ロゴ☆徒然なるままに☆Cyou

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2800)2006年も残す所わずかとなりました。今年は私にとって癒しの一年であったとともに、感謝の一年でもありました。そして、両親を送り出して子供としての責務が終わったことも、人生の節目となった年でした。一年のはじめは、野放しにされたような自由と言う時間の重さに、負けそうになったりもしました。その後46年間を振り返りながらの長い一年で、因(縁)と果(結果)を身しみて感じ、多くの智慧を授かりました。節目の年と言わんばかりの多くの事象は、知らずと振り返りをさせてくれたようです。その結果、多くの感謝ともなりました。父の一周忌も無事に終えて、これからはまさに新しい人生のスタートとなります。そのスタートするにあたっての新しい因(縁)も、この時を待っていましたと言わんばかりに私の目の前に現れています。それも、まっすぐ歩いているからだと思っています。波に乗れるんですよね。ある機会があって、仏法を確認していたら、、、まさに仏様の説法のような人生であった。。46歳という年齢でこれだけの事を人生で学べた私。。。悟りの上には悟りがある、その理解した人生の教訓の上もまだまだあるということで、これから自分の人生を自分の責任で歩くことへの新たな決意もあります。しかし、意念は持ちません。限りなく自分を受け入れて、素直な心で、のんびり生きます。八正道を実践していれば、そのような人生になるとも確信しています。それも結果です。大きな変化は、、この一年、本当に心穏やかに過ごせた事でしょうか。悩み、悲しみ、苦しみ、憎しみ、、、まったく有りませんでした。そんな年も生まれて初めてでした。なので、その快適さがより一層わかるわけです。実のところ、心優美なんです。それを提唱した時はまだ希望が強かったけれど、今は確信に変わっています。私と話す方皆さん口を揃えて言う事があります。心が軽くなりました。。嬉しい事です。笑顔を第一に、夫婦の時間も大切に、日々の生活に押し寄せる欲望を払拭し、、、在るがまま。2007年、スタートです。ありがとうございました。

2799)今自分と関わりのある人や事象をゆっくりと客観的に見てみると、今の自分に必要な事がよくわかります。人とのおつきあいや縁はほんとうにハッピーでもあり、勉強でもあります。だから私はそんな人達や事象に敬意を評し、その共有できる時間を楽しみます。
何かを始める時、何かをすると決めた時、目標を持ちたがります。それは自然のなりゆきで、とても大事な事だとも思います。ただ、その目的の結果に執着するとどうでしょうか?それをしたら何がしができるとか、それをしたからそうなるんだ、、とか決めていては趣旨が違うと思うのです。苦しいときの神頼みではないけれど、それをしたらしてもらえると思ったら、大きな間違い。目的は目的、結果は結果。結果を期待している人は必ずその結果を得られない。たとえ得られても、それは蜃気楼のようなものだと私は思います。自ら一心にする事によって得られる結果は良くても悪くても、身にしみます。


2798)六カ国協議の見直しが検討されているようですが、それは端で見ていても同感に思います。何の意味があっての協議なのか、昨今の内容を見る限り、時間と費用の無駄の様に映ります。一人歩めよれない人がいると、うまく行くものもいかなくなる、、その一人をどう対応するのか、、、今の情勢の中にはそれをまとめるだけの人はいないような、、、すべてはなるようにしかならないという事なのでしょうか?

 

2797)冬至。一年で一番昼が短く夜が長くなる日。柚子湯にはいったりかぼちゃを食べたり、日本でも情緒ある風習が今も残ります。この時期になるとたくさんの柚子をいただきますが、、私は柚子湯は入れない、、悲しいけれど、香りだけ楽しみます。年末の多忙な時期では有りますが、その時期だからこそ、この風習も意味をなすものと。大掃除等寒さが応える時に、お風呂であったまり、かぼちゃをいただく、、、利にかなったものです。風邪等引かぬよう、年末も笑顔で行きたいです。また、古代中国やインド等ではこの冬至という暦はかなり重要視されていたようでもあります。意味深い一年の節目の冬至。

2796)安倍総理は自分の思い通りに法案が通った今国会を満足そうに会見していましたが、、そう簡単に通すような法案ではなかったようにも思います。この方は総理というよりも縁の下の力持ちタイプなのかな?アメリカでは威勢のいい議院さんが大統領選挙に浮かび上がってきました。日本にはいないようなほんとうに引かれるような議員さんです。彼の演説会にしろ、アメリカの党の演説にはかなりの人が足を運ぶその様子を見ていると、日本とはやはり愛国心が違う。。と感じるのは私だけでしょうか?それでも女性大統領誕生の期待は私にはありますけれど。。。日本ももう少し国民が政治に興味を持つ時代だと思いませんか?本気で政治家を選ばないからろくでもない人が要職に就いちゃうんですよね、、、日本の政治は国民よりも政治家を大事にしているなー。。。国民ももっとしっかりしないと!

2795)縁とは本当に不思議な現象だと。。異国の地で知り合った外国人家族の干支が我が家の家族の干支とぴったり合うとは、我が家の場合は犬も1匹はいりますが。。驚く程その事を知る前に感じた感性とまた合うんですよね、、、こんなこともあるのかな?引き寄せ合うような縁とはこんなことを言うのでしょうか。主人の娘が私と同じ誕生日であった以来のサプライズでした。

 

2794)クリスマスカード/年賀状のシーズンですが、、昨今の環境問題の観点で、何故、捨ててしまう紙を送るのだ、、という団体もあります。けれど、紙は捨てても再生できます。日本でも年賀状離れが進んでいるとか。ネットの普及にともないメールでのご挨拶がメインになっているようです。しかし、、、ご挨拶といえど、文字を手で書くという行動に私は意義を見いだしています。文字は体を表すという程ですから。日本の伝統行事の様な年賀状も減少し、お参りもネット、お正月風景も様変わりし、、日本のいいものがどうしてこんなにも簡略化してしまうのか、とても残念に思います。メル友のような関係なら仕方ないとしても、住所のわかる人には一年に一度くらい、自分の手で書くのもいいのではないでしょうか?文字を書く事は本を読む事と同じくらい、私は重要なポイントと。


2793)私は沈黙は金ということばがことのほか気に入って、しばしば使わせていただいています。この言葉を受け入れたのは今から、、10年ぐらい前になるのでしょうか?バイオリニストの佐藤陽子先生との会話の中で知識としていただいた訳です。それから数年して、この言葉を体感し智慧となり、ことのほか気に入った次第です。言いたい事はその時々いろいろあるけれど、言わないほうがいい時もある、何を言われてもじっと我慢の子で、、、それでもその結果が笑顔で帰ってくるものなのです。アスリートの選手にはこの言葉は特に重要であると。ぺらぺらしゃべっても結果が命。終わるまでは黙っていた方が、賢いというものではないでしょうか?


2792)日本にも海外にもここは凄くいい場所!なんて言われる土地が沢山有ります。人々は霊場とかスピリチュアルスポットとかいいながらその地を訪れ、いい気を一杯身体に感じてくるわけです。それでも良くならない人も多いんですよね、、、たまたま主人と話していてそんな話題になって、あの人はいい場所に行く割りに身体の調子が悪いらしい、、私はその原因はその人にあると思っています。どんなにいい所に行っても、素直な心で邪心無く感謝の気持ちで受けないと、また、その気持ちを持続させるだけの大きな感謝でないと、どうも、、、のようです。私も今年はいろいろな意味で日本海外とそのような場所に行かせていただきました。どこへ行ってもその場で自分の身体が変わるのがわかる程、、、ありがたかったです。今年も我が家では病人ゼロ。元気は身体ではなくて、心だと私は強く思います。無邪気に受け入れて、、無邪気=邪気がない。素直な心です。欲を持っていてはどんなところへ行っても、また出直してください。という感じでしょう。

2791)シンプルイズベスト。平凡な毎日の中に、嬉しさも幸せ感も沢山得られる。。今その中に自分がいることへ大きな喜びを感じています。華美に飾り立てたりしなくとも素直になることによって、人は輝くのですよね。もっとこうなりたい、、もっと、、その欲が奥深い所で大きな壁にもなるということでしょうか。平凡に生きる事は難しいといいますが、それも人生修行の一つでしょう。出家してお寺でその境地に身を於く事は、その修行は大変でしょうが、楽です。その中だけなのですから。その事だけなのですから。でも、この世間でその境地を全うするという事の方が、はるかに、、、だと私は思います。今日本中の僧侶の中でどれだけの人が境地に達しているのか、、言うのは簡単。実践している方々はごく少数です。それも人間としての業ですかね。

2790)今自分の復習を兼ねて、自分で学んだ事を振り返っています。その時には夢中で学んで来た事でも振り返れば納得の事で、、、そのような意味からとても満足している訳です。その満足感を次の課題へつなげる為に、またお勉強。学生の頃嫌いだったお勉強も、この年になって俄然、巻き返しを図っています。それはきっと、その原因(縁)と結果(果報)の関係がより体感し、その事への感謝の気持ちが増して来た事も有るのでしょう。今、その学生の頃に戻りたいとは思いませんし、やり直したいとも思いません。私の過去があったから今が有るのですから。紆余曲折試行錯誤の46年間でしたが、振り返ってみれば、結構いい46年間ではありませんか。半世紀。早いなー。。。

