生を語れるのでしょうか?何もしないぼんやりとした時間や、座禅、瞑想こそが、真の実の自分を振り返り、そのことで、進む道が鮮明にでてきます。私は己の道は己のみぞ知る。これにつきると思います。

脱皮。蝉や蛇は自分でからや皮を剥ぎません。その時期に自然に取れ落ちるのです。無理に剥いでも綺麗に生まれかわれない。人間の成長も同じ。

 

 

285)1年9ヶ月振りの再会を実現させた、運命に翻弄された彼等は、父の顔。母の顔。妻の顔。娘の顔になっていた。よかったね!と素直に思う反面、監視が同行したり、まだまだこの先は大変な道のりなのであろう。およそ2年ぶりの再会でもこれだけの感動と、格闘があるのだ。今だ行方不明の拉致された御家族の事を思うと、胸が痛む。神様は時に過酷な運命を追わせるけれど、、どーしてこんなことが起きるのか。改めて、今パソコンに向っている自分の身を幸せに感じ、大事に過したいと心に誓う私です。

それにしても、この北朝鮮の格の差。驚くものがある。拉致されたいわゆる外国の人は比較的好待遇。なのに、自国の人は餓死だ脱北だ。。。結局、自国の人が自国を好きになれないと言う事は、その国はいい国とは言えない。今回の再会には日米の選挙やら、大統領選が見えかくれしているけれど、この際、政治的うんぬんなんて言っていられない。良くなる事ならば、どんどん利用してほしい、そして、全容解明にもっと進展がありますように。私は今の日本には確かに絶望感もあるけれど、自分が日本という国を客観的に見た時には好きなのです。和服、風情のある季節、赴きのあるお稽古ごと、、未練はないけれど、、それらを愛していることも事実。

 

 

284)時間の中にあるものは、やがて消えてなくなるもの。だから、そんなものに固執するほうがおかしいのでないのかと想う。お金、物、衣類、食事、命。。。やがて、なくなるものと想えば、失っても苦しくも無く、悲しくも無い。要は固執、執着は苦につながるということ。この広い地球ではそのことに固執することすらできない人があふれている。無農薬だ、どこどこのだ、って言ってられる次元では無い。とりあえず、食べられて、雨風をしのげて、そのうえ固執などする方がどかなー、、なんて想うこの頃です。

私の妹夫婦は15年前にロンドンで生活をしていて、その時に摂取した食事から、狂牛病予備軍の烙印をすでに押されている。その事実はえ!!というものであるけれど、発病する頃にはこの世との別れまじか。ということで、当事者は何とも気にしていない。仕方ない。その時はお肉が食べたかったんだから。。。

 

 

283)今の生活を抜けたい、環境を変えたい。なんて想う事事態があさはかで、そんなことすらも頭の中におかなければ毎日がエクスタシーである。

 

 

282)梅雨あけ前から体温並の気温の上昇。日本にはなまじ、四季なんてのがあるから、身体がなじまない。東南アジアやアフリカとはちょっと皮膚の構造が違うからな−。けれど、この時期は、普段汗等まったくかかない私にとって、唯一汗の出る時期。身体の油を出し切って、体内浄化にもなる。と想えばこれもまた、暑さに感謝の私です。

 

 

281)誰もが自分の人生に目標をかかげ、達成をめざしている。ある程度上り詰めると、達成感がみなぎって、自信となり、優越感にもひたる。私はこの図式は凡人で、ごくごく一般ピープルと考える。そもそも、、頂点などないし、のぼり切る階段もないのだから。上ははてしなく、それは本人だけが目指すもの。頂点だ、終点だなんて一服していると、大きな罠に落ちる。これが人生修行の私の結論。もし、誰かに残したい事があるならば、その大きな罠付きのものではなくて、御自分の今とその時。それで十分。子供は親の背中を見て育つ。まさに、ぴったり。

 

 

280)この世の中は全て陰陽となっていて、、夫/妻、善/悪、快楽/苦痛、損/特、はい/いいえ、、、これが一つになる事ができた時に何か自分が変わるように想う。道は複数では無くて、1本道。

 

 

279)どんな人でも知らず知らずに波動を出していて、それは嘘も偽りも無いもの。言葉や表情ではない、真の実。それをキャッチできる人もいればできない人も入るけれど、動物は究極の電波をキャッチする。言葉と言う余分な伝達をしない分、より優れているのだろうか?悪い波動をキャッチすると犬は吠えて吠えて吠え捲る。私は人への伝達は言葉や文字とは想わない。これでは真の伝達には到底なりえない。

 

 

278)どーにもはまってしまって、笑いが止まらなくなることが良くある、のーてんきな私。失礼な話なのだけれど、見る度にどーにもとまらなくなってしまう。その人は放送大学で教えている某大学の教授。この先生の時は、勉強というよりは、ストレス発散になってしまう。外で会わないように、、、と願う私。

 

 

277)こう連日暑いと、元気印の私も食事は固形物より、流し込みタイプのめん類で十分だけれど、我が家の主人の食欲は衰えない。毎朝目覚ましいらずで目覚め、軽い足取りでゴミを捨て、起き抜けからバナナシェークを流し込む。平均睡眠時間4ー5時間。御年56歳10ヶ月。14年の共同生活の中で寝込んだのはたったの2日。体力的には落ちてるけれど、、人間じゃない生き物のようだ。

 

 

276)人は周りにいる人で、良くも悪くもなるもの。たとえ悪く染まっても、大人としての仁義は欠いてほしく無い。気に入らないと無視をしたり意地悪する様な人は、子供と同じ。大人であるならば、嫌いな人でもうまく流す。これ基本。いい年をしてそんな事もできない人は、気の毒だけれど、同情はできない私。切り捨て。類は類を呼ぶ。いくら着飾っても目立たないのね。それは心が光ってないから。

苦手な人は誰にでもいる。そんな時は無理にあわせなくてもいい。自然体でいけばいい。なまじ構えるから、どつぼにはまる結果となるので、気にしない存在にしてしまえば、どーってことない。

 

 

275)主人の手相が何万にひとりの強運の手相であるという。ふーん。運がいいと言えばいいのだが、、まー、そのような運を持っているのなら、世のため人のために、是非、生かしてもらいたい!といったら、それ以上言うなと言われた。

 

 

274)家のセキュリティーをどうしたもんか、、いろいろ相談してみても、答えはでない。火災報知器は一人暮らしの寝たきりで無いとつけられず、あとは警備会社に頼る、けれどその場合、カギをどこもかしこもかける事に意味があって、今の状況ではまず、不可能。市販の火災探知機は音が出るだけ、電気調理器は老齢者のやけどが多く不向き。煙りに反応して水が落ちると言うものがあるそうだが、これではたばこを吸うたびに、大掃除。それでは施設へといわれても、余命何年かの人を入れるにはちょっと、、携帯持たせれば電源を切り、、世の中こんなに老人社会なのに、日本の福祉は福祉になっていない。介護保健料も結構な金額を支払って入るけれど、1割負担が大きいのも事実。みんな若い時には気が付かないけれど、あと数年もすると、ダンカイの世代の人が一斉に老齢化する。今のうちに北欧並の強化体制を整えておかないと、、ということで、我が家の策は、ヘルパーさんのふる稼動と主人と二人の交互の見張りとなる。夫婦の連携プレーの見せ所でしょうか?よそ様のお宅は気なるけれど、知ったところで、ふーんという程度。ならば我が家流を生み出して、また人生勉強のはじまり、はじまり。。

 

 

273)人の上に立つ人は、権力を振るったり、威張ったりするようでは器が小さい。力で下の者を支配するということは限りがある。人に慕われている人は常に、謙虚な姿勢が見える。一緒に取り組み、意見を交わす。コミュニケーションがとれていれば、自分から出しゃばらなくとも、自然に尊ばれる。それが人の仕組み。

 

 

272)【義務教育違反】という言葉。小学校/中学校を各種学校へ入れてしまうことだそうで。日本の学校教育に疑問を持ち出した先見のある親は、今、こぞって子供を中華学校へ入れるそうです。違反にとわれても子供の将来を考えると、厳しい教育スタイルと、これからは、英語では無くて中国語。うーん。確かに、今の小学校はあまり意味が無く、得に中学受験組にとって、小学校の授業はちゃんちゃらおかしくてやっていられないという。どうする。日本。少子化に加えて、そろそろ日本の6/3/3制も崩れるのか?

