2600)今回キリ番のお題は『今を生きる』です。今現在自分に何が起こっているかを冷静に客観的に見てみると、過去の自分の様が見えるはず。その時にその過去の自分ではなく、今生きている自分とのつながりを読み取る事で、あらためて過去の意味も解明されるものです。現在体感しているかも知れません、そのような巡り合わせになっているかも知れません。過去から学ぶ事は今の結果でもあります。しかし過去は過去、過ぎた事に執着していては先に進む事を拒む結果にもなります。今を生きる事は過去があっての事でもあるという事です。多くの事に気づくこともその土台があってこそ。すべては自分が引き起こしている事です。結果がどうであれ、ありがたく受け止める事が明日の笑顔への第一歩。私はそう思います。苦しい事も悲しい事もすべては今を生きるガソリンのようなものです。だからこそ、苦は楽の種。
2599)人への感情は様々在って当然であるけれど、その事に対しての怒りや恨みへの発展しか出来ない人の悲しさ。暴力や暴言、脅迫、、このような手段にしか出られない人は気の毒だと思う。人に愛され何かをされた事の無い人は、どうもこのようになる傾向が強いです。それを無くすには、人が皆思いやりをもち、無償の愛。施す事へ意識を向ければいいだけ。。。簡単な事程難しいけれど、その難しさも重ねるうちにきっと喜びになると私は思います。
2598)正直者は馬鹿を見る、、、なんてことが普通に言われることがとても悲しいです。正義を通して受けたその仕打ちの数々に、閉口です。内部告発。大手の企業でありながら、その企業のその社長の非人道的扱いに腹立たしさと、そのような企業が公然と稼働している事の疑問。告発された方は耐えて耐えた30年。その方と、その方のご家族の絆に頭が下がるとともに、これからの人生を楽しんでいただきたいと、願います。どんな仕打ちを受けても、間違っていないという強い信念を持ち続けることの大事さ。粘り勝ち。結果裁判でもその方の意念を汲み取る形になった、、、ということは馬鹿は見ないのです。きっとこの30年のいろいろはこの方の生き様に大きな影響を与え、これから多くの人にいい影響を与える物と私は思います。
2597)空前の骨董ブームだそうで、家を手に入れ、車を手に入れ、電化製品を手に入れ、すべて買い尽くした人が本当に好きな物を買う時代だと言う事です。俗にいう宝だそうです。その自慢げに演説をぶっている骨董品のご主人や買い物に夢中な人々の映像を見て、なんだかむなしくなったのは、私と主人。同じ考えでした。物質でしかお宝を得られない、、、ふーん。何百万というお金が飛び交うその様は、狂気。私のお宝は主人。その心です。物で価値を決める考え方ももちろん一つですが、それ以上に大事な事を若い世代の方へ受け継ぎたいです。
2596)このところエゴについていろいろ書いています。そのせいなのか、お勉強なのか、私の周りのエゴがたくさん見えてきます。ビジネスになれば利益を追求しそのことへの執着は当然なのですが、そのことと、私的な感じを混同してしまうと、どうも、、、のようです。そんないろいろなパターンが次々出向く先々で見えて、ビジネスの難しさも感じます。最初はいいんですよね、大きな夢を持って、、そこで私はどう乗り切るか、、まー、ビジネスとは縁遠い位置ですが、この先もビジネスではなく、共に歩むワークを心がけていきたいです。着物愛好家としても、ヒーラートしても。自分の実力と思うとビジネスになるけれど、自分の実力ではなくて、私を通してさせてもらっている事柄、、と私は受け止めます。どちらにしても、公私を混同することは、何事においてもまずいということですね。
2595)たかが牛丼、されど牛丼。一日限定販売にこの騒ぎは何?食べ物に対する欲/執着は凄いものです。食べ物の恨みは、、なんてことも言われる程。米国産牛肉でないと出せない味と申しますが、主婦といたしましては、は?という感でしょうか。米国産牛肉にこだわるからこその発言と受け止めます。