2789)どんな職業でもどんな人でも、プロであれば、一線で活躍している者ならば、健康管理も技術の内。と私は思っています。常にベストが出せる状態だから本物ですよね。

2788)ネット参拝は是か非か。。。と問われているようですが、これはその人の観念の問題だと思います。私個人的な見解は、参拝とは参じて拝むという読んで字のごとし、、、行ってこそという思いですか。けれど、この問題が浮上した事で、神の国日本の神話が崩壊しているという事もわかります。何でも簡略すればいいという物でもなく、何でもネットで済ませてしまうのは??神社仏閣へのお参りも人々の安心感と言う偶像崇拝の証?その安心感だからネットでもいいのですよね、そこには神の存在は無いのだから、、、今の時代を象徴しているかのような事象の一つでしょうか?そのような意味合いから、ネットでは参拝という言葉は適切ではないですね。


2787)この世に偶然はないというけれど、おもしろい偶然が沢山毎日のようにやってきます。まるでメッセンジャーのごとく。私はそんな事象を目の当たりにして、とってもうれしくて毎日が余計活気付きます。これが原因か結果か、、、どちらでもウエルカム。確実に進んでいる、生きている、動いている、、、感謝。なので自然に笑顔も増える、何をしていてもルンルン気分です。すると、すべてがレベルアップするんですよね。感性も。同じ味のもを食べても数段おいしく感じる、、人の気持ちは凄いです。意念は楽しくなくちゃ!


2786)約半世紀ぶりの教育基本法の改定があっけなく決まってしまったようで、これでいいの?今必要なの?とは正直思います。それよりも何よりも、野党の体たらくに情けない、、、どちらにしても与党の数が多すぎて、採決では勝ち目の無い、何をやっても実らない野党ですか、、、これって、民主主義でしょうか?そういえば、堀江さんは日本は共産主義だと海外メディアに話したそうですが、、、彼のした事はちょっと道理に合わない事も有るけれど、日本を変えたいという信念は買っています。彼が言う通り、今の日本では出る釘は打たれる、、そうなんですよね、、

 

2785)体のゆがみは心のゆがみ、、結果病気になるんですね。これも私の経験からです。心と身体はおもしろい程連動している事が自分で認識できてから、その調整も私の学びの一つです。誰からも今日もいい感じね、と言われている時はやはり体もばっちりです。自分でも体の中でしっかりと気血が廻っている感じがします。自分を知っていれば、どこをどう調整すればいいか、お医者さんよりも的確につかめます。着物を着ている時でも、ちょっとした下帯の位置や締め方一つで、長い時間のうちに体もちょっと歪むんですね、それでも知っていればこそ、その日の内に解決できる、、、体と心。おもしろい関係です。

2784)教育改革法の反対運動を教員の皆様が張り切って行っています。愛国心の押しつけとかなんだとか、、でも、教員の皆様方は国家公務員ですよね。塾の先生ではないですよね。学校の先生が君が代を拒否したり、なんだかおかしなことになっているなーと思っている私です。国の威厳というか、政府がやっぱりもっとしっかりしないと、下につくものは乱れるのも世の常ですね。そのもっと下に居る子供も乱れるのも、納得の図式。上に習えとは言わないけれど、立場って言う物はあると思うのですが、、、教育改革が必要なのは政府官僚の教育なのではないでしょうか??


2783)食わず嫌いは損をする、、といいます。食物に限らず好き嫌いがあるということはキャパも狭くなりますから、、、何でもおいしくいただく事は大事ですね。そして誰でも平等に接する気持ちも大事ですね。

 

2782)無知無欲。。。知らないから好奇心も湧かない。。。知らない事は恥ずかしい事ではないのだから、聞けばいい。。聞くは一時の恥、知らぬは一生の恥。。。知らない事が当たり前になっている世界の視野の狭さ。それは結果として意欲をも無くしていないでしょうか?今の自分で満足ですか?好きな事も興味の湧く事もないなんて、、、毎日が24時間がもったいないな。。主婦にとって平凡な毎日でも私はその生活にマンネリと飽和状態を感じた事は一度も無い。。。掃除/洗濯/料理/買い物/家族との会話。。すべてがイマジネーションであるから。。。たとえ毎日同じ事をしていたとしても、同じではないのが、、私。窓から見える景色に全く同じ景色がないのと生活も私には同じ事です。

2781)慈悲という言葉、、、あわれみや、同情のような安っぽい感覚でいると、おかしなことになる。。。この慈悲という事は、同じ立場になってという事。同じ事をし、同じ行いをする。人が泣けば共に泣くということです。今人々は慈悲の心を持っているのかな?何々を祈ります、、これもよく使う言葉。でも、、その祈りは真実の祈りになっているのか定かではないですね。自己中心的な祈りは結果として因縁の元ともなるのではないでしょうか?純真無垢な気持ちで手を合わせる。慈悲も祈りも自分が全面に出ては出来ない事と私は思います。

2780)毎年清水寺で発表される今年の漢字に『命』が選ばれました。いい意味でも、悪い意味でも今年多くの人が一度は考えた言葉では無いでしょうか。

大阪の姉妹殺人事件の犯人に、死刑判決がでました。彼は16歳の時に母親を殺害し、少年院をたった2年ででてきており、その後のこのような犯行を見れば、、この判決は妥当と私は思っています。もっと突っ込んでみれば、この少年法の処置の甘さと日本の法律の欠如、司法の目の不正確さ、情を的確に使えない、、情けは人の為ならず、、ではないでしょうか?もしも彼が今だ刑に服していたらこのような悲劇は起きていないはず、、と考える人は普通であると。人が人の命を絶つという行為は心が壊れているのですから、その心の壊れたのが更生するには、、そんなに容易く更生できればこの世から犯罪はなくなるでしょう。優しさは強くないと出せないもの。被害者をつくるのがその中途半端な優しさでは?昨今、刑務所のあり方等いろいろ取り上げられているけれど、、、どうも。。。職業を覚えさせて生きるすべは見つかりますか?いっそお寺に預けて僧侶の修行でも積ませた方がはるかに更生できるのでは?犯人が死刑になったとて、被害者の家族にしてみれば気持ちが晴れるわけではないけれど、怨念を持つ気持ちを少しでも軽減していただければ、、と思います。命は重いものです。きれいごとでは済まされない部分もあると。死刑廃止も命を守る観点から見ればわかりますが、今の法律/刑法からみたら、私は一概には賛成できません。死刑廃止を大声で唱えるのは結構ではあるけれど、それに変わる物がやはりあってこそではないでしょうか?

 

2779)占い等で自分の人生の選択をする目安にするのも、まー、一つなんでしょうが、そればかりにこだわって、人の話を丸呑みしたからといって、人生うまく稼働する訳は無く、要はその事をしっかり自分の人生に生かす事、そして、その頼みの綱から解放された自分=自分の感性の確信。それが大事と私は思っています。それにより人も成長するのだという思いと、いつまでも特定なことへのこだわりが執着になっている事に気づかない、もったいなさ。。。占いも人も物もすべてにおける隠れた意識の執着。そこから巣立つ時、一つ大きくなった自分に感謝ではないでしょうか?

 

2778)電話での勧誘/e-mail/ダイレクトメール/広告チラシ/過剰広告、、私にとっては迷惑な物の一つ。それらを自分で受ける時常に思う事、自信があればでーんと構えてまっていればいい、自我丸出しの押しつけ商売は私の心情ではありません。元来織り込みチラシで品物を選ぶという事をしたこともなく、必要であれば自分からその情報を探し出す。それが合わないときは、大抵不必要な物、、物欲とはこんな身の回りのいろいろから焚き付けられる事とも思います。いい物/人にはそれなりの巡り合わせ縁があって、その必要な時期に必ず廻ってくるものです。私はそんな時空の縁がたくさん、たくさんあって、それはいろいろな気づきになり、肥やしになっています。これからもこの世ではそんな感じで生きます。あわてないあわてない。待つ事も楽しいし、それもお勉強。

2777)悪口は共同体を維持するシステム、、、悪口という文化。なる本にある内容。悪口が文化でそれが共同体を維持するシステムだと位置づけする人のなんとおろかなおつむ。まー、、千差万別そのような理論にたどりつくほど、その方も多くの悪口に接していたのではないだろうか。地方では悪口のいいあいなど、様々な伝統的なお祭りもあるということを、改めて知ったわけですが、、、うーん、、、絶句。言霊を逆手に取るようなことは人の心も逆手に取る。。悪口ばかり言っていると、人を欺く事が平気な人になってしまうのではないでしょうか?