中国語は確かにこれからの時代ビジネスの主流になっていくだろう。この中国語、フランス人が話すとうまいので吃驚する。舌の動きがフランス語の発音ににているのである。私も中華学校の幼稚部に入園したいぐらい。けれど、、日本語も大事と言う事。お忘れなく。

 

 

271)旬の話題をひとつ。球界ではまさに、合併/買収で問題になっていますが。。オーナー会議と言うのを小耳に挟みましたが、なんと夢も希望も無いナンセンスなおじいさんの集団なんでしょうか。自分達の守り体制でファンや選手の事等論外のようにすすめられて、、私は野球は全く分からないけれど、これではますます野球は衰退し、できる人は海外へ行くだろう。チームも少なくなって、勝ち残るゲームの面白さも失うのであろう。そもそもなぜこのような事態を招いたか、自分の振りを正さない。この集団。なにも球界だけでは無い。日本の上層部に張り込むこの年代を一掃しない限り、先はない。

 

 

270)【がんぐろ】の次は【やまんば】で、今は【やまんば+着ぐるみ】だそうで、昨今の高校生は得体がしれない。私が20代の頃はサーファールック/浜トラなんてのが流行って、それでも、自分なりの工夫で人とはちょっと違うオシャレを楽しんだもの。今はただ、目立ちたいそうな。。この暑いのに、、、親は親でかわいいというそうで、、、言葉を失ってしまう。

そんな彼女達は学校はつまらないらしく、自由になりたいと、早く卒業を願っている。今はこんなだけれど、一応の受験はクリアしてきた彼女達。小中学生が大人びる一方で、高校生/大学生の幼児化が印象的。私から見れば、自由気侭にしているように見えるけれど、、、彼女達の自由は何もしない事。仕事も、食事も、入浴も、勉強も。。こんな10代を繁殖させていて、いいのでしょうか?

 

269)生活にリズム感のない人は何をやってもすっきりしない。私の経験上、、仕事のできる人は書類は少ない。そして、身綺麗で、デスクは綺麗。できる人は、すべてにおいて、コーディネートされている。決して、電車の中では、、寝ない。

 

 

268)《人道的》という言葉が最近頻繁に聞くようになって、なおさらこの意味が不透明になっている私。どうも言ってる事と行動が反比例に見えてならない。外国人の永住権においては顕著で、どうもこの《人道的》という言葉が踊って見える。日本の体質、面倒な事にかかわらな主義が底辺に根強い表れのひとつでは?

 

 

267)人生は忍耐だ!なんて言う人。そんな事言ってるから、耐えるだけの人生になる!

意外と口癖になってることは、そのようになってしまうもの。口にする、想いの事はプラスな表現が人生を向上させます。でないと、絵に書いた餅に終わってしまいます。

 

 

266)種をまいた所には花は咲くもの。しかし、事象や栄養で咲く時期はまばらになる。けれど、種まきがしっかりしていれば必ず咲くもの。どの花にも開花の時期があるように、その時期を待っていればいい。早くさけよと肥料を与え過ぎると、綺麗な花は咲かないもの。事象や栄養=エネルギーと信じる心。

私の座右の銘【想う事叶うなり】なぜこれをかかげているか、今まで叶わなかった事は、、ないのです。思うのではなく、想うです。

 

 

 

265)残された家族の再会を目前にして複雑な心境だと思う。政府は選挙をあてこみ、当事者の彼女の旦那様は自分の身の危険からどっぷりひたっている北。なんだか。。この再会がいいのか悪いのか。手引きをしているNGO団体は個人的に、、理解できない団体のひとつ。と批判はいくらでもできるが、さて、私にできる事は、、なにもない。ただ、彼女に信念をもって立ち向かってほしいと、言葉をそえるだけ。

 

 

264)介護保険の導入により、あたかも高齢者にはよりよい支援が受けられるように伝えられて入るけれど、とんでもない。ほとんどのヘルパーと言われる人は普通の主婦。資格があるらしいが、事務的には役立つようだが、実際の現場で生かされていない実情。介護保険を使って実感できる人は、寝たきりの病人を抱えている人と、生活のサポート的に使う人だけ。今の老齢社会で一番多い、ぼけ/アルツハイマーにはちっとも、、とりわけ、ぼけの初期はまだらぼけで、家族でもその実体に日夜苦戦しているののに、そのようなことに対応できる組織がないのだ。一番不安な時期に助けを求められない制度。私は大きな憤りを覚えている。元気な年輩の方は遠慮してこの制度を利用しないけれど、遠慮は無用。そのような人が一番利用して助かるのだから。どんどん使えば言い。要は格安のお手伝いさんで、保健衛生面でのサポートは不透明なのだから。現場で求めるものは、肩書きでも資格でもない。キャリア。

 

 

263)家の主人はいつも首から老眼鏡をさげていて便利そうにしているが、ふとしたときに、さげていることを忘れて、おでこにかけてしまうらしい。すると、眼鏡を必死に探している。こーいう光景はよくテレビのドラマ等で見ていたけれど、目の前でおこると、開いた口がふさがらない。今まで、憶測の世界の事も体験すると、かなり心理的影響は大きく、、、私の老後は独りなので、これは大いに覚えておいて勉強になります。探してもないものは、自分の身体を探れ。

それでも、父にしても主人にしても、何かしら手をかけてくれる人が(私)いるわけで、たぶん順番で行くと私が一番後なので、、たよったり甘えたりの部分が自然に出てくるんだと思う。15年も独身生活をしていた主人も、今では家の中の事等ちっともわからない。長期に留守にする時は必ず、模造紙にいろいろ注意書きを書いて、至る所にはってでかけるのだが、、、なので、私は気をゆるめてる暇は無く、あっちこっちに何人分ものアンテナをはる。最初の頃は苦痛で、文句ばかりであったけれど、今はそんな日常が楽しい。アンテナの数が維持できるように、元気でね!私のような運命も面白い。これからどうなるかなんて考えは不要。すべては決められたレールの上を進んでいるのだから、考える事はないのである。たとえていうならば、私の人生は障害物競争というところか。パン食い競争もいいかもしれない。

 

 

262)この世に産声をあげてから人間として生きて行くために、赤ちゃんは赤ちゃんなりにいろいろ体験を重ねて行く。母親の呼び掛けに反応する事からはじまり、お風呂に入る事、排泄物の不快さ、そして幼稚園に進み友達からまたいろいろな体験が増える。