かたや、あっさりライオン総理とともに辞職を発表した大臣。議員も辞めるとは、これは自己責任の無さ、思いやりの無さ、自分本位という、これもまたエゴ。議員は国民が選出した人なのだから、せめて任期満了は責任の範囲と思います。上に立つ人がこのようなエゴでは国民にいい影響は与えるのは難しいですね。
自分本位と言えば、、宣伝効果だけをねらった議員選出。ホリエモンもそうだった、、今度は野球選手??この方が議員としてどれだけのことができるか、皆さんの方が熟知のはず。お騒がせ議員はもうたくさん。日本はほんとにほんとに要の部分にさしかかっているのに、どうして危機感がないのか、、不思議。日本が今流行のマジックやイリュージョンでぱーっと変われるのなら、いいですがね。。。
2594)私は主人を愛し、尊敬し、少しでも主人を見習いたく同化したく、この16年を共にして来ましたが、それでも一つだけ理解しがたい考えがあります。主人の主人による主人だけの絶対観。自分がこうなると思った事を絶対的に押し進め、それが間違っていても認めない。そう、、屁理屈。最近はその絶対思想を私がかなりかき乱し、整理しつつ在る中での最後の一つ。これ!という単語では語れないけれど、、植物に例えると、この植物にはこうした方がいいんだという彼の絶対理論。本人は一度そう思えばそのまま、たとえ植物が枯れても再生を信じている、、けれど、どれも再生に至らず、最終的には私の手に寄って再生する事となるその事実。水が腐っていようと葉が落ちようがおかまいなしの、ある意味凄い思想観。彼の留守を狙って、すべてをリセットしている私、、思えば、、結婚前、彼の部屋には冷蔵庫も暖房機もクーラーもテレビも無かった、、必要ないといい、寒い冬も窓が開いていたし、電車のホームや車内では片足で本を読んでいました。丹田を鍛えると言って。冷蔵庫が無いと物が腐るのに、テーブルの上にピラミッド型の骨を組、その中に物を入れてピラミッドパワーで腐らないと言っていたけれど、、羊羹にはカビが生えていた、、その当時の私なら、馬鹿じゃないの?なんて思うのに、その言葉さえ言いだせない、彼の何かを感じたのも事実。その当時彼は43歳。私の今と同じような感覚にいたことは事実。自然なくらし、、都会のど真ん中でそれを実践していた事はある意味凄いけれど、、、思い出せばきりがない程、でも、思いだせば出す程、私と同じ思いををしてきたことにも気づき、それを実践していた主人を改めて尊敬しています。だからこそ惹かれたのかな?主人に追いつけないことはわかっているけど、、、おかしなもので、主人に対して怒っていても、いろいろを巡らせると感謝になってしまう。。人はおおまかな人生という道で、いろいろな形はあるけれど、体感する事、観念は同じ道を通るものなのですね。そんな意味合いで敬老の日。年配者/年上のお話は生き字引。
2593)このところの台風や雷雨の被害は私たちが経験して来たものを遥かに上回る、ものすごい威力、自然の驚異です。雨を甘く見てはいけない、風を甘く見てはいけない、今、地球上では多くの自然と言う脅威にさらされているのです。人を和ませくれるのも自然、人を戒めるのも自然。多くの尊い命を奪って行くこの風雨。どんな大事な用事でも、生きていればの用事でもあるわけで、出歩く事の危険性を私は感じます。自然には私達は何をもっても立ち向かえない、、、それほど偉大な自然でもあるということを、痛感しました。
2592)75歳以上の人口が10人に一人、65歳以上の人口が占める割合は世界一と言える程の高齢国日本。この報告を受けてがっかりするか、明るい未来を期待するか、、、その一方で、高齢者がばりばり働いている労働国日本でもあります。10年後は若い世代の企業よりも、リタイヤ組の企業が日の目を見るような予感も在ります。65歳で定年を迎えても、そのキャリア、ノウハウは若者の足下にも及ばないのですから。おりしも年金問題で支払いが危ぶまれる昨今、日本はおちおち老後を夫婦で楽しむ、、、ゆとりの国とは言えないのかも知れません。これからはますます高齢者を大事に、そして、ニートなる集団で形成される骨抜きの若者を矯正するのもこれからの高齢者かな???これからの高齢者、、今の40代50代は日本のキーポイントになりうるかも、、、そんな意味合いからその世代の総理が誕生した暁には、難題が多いかもしれないけれど、その足がかりを作り、同世代へのバトンタッチを、、とかすかな期待をする私です。