2776)感謝の気持ち。どんな時に人はそのような気持ちになるのでしょう。他人に良くしてもらった時、予期せぬ喜びごとが起こった時、、、何かが自分に起因して感謝する事よりも、常にその気持ちを持つ事の大事さ。些細な事への配慮と積み重ね。思いやり。しばらく寒い日が続き、太陽の光が見えなかったけれど、青空が戻りその暖かい日差しを体一杯に浴びた時、あー、太陽ってありがたいと私は思います。なくなってはじめて知る感謝の気持ちもあります。両親もそう。そのことに大きく気づいた時、後悔という念も生まれるのでしょうが。。。その後悔の念をいかにポジティブに持って行くかで、その感謝の気持ちもさらに大きく全開し、自分への起因への感謝から、起きられる感謝、寝る事への感謝、食べれる事への感謝、話せる事への感謝、学べる事への感謝、、、大自然への感謝、生まれた事への感謝、日本への感謝、地球への感謝、宇宙創世への感謝。。。と私はなっています。


2775) 誰でもわかっているような簡単な言葉の意味を、実際、どれだけの人がわかっているのでしょうか?言うのは簡単、使うのも勝手、それでもその奥深い意味を知って言葉を発すると、その威力は計り知れないという事実です。言葉って凄く大事です。どんな言葉にも意味があり、辞書にのっている意味のもっと奥深い意味、、、それこそがその言葉の本質であります。その本質を知る手段は、経験と智慧ではないでしょうか。

2774)自殺。どんなに事情があっても超えてはならない一線だと私は痛感しています。私自身、一度その事を真剣に考え、、今があるからです。誰でも生きているのが嫌になる事は多かれ少なかれあることと。。ただ、その事の大きさは人の判断する所ではないという事でしょうか。価値観の違い、見解の相違、親子であれ、兄弟であれ、夫婦であれ、それは違うのですから。自殺は生きるよりも精神力がいります。その大きな力をそこで止めてしまうのは、、、私がその事についてまっしぐらだった時、自分が悲劇のヒロインで、自分の事で頭が一杯であったと今は思います。夫や妹がどんなに手を差し出しても自分の思いで一杯で、他の思いは入り込むすきはありませんでしたね、、その強い自我を払拭したのは母の突然の死でした。死という物を初めて目の当たりにしたその時でした。お葬式に行って対面するのではなく、自分の目の前というその死との対面が私を大きく揺さぶったのかも知れません。どんな嫌な事もこの世から居なくなれば体感する事がなくなるのでしょうか?それは誰もわからない事。未知の事。一つ言える事は、亡くなった魂への接し方ではないでしょうか?自殺をした場合の残された家族の悲しみは、決して消える事の無い因果となると思いませんか?生きている人への思いやり、亡くなった人への思いやり。この世にある命ある物は動植物すべて意味があると、今は声を大にして言います。だから私は生きます。生きられるまで生きます。

2773)昨年の今頃は、、爆発寸前の子宮筋腫を抱え、腹痛と不正出血に苦労していた私です。父の介護があり今寝込めない、、その一心で自身に送った自分の気。一年経って変わりました。自分の気で子宮筋腫を無くした自信と気の威力。春先ごろまでそれでもホルモンのバランスで少々苦しかったけれど、今はベストコンディションでしょうか。医者ではないから断言はできないけれど、、、無くなったものは無くなったのです。医者の手助け無しで。父の介護、長年のいろいろから解放された気持ちの変化にもその原因はあると思いますが。。。病は気から。現代医学の発展で陰を潜めるどころか、抹殺されそうな日本の自然治癒。薬草やら薬膳やら、欧米のアロマや中国の漢方に匹敵するものがたくさんあったのです。日本人は自らの手で古き良き物を無くしてしまう特性があるようです。おばあちゃんの知恵袋。私は原住民のいろいろを探りながら、自国のその乏しさに気づきました。外に目を向けるよりも、内へ。そのことは病気にとどまるだけではなくて、衣食住すべてに於いて言える事。民族衣装の着物、もっと大切につなげましょうよ。着ないからどんどん価格も上がるんですよね。コンクリートの家よりも木のぬくもりの家、障子のあたたかさと光のコントラスト、自国で取れる食べ物をどんどんとる。私は日本人であり、日本を愛しています。だからこそ、自分で出来る引き継はしていきたいと常に思っています。

 

2772) 芸能界でお騒がせのスキャンダルだらけの人達。その通り、身も心も荒んでいる人もいます。その中で杉田かおる、石原真理子、この二人、私は世間がどのようにバッシングしても、この二人の将来を応援します。この二人の目はとても澄んでいて奇麗です。ただあまりにバカ正直すぎて生き方が下手なだけ。目の奇麗な人に悪はいないです。


2771)野菜の廃棄処分が止まらない、、いくらとりすぎても廃棄というのは罰が当たる行為だと私は通説に思います。採算とか利益とか云々言うよりも、赤字でも消費してくれる道を考える方が大地は喜ぶ。。という私の思い。いつだったか、群馬で噴火があり、やはりその地のキャベツを大量破棄した事は記憶に新しいと。そのキャベツは葉をはがせば食べれる物だった、、結果、その後今度はキャベツが取れなくて高騰したと。食べれない辛さを思えば廃棄なんて事はあり得ない、、私は。野菜が取れすぎて暴落しても、コストがどうのこうの、それは飽食の時代だからこその考えでもあると思うのです。捨てればいくらもらえて、市場に出させば赤字で、、そんな時の調整こそ政府の仕事と。再利用の声高い中でのこのような手段はどうなのでしょうか?食べるには限度がある、、ならば、足りないくらいでちょうどいい。。。食べ物を粗末にしてはいけない、、この教えは過去の物?

2770)茶道の事をいろいろ調べていると、何とも果てしない奥の深さに、文字を追う目も黄昏れてしまいます。その調べた中で、このような下りがありました。
茶の湯は禅宗より出たるによりて、僧の行ひを専らにするなり。珠光、紹鴎、みな禅宗なり。数奇者の覚悟、全く禅をもってすべきなり。茶の湯は僧侶と同じ事をする。すなわち、自己の究明である。禅である。。
なるほど、、、難しい訳であります。形だけなら見ていればできるけれど、一挙一動が言葉では表現できない何かが必要なんですね。45歳にしてこの道に入った私には、何らかの意味がある物と感謝して、精一杯精進しようと改めて思います。畳一畳の曼荼羅の世界に憧れてはいったこの茶道、とてつもなく大きな深い道にはいったようです。


2769)アメリカのイラク政策。かなりの民間人の死者と、米兵の死者が増えるだけのまさに底なし沼状態。ここまで来てしまうと、間違っていたとすんなり頭を下げた所で、すみやかに解決できる問題では無くなっています。トップの判断と責任が問われる、、、アメリカの今後の行方。自国の大きな問題を抱えては、さすがのブッシュさんも他国の事等考えられないのでしょうね、、勇気ある撤退の時期を誤ったのでは?被害者はイラクの人と、加害者であるアメリカ。

 

2768)早生まれの子供は運動学力ともに劣るという結果がちまたにあるようです。今に始まったことではないけれど、、、私も早生まれ、確かに小学生の頃は運動は苦手、体も小さく前ならへは腰にいつも手をつける、いわゆる一番前のみ、お勉強も父と母がつききりで見たり、家庭教師をつけてもらったり、親は必死だったようです。本人の私の意識は全くなかったけれど、、、、生まれた月で云々まわりでいうよりも、成長ペースがゆっくりなだけなのだから、、後は本人の努力につきると。スポーツのトップ選手でも早生まれの方は多いし、ベストと言われる4月、5月生まれの方でも、???という人も居るのだから。そのような事に焦点をあてることこそ格差の始まり、意識のはじまり。と私は思うのですが、、、


2767)過日文化勲章を受けられた寂聴さんは、仏教の究極の教えは、人に智慧を持てと言うことだ。智慧と知識はちがう。智慧とは自分の行くべき道の方向をあやまらず判断する能力をもつことである。と言っております。仏教の教えに限らず生きる事ととはそういうことだと、私も思います。与えられ授かった命ー肉体=自分をありがたくこの世で過ごす為のそれこそ知恵であると。


2766)米高官が、拉致を描いた映画は米国民に拉致の理解に大きな影響を与えた、、と談を発表しましたが、、何を今更、、といった風です。理解に大きな影響を与えなければ、このような映画を放映しなければ拉致という国家犯罪を理解できないものなのでしょうか。人を頼っても何もできないと多くの事柄では通用する言葉も、この拉致に関しては家族では手が出ない、日本でも手が出ない、多くの国のバックアップがなければできないことだってあるんです。待っている家族は皆さん疲労大です。そして高齢です。人為的に人の運命を変える事等、許されることではないでしょう。もしもそれも運命というならば、それはあまりにも過酷です。横田夫妻だからこそできたこの活動、そろそろ認めてください。親子というもの、家族というもの、今世界中で問題となっているこの絆です。

 

2765)ある記事で、犬を飼う事は愛しているふりした虐待、、という文字に引きつけられました。犬は飼い犬で幸せか不幸せか。。。犬に聞いてみないとわかりませんが、以前病院の先生が、犬を飼う事はそもそも人間のエゴだとおっしゃっていた事を思い出しました。飼う以上はその動物の特性を理解し生涯をもって責任を持つ事と。その基本概念が人間のエゴにより崩れると、昨今の動物の悲劇に繋がる訳です。愛しているふりをした虐待、、、この言葉、今の人間社会にも同調する所は多いと私は感じます。どれが本当の愛し方か知らないから、ただかわいがってもそれは愛じゃない。。。親が子供を理解していない、飼い主が動物を理解していない、、知らないのに、こんなもの?といった自己流でもあります。その自己流も信念を通せばそれなりでしょうが、信念も無い、やはり虐待というものに近いのかも知れませんね。人も、物も、知識も、学問も、、、すべて、理解する事、知る事から始まるのです。それは勤勉欲だけではなく、好奇心も大事でしょう。この基本中の基本をしっかりすれば、もっとよくなると私は確信しています。