人は体験によって成長できるように作られているのに、最近はいろいろな体験がすべての人に行き渡らない社会の仕組みになってきて、その不足分を本やテレビや映画で補おうと、疑似体験しようとしているけれど、どれだけの人が身についているのであろうか?身に付いていたら、今の社会はもっといいはず。何でも、どんな事でも体験できる事は何にもまさる御褒美で、私の所にやってきた数々の体験に改めて感謝の念であふれる。この私の体験から得たものをまた引き継げればなおいい。なんだか、宝くじにでもあたったような、、、これこそまさに真の宗教で、究極の哲学だと思った。

 

 

261)ダンサーは本場の踊りを求めて、その国へ留学する。そこには言葉と言う高い壁。せっかくきたのだから、踊らなければ、覚えなければ、考えれば考える程踊れなくて、言葉の壁とのはざまにあって、苦悩の日々を送るという話があります。その苦悩のなかで、その国のダンスを踊れるようになった時、彼等は口をそろえて、身体で感じる、、といいます。今までの気負い、不安を脱ぎ捨てた時、すーっとそのダンスが自分の身体に入るそうです。

ダンスは祈り。と言った人がいます。昔昔は宗教的な意味合いもありました。言葉の変わりの表現方法で心がでます。私自信、数年の間、創作ダンスをしていた時に、その魅力にとりつかれました。身体を口に変える。ボディーランゲージ。意念です。

一日30分。今も続けるボディランゲージ。その日の思い、感情を身体で表現します。きっとふいに入ってきた人は、びっくりするかも知れないけれど、、これがまた、すーっと眠りにつき、快適な目覚めとなるのです。健康と心身の健全にはうってつけです。

 

 

260)沈黙すると言う事は、心の中でも沈黙する事。心の中で話す事は、すぐに顔に、態度にでます。どうすれば心の中も沈黙できるか、簡単です。黙っている自分を心で見ればいい。予想も憶測もたてない沈黙の時は知らず知らず人を成長させます。自分がどうする事もできない時は沈黙。あるがまま。なすがまま。

 

 

259)昔長野に住んでいた事のある友人が、気持ち悪くなる程の星空だった、、との子供の頃の話をきいて、気持ち悪くなる程というのが今一つ経験のない私にはピンとこない。私の住んでい所も都内に近い割にはわりと綺麗な空だけれど、、気持ち悪くなった事はない。夏に、高原へ行くのでその体験を楽しみにしている。

以前、獅子座流星群が見られた時、夜中、主人とふたり、テラスにこたつを作って眺めていた事がある。ほんの一瞬の流れ星。瞬き一つで見る数が変わってくる。その時は25個ぐらいは見れたと思う。花火のように流れる流れ星の連続プレーを見たのは初めてだったので、それは興奮の時でした。プラネタリウムへ行くと、決まって熟睡タイムの私ですが、やっぱり天然物がいい。月だ☆だと見ている時は何も考えない。とういうか不思議に考えられない。これなのだ。この体感が日常にもってこれたら、動じない。

 

 

258)12歳になる甥子が大学に入る頃、私も同じ大学に入ろうかな−、、と彼に打ち明けた所、三流大学は嫌だと帰ってきた。返す言葉を見つけるのに10秒ぐらいかかったけれど。32歳も離れた私と同級生になるのを、思春期の彼は拒むかなとおもいきや、にやにや笑って、いいかもね!と言われて、御満悦の私。きっと、、、私が受験に落ちると思っているのだろう。。確かに。それだけのガッツはないけれど、受験票ぐらいはゲットして、冥土の土産にしようと自分に言い聞かせた。この甥子。不思議なくらい似ていて私が親か??と思う時があるほどだ。思春期の彼に手こずる親をしり目に、私と彼は仲良くスクラムくんで、文通を始める事にした。本来の目的は自分の気持ちの表現の仕方と、書く事にあるのだけれど、実は私はそんなことどうでもよくて、彼といろいろ話せる事を楽しみにしている。にやり。

 

 

257)今日は生きながらにして、呼吸困難になると言う恐怖の体験を味わった。今まで、目の前の火事の現場には何度か遭遇していて、火の恐さは根強くわかっていたけれど、煙りにまかれる恐さは、今一つ分からなかった。父の立てたお線香が座ぶとんに落ち、ぼや。火は見えなかったけれど、廊下から何から一面真っ白で化学繊維の発する強烈な毒ガス。どこが火元か分からない程。ほんの3m先の窓を開けるまでの間に、私は気を失いそうになった。口をタオルでおおっても、そのタオルに匂いがしみ込むので、悪循環。やっとの思いで庭に出た時には戻してしまう程。火事は幸い大事にはならなかったけれど、とっさの息ができない恐怖。目が開かない恐怖。あれから6時間経過の今でも、心臓はばくばく、頭はくらくら。火より、煙りのほうが数段恐いものだった。

恐怖を感じたのは、恐いもの知らずの私にはかなり衝撃が強く、煙りも去る事ながら、父のぼけだ。あの煙りの中、みんなが消化活動をしている中、庭に水撒きをしているのだ。そして、焼けた現場を見せても、何の反応も無く、他人事。普段は普通の穏やかな父も、時間のはざまで時々おかしくなる。怒っても、注意しても、その時の目は空を一点見ているだけ。。。恐いもの知らずの最強の主婦も、この厚くて高い壁の前では少々気弱。できる事は、、火災報知器を取り付けて、ヘルパーさんに見守り強化をお願いして、ご近所に注意をお願いして、、、父を見張るしか無い私。と先々をあれこれ想像してても仕方ないので、まー、なるようになるさ!当面は、この屋敷中の匂いとの戦い。

 

 

256)《血》って、いい事も悪い事もあるけれど、どちらにしても、やはり、強いものです。同じ《血》が通ってるからこそ、おもいきりぶつかり、理解もできるんです。若い時は《血》の匂わない所に行きたいと(親戚、親がわずらわしく)思ったこともあるけれど、これはどこへ行っても変わらないのだ。けれど、腹をすえて、正面から向き合うと、同じ《血》ゆえに、導く事も簡単なんだと。。物事から、逃げてはいけない。ありのままを受け入れて、聞く耳を持てば、おのずと、道は開く。

 

 

255)何かひとつ、好きな事があって、それがたとえ社会的に認められなくても、それをできる事の幸せ感は人生を幸せにするもの。お金でも知識でも無い。感性で生きている人はその幸せが何よりの幸せ。人からはどう見えてもその幸せな生活ぶりがすべてを語るのです。子供のピュアーな心を大人になっても維持できる。それが感性。挫折してもつまずいても、それは受けいられ、乗り越えられる。すべて、好きな事の上にあるから。

 

 

254)韓国では整形手術が当たり前だそうで、骨格が大事だそうです。で、韓国の俳優さんが皆様同じ顔であるなーと言う私の印象はそこにあったようだ。

韓国のドラマや、世界のなんとかと言う日本の映画が大ヒットだそうで。私には??。これって、今の時代に忘れている何かが、足りない何かが、それにあてはまる人にはまっちゃうのではないのかな??それほど、単純でレトロなラブストーリー。とは私の考えです。

 

253)日本の危機管理のなさには脱帽。高級オートバイの盗難で、今になって、国土交通省と警視庁がやっと連係したと言う。平和ぼけ日本を象徴している。すべてにおいて、先進国として、肝心なところのねじが、、、はずれてる。

 

 

252)雑草のごとくたくましく生きるタイプと、ひょろひょろ転びながら揺れながら生きるタイプと。どちらにしてもゴールは一緒。

 