2591)シンプル イズ ベスト。何事においても、やはりこれが一番。長年いろいろを学び感じ体験できたからこその究極なシンプル イズ ベスト。これ以上はないと、まさに実感したとき、目の前がぱーっと明るくなった私です。簡単な事等何もなく、簡単故に難しいいろいろを使いこなせる予感。それもこれも私の過去に感謝。
2590)人は心から素晴らしい!と思った時の表情は、見ていてもびっくりするほどの奇麗な表情です。知らない事を知った事による喜びは、感性をも豊かにします。一つのきっかけで、眠っていたいろいろが目が覚める時でもあるわけです。年齢/価値観問わずです。その感情を持てた事を素直に受け入れ、明日につなげる、それがポジティブだと私は思います。
2589)人と話をしながら、その真実がわかることは以外と多いものです。話す事により情景も感情も浮かび上がり、心の通りと脳の働きが良くなるのでしょうね。何故こんな簡単な事に気がつかなかったのか、、、日頃見落としていた小さなことが、その火種になっているということ。そして、そのような話に自然になるのも見えない訴えと言うか、導きのような感じで私は感謝が絶えません。今日は犬を通していろいろ自分でも思う所、確認する所、反省する所、たくさん解明できました。解明した事はもちろん、今まで気にもかけていなかった事ですが、その事は重要な事でした。そのようになる為に起こした自分の行動に、関わった人達に、心からありがとう!一つ、大きな間違いを起こさないで済みました。
2588)利益だけを追求してしまうと、そのことだけが生き甲斐ともなり、正義を失うようです。第三者から見るとその様はかなり滑稽ですが、その渦中いると周りが見えなくて、どこを見ても誰を見てもお金に見えるんでしょうね。以前誰かが言っていました。お金が一度沢山入る事を知った時から、そのお金を失いたくないと更に拍車がかかるそうです。それは外の王者であって、家に帰るとそのギャップで(家に帰ればただのおじさん、おばんさん)かなり性格が変貌する方も多いとか。お金に限らず何でも執着が強くなれば見苦しいだけです。最終的にはすべて無に帰るんですよね。墓場まで持って行かれないのですから。私は物質よりも、永遠に残る魂を磨く事に精を出したいです。
2587)オウム事件の判決。当然の死刑判決と私は思っています。10年の裁判のうち、この被告はどのくらいの言葉を発したのだろうか。遺族や被害者に取ってはまったく悲痛な10年であり長い日々であったと。しかし、死刑になったといっても、いろいろがわかったわけでもなく、、そのような意味では無駄な裁判であったような気もします。命は尊いものです。その命をもてあそんだ者は同じ思いをするのが道理と。今もなおサリンで苦しんでいる人達、この方々への謝罪は最後までない。。。間違った宗教観で人の人生を狂わせていいものではないと。今現在も多く存在する宗教団体のあり方と、管理と、観察の仕方に、私は疑問を持ちます。被告は死刑で終わるけれど、被害者は生きている間、その意念と戦う事になるのですから。存続している現代表もかつては同士。もっともらしく語っている映像を見て、知識のかたまりのような人は、変われないのだな、、と。そして、今もなお、この被告を崇めている人がいるという事実に、私たちは向き合い、考える必要があると思いました。
2586)イラクで米国兵が虐待している映像を見て、まるでエゴのかたまりと、そのエゴの怖さを感じました。暴力は最大のエゴですね。エゴ=エゴイズム=自我。辞書に寄ると、自分の利益を中心に考えて、他人の利益は考えない思考や行動の様式。利己主義。哲学で、自我だけが確実に存在し、他は一切認識不能であるとする説。唯我論。独我論。となります。戦場はというより、戦う意識はまさに自分の利益中心。それらのかたまりでもある訳です。戦場の彼らの映像を見て、いろいろな感情を持つと思います。ならば、それこそこの世の中から排出するエネルギーだと思いませんか?私はとても深くそのように感じました。イラクやこの地球上で起きている戦場はある意味教科書なのかも知れません。その事実を見て、感じて、受け止めて、、、エゴを無くすと簡単にいいますが、生きている以上はエゴとの追いかけっこでもあります。だからこの世はある意味苦でもある訳です。エゴに追いつかれて捕まらぬように、その心がけは誰の心にも必要と思います。自分より人の事。その行為が結果、自分の為になると私は思います。エゴ=エゴイズム=自我は日常の様々な場面にあるほとんどが関わります。物質から形の無い意念まで、目に見えるもの見えないもの。すべて。