2764)久しぶりに87歳の和裁の先生と、83歳の三味線のお家元とお話をして、その声からあったかい大きなものをいただきました。どちらもお元気で未だ現役。素晴らしいです。何かを全うしつづけることも健康であればこそ、健康は食生活だけでは保てないものでもあります。肉体、精神、魂、このホリスティックな3本柱がしっかりと立っている事が肝心と。心優美、、、私はやっと半分来た所、まだまだひよこです。精進あるのみです。

 

2763)国家公務員の採用枠にフリーターが導入される予定であるということを初めて知った訳ですが、、唖然。もちろん、見送られたようですが当然でしょう。一般的に見聞きしているフリーターは救済の余地なしと。自分の判断で自分の考えでフリーターをしている人に、救済はないです。諸事情でフリーターをせざるを得ない人にとっては迷惑な話。昨今、国家公務員の品格が疑われている中で、採用側がこのような判断をしていたら、、、まったく、どこを改革しているんだか、、といった感じでしょうか。

2762)俳優さんやスター、角界で活躍している人達を見ていて思うけれど、天才と言えどその経験に勝る物無し。味が違うというか、艶というか、その年月の重さはやはり若い人には叶わない物です。年齢はただ重ねるものではなくて、着実に積み上がっている時という宝物。その時々のいろいろが体から出る。経験は宝なり、よく言ったものです。一般人だって同じ事。目から鱗の悟り人は、一生懸命真っ黒になって働いていたおじいちゃん、おばあちゃんだった、、ってことはよくありますから。そのような人は謙虚だから自分からあえて表に出ないんですね、必要な人が必要な人の所へ出向く、、ネイティブアメリカンの偉大なシャーマンは表に出ないで、尋ねるものだと聞いた事がありますが。。。中途半端な人は自分を出したくて表に出るような、、昨今、そんな感じが強いです。私はこれこれこうなんだ、、と言わなくとも、偉大な人はわかるんですよね。わかる人には。そのわかる人が要でしょうか。それも経験。

2761)神社仏閣ご先祖様亡き両親神様方、、、私はお参りはします。けれど、いずれも拝み倒したり願掛けをしたことはありません。お参りする時は常にありがとうございます。この一言のみです。ご利益はあります。絶大に。なので余計にありがとうございます。何事も心が第一と。信心するも偶像の物に頼るのもいいでしょうが、、、私は私。

2760)教育再生委員会のメンバーが胸を張って推進しているバウチャー制度。どうも欧米のそれとは違っているようでもあります。私は教育再生の一環で先生を競争させ向上に向け、学校が競争によって生徒を確保し助成金を得るような図式はどうも、、、納得は行きません。なんでもかんでも競争でいいのかな?受験戦争も一つの競争で、その結果が今です。蹴落として、排除して的に聞こえるこの競争方式よりも、実を肥やす方が勤勉な日本人にはあっているかなと。ともあれ、今を見て皆さんがこれでは行けないと動き出したポジティブ姿勢ではあるけれど、、、紆余曲折、しばらくはつま付きながら進むのでしょうね、、その迷える組織の最大なる犠牲者である子供が翻弄しない様、支える大人も必要かなと。

2759)嫌いな者/物、苦手な物/者、、、それらを受け入れるという事は結果として自分の価値観での判断をしなくなるということでもあります。自分/自我というちっぽけな枠にこだわることなく、、、悟りの境地だと想っています。このサイトを立ち上げた頃は怖い物はないけれど、嫌いな物はあるといっていた私も、少しづつその枠も取り払われて来たような、、想っても執着しなくなったことが結果かも知れません。在るがまま。。よくこの言葉を使いますが、決して簡単なことではありません。自分勝手な事でもありません。その奥にある意味は果てしなく壮大で寛大なるものです。

 

2758)不思議なくらいに欲しいものがひょんなことで手に入る、、、嬉しいというかびっくりというか、そんな日々がここ数年、特に顕著に出ています。 “想う事叶うなり”私の座右の銘。46年間のたぶん80%はこの通りに来ていることへの幸せと、自分へ、これからもエールを送り、笑顔を大切に忍耐も心得て心優美を邁進したいです。我を通さなくともなるようになるのがこの宇宙の法則とでもいうのでしょうか。素直になる事と自分を理解する事の大切さも多く学びました。それができるようになると感謝という言葉の重みもさらに感じるわけですね。

2757)紅白歌合戦の話題が登るようになって、師走を感じる私です。子供の頃は年末の楽しみのひとつであった紅白歌合戦、歌謡番組を日頃禁止されていたけれど、この番組だけは家族で見ていたものです。それでもここ数年はちっともわからなくて、つまらなくて、、台所にいる時間が長くほとんど見ていない、というか、見る気にもなれない。今の世代の人は知っている歌が沢山あるようだけれど、、、やはり昭和の人間としては昔のこてこての歌謡曲が懐かしくもあります。ポップスでも80年代のディスクを聞くと、自然と体がリズムを取って入る、、その時代を謳歌したとも言える懐かしい思いで、歌や曲にはそんな思いもあるので好きですが。。紅白ももう少しなんとかならないのでしょうかね、、国民的、世界的歌番組なんでしょうに、、

2756)GPファイナル出場権をかけたNHK杯がはじまりました。浅田真央ちゃん、、身長も伸びてなかなかいままでのようなスタイルに定着できない模様、、昨年一斉を風靡したその波に乗った時にオリンピックで成功を収めさせてあげたかった選手。それが叶わなかったのは彼女の今後の新たなる壁でもあり、できるからこそ与えられた壁であるとも。ただ、人にはその時期に与えられたチャンスがあってそれをできなかったのは運命?追われる立場から追う立場なった少女の重圧は計り知れないけれど、彼女の観音様のようなお顔に癒しを感じる人は多いはず。試練をできるからこそ与えられたと受け止めて、弱音を吐かず、努力してほしいと思います。次期にくるチャンスをしっかりと手中に収められる様、、、

 

2755)防衛庁が防衛省になるというニュースを見て、日本の自衛隊の意味がわからなくなった私です。自衛隊、、、日本の平和と独立を守り、国の安全を保つことを主な任務とする防衛組織。と辞書にはありますが、公表された内容を見ると、この防衛省の本来の目的は国外の防衛援助、、災害であるでしょう、戦争であるでしょう、、ちょっと違うのではないのかな?自国を守れなくて他国は守れない、、今必要なのはそんなことではないようにも思いますが、、


2754)2月に一度行く動物病院。私はこの先生を人間的に尊敬しています。生きる事=哲学。私の持論でもあるけれど、犬=かわいい=同等、、となると、私もまだまだ未熟で、言っている事とやっている事がともなわなくなります。そんな時、いろいろな角度から先生に質問をすると、しっかりと最後はその答えをもらって帰ってくる私。関係のない所で関係のない話をしていても、私の根本の確認作業になるという、おもしろくもあり、素晴らしい時間でもあると感謝しています。そうですね、80歳まで生きる事に望みをかけるよりも、今を充実して生きる、その結果がもしかしたら長寿になるのかもしれない。そしてそのいくつまで生きるかという、わからない事に焦点を当てる事は無意味である。。。それなんですよね。私もおおまかな所で同意見です。というわけで、今日もたくさんの気付きをいただき、ありがとうございました。

2753)いじめ対応策で今度は加害者を教育するという、ある意味かなり形式的な内容が話されたようです。加害者を学校にくるなということや、加害者に罰則を与える事だけで、いじめが学校の中から消えるとは思えません。この問題はそんな単純な構図ではないと私は思っています。公になっているいじめの実態はほとんどが公立校であるという事。経済的ないわゆる差別も根底にあると。人間教育の再生はある一部分の人だけでは出来る訳も無い、、、いじめは加害者も被害者も平等に何らかの問題を抱えているのだから。。母子家庭、両親の不和、貧困、、、、学校は学校であるけれど、学校だけに任せる事は親の責任放棄。まずは心の教育は家からだと。親子のコミュニケーション、いたわり、思いやり、愛し方、愛され方、、すべての始まりは親であると思うのですが、、、

2752)思い込みは成長を止めます。このサイトでも何年も何回もこのことについて私は提唱しています。常に謙虚であれ。できると思った時点で、上り詰めたと思った時点で、実は今度は降りているという認識。学びは日々の繰り返し。自分はどれだけの者なのか、自信過剰はそれこそエゴ。本を読んだから、、それは知識にすぎず、知恵ではない、、人にとって大事なのは知識よりも知恵。身で体感する事と私は強く思います。ビジネスの世界で大成を納め、更なる飛躍を遂げている企業、会社、トップは常にハングリー精神旺盛であり、腰が低いです。どうだ!なんて横柄な人はそこそこの成功で終わりでしょう。人生も全く同じ事と。