 

251)アイルランドで、学業より人格形成を学ぶ学校があるそうで、テストは一年間なし、自分の興味を持ったものについて実際に体験したりする。在学生の間でも、賛否両論のようだけれど、私はこ−言う学校があってもいいのではないかと思う。その年令にあてはまるかが大事だけれど。日本の子供も人格形成等どこへやら、、、義務教育の後の2年はこのスタイルできっちり教育していただきたいものだ。

勉強ができても、社会性のない子供が大人が増えて、それが協調性のなさにもつながる。自分だけという。。勉強は誰でもできるけれど、社会勉強は誰かが引っ張らないと難しい。通知表の成績が悪くても、いつも元気で挨拶ができる子の方が、私は好き。

人格形成がしっかりできて行けば、社会での生活をして行く中で、つま付きながらも方向性を定め、気付き、成長するもの。その気付きは果てしなく、永遠に続く。

 

 

250)紀伊山地の霊場が世界遺産にやっと登録された。遅いぐらい。。この参道を見ていると神の国日本と言う言葉が浮かぶほど。幻想的な祈りの道。私はまだ訪れた事はないけれど、50歳を過ぎたら主人と一緒に訪れたい、この山をピュアーな心で歩きたいと久しぶりに思った。雅楽が似合う場所。満月の夜はより神秘的なのだろうなー。。と思いつつ、今夜も月の光が綺麗で、見ているだけでテンションがあがり、心がピュアーになる私です。

 

 

249)やっと拉致された曽我さんが再会できそうな、、彼女のひたむきな気持ちを思うと、御主人様、御自分の今後を懸念されるより、まず、日本で彼女の元にお子さんと帰ってほしいなーと。昔の出来事で、いろいろな事情もお有りでしょうが、、、まー、御主人様の気持ちも本音は分からない所ですが。。軍の規律はかなり厳しいものらしいけれど、うまく、日米交渉のなかで、恩赦とか、、いろいろ道はあるのだから。。とにかく、曽我さんにとってはこれから先はまだ長い。いい方向へいかれる様、念ずるばかりです。

 

 

248)人をやっかむとか、妬むとか、競争するとか、くらべるとか、、、人は人。歩幅も違えば考えも違う。それはそれで、これはこれ。その気持ちを何かに転換して打ち込めば、吹っ飛ぶと想う。悶々とした時は好きな事をしてその念を取り払えば、また違う意味でその人と接する事ができるという私の考え。それをくり返して行く内に、いろいろな人ともま交わえる。小さな囲いをどうやって広げるか。世の中楽しく生きるこつ。

 

 

 

247)出版物の取扱いが規制されると言うけれど、書店やコンビニ等での規制はどれだけメリットがあるのか?ネット等の規制のほうが先のようにも思える。確かに未成年の子供が成人雑誌を読んだり買ったり、良く無い事ではあるけれど、売ってるんだから買ってしまうんだろうな−。目に見えてる分、まだましかな?とも思う。ネットは不透明だから。。

 

 

246)『私は苦労したから、子供にはうるさくしつけてるのよ』と私にこんこんと話した女性がいた。その子供は私の目から見ると、わがまま娘そのものだった。

人は、苦労と言う言葉が好きなようだ。いい表現のように使うけれど、、実際、苦労から抜け出してしまうとその時の自分のいろいろな思いが泡と成る。このタイプは人の話を聞かない。

離婚して引き取った子供が手に負えなくて、別れた相手の遺伝子のせいにして、はたからみると、その人にそっくりなのに。渦中に入るとみえなくなるもの。

 

 

245)自分がなにものであるか?輪廻転生。それがわかって満足する人。更に追求する人。私はこれこそエゴそのものだと考える。そんなことにこだわってるようでは、進化はしないし、また、それらをかかげて人の心をあやつる人も先は無い。どうしてもそれがしたいのなら、わかった段階で、その自分を捨てる事。それはそれと想う事。すると、輪廻転生がその時点で生かされるという、私の考えです。

 

 

244)3日かかってアジアン組み紐と格闘して、、、なのに、主人はたった30分で出来上がってしまった。うーん、お主なかなかやるな、、てなことで、主人の作った紐をほどき、再チャレンジ。魔法が紐にかかったか、3日目の成果か、やっと完成。主人はそんなの何にするのだと、首をひねっていたけれど、それにもう一手間かけて、見事ワンちゃんの素敵なチョーカーができた。作業段階では不評の組み紐も、私の手のマジックにより、結局、主人を唸らせた。今日の所は、、引き分け。

夫婦で何かしていますか?子供の事意外に会話はありますか?なんでここに、この人と今ここにいるのか?向き合って話してみると、ほれ直す事がたくさんある。相手を敬いつつ、こっちのペースにのせる。相手も同じ事してくるからいっつも同じ船の上。ぴたっと心があった!という時がくると、なんとも言えない不思議な気分になります。我が家は二人で一人。結婚以来ずーとそれは変わらない。変人と言う人も確かにいるけれど、その人達はこの心地よさを知らないんだな−。。

 

 

243)学者/政治家/権力者/医者。。いわゆりる代表的な知識人。この火星人的な知識人達がひとつの壁を越えられないのは、その自分を楽しんでいて、酔いしれていて、、、切り離して考えられなくなっている。知識は知識。知は知。一歩引いて自分の姿を冷静に見れたら、、、地球人。

若い現代的な医者の中では今変革がはじまって、地球人の輪ができつつあるが。。人が、人として、自分が一番では無く、自分のできる事を、、人にするのではなく、、、愛を持って。愛は深く、自分を憎みきれないと愛がわからない時もあるもの。だいたい、、先生と言う言葉に酔いしれてる人が多いから。中国では男性への呼び方でみんな先生というのだ。

知識は有限であって、無限で無い。インスピレーションや感性は無限であると私の考え。昔昔の予言者や超能力者は知識では無く感性できているから

松本被告率いるオーム。彼等等は知識ばかりで、おつむがかちんこちんになっていて、悟り等到底開けない代表格。

 

 

242)ボランティア。人を助ける事は素晴らしい事で、小さな時から一度は親や年輩の人から聞かされてきた事である。けれど、そのボランティアも感謝を求めていたり、ありがとうの言葉が嬉しくッて、なんていうのではそれらはボランティアではないというのが私の考え。ボランティアは感謝などの無い世界。どちらも同じラインにたって、同じ状況にいるという気持ちが前提。してあげるのではない。だから、自分がどれだけ受け止められるかが重要だと想う。ボランティアを英雄視するのはそもそも間違いで、そのような人にこそ、心のボランティアが必要なのだと私は想います。

してあげる、という意念で全財産を投じたとしても、それでは伝わらず、先日の北朝鮮の支援物資と同じ事。できるからしただけとの捕らえ方になる。日本が北朝鮮へできた支援物資を日本国内の人にできないでいるということも同じ。

 

 

241)現実ばかり見てると、夢も希望もなくなりませんか?今この瞬間はもう過去だから、一歩先を見ると下を向いてる事等なくなります。少し先を見るのがポイント。私はこれでもいろいろ問題は抱えて入るけれど、元気で笑っていられます。これが欲をかいて、遠くまで先まで見ちゃうと、また欲が出てきちゃうもの。今、こんな時代だから、私は特に毎日毎日を有意義に過す。自分の意のままに。それは意識だけで必ず誰にでもできる。そして、毎日毎日やること、できる事に感謝です。