2585)本当にそうなのかな?と思ったとき、試してみるタイプと、何もしないでぶつぶついうタイプにわかれます。本当かどうかは自分がしてみない事にはわからない結果です。その本当の事がどう本当の事かを理解しているのは、ほかならぬ自分だからと私は思います。
2584)ネアンデルタールが現代人と数千年の間共存していた、ということがわかったそうです。およそ6500万年前に恐竜時代の終わりを迎え、そこからいろいろな進化を遂げて来た私たち。自分達の遠い遠い祖先。今の子供達はどのように感じているのでしょうか?今の大人達はどのように感じているのでしょうか?たまたまテレビで見たチンパンジーは今時のちょっとだらしない人間よりもより人間らしかった、、彼らともある意味共存の私たち人間。私は子供の頃、恐竜が大好きでよく父に博物館へ連れて行ってもらいました。恐竜という生き物に興味が在ったというのではなく、人間の前にこの地球にいたという事に於いて、とても知りたくなった子供時代の思い出です。何気なく立っているこの両足、何気なく使っているこの両手、進化の賜物でもあります。進化は身体だけではなく、脳も、機能もすべて進化してきて、今もなお現在進行形です。その進行形に追いついて行けない人が多いのかな?と。マイペースと機能を使いこなす事は別です。機能を熟知しておく事は進化の過程ではやはり大事でしょう。もしかしたら、現代人の次の人類とすでに共存が始まっているのかも????
2583)私って、、やっぱり変かもしれない、、でもそれも私だからなー、なんて、朝から一人ぶつぶつ言う。。結構シリアスに物事を見て口に出したりする反面、抜けているような所もある、、夢はかなり見るけれど、今朝方見た夢は生まれて初めて見る妊娠した夢。今でも笑ってしまいます。大きなお腹の私。ピンクのカーテンが引いてある分娩室に行き、自分のお腹をさすると、お腹の中からはっきりと押し出しているような、中で何かが動いている、、、赤ちゃんか、、と思いベッドに横たわると亡き母がそばにいて、でも、私の手をにぎりもっと力め、もう一息と必死になっているのが、こともあろうに、、、細木和子氏。なんでこの人なの?????今でも笑えます。秋雨でじとじとしている世間ですが、私の頭の中はかなりおめでたいようです。
2582)人のモラル低下は拍車をかける一方です。言葉の暴力もその一つ。人の身体をどうのこうの言う人の知性を疑うとともに、そのような下品な言葉を平気で出せる人のその頭を、思い切り洗い流して大掃除したい、、そんな感じです。人への思いやりの無さ、自分の姿を鏡で見た事はあるのでしょうか?気の毒な人だと思います。その人も、そのご家族も。昨今の飲酒事件も暴力の一つでしょう。車という鉄のかたまりが武器です。人の生死に関わる行動を起こしておいて、たった飲酒運転で、、というその認識の甘さに愕然とします。何から何まで法で決め、その中でしか裁けないようなことも、考えてみれば寂しい事です。人がモラルとマナーをわきまえれば少なくなる数々の暴力事故。子供でもわかる事がわからぬという大人が多いという事は、大人になりきれない大人が多いという事で、これは将来を考えると、とっても重大な問題だと思いますが。上辺だけの議論、起こってしまった事への議論よりも、そのもっと深い所にメスを入れる必要性、その大元はやはり家であり家族であり親であり子供。今裕福な時代にいて見えない部分が多いものと。意識改革。