2751)またも取れすぎ野菜の廃棄が始まっています。そのわりにスーパーの野菜の値段は変動がない、、捨てるくらいなら何とかできない物なのでしょうか?食べ物をせっかく育てた人にも実らせてもらった大地にも何だかちょっと後ろめたいです。世の中食べられない人だって大勢いるというけれど、わけられない物なのでしょうか?捨てるなら、、、と私はあまりの罰当たり行為に悶々としています。マグロの捕獲が制限され、マグロ大好き日本人にはなかなか口に入らない日もくるという、、、自然の恵みを好きという食べたいと言う欲がとり過ぎに走らせる。。必要な分だけでいいのですよね。食べ物は自然の恵み、大事にしたいです。食べられる事のありがたさ、この飽食時代に当たり前になっている悲しさ、お金を出せば欲が満たされるという悲しさ、、


2750)日本人の女性の寿命が世界一らしい。。平均86歳だそうです。住みやすい国ベスト3の女性を押さえての堂々たる結果ということでしょうか。これを発表した企業の健康調査というのが結構おもしろくて、体にかんするものをいくつか試してみました。健康状態は軒並み平均を遥かに上回り上位クラス、寿命はあと45年という結果でした。91歳というデーター上の私の寿命です。自分では80歳と決めていたので、まずまずでしょうか。その年まで、今の健康状態をキープできるよう、笑顔と八正道を精進するのみ。私は55歳からの30年を自分の結果と位置つけて、めざせ!60歳でこれからも努力します。


2749)横綱の品格という言葉がここ数年よく活字にでます。品格。。。その物から感じる品位。品位、、、見る人が自然に尊敬したくなるような気高さ、おごそかさ、品。品。。。人や物にそなわる性質のうち、自然と外にあらわれる、好ましい、洗練された様子。と辞書には書いてあります。ここまで書けば言わずと知れるという事で、、その人が出る行為と言う事でしょうか。庶民には庶民の、社長には社長に、生徒には生徒の、先生には先生の、、、あらゆることに付いて回るこの品格。身の丈を知り、それを身につける事も品の内と私は思いますが。すべて揃った所で本物でしょうかね、、、


2748)マイナスイオンをうたった商品の真偽が問われています。そもそもマイナスイオンは自然のもの。人が手を加えて加工した物はそれなりである、、とは私の持論です。天然の炭、竹、水、トルマリン原石、噴水、森林、、、本物は動ずる事無くその効果も尽きる事はない。。。

2747)人生は楽あれば苦あり、苦あればこそ楽来たり。その裏に潜む涙と笑顔は縁の下の力持ちであり源となる。。。たった一度の人生、たった一人の為の与えられた人生。一人に一つだけ与えられる貴重な時間。そこに枝葉をつけ花を咲かせるのも、枯らすのも自分という責任。本当はどんな道を歩んでもしっかり花を咲かせることができるようになっていると私は思います。その花の大きさにこだわらなければ。。。小さな花でも感謝。大きな花なら分け与える。それが大事と思います。

2746)昔の大人はかっこ良くて憧れが強い人が多く、何よりも大人としての威厳が感じられて、子供とは一線の区別があった私です。今、この関係が崩れて、子供の方が威厳が大きく怖い存在、、、弱者を標的にしかできない腰抜けの強者。体ばかり大きくて、知識ばかり多くて、その中身はぺらぺらだからやることは動物以下。私は弱者や動物を虫けらの様に扱うこの子供達を野放しにはできないと、強く思います。どうすれば、必然的には大人が大人としての意識改革に目覚める事しかないでしょう。。そして、教育改革教育法の改善といっているけれど、何よりも、教育の根本を見直し、学校のすべき役割を再認識する事。学校は受験の予備校ではない、、集団生活やモラルを教える所、そしてまた、学校と家庭の連携の必要性ではないでしょうか?

 

2745)何故考え込むのでしょう、何故迷うのでしょう、何故否定するのでしょう。何かが起こったとき、誰でも最初に浮かぶ事があるはずなのに、そのことを無視して違う事を呼び起こす。。。動物は本能があります。人間は直感があります。鈍感な人等、本当はいないのです。鈍感にしているのは自身です。


2744)11月も末に近づけば、クリスマスのデコレーションにお正月用品が店頭を埋め尽くします。昔のお正月はおめでたく、一族で食卓を囲む三が日。だからこそ主婦は年末から多忙を極めておせち料理を準備しました。お正月だからおいしいものを食べる、、なんていう家もありました。けれど、今は一年中おいしいものをいただけるありがたい時代にあって、人々のお正月の捉え方も様変わりして来たような気もします。年末から家族で海外へでかけて家を留守にするのですから、、、私が小学生の頃、父の留守中に母方の叔母が迎えに来て、私と妹を母方の家に勝手に連れて行ってしまったとき、父は大晦日に車を飛ばし、凄い剣幕で迎えに来た事が思い出されます。元旦は家で、家族揃って、そして2日は父方の家に行くのが父の家訓の一つでもありましたから、、、夜中に車に乗せられて、ぎりぎり元旦の朝、母の待つ家に帰り着き、休むまもなく着物を着せられました。母方の家で見送る叔母達と祖母の悲しそうな顔が今でもはっきり思い出されます。年末からお正月は私にとってあまり精神的に楽しい思い出はなく、唯一、クリスマスプレゼントと、お年玉だけの為に親戚中を廻った何とも言えない感じでした。結婚してから2年前まで、ほぼ、同じ状況でしたが、今度の年末、お正月は産まれて初めての私流のものが出来そうです。嬉しい事なのか、寂しい事なのか、、今は半々です。


2743)自分と似ている顔の人がこの世に3人いると言われます。私はまだそっくりさんには遭遇していませんが、手相が全く同じという人と、この秋オーストラリアで遭遇しました。年齢も国籍も違うけれど、手相が同じ、、きっとこんな感じの人もこの世には何人かいるのでしょうね。たぶん、宝くじの3等ぐらいを当てるような確立でしょうか。だから手相学なるものも存続するのですね。。手相が同じ彼女とメール交換をして早ひと月。ほんとに腰が抜ける程同じような感情や体験などを同じ時期にしている事に、改めて驚いている限りです。運命共同体とも言えるこの同じ手相。私がネガティブになれば彼女もネガティブになっている、、ならば、互いにこの問題を意識してクリアしようと、意見の一致を確認しました。だからこそ、私は毎日心優美。自分が幸せであれば彼女もまた幸せ。そしてどこかにいるであろう同じ手相の人も幸せなのだから。嫌な事を引き寄せ引き合う事はない。そう思った瞬間、占いやその類いが私には無関係にも感じられ、なんだかんだを吹き飛ばすのも、自分次第。すべては自然に逆らわず為すのみ。人間ってやっぱりおもしろい。人間に産まれて良かった。感謝!

 

2742)危険な場所での犬の捕獲劇を見て、心が何だか穏やかでなく、、この種のワンちゃんは保健所行きが通常なのに、手厚い保護、テレビでこれだけさわげば飼い主さんも見つかる事でしょう。なんてラッキーなワンちゃん。今、あっちこっちで野良生活をしているワンちゃん、猫ちゃん、人間に劇的に捕獲してもらってください。メディアの力は偉大です。あなた方の犬生猫生が変わるんですよ、、、って、これでいいの?動物愛護。メディアが騒がなくとも、本当の動物愛護の精神があれば野良はいなくなる、、保健所も捕獲した動物の告知をもっと広めたらいいのではないのでしょかね??かわいそう、、だけでは飼えないのが動物。

2741)内閣の駆け引き、だましのテクニック?郵政改革反対派に離党を強要し、これで変わったはずの自民党が、今度は参院選を見越しての復党問題にゆれています。ほとんどの議員さんは復党する見込み、、当然かな?とも思います。政策の違いであり、離党がおかしな判断だったのだから。それでも大元の自民党の考え方はちょっと???結局変われなかった自民党、頭をさげて、戻って、、とは言えない辛さ。政治はやはり党が要なんでしょうか?無所属では何も出来ないのでしょうか?そんなばかな、、と一般市民の私は思います。大きな政党も無所属も、国民が選んだ人なのだから、すべての議員さんにチャンスは合って然るべき。それが民主主義でもあるのでは?今の内閣では民主主義は成り立たないのだから、早く、民主主義にまず戻す、、それを願います。

2740)いろいろな人からメールやお手紙を頂戴して、一緒に考えながら互いに成長するのが自分でも楽しみです。文通のような感じにもなりますが、これがまた哀愁があって、最近は気に入っています。手紙の文字から状態も感じられて、暖かくなったり、寒くなったり、、、それでも最後は暖かな気持ちになるのが文字の力でしょうか。自分にとって必要な物は、望まなくともそのようになる。これは本来の宇宙のルールのようにも感じます。素直な心。飾らぬ心。謙虚な心。

2739)飼い犬のトレーニングを初めて約1ヶ月。犬のトレーニングというよりは、飼い主のトレーニングでもあります。犬がこれほど人の心を読み、感じている動物か、、と毎回驚かされている私です。人間のエゴを見透かして決してそのエゴを許さないのが犬です。犬のトレーニングと思って始めたこのレッスンは、実は私の精進かもしれないと、、思っているこのごろです。犬と私の信頼関係。ゆらぐ犬の気持ちに応えるには、まず自分の確固たる物を信じ、犬に安心を与える事。絆は一本。細いか細い絆よりも、太くでーんとしたもの。毎日、いろいろな事が人間の中でも起きているけれど、犬と接する事に寄って、簡単にクリアできる問題も多々あります。そこには言葉も概念も無く、純粋な心と愛情だけ。。。それだけでいいんです。シンプルイズベスト。