生きて入ればいろいろあるもの。私のいとこ等は、悩みが無いのが悩みだ、なんて真剣に悩む人も入る。けれど、夜空をみてると、そんなこと、ばかばかしくなる。この地球も☆。地球儀の中のほんのちいちゃな出来事。なのに。心が真っ暗で夜空が見えない人が、、多い。心はいつもオープンで明るい方がいい。どーんといらっしゃい!ぐらいに。そう想うと恐いものなくなります。無敵の主婦です。

 

 

240)紫陽花は土によって花の色が変わるそうだけれど、我が家の紫陽花は、門周りは青で(酸性)玄関はピンク(中性)。お向かいは青とピンクが一緒に咲いている。裏のお宅はピンク一色。同じ地場でもこれだけ土の成分が違うと言う事。おもしろいことがわかったなー。。酸性と中性。

女性は結婚すると男性の色に染まって行くと言う。またそれがいい事のように言われている。純白のウエディングドレス/白無垢。。。私が結婚した時に、以前の職場の上司に、『君は絶対に、だんなさんに染まっちゃいけないよ。いつまでも、今のままのあなたでいなさいね。絶対だよ!』と言われて、とんでもない事言う人だな−なんて、頭の隅っこにこの言葉を置いておいたけれど、、うーん。本当に、、、染まって無い私。影響を受けた部分はあるけれど、人間的に変わった事はあるけれど、私は私。そう考えると、なかなかいい旦那様を選んだと、向いの部屋で御機嫌で笑ってる主人を見て、ただ、思う。

 

 

239)日本も東南アジア並の暑さ。6月が8月のようにも感じる昨今ですが、暑い時には暑さを楽しもう!汗をかいて身体の余分なものすべて流して、、、太陽の光は恵みの光。だから、手のひらを返してどんどんエネルギー注入。これは中国のある道教のお坊さんに教えていただいた。いいものを取り入れて、悪いものを身体から出す。いつもプラス指向でいられます。

 

 

238)神は創造主。21世紀の私達をどう創造しただろうか?創造の範囲を遥かに越えて。初代の人とは大分様変わりであろう。数千代、数千万代。。進化している人間はどこまで進化するか?長い歴史の中には変わり者もつきもので、今は、ことさらその変わり者が頭角を出している妙な時代かも知れない。

 

 

237)真面目ばかりが良くもなく、不真面目でもまた良くない。時に遊びごころがあってまた味が出る。

 

 

236)《夢》は叶うための《夢》であえり、自分を写し出してもいる。《夢》は実現するもの。実現しない《夢》などあるわけがない。その《夢》が泡と消えるのは、どうしてか?《夢》を実現している人をみればいい。寝ている時の《夢》はとても大事な答えが出ている。疲れてそんなの見る暇もない、、というけれど、忘れてしまっているだけ。覚えてる人は、ラッキー!な日々が待っている。いい事も悪い事も教えてくれる。《夢》の可能性は無限大。どうしたら無限大を生かせるか。簡単。自然に接して、太陽の下で木々と同じエネルギーをもらえばいい。素直になればいい。身体が基本。頭脳ではわからない事。これが生かされてくると、生きてる事が楽しくなる。それもまた、人生。

 

 

235)過保護と愛情をかけるのは全くの別物。これをしたらどうの、あれをしたらどうの、そんな余計なことばかり考えると、除夜の鐘で突かれる結果と成る。子供は他人じゃ無いんだから、自分達のDNAがはいってるんだから、同じ考えるなら、自分達のの昔を振り返ればいい。それをしていると、どんどんさかのぼって、見えていなかったものも見えてくる。一つの事に固執していると、見失う結果と成る。これは誰にも言える事。恋は盲目と同じ。

 

 

234)毎日のようにイラクで人質。テロリストも受ける側も、もはや、殺人という行為に鈍感になっているので、まして、自分の身には影響が無いので、見捨ててもなんの感情もわかないのだろう。この陰湿なやりとり。人間を物として見るこの様は、地獄絵図というより言葉が無い。食事時にこのニュースを見ると、食欲が、、落ちる。

 

 

233)教師がわいせつ行為。お話にならない様である。昔から、坊主と教師はいやらしいというけれど、、自分の欲望を押さえられないのか?あるまじき行為。家でも学校でも、、子供の精神鑑定する間に、教師の適性検査をもっと厳しくするべき。

 

 

232)近頃、東南アジアのような気候の日本。この湿気と暑さの中で女子学生はなぜに、紺のセーターを着るのか??見ている方も暑いけれど、本人も頭がびしょっり。シンガポール等のやはり湿気の多い暑い土地では、やはり、なぜか女性はウールのジャケットを着ていた。けれど、暑さを感じないからこれもまた不思議だった。シンがポールあたりでは、ビルに入れば冷蔵庫。ウールのジャケットでもちょうどいいかも知れないけれど、日本は弱冷房車ですからね。。。着物でも暑苦しいと言う人がいるけれど、涼しそうに着ていれば問題ないはず。ようは、本人と、見た人の感じ。

 

 

231)学校を卒業した今も私達は日々成長している。一歩ずつ登る人、何年に一回進む人、同じところをぐるぐる回ってる人。どうせなら、3段飛びでかけ登りたいところですが、そう甘く無い。

孤独になるのも成長の過程。自分の家を見つけると、その家にまた集まってくる。陽気に行こう。なんとかなるさ。今笑ってるんだから、ずーと笑っていればいい。人間としての成長過程で、競い合う事程無駄なことはない。選手ではないのだから。

 

 

230)愛する事の大事さ。愛することは人だけではない。綺麗なものばかりでも無い。すべてを愛する事は自分との一体感を感じる事。目に入るどんなものでも愛する事ができたらな、それは凄い事。なんのためらいも無く、手を差し出せたら。すべてを受けいれたら。愛する事は難しい事では無いけれど、容易でも無い。戦争もテロも泥棒も殺人者も、、うーん。私まだそこまでは愛せない。

 

 

229)何かをしようと決めて、それをやってしまうほどの根性と精神力を持っている人は少ない。力む必要も無く、意識を持っていることが大事。この意識。意識と無意識。

 

 

228)人の話を聞いていない人とのお付き合いは、発展のないもの。たとえば、これは赤ですよ。と今言ったとする。それは確かにその人の耳に届いてる事なのに、暫くすると、はじめて聞いたように、これは赤ですね。と言う人。話した方はいつまででも覚えている。人の話を流してしまい、自分の思いだけを優先してしまう。すると、いつしかまともな会話はできなくなって、所詮、聞いて無いんだから、となってしまう。聖徳太子にまではなれなくとも、これはひとつの礼儀でもあると思う。つい忘れた、というのとはまた違うのだから。キャッチする耳と頭。世渡りの秘けつ。

 

 

227)殺伐とした生活を送っている都会の人はこぞって、癒しを求める。癒し。マンションの一室の空調の効いた人工的な装飾でそれを感じるのかな?癒しを求めるなら、外にでなくっちゃ。森林浴、海、高原。自然の木々、緑、空気が一番の癒し。日々の癒しのなかで、アロマだ、なんだって、いいけれど、時間がとれたら、外がいい。でないと、身体の流れが渋滞します。

 

 

226)道徳心のある国は、次々に戦争はテロだ。といって訴えを起こし、国レベルで見直しをしているのに、日本はまた自衛隊を送って。イラクへボランティアだとかで行くゆとりのある方々。その前に、もう少しその原因をなんとかする方にボランティアできないもんでしょうか?