2581)学校で学ぶ事の多くは知識で、見聞を広める意味やツールを教わる場所であり、学校をでたからといって完璧とは私は決して思いません。資格も同様。学校を卒業した時点、資格を得た時点が本当の意味でのスタートライン。そこから知恵をどのくらいに増やせるか、いわゆるキャリア、経験。俗に石の上にも3年と言います。長い人生の始まりの3年くらいなんて事無いはずなのに、その3年がなかなか困難でもあり、試練でもあります。社会に於けるいろいろと、忍耐と、喜怒哀楽、、、着付けにしても習い事にしても、学校で学んだ事がすべてでは在りません。生活に生かし、実践する事。毎日毎日同じ事の繰り返し。これこそ生きるという原点ではないでしょか。なまじ背伸びをして変化球をなげても、それはストレスと化すだけでは?身の丈、器。大事な事であり、自覚する事は先々の優位にも繋がる事と私は思います。
2580)言いたい事は罰当たりな人間。ここ何ヶ月かで同じような事故の繰り返しで、不本意にこの世を去った人が多い事に、誰もが胸を痛めていると思います。どんなに法を整備しても、人間の心まではそう簡単に整備されないのです。自分は大丈夫、、という安易な考え、自我。もうたくさんと耳を目を覆いたいような現実です。以前も書きましたが、人間程弱く、もろく、また、図太いものはない。この両極端な陰陽。何とかは死ななきゃ治らない、、森の石松のようです。
テロ。9.11事件から5年が経って、その映画や実録がようやく私たちの前にでてきました。5年という時間が必要な程の精神的な苦痛を伴うものです。ブッシュさんはテロとの戦い、、と口癖のようにいいます。戦い。どうしてこのような表現が出るのか、暴走族の頭のような発言です。地球上に多くの人が崇拝している神の、真の意志を受け継いでいる人は果たしているのでしょうか?人を殺めて聖戦とは何とも胸が重いです。多くの宗教家のトップは、この宗教戦争をなんとかまとめる努力は出来ない物なのでしょうか?テロリストも家族がいるでしょう、亡くなられた残された家族の気持ちがわからないのでしょうか?そのような意念をいだいて余生を過す方々の重たさ。。。
人間はやはり肉食動物?狩人?物質?テロは今まで私達先進国が築いてきた事の結果?。。。間違いに気付く時期。
私は両親の死を見て来て、その命というものの重さと、メッセージを痛切に感じている一人です。命は不本意に無くす物ではなく、全うして終える物だと私は想うのです。人為的な不注意の事故で済まされる事等、あり得ない。。。無駄な命等も一つもなく、無駄な人等も誰もいない。すべての人が意味が在ってこの世に生きている。その意味を魂に聞いてもらいたいです。
子供の無邪気な笑顔を見ていると救われる今の殺伐とした世の中、その笑顔を奪わないでほしいです。
2579)どうしようかな。。。と思って素直に相手に気持ちを伝えると、予想とは反して手厚い好意を受けるありがたさ。このところそんな事柄が立て続いています。思わず手を合わせてありがとうございます!受けた好意に甘んずる事無く、その感謝の意を私が他者へすることが人の縁とも。もっともっと外に出向こうと。。。それこそが私が想う所の和=輪。
2578)新たな世継ぎの誕生に国民も喜んでいるけれど、映像に映る天皇の笑顔は、ここ数年では最高のような笑顔です。顔は心と連動、心中お察しします。皇室の今後を外野があれやこれや言う中で、自らが何も決定発言を言えなくて、それでも今回のこの笑顔ですべてを語っているような気がしました。生まれる子供の性別を巡って、それがストレスとなる今、そうならないよう環境を整備する方が好ましいと私は思います。皇室典範改正でなく、宮内庁改正でしょうか。。。男女平等とか、今の世の中とか、まったく次元が違うのでは?と私は思います。それほど訴える事の多い笑顔と受け止めました。世の中変わるごとく、その生活に変わるいろいろを変えて来て、果たしてすべていい結果だったかというと、そうでもないことも多いです。どんな時代でも変わらぬ事も必要で、その事の重要性に気がついている方も多いかと。在るがまま、自然に任せるのが一番で、結果としていいようになるものもおもしろい不思議です。皇太子妃を気遣うなら、がたがた騒がない方がよほど特効薬。彼女は素晴らしい家族を得ているのだから。