2738)歯科医過剰による質の低下が指摘されています。ほんとうに多いと思う歯医者さん。振り向けば歯医者というほど、至近距離にたくさんあります。その中でどこを選んで受診するかは患者側。設備や美観、先生の人柄だけでは医者は選べない。。。先生の医療に対する姿勢、コミュニケーション、腕、、、ここへ引っ越して何件の歯医者さんを尋ねたでしょうか、未だ、この先生!とい先生には出会っていない現実です。


2737)時間を見つけては小さなお庭の手入れにいそしんでいます。花々の手入れ、植え替え、植木のせんて、、何週間越しかに完成した庭でお茶を飲んで、視界に入るものに幸せを感じます。青い空に白い雲が低く流れ、遠くに聞こえる小鳥の鳴き声。色とりどりの花々と植木が何だか私を含めて一つの曼荼羅に感じられた瞬間です。夏に植えたウコンが、今年随分なりました。乾燥後は主人の薬膳酒と変わりますが、自分で作った種酒はきっとおいしさも、いただく側も、感無量のことでしょう、、、


2736)昨年、4回転ジャンプにこだわって自分を見失い、実力を出せなかったスケートの安藤選手、9ヶ月後、4回転ジャンプを封印して基礎の徹底を行った結果、自分に自信がつき、見違える程のみごとな滑りとなっている今大会。こだわりという執着を捨てた時のもつ力を見せてくれました。日々の仕事やお稽古の中で学びは積み重なっていますが、基礎を徹底して身につけていないと、その積み重ねは無駄に終わる事にもなります。子供のお勉強もまったく同じ事の理屈。基礎ができての応用であり、次なんですよね。そしてその行程に終わり等ないということです。私も茶道をはじめて2年弱。見れば簡単な所作もやれば。。。それほど一つ一つの動作/仕草に奥が深く、幅が広いのです。間違えても間違えても基礎を繰り返す反復練習あるのみ。一つできればその次、、まさに終わりのないのがお勉強であり、学びです。勝手に終わりを決めて、結果だけを望んでもその心は行動に現れて、支離滅裂となるわけです。単調なことほど難しい、人生はそんな繰り返し。継続は力なり。加えて、先ばかり見ない、考えない、見て感じるのは今。

2735)人の振り見て我が振り直すとはよくいったものです。人の感情や行動を見て、え?と思う事も多々あります。それらに対して自分はどう感じ、どう思い、自分ならどうするか、、日々そんな繰り返しの中で、ある時は自分を反省し、ある時はそのようにならぬよう、ある時は決定的な決意をする私です。そんないろいろを主人と心行くまで話している時に得られる安心感を感じたとき、よし!今日もこれで大丈夫!と自分をほめてます。大事な事はいろいろ自分が感じた事を消化して、その過程も自分を否定せずにクリアできることでしょうか?


2734)外出予定のある時の天気は少しだけ、、気分をも左右します。ましてや、一日悪天候と天気予報で報じられればなおさら、、それでもいざ家を出る時には雨もやみ、結局、一日天気は悪くともその影響を最小限受ける事無く過ごせる事は、空に向かって、ありがとう!と言うほか、、ないでしょう。いつもいつもありがとう!このようにいられるよう、また自分自身、日々精進。

 

2733)ヒトラーの12日。という映画を見て、戦争という行為と人の心の変化を改めて痛感し、ヒトラーをとりまく人々のその後もはじめて知った、、、衝撃は強かったけれど、自国/ドイツでここまでの映画を作れる、その受け入れた寛容さと振り返りに、私は感動しました。今も米国人監督が硫黄島の戦いを描いた作品が公開されていますが、、、日本はやはり、、、受け入れて戦争という事実に向き合う事が必要であり、そのことが日本のトラウマなのかもしれない。いろいろな意味で。真実は美化する物ではなく、真実を伝えて人の心に刻む事。。。知らないではすまないという事を改めて痛感しました。


2732)生きている間、切っても切れないのが時間。“時は金なり”と、言われるように、大切な時間だから浪費せずに送りたい、、それだけ時間は大事と言う事をいっています。その時間も使い方次第ではかなりの溝を産む物でもあります。時間は稼ぐ事もできます。取り返しのつかない事もあります。人は嫌な事や、傷ついた事を時の経過とともに癒していきます。その癒して行く、、が癒されずに蓄積されているのがトラウマ的状況。なので、この場合、時間が経てば経つ程苦しくなります。逆に、うまく消化し、その嫌な事や傷ついた事を学びとして経過した場合、その時間がさらに人を成長させます。この世ではただでさえ浪費が多いのだから、心は浪費せずにうまく時間を使いたい物です。時間は誰の思う通りになる訳も無く、これこそまさに平等に刻まれる物だから。このリズムにうまく自分の鼓動を合わせると、なんて想像しただけで一秒が一分がドラマのような、、そんな楽しい時空を想像しています。貴重な一秒、貴重な一分。


2731)自然現象と人との関係も神秘的というか、密接です。人が誕生したり、人がこの世を去るとき、その比率が多くなるのが月であり、潮。新月、満月、満ち潮、引き潮、、、、人は自然に逆らえないということであり、確かに同調しているという証。どんなに時代が変わっても、変わらぬ物はあるのです。その変わらぬ物に焦点を合わせてみると、いろいろなことも連鎖の様に考えられる、、、おもしろいな、人間って。凄いな地球って。自然は人よりも前からあるのだから、、、その意味では先住です。敬意を評しいろいろもっと学びたいです。
世界遺産で行ってみたい所ベスト3はフランス/モンサンミッシャル、エジプト/ピラミッド、ペルー/マチュピチュだそうです。私的ベスト3は、、、スペイン/サンティアゴ・デ・コンポステーラの巡礼路、ペルー/マチュピチュ、チベット/ラサのポタラ宮歴史地区。これから行きたいなーと思う所です。スペインの巡礼路は映像で以前見て、全身鳥肌状態、マチュピチュはインカの歴史をこの足で踏み、天空の開放感と知恵を学びたい。チベットは15年来の夢の地。この3カ所はきっと訪れます。自分に聞きながらその時期に。

2730)子供には苦労をかけたくないという親の思いと、親には迷惑を心配をかけたくないという子供の思い。それぞれがコミュニケーションのうちに、互いにわかり合っている感情ならば美談です。けれど、互いの心の中で思っているだけで、接する時にはそんなそぶりを一つも見せない、、これが今の社会現象化している子供の心の崩壊と傷、親の心の崩壊と傷に相通じているのかなと。子供は子供らしく、親に心を開き預けられるそんな関係がいいと、私は思っています。昭和の時代、私が子供の頃は高度成長期で親は子供の教育に必死でした。その必死さは今の必死さとは違う物と、、、そこには食卓を囲む家族の延長の愛がしっかりありました。あっちゃん、、毎日何回声をかけられ話題に上ったでしょうか。私はです。だから今の私があることに、、、両親がいなくなって親のありがたさが日々募る一因です。親に感謝しようと思っても、心の底からそう思え、そう発せるにはそれなりの知恵もしかり。すべては原因があって結果がある。親子関係は太古の昔からある集団。そのある法則なような関係を崩すということは、やはり、大きな意味では社会をも国をも動かすような一大事であると。
かわいい子には旅をさせろ、、、苦労は若いうちに買ってでもしろ。。。その結果は社会に出た時、家庭を持った時、顕著にでます。高学歴を望んで有名大学を出て、いい企業に勤めて、実業家になって、、、でも愛を知らないかわいそうな人であふれかえっています。愛だけはお金では買えない、地道な積み重ね、それだけ重みのある珍重な家宝級です。愛の無い人達が作る社会程、居心地の悪い所はないです。

 

2729)国連で拉致問題が採決されましたが、賛成票がかろうじてうわまったという結果に、棄権国/反対国の意識が私には余計に理解できません。拉致は国家犯罪であり、他国の人権を奪う犯罪と思わない国もこの地球上にたくさんあるという結果です。ましてや、脱北者がおおくいると見られる中国が反対というこの態度表明に、お腹の中が。。。わかります。国連で採決できたからといって決定的な手段になるわけではないけれど、どちら様もまだまだ自分の国だけがかわいい、、そんな風潮も見られます。日本でも何十年もかかってやっと拉致が先ほど認定された方や、まだ行方不明の方が多く、各国にも同様の事情が多数あるにも関わらず、たった一つの小さな国に対しても何も出来ないでいる事の方が、私にショックです。21世紀の文明の進んだこの世の中で、時代錯誤の行いがいつまでも認められるなんて、、まったくナンセンスです。目覚めよ!北朝鮮!目覚めよ!地球人!という思いで一杯です。


2728)彦根市長=バカ市長記事を載せた新潮社に、市長が名誉棄損云々と申し立てているお話。バカという言葉はいい言葉とは決して言えない。。。けれど、もはやここまでの事を大衆に言い渡せるだけのおつむの持ち主が多過ぎると、思う私です。バカという表現に匹敵するだけのいい言葉を当てはめる、、、と気を使うのもはばかれる地位のある方の考え方に憤りを覚えるとともに、何でも訴えればすむという責任転換の情けなさ。まずは自分を振り返り、その上での反論でもあればと思う次第です。


2727)テレビを見る時はバイリンガルにして、英語を耳になじませるようにしています。英語のナレーションはとにかく早く、黒柳徹子並み。男女の声としては区別無く同じに聞こえるけれど、人に寄ってこんなにも違うの?と思う程、私の耳には聞こえます。ときどきテロップで日本語が出るけれど、日本語って、長い。だから声とテロップが追いつかなくて、何が何だかわからなくなる。。。学びに年は関係ないけれど、46歳の私には更なる努力と、、反復しか無い。外国へ行ってテレビをつけて、言葉がわからなくとも平気で見ていられるのに、日本だとそれが困難という状況が私にはおもしろくもあり、甘えかな?