多国籍軍だ、年金だ、選挙だで、拉致の事がまたなえがしろ。順番に片付かないもんでしょうか?残された曽我さんの問題も、家族を引き合わせればそれで、お役目終了のような雰囲気で、、この家族だけではどうやって解答が得られるのでしょうか?6カ国協議だなんて、また名目だけの会議で。中身は毎度同じ。これで進展しているのなら、もっと良くなるでしょうに。いつもそう。政治家は海外旅行がお好きな様です。拉致された人はもっと山のようにいるのに。何もできない第三者としては、たまらなく、気の揉む問題です。

 

 

225)政治でも、国でも、カルチャーセンターでも、道場でも、、いろいろな指導者がいる中で、謙虚な気持ちの指導者は、その上の立場を心におき、いつもその人より前へ出る事は無い。けれど、人はすぐに前に出たがる。志すものは自分の中に、かっこたる自分を持っていないと、どうもおかしなことになるようです。顔。顔を見れば、一目瞭然。わからない人は、、、つきあっていればわかる時がくるはず。

誰でもが初心の頃は指導者を求めて門をたたく。それも一つ。本を読んだり情報を得ていると、必ず疑問が出てくるはず。その疑問をどうぶつけるかで、運命の別れ道。死ぬまで付いて行く!という指導者は、そう簡単なところにはいない。だいたい、表に出ていないから、、。卓越した人は沈黙しています。それでも、見つけられる、それが、、縁。

 

224)気候がよくなってくると、、近所の家の秘密に、、詳しくなって、、都会の性。

その1:私道を挟んだお向かえのお宅にかわいらしいお嬢さんがいるんだけれど、このところ、網戸になっていて、、、風邪でもひいたのか、やたらにくしゃみと鼻をかむ音が聞こえて、、これがまた、え??てな感じで、、『へェ−クッション!ちきしょうめ!』声って、、聞こえるものなのね。私も気をつけなくっちゃ。今度会ったら、、笑っちゃいそうだな−。

その2:『ばかやろー!お前何年人間やってんだ!』って、、何ごとかと台所の窓からのぞけば、4件先のいつものどーしょうもない親子だ。何年人間やってんだって、5歳の子供に言ってもねー、価値ないじゃない?

その3:たぶん、誰にも聞かれたく無い話だろうと思うけれど、聞こえちゃった私。困った!

聞きたく無くても、耳に入るから、、人間の表と裏がこの時期はよく見える、いや、聞こえる。誰にも話しちゃいけないんだろうか。でも書いちゃった。見て無いからいいかな??

 

 

233)いよいよ選挙戦スタートで、あれあれ??ちょっと休んでいた?芸能人がまー、お揃いで。口だけだからな−、顔だけだからな−。でも、今のこの状況を見てると、誰でも立ち上がりたくなるのだろう。元気な人が国会でも元気でいてくれると、いいなー。と思います。まずは、選挙権のある人は意思表示を。。。でも、今回も投票率は下がるのかな?だから、変わらないのよね。日本はあなたのなんなんでしょうかねー?

 

 

232)昨日も書いたけれど、たとえばダイエットしなければ、とか、これにかえなければ、とか。それはただ、心と身体を傷つけるだけ。そういう意識は大事だけれど、絶対的にはないということ。そんなに無理に決心しなくとも、すーっと切り替れねば、意味は無い。人それぞれなのだから。真似はある時にはいい事もあるけれど、たいてい、、あまり良く無い結果に出る。真似は2番手。自分が思いついた方法、1番がベスト。

そもそも、食事は『いただきます』『ごちそうさま』食べられることをありがたく、感謝して楽しく食べて、食事と言う私の考え。決められたまま意気込み先行では、楽しいわけは無い。食べられない人もいる世に中で、選んで食べられる事だけでも、幸せでしょう。ヨガの行者は木の実と果物だけで満たされます。それは彼等がそれを必要とするから。だから、今自分が必要なものを食べればいい。いいもの悪いものは自分の身体に聞けばいい。悪いものを食べていれば、病気となって気が付く。それだけ。

 

 

231)とうとう、多国籍軍に自衛隊が参加するのね。戦争のない平和な日本も、小泉政権の元崩れるのか?人は自分が傷付かなくてはなかなか気がつかないものだけれど、自衛隊は仮になにかあっても、国の下にいるのだから、まだいい。一般の方々は、、

武装すり集団とか、テロか、この街も一寸先は闇。何もない日常がラッキーなんて。一日一日、大事に燃え切ろう。

日本は北朝鮮に多額の支援を送っても、悪口をいわれ、アメリカのぽちとまで言われながら、すりすりしても、本質ではちょっとおかしいと思われていて、、、なんだか、薄っぺらな商人のようだなー。

 

 

230) ふけ顔と童顔と。。どちらがいいのかわからないけれど、今の人は年令より若く見えるのは事実。私が子供の頃憧れた40代はもっとおばさんだった。その時のおばさんが今は若く見える。色が増えたのも一利あるかな?今の中年はカラフルで、、歩くサンドイッチマンのような、、人もいる。確かに、明るい色は若く見えるけれど、、多色使いは、、?

 

 

229)考えれば考えるだけ、真実から離れてしまうもの。だから、直感で浮かんだ事はあながち、おろそかにできない。

 

 

228)愛情のパワーって何にも勝る。ワンちゃんを見ててそう思う私ですが、、、そう。今一番大事なもの。愛情。優しいだけが愛情では無い。愛のむちも愛情。このむちが足りない。

犬だってしつければ、できない事はないのです。電車の中で悪ふざけをする子供、しつける親がいないのね。巡り合わせが悪いのか。でも、いつか叱咤してくれる優しい人に出会えると、きっと変わる。その出合いも、本人次第。よく周りにアンテナをはり巡らして、何かおかしい事に気が付くといい。怒ってくれる人は大事です。気になるから怒るのです。

 

 

227)《食はひとなり》私は昔昔の食事を心掛けているのですが、この2年の結論として、世間でいろいろいいと言うものをとるので無くて、何が自分でいいかという学びの為にその情報を得る事も試す事も必要と言う事。みんな同じにすればいいと言うものでも無く、身体は全て違うのだから。

食事を変えて、悪い事はまずない。化粧ののりはいいし、お通じもいいし、何よりも、疲れ知らず。食事だけでは無いかも知れないけれど、これは、動く事の大好きな私にとって、好都合。ストレッチと食事。これで、ばっちり。

ただ、現代食に通じている人が、急にいいからといって、明日からできるわけはなく。。自分の身体の声に従えばいいのではないかな?とも思う。10代20代と《牡蠣》が大好きで、病気になると心配される程食べつくし、30歳で、ぴたりと食べられなくなって、、、そーいうことって一つはあるはず。それが必要だった時だとも思う。満たされればいらなくなるもの。何でも中途半端は後を引くのでは?