2577)日曜日の夕方。混み合うスーパーでの買い物に、思わず帰りたくなる気持ちを抑えてカートを引き、混んでいて前に進めない、、と思うとなぜか道が空き、その後もごったがえした迷路のようなスーパーをくまなく快適に廻り終え、さて、お会計。10台あるレジは長蛇の列。あっちへ移り、こっちへ移り、渡り鳥をくりかえして最終的にカートを突っ込んだ先に、おばあさんの笑顔。ここへ入りなさい、、え?いえいえ、お先にどうぞ、いいから入りなさい、、私の渡り鳥を見ていたのでしょうか?おかげさまで、予定よりも遥かに短時間でお会計終了。おばあちゃんに譲ってもらうなんて、、あー、、明日は私がどうぞお先にを言いましょう。とにもかくにも一緒にお買い物をスタートしたご近所さんよりも30分は早かった、、感謝。
2576)世界遺産の石をライオン総理は持ち帰ったそうな、、日本の総理が欲しいと言われれば、だめとは言えないでしょう。良識で考えれば、、と私は思います。
イラクでの戦争はいつまで続ける気なのでしょうか、ブッシュさん。あなたを支持していた各国の首相はばたばたと辞任をしています。フセイン氏とアルカイダの関係の調査結果。これには少々疑問もありますが、事の成り行きはすべて戦争という事に行き着きそうです。暴力に暴力で請け合うほど愚かな事は無い、、、たとえ正義がやられても、結果勝利を得るのは正義です。それが宇宙のおもしろい仕組みであるとも。毎日何人の米国人を失えばいいのでしょうか?その代価はありません。残されたのは悲しみだけです。八正道は仏教だけではなく、生きる事にまさに当てはまる、すぐれた教えであると私は思うのですが、、、ブッシュさんはいかがなものか、聞いてみたいですね。
2575)今週結婚して16年目を迎えます。振り返れば、結婚という節目を30歳で迎えその時から第二の人生、まさに自分探しが始まったようでもあります。山あり谷あり地獄ありで、よくぞここまで変わったな、、と自分でも感心する程変わりました。その為の主人との出会いであったような、主人との出会いの巡りあわせは本当に引かれたようでも在りました。たった1週間で決めた結婚ですが、宿命というか、運命というか、そうせざるを得なかったような、理屈では語れないものもあります。両親を看取るという大仕事/試練/修行を経て、17年目となるこれからは第三の人生です。自由という莫大な時間を得られた事に、とまどいと、不安定感もありましたが、その自由をいかに有効に使えるか、また自答しながらその時間を楽しみたいです。楽しむ、、そう、46歳。時間を楽しめることに気がついた私です。目の前にくるいろいろも苦ではなく今では楽です。苦は楽の種。言っていた事が現実になったことを噛みしめています。感謝。
2574)宇宙にはさまざまな星/惑星がありますが、それらが地球という星に多くの影響、および連動している自然界の出来事に、神秘と感嘆と喜びを感じます。ドラゴンフルーツという実がなるサボテンは満月と新月に大きな花を咲かせ、その時に花粉付けをするそうでし。お母さんの出産もこの月の関係は強く、また、海の潮の関係もあります。すぐにでも食べてみたいこの神秘的なフルーツは、沖縄にあるそうです。神秘的な食べ物とは打って変わって、日常的な食べ物、おやつ。昨今では男性の常識?と言われる事があるそうです。10年くらい前から男性も外でパフェなどを食べる姿が多く見られています。男だから食べない、、これこそ偏見でもあり、お腹がすけばおやつも結構ではありませんか。食事の時間が長くあく場合等は、かえってお腹の為にもいいと私は思っています。男だから、女だから、それこそおかしなもんですね。多少のソフトの違いはあれど、食欲は同じでしょう、、、
2573)夢や希望は大きく持って、その事が現実となればなお嬉しいし、もしも生きている間に叶わなくとも、その事への想いが人を上向きにしてくれると、最近、本当にすべてに対して思う事は、結果でなくてその過程です。その事にこだわるのではなく、あくまでも夢、思う事へ日々近づくその意念こそ大事なのではないでしょうか?