2726)スターウォーズのようなことがこの宇宙で起こっているという、興味のあるニュースをNASAが発表しています。
宇宙は137億年前に誕生して以来、膨張し続けているが、そのためには、物質同士が重力で収縮しようとする力に対抗して、膨張を引き起こす未知の力「ダークエネルギー」が必要だと考えられている。これまでの観測で、ダークエネルギーと重力のバランスは変化し続けており、約50億年前にはダークエネルギーの力が勝って膨張が加速していることが分かっていた。
という記事。今悪事が露見し、あふれるばかりの惨事にこの宇宙のバランスがあまりに適合し、、、宇宙のエネルギーで動かされているのか、人の意念で動かされているのか、、私はこのダークエネルギーがもう少し勢力を衰えて、バランスよく地球を保てるよう、人として真理の道に近づき、そのように努力して行きたいです。

 

2725)世の中には考えられないような犯罪行為が当たり前の様に日々繰り返されています。こんな被害があるんだー、、と思っても、その巧妙な手口に人ごとではありません。犯罪というものが世の中から地球上からなくなってくれたらどんなに平和になるのだろう、、それには、平和ぼけにならぬよう、人間がそれだけの知恵を身につけないと、そんな平和は夢物語に終わるのでしょうね。平和や自由は気楽ではいられない、、、いろいろあっての平和であり自由。世の中から悪がなくなるように、目を肥やし、アンテナを磨き、事の本意をわかるよう、そして、欲を無くす事が一番でしょうか。


2724)世界から見た日本ということで、ジョーク本が売れているそうです。内容を見てみると、こんな風にみられているわけね、、が、かなりシビアに当たっている面が目立ちます。こんな人ばかりではないのに、、世間の目とはこんなものなのでしょう。日本大好きな私にとっては、笑っていられない感じです。馬鹿にしているとネガティブになるよりは、ポジティブに善くも悪くも注目の日本という事でしょうか?変革変革と言っても、その根本の人の性質を変えるには、、、100年はかかりそうです。

2723)史上空前の移籍額に空前の脱税額。この両極端な陰陽は人の明暗でもありました。あまりの高額に一般庶民の私には凄いとか、はーという感情すら湧きませんでした。けれど、人に対するお金の価値、、と言う点では、少々意に反するかな、、と。お金は仕事に対する評価であり代価。何事も高騰して行くこの相場に、お金の価値もこれまでか、、とも思っています。

2722)人の顔から表情から伺える心模様。離婚や破局して顔色が悪く暗くなっている人と、以前にまして奇麗になっている人。その過程での自分への信頼度が伺える一こまでもあります。

 

2721)人は昔から動物と共存してきました。そして、この地球上でもうまく共存できている国も沢山あります。
動物と共存するという事が現す意味がどういう風に人間に影響をするのか、昔の生活がわからなければ、共存している国に学べばいい事。昔からあるものの生態系が崩れつつある日本に、大きな警告と、見直しを日々感じています。襲ってくるから襲う物を処分するという当座の考えでは、人間はこの先どんな末路をたどるのか、、、得意の上辺対策でなくて、その真意を理解し、目覚め、反省する事。物事の真意を理解するという事は、この問題だけではなく、料理でも同じ事。素材の本質を理解すれば、おいしい調理法も生まれるという物です。


2720)11月15日は七五三であり、着物の日です。知らない人も多いけれど、着物の日制定から40年経っています。七五三にちなんで制定したようですが、昨今は七五三もドレスが多く、子供さんの着付けにかなりシェアをとられ、親まで着物にたどり着かないのが現状のようでもあります。着慣れないから苦しくもあり、動きづらいというだけですかね。洋服が流通した頃だって、コルセットやなにやかやと、いろいろ合ったと思うのですが、、ともあれ、着物着物と騒いでいても町中に増える訳でもなく、折に触れ、面倒がらずに是非袖を通していただきたい、、と思う私です。寒がり屋さんならなおの事、着物はあったかです。シルクの重ね着は肌にも優しく、環境にもいいのではないでしょうか?


2719)男子学生がお化粧して面接に望む時代、、何だかな、、お化粧うんぬんというより、もっと地で勝負できる確固たる物を持ってほしい。男は顔じゃないよ、心だよ。ナイスガイが仕事もできるなんて、ドラマの世界でしょう?いい仕事を重ねて、ナイスガイになるほうが私は好きです。自分の顔に自信を持ってないのかな?事故であるとか、やむを得ない事情以外は、ナンセンス。入社してもずーっとお化粧しているわけではないのなら、、、詐欺ですね。女性もそうですが、お化粧で変われる心と自信を、素へ平行移動できれば、最高ですね。


2718)教育基本法の改正案で、強行採決とかなんとか、、そんなことでいいのかな?多数決と言っても今の民主主義における多数決は反対派に有無を言わせない、強行採決。今特に問題になっている教育を議論せずにいいのでしょうか?通せばいいという法案でろくなものは今までに無いと。被害を被るのは子供。先頭に立つ人が思いやりにかけて、、、ちょっと待った!といった感じです。

 

2716)秋の風景をカメラに収めるのには絶好な日が続いています。枯れ葉ではあるけれど、黄色や赤のなんと奇麗なコントラスト。絵の具をこぼしたかのような真っ青な青空に、太陽の日が木々にこぼれ、今年はいいショットがたくさん残せました。山を散策中に出会う野生のキジの群れに遭遇。2度目のことです。いつも人は辺りにいない、私がそこにいるのもおもしろい光景。足下をとられてころんで枯れ葉でガサガサ言っても逃げないのが不思議。まるまる太った、、、いいキジでした。また会える不思議な時間を楽しみに。

2715)意識のあるかぎり探究心は持ち続けたいものです。それこそ今よく言われるアンチエイジングでもあります。若々しくあるために、生き生き過ごす為に、、、好きな物、興味のある物には感心があるから知りたくなるはず。感心がなければ知らなくても問題ないのだから探求もしなくなる、、、けれど、興味を持ち、その先を知りたいという願望は大事にしたいです。願望があれば行動にでるのが普通であると、私は思っていますが、、、願望であり、執着でないもの。


2714)中学二年生になってようやく人並みに携帯電話を持った甥っ子。使用時間はわずか30分。ひたすらリビングの充電器の上に鎮座しているようです。妹のこの対処に、厳しいのでは?とも思ったけれど、最近の子供の携帯事情を目の当たりにすると、適切な判断であった、、と感心しています。アドレスの変更通知も一斉メールできたけれど、そのアドレスを見て大笑いでした。両親と私のみ。学校ではやり取りが禁止とのことだったので、この親にしてこの子ありきで、まじめな学生生活を送っているようです。試験試験に終われるハードな学校の中で、頑張っている甥っ子を私は陰ながら応援しています。最近は電話でも結構会話を楽しんでくれるので、おばさんとしては嬉しいかぎり。でも、おばさんとは呼ばせない、、私は赤ちゃんからおばあちゃんまで、通称あっちゃん。この若者と、数年後旅行するのが私の楽しみの一つ。

2713)この地球上に今も現存している原住民/先住民と言われる人々。その今に至るまで、また、今も、厳しい生活を強いられています。どうしてこのような状況になってしまうのか、理解に苦しむけれど、、、彼らは住んでいる所も言語も思想も違うけれど、提唱している事は一つなんです。けれど、今大勢いる私たちはなんだかんだとかこつけて、何通りもの提唱がある。。。私はどれがいいという事は言いませんが、一貫してそれらをずーっと守り続けていることに敬意を評し、賛同する一人です。どうしてか。。それは今の世界で起きているいろいろにほとんどがあてはまり、見直す事が多いからです。新しい考え方もしかり、けれど、根底は温故知新の精神を私は取りたいです。アレルギーだとか、ストレスだとか、なるべきしてなった産物。


2712)ニュースを見るたびに子供が命を無くしています。その度に、大人のとってつけたような謝罪会見。おかしいでしょう?おかしですよ、今の日本は。少子化対策って新しいものを求めるよりも、現存する素晴らしい命を守る事が第一です。厳しい言い方をすれば、悩めるという事は幸せな事でもあるわけです。そんなことを周りの大人も積極的に子供に語り継ぐ事、大事ではないですか?大人が命を愛を粗末にしている結果とも言える気がします。いじめるほうも気の毒な存在であるという事。ただ、過剰な報道はやんでいる火種をあおっているようにも思います。大人が正面から向き合って解決できる事、もっと沢山あります。大人ぶらないで、聞く耳、持ちましょうよ。たかが、、、でも、されど、、、なわけですから、未解決が募れば崩れ落ちる、これは正当な理屈です。何でもためないこと。ためないでいいような環境作り。