 

 

226)今時の人は善と悪がわかっていないので、時として、悪がヒーローのごとく引かれてしまう。それが間違っている事でも、正当化している。大きな事が目の前に、自分に起きないと目がさめないようである。

 

 

225)頭で考えるのは簡単、口で言うのはもっと簡単。目に見える行動が一番難しく、それができないのに、、、話ばかりの生活を送っていると、いずれ、信用がなくなります。行動はそれだけ人の心を動かす。そして、周囲に大きな力を与えてくれる。

天才的な芸術家は傍からみればわがまま放題に見えるが、それでなければ、自由な発想はうまれないし、あちらこちらに電波をはれないもの。だから、芸術家はそれで普通。なので、奇人変人と言われても、何くわぬ顔で、笑っていられる強い精神力。自分の作品にほれ込めるんだから。

 

 

224)苦労の後に花が咲き、苦労は何にも勝る勉強です。苦労の幅は限り無く広く、日常から、家庭、生活、全てです。楽して得たものは中身無し。ここで咲いた花はかれる事なく、水を与えれば、最高の宝です。たくさん咲かせたいものです。終わりはありません。もういやだ、とおもったら、そこで全部かれます。

 

 

223)何かをやり遂げた後、それをどう生かそうか?どうすれば?。。。なんてどんどん考えていると、欲がでてきて、中々初めの一歩が出にくくなるもの。自分のやるべき事ができたら、あとは時の流れに身をまかせ、、、それぞれの役割に巡り会う。初めの一歩を踏み出せばきっともっと大きな事が待っているだろうけれど、分相応に時期を待つ。もしも、初めの一歩も踏み出す事が役割に組み込まれていたら、考える事等していない。さっさと踏み出しているだろう。余計な事を考えていないで、自分のやるべき事をちゃんとまっとおする事が気持ち晴れ晴れ、潤滑油ともなる。

 

 

222)宇宙飛行士の名言はインパクトがあるもの、何せ、一般ピープルには未知の世界なのだから。《地球は青かった》これはかなり印象的なお言葉。そして、今日は民間人が飛んだ。《地球は美しい》この言葉は違う意味でインパクトがあった。外見は美しいのね。でも、その内部では、悲惨な事が起きて、毎日血が流れているのよ。毎日自殺だ、殺人だって。。そんなにも美しい地球を見て、この方は、宇宙飛行のビジネスしか考えられないのかな?ちょっと悲しい。たぶん、もっとピュアーな人が外から地球を見たら、宇宙を感じたら、きっともっと、、と思う。

 

 

221)早稲田大学で9月入学を実施するとか。年2回の広き門となるわけで。けれど、卒業に関しては、努力次第で三年半で卒業できると言うすぐれもの。いいじゃない。こーいう大学が増えれば、遊び中心の学生も減るだろう。入るのはウエルカム、出るのは必死!これがいい。で、現役の学生はこのスタイルをどう見ているかと言うと、一人だけ、三年半で卒業するのは、一人だけ飛び出てしまうから、頑張らないで、4年通いたいと。。なんとも情けない。一人だけ飛び出るのがいや??若い内からこんなんで、どうするの??これでは自我はうまれないはず。どこまで腐った根性が浸透しているのか?こーいう子の頭を割って、ホースで洗い流したい。私です。

 

 

220)同じ家にいて、いないことに気が付かない。。お互い干渉しないという現代の風潮が裏目に出る。ここへきて、これでもかと、悪いパターンがでてきている。家族/親子/友達/会話/インターネット。これは亡くなった人からのある意味気が付かないメッセージにもとれる。

時代が変わったというか、高校生が深夜に出かけるという。。うーん。私には到底考えられない。

 

 

219)世間では《ハリ−ポッター》とか、韓国の、一時代昔の若者みたいな俳優さんが人気らしい。《ハリ−ポッター》は甥子にすすめられて、出た当時読んで見たけれどけれど、途中で寝てしまった。まー、好きずきということで、10人10色という所でしょうか。同世代の女性が子供のようにおっかけをする情熱。ある種うらやましくも思う時もあるけれど、、、毎日が不満が多いのでしょうか?どちらにしても、心ときめくことはいい事でもあり、キャーキャー大声出すのも、よろしいかと。。?

 

 

218)数ある占いの中でも、大きな分類では血液型が笑える程良く当たると思う。私はA型であるけれど、きっすいのA型では無いので、時相応にその違いは顕著に出る。細かい事やお掃除等はA型。通常のお気楽モードはO型のようで、一見すると、A型と当てる人はいない。几帳面なエリアの私は宇宙人的なAB型は非常に扱いずらく、なんなの??と時に思ってしまうけれど、縁あって、結婚した相手はAB型で。。それも、八白で。。。。かなりの鍛練ののち、今度生まれ変わったら、AB型の八白がいいなーと、思うこの頃です。

 

 

217)たまたま奥会津の桐タンス職人の放映を見て、職人のこだわりと芸術性をかいま見た私。茶髪のロングへアーの若者は、到底職人さんには見えなかったけれど、ひとたび、カンナをもてば、目つきが変わる。私はこーいうタイプが大好き。こーいう子は将来、きっといい仕事をするだろう。桐も湿度が大きく関わって、微妙な調整があるようで、それは、こんま0.1mmという繊細な作業。和裁も同じ。絹は生きていて、とりわけちりめんは非常に元気がよくて。。なので、表裏のバランスは、手先の感覚一つ。職人、アーティストは神経が研ぎすまされて無いと、できない。。簡単なように見えて、その実。確かな技が光るのです。

 

 

216)普段穏やかな海はとっても広くって暖かさ溢れる、自然の母!って感じだけれど、ひとたび荒れ出すと牙をむき出し、誰も寄せつけない程の激しさと厳しさに変わる。なのに、このうねりの中に飛び込んで行く人は、、、、仕方ないはね、心無い人が年令問わず、いつの世も後を絶たない。

 

 

215)街で歩いている人の姿を見て、大部分の人は面白い格好で歩いてて、前屈み、お尻突き出し、ステップが??ウォーキングなんてエクササイズが大流行だなんて、、お教室通っても、、維持できるのでしょうかねー?整体と同じでその後のケアーがなければ、、無意味。ここで完全に直れば、潰れてしまうものね、それもまた、商売。なんで、歩く格好が不細工かって、それはその人。からだの歪み、他力本願、ながら族、、歩く姿は鏡。その人がでます。

人間は単純な動物だから、すぐにばれちゃう。文字。顔。姿。どんなに体裁をつくろっても、、、どんなにいいもの身につけても、中がすけすけです。

 

 

214)信じるものは救われる。って何も神仏だけではありません。自分を信じ、家族を信じ。一番身近なものを信じられない人のする事には、限界があるって言う事。人は結局の所、所詮一人では生きていけないのだから。一人でも生きている!と言い切っていても、ほんとにそうでしょうか?

なので、自分の環境整備は大事です。類は友を呼ぶ。いい方に呼び込めば、そえは感謝。大半は悪い方へ、、それも自分次第です。自分の周りにくるものは自分の発しているものでくるのだから。。

 

 

213)悪い事は悪い。いい事は手放しで喜びたい。

世間一般において、明らかに常識はずれなんて事、いくつもいくつもあるけれど、常識のラインがそれぞれ違うので、なかなか大変な御時世で。けれど、相手の反撃や顔色伺ってまでも、我慢していいのかな?っと思う。万事がそうならば、悪い事がまかり通ってしまう。けれど、今の時代、正義は弱いそうで、、悪い人達の反撃が恐いので、じーっと家の中でストレスを溜め込むそうな。。さて、どちらが得策なのでしょうか?