2572)最初に決めた事は直感でもあるし、何の考慮も無いまさに純粋な決断です。その事に少しの色をつけて変更してもその通りにはならず、最初の決めごとがたとえ無理と言われても、そのようになってしまうことのおもしろさ。本日もまさにその事を経験し、思わずにやりの私です。
2571)地球に住む人口が65億人と発表されました。中国やインドのいろいろを加えると70億人にはなるんでしょうね、、地球はどのくらいの人が住める星なんでしょうか。わかっている方にはわかっていると思われますが、、人が心にゆとりのある住まい環境は必須で、少々窮屈になった地球、、でしょうか。各地で野生動物が騒動を起こし、母なる海でもいろいろ起こっています。自然は人に何かを訴えている、、そんな気がしています。私たちと密接な自然からのメーッセージ。昔の人は風一つにも敏感でした。無視できないメッセージ。
2570)消費者金融の特例問題。グレーゾーンと言われる金利の廃止が名目だったはずの法令もなんだか怪しげな方向に動いています。政治家のバックにはいろいろな人が付いているというこの今の仕組みがクリアにならないと、本当の正しい議論、選択は可能にならないのだなと痛感しました。被害者を救う為の法律が、加害者?金融業者の会社経営を気にする等、正気の沙汰とは思えません。普通でない業者を追放するにはいい機会だと思いますが、、弱者につけ込んで目が三角になって、いかつい顔つきの人が平然としている世の中、私は納得できません。人の目は三角でなくて丸、人の顔は穏やか。これが理想です。そしてなおかつ増え続ける振込詐欺。これだけ社会現象になってもまだ?何だか変な感じです。
2569)新しい事に首を突っ込んだとき、その突っ込んだ先の相手は必ず『何か質問はありますか?』と尋ねてきます。聞きたい事があれば何でも聞いてくださいと。。。私には質問はできません。新しい事に首を突っ込んで、その知識を聞いただけでは質問や疑問は生まれないのです。すべてを知っているというのではなく、すべてを聞いただけで理解するというのではなく、体の反応なのです。その聞いた知識を何らかの形で体で体得する事になり、数年、数日かけてはじめて?が湧きます。湧かない時も在ります。頭で考える事をしなくなってから、その傾向はさらに強くなったようです。頭で考える事無く心と身体に受け止める私の勉強法。さて、、昨今奮闘している英語は、、、正しい単語の意味は定かではないけれど、なんとなく理解している不思議。
2568)教育テレビの英語の番組で、言葉は文化を身につけないとなかなか話せないし、言葉自体を理解できないとありました。その通りですね。外国語を学ぶというだけの言葉では、身に付くのはある程度。言葉を覚えるにはその土地のいろいろに触れるのが一番なんでしょうね。さて、日本語をうまく話せない日本人。この理屈がやはり相当しています。いろいろな場所、物、人に接する事で言葉を増やし、言葉が増えるという事は同時に、知識も増えているというわけですね。その知識を知恵にするのも言葉を理解する事、体験する事につきます。
2567)人は比較が大好きな動物です。自分を他人と比較していい事はありますか?他人を意識するのも大事ですがその前に、もっと自分を意識して自分の価値を見いだす方が、はるかにエネルギッシュでプラス思考だと私は思っています。比較とウォッチは別物。
2566)愛する事により愛される、与える事により与えられる、、、無償の奉仕。マザーテレサが生涯を通して貫いた神との誓いと使命。弱者/貧者/病人を救う無償の奉仕に組織は要らないとした彼女の姿勢に共感を覚えます。彼女の一生を通して、信じる事の強さと、信じる者との深い信頼を強く感じます。すべては神の意志なのだからという基本姿勢は、ホリスティックな部分の原点でもあるように思います。私も同感であり、意志をともにしたいと思いだしてから30数年。未だ未熟で足下にも及びません。神という名の下、宗教に差別もくくりもない。イスラム教もヒンドゥ教もキリスト教も仏教も、、、派閥である宗教という家に固執していては奉仕といえないとも思います。目の前に映る情景がすべてで、それに対してどれだけ手を差し伸ばせるか。物心ついて、知識も無い私の脳裏にポンと浮かんだマザーテレサと仏陀の名前。一つ一つ紐解きながら、自分にできることを養いつつ、、、お金がないとできないような奉仕はない。無償の愛。必要な時には廻ってくる。それが神の支持でもあるでしょう。なんだかんだと規模を大きくして、トップの座にでーんと座って何もしないということは、私の辞書にはあり得