2711)太り過ぎを心配したり、せっせとダイエットにいそしんでいる国があれば、食料不足で栄養失調や病気が深刻化している国もあります。ちょうどバランスよく、、とは、なかなかいかないのも世の常でしょうか。そんな狭間で、では自分は今どうしたらいいのか。。これこそ食育と考えます。いい物を取り寄せ摂取していて、いいのは当たり前。でも、それはすべての人には不可能でしょう。私的食育はすべての人に可能な食材での食育。いいもの食べても、バランスに気をつけても、なんだかな。。という人も多いです。物にこだわるから物に飲まれてしまう、、そんな所でしょうか。物質は無くなります。無くならないものは心、料理では愛情一杯の手料理といった所でしょうか。何でも感謝しておいしくいただく。これが究極と考えます。


2710)自分でも不思議なくらい、人を寄せるようです。ぶらりと誰もいない店内を物色していると、あれよあれよと言う間に人の波、あまりの閑古鳥状態に店主と雑談していた私ですが、店主からあなたと話していたからだね、、なんて言われて、そうですかね??一日に4度同じ目に遭えば、やはり人を寄せるタイプといつもながら納得。自分で商売をしないからいいのかな?とも思いますが。。。

 

2709)日本の灯台守が姿を消し、灯台も自動化にすべて落ち着いたそうです。灯台守のお仕事は大変だとは思っていましたが、なんだか寂しい感じもします。子供の頃、母と一緒に見た昼メロにこの灯台守の歌とシーンが思い出されます。自動化は便利でいいのかもしれないけれど、人には人のいい所が沢山合って、、、器械に頼るのはどうも好ましくない、、私です。人の手が加わる暖かさ、家族の支え、守る辛さと喜び、そんな象徴だったような気がします。今の時代だからこそ、残しておきたかった職業なのかもしれない、、


2708)立冬が過ぎても半袖でも大丈夫な程の東京地方も、やっと木枯らし一号が吹いたそうです。暖冬と言う言葉が頻繁に出るようになってから、どのくらいの年月が過ぎたでしょうか。暖かいのはウエルカムではあるけれど、紅葉の色づきの遅れ、衣替え、なんだか拍子抜けの11月半ば。自宅付近を山へ向かって歩く事1時間半、一角ののどかな田園風景広がる地区が私は気に入っています。農作業をしているご主人と会話をかわしたり、地域の事をいろいろ聞いたり、合計3時間の散策は私にとって、大事な時間でもあります。そこにある樹木の移り変わり、花々、果物、野菜。肌で感じることが触れ合う事が、知恵となり、実になる瞬間です。本を読んで知り得た知識がどれほどのものか、、読む事なら誰でも出来る。要は、知恵にする事。知恵は行動無くして、経験無くして身に付かない物です。頭でっかちになってその気になっていると、現実との狭間で、しなくてもいい苦労をするものではないでしょうか?農作業をしていたおじさんが言ってました。農家をしたいと言う人に1年やそこらでできる道理がない、この道で食べて行くには身体にしみ込んだ勘と技が必要、、と。納得です。仕事はみんなそうです。楽で簡単な仕事は仕事の域ではない。。。仕事場は糧を得る為の戦場。


2707)究極の癒し空間を提供します、、、ふーん。私は癒しはたまに得るものというよりも、日々の中で日常的に得る物の方が癒しと考えます。どこそこへ行ってそのように感じるのも一つの方法かも知れませんが、やはり、家が癒しの究極の空間と私は提言します。寝て、起きて、食べて、泣いて、笑って、怒って、、そのいろいろな感情をうまくまとめてくれるような空間的部屋作り。自分の感性をフルに生かして、素敵な空間を作る事をお薦めします。色/素材/照明/家具/置物。。選ぶアイテムはその時の心そのものでもあると。

 

2706)上を求めない、巧みを求めない、奇麗を求めない、、、猫もしゃくしも年を取る、功労があって年をとるのではない、何歳だからといって何も変わらない、、、京都の100歳のお坊さんの談。笑顔が優しく年齢を感じませんでした。求めるという欲、したいという欲、待っているという欲。欲は限りない、、、自分では欲はないと思っていても、まだあるだろうな、、けれど、そのことに執着はしないので、まだいいかな?


2705)新しいゲームの発売に、まだ暗いうちからレッドヒートをしていた多くの人々。私にはそのようなガッツは無いので、ある意味感心はしますが、、、すごい執着と恐ろしささえ感じます。ブランドバックを買い求める質屋主催のバーゲン会場の映像を見た時もそうでした。不景気と言われる日本で札束を抱えて群がる人々。。。これだけのパワーをどこか別の方へ使ったら、何か、もっと変わるようなそんな気もします。執着するというネガティブの力はそれだけ増大。ポジティブな力さえ、寄せ付けない。需要と供給のバランスがビジネスではあるけれど、どっぷりはまるのも、、、良し悪し。なんでもほどほど、がいいなーと思いますが。


2704)ある時期、今のままでいいのかな?と振り返る時もあるでしょう。でも、何をどうしたらいいのか、、と考えるから泥沼にはまるもの。だらだらしたければ飽きるまですればいい、大事な事は、自分にとって何をしている時が心地よいか探り出す事。ただし、年中だらだらしている人は、走る事も変化の一つ。心地よい事が探り出したらしばし没頭して、そうしている内に自然と一歩進んでいるものです。何かの何を決めつけない。在るがまま、自然体。それができるのも自分を知っていればこそ。自分の事を表現できない人は、もったいない時間の方が多いのではないでしょか?そんな人に限って、何もしていなくとも、時間が足りないと言っていますね。実のある一日。実のある時間。どんな一日でも意味がある。。。と私は感じながら日々を過ごしています。


2703)世界バレーにフィギュアのグランプリシリーズ。レベルアップした選手達の映像を見ていると、身が引き締まる思いです。フィギュアスケートの選手は個人プレー。広いリンクで一人で自分の演技を披露します。一曲の中での演技でも、流れのあるスケートという種目であっても、一つ一つの演技の切れとけじめというものが、点数の分かれ目にもなるのかな?と素人ながらに観察しています。点数がのびない演技はやはり見ていても、メリハリが無いような、気迫のなさも伝わります。前回のオリンピックでの栄光と挫折を味わった選手達の意気込みも素晴らしく、頑張れ!とエールを送っています。バレーボールはチームプレー。単独プレーで押し切っても結果のでない、チームプレーの賜物でしょう。世界の壁は厚く、東洋の魔女も苦戦気味ではありますが、着実と何かをつかんでいるような形相が未来を感じさせるものと。バレーボールのコートも、スケートのリンクも水泳のプールも、、、決められた中での配分ということで、一つ一つの動きや使い方、参考になります。娯楽テレビも見方を変えてみると、自分にとってプラスになる材料は沢山あります。家族でコミュニケーションをとりながら、一人でお勉強しながら、いいものを自分に取り入れる方を身につけるのも楽しいです。

2702)自己管理ができないということは、時間の管理もできないばかりでなく、責任すら回避するようになる。。物事の決着を計る時に人は往々にして誰かを悪者にしたがるけれど、悪者は存在するけれど、その責任は自分にもあるという事の認識が必要と私は思っています。いじめにしても、被害者意識がつのり、では自分は?ということにも考えが行くのが道理と。先生を攻める前に、では親はどうしましたか?と私は言いたいです。義務教育だから何が合っても学校に行かせるという観念と、コミニュケーション不足を改めるのも管理の一つと私は捉えます。一日は24時間もあるんです。その時間のなかでの自分の置き場、それもストレス回避、寝不足解消になると。すべてにいえる自分への甘え、社会への甘え、どうしちゃったの?日本人。

2701)人は成長過程で自分の位置確認をしたがります。すべて始まりと終わりをつける、、入学があり卒業があり、次の段階へ入学し、、、生まれてからすべてにおいてこの方式で育って来た私たちです。私の頭にもそんな知識がしっかりとありました。けれど、そんな小さなわけのわからない執着を手放します。自分がどの位置にいても今どのレベルにいるのかも自分とそれに関わった人のみのランク付け。私は自分の道をあるがままいくだけ。だから、今のレベルよりも、その方向に向かう事に精進します。小さな枠を外すととても楽になった気分になります。私のいうあるがまま、、、それこそ、その究極の意図と思いました。人は知らないうちに沢山の固定観念や執着に縛られているのです。それらを一つ一つ取り去るのも、日々の経験という賜物と。死んだらどこへ行くのかもわからないのが真実でしょう?どこそこへ行くと決めていても、言われていても、それこそ観念でしかないのだから。だからこそ、先の事等いいのです。二十歳そこそこで人生に悔い無しと命を絶った人もいますが、人生はそんなに簡単な道場ではないと、私は思うのですが、、棺桶の蓋が閉まる時に、その言葉が言えれば最高にハッピーです。そうなる為の毎日でもある訳です。

 

 

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