 

 

212)父の日ということで、、といっても、自分の父と同居している私には、娘の日って言うものも作ってもらいたい心境ですが。父を囲んでみんなで会話をしてみれば、、あー、ちっとも先に進まないし、全然違う事言ってるし、肝心な事は耳が遠くなってるし、、厚い壁。

病は気からっていうけれど、後、数カ月と言われた人が奇跡の復活をとげた。癌と宣告されて2年になるだろうか?ミュージシャンの彼は癌と言われてからCDを何枚もリリースして、今日、新作をいただいた。以前から正当派と思っていた彼の顔はこの2年の間の格闘が物語ってるかのような、一種ふっきれたような、とても清清しくもあり、ワイルドでもあった。とても素晴らしいジャズ/ドラマー。これからもいい曲を楽しみにしています。

。。。我が家の父も最近は妙に『空』だなんていって、顔も変わってきて、、、余命2年。少しぼけてきているからわからないけれど、、、人は極限で心の持ち方、気の持ちかたで変わるから、、

 

 

211)いつも笑って、元気な私。どうしてそういられるのか?って聞かれる事もある。『気』は持ち用と言う事。考え方一つでどーにでもなる。すると、運気も上がって、幸せでいられる。極限のプラス指向。のうてんき、とも言う。

このサイトの中の【心優美】で書いている、呼吸法はことのほか元気の元。オーム全盛の時はヨガだ呼吸だといえば、白い目で見られもしたけれど、、、自分の身体ががわかると、都合がいいもの。元気のない人や、興味だけある人にいろいろ伝達はするけれど、皆様根性が無いようで、、もっと楽しくなれるのに、もったいない。そして、人間生きていればいい時もあれば悪い時もある、けれど、自分がわかっていると、先が見えるのでそれもまた、楽しい。

 

 

210)のんびりお茶を飲んでいた時に、物凄い音がして、何ごとかと思いきや、また、近所のボーイズが内の車庫に思いきりボールを当ててくれて、、、このボールの音は家の中にいると、心臓が飛び出る程のショック音。小窓からのぞけば、ボーイズが汚いどろどろの靴で、勝手に車庫によじ登って中にはいったボールを拾おうとしている。久しぶりに『こらー!なにやってんの!』とでてしまった私。このボーイズのボール事件は2年も我慢の子で、私もいささか堪忍袋の緒がきれた。外へ出て、成るべく穏やかに、ここでこーいう遊びはしないでと言ったつもりだが、たぶん、目は三角になっていただろう。しかし、このボーイズ。最初から最後まで何も言わないで、手を出しているだけ。30年前の子供は、まず、『ごめんなさーい!ボールとらせてくださーい』と言ったものだが。今の子は不法侵入だ。謝りもない。親は、、そばでこちらを睨んでいました。親が親なら、子供も子供。モラル等、学校で教えるより、家庭だと言ってきた私ですが、家庭でも、学校でも対処できない実情で、子供がらみの事件は納得の結果と思います。将来、この子達の背負うこの国は、今より血も涙もないものとなるのでは?

 

 

209)周期的に富士山や海へ無性に行きたくなる時がある。この富士山。霊山といわれるだけあって、その力ははかり知れない。気持ちのもち方一つで真二つに方向が変わってしまう。随分前に友人の御主人がカーテンを開ければ、窓一杯に広がる富士山のそばに転勤になった時、私なんかはうらやましく、さぞや楽しい毎日を送っていることだろうと思っていたら、この御主人はあまりに強烈な富士山を毎日目の前にしている内に、鬱になってしまった。彼いわく、富士山が恐い。。また、富士の裾野の樹海では何人もの人が命をたって、マイナス力も凄い。と思う。若い時、サーファーを名乗っていた私。けれど、波に乗れなくて、ほとんどがパドリングで、海にぷかぷか浮いていた時、目の前に富士山が見えると、すーっと眠くなって、よく、真っ黒になり過ぎた、、人の気持ちを読むのがうまい山だ。今、多摩川の土手や、246等を走っていると見える富士山を見れば、力が湧いてきて、いい気分になる。けれど、富士山はやはりすごい力のある山なので、体調のいい時に訪れたい山の一つ。

同じ山でも、モンブランやユングフラウンヨッホ、ヒマラヤは、恐いもの知らずの私も、ちょっと構える。見ているだけで圧倒される山。富士山、黄山を《優》と表現すればモンブランやユングフラウンヨッホは《険》私には。。

 

 

208)秩序としきたりを子供の頃から植え付けられ育った私には、【自由の国アメリカ】は生理的に受け付けられないところもある。けれど、また逆にその自由さがあるが故に、凄いなーと思う事もある。特に映画の分野では日本には決してできないものを次々に作ってしまう。ことにSF物では唸るばかり。先頃《デイアフタートゥモロー》が公開されて、その前までは見たいなと思っていたけれど、《インディペンデイスデイ》のパワーアップバージョンと言う事で、何となく見たくなくなってしまった。そーいう面もある。でも、同じような映画をこだわってつくる所。警戒心というか危機感というか、、、テロもそうなのだけれど、日本ではここまでは考えられない。そして、テロの恐怖も日本では他人事なのだろう。そんな私のお気に入りは【スターウォーズ】これはまさに精神世界。自由がいい面に出る事と悪い面にでる事は別問題で、、世界がアメリカ中心でいいの?多国籍軍も日本で話している事は、世界で通用するのか?日本の悪い面も出過ぎ。そろそろ昔ながらの秩序を重んじた方向に進まないと、、自由だけでは成果は自由と言う事。

 

 

207)日本の裁判は時間がかかる。被告にも弁護をつけてのやり取りをきいていると、もどかしくなってもくる。明らかに罪悪をした人を正当化するにはやはり、無理がある。オウム事件も、毒入りカレー事件も、、、オウムに限っては裁判等をする価値もないと思っている私です。宗教などでは、罪人へも救いの手を、、とあるけれど、今の時代の罪人はレベルが違う。人間未熟の私なんかは、引き回しの上、、、ぐらい思ってしまう。。それほど、この長引く裁判がもどかしい。

 

 

206)物事に執着するということは、いい事も悪い事もある。執着、こだわり、過ぎたるは及ばざるがごとし。。。

 

 

205)手先は器用な私だけれど、おつむは非常に不器用で、、、自分の意にないことをばたばたとすると、必ず迷いが生じる。まだまだ動じない心ができていない私。自分を知っているからこそ、自分の意にそってしなくちゃいけない事、、反省。加えて、また新しい自分が見つかった事に感謝。

 

 

204)老舗のエルメス社が、類似品に対し警告文を出したり、アメリカでは裁判にまでなっている。方や数十万から数千万のバック。方や数千円から数万円のバック。争うまでも無いと思うけれど。レベルが違うんだから。とかく憧れの的はまねされるもの。もっとでーんとかまえてればいい、なんて思います。

街を見渡せば、どっちむいても、ビニールのバーキンタイプ。みんな同じがいいようで、、廃れる事のないブランド商品。世界中で日本が一番消費量が多いであろう。物の価値を知らない人が多い。

 

 

203)身の丈にあった、、、良く日本では使われてきた言葉。自分を知れば身の丈もわかる。満足感も得られ、すると、どん欲さがなくなる。そして、少しずつ、身の丈が伸びて行く。

 

 

202)以前、《薬善料理》について、勉強した事があるけれど、、、私の結論。自然の物を食せと言う事。食の大国中国へ行った時、やけに《薬善料理》を強調されたことがあって、では、何がはいっているのか?聞けば、ショウガだ、ネギだ、、、ふーん、ハーブも同様の事であろう。要は、良薬口に苦し。これ。

201)こーしたい、あーしたい、こーなりたい、あーなりたい。人は必ず思う。けれど、本当の所、何も意識しないでいると、そーなるもの。それには、日頃が大事。土壇場では、、無理です。

 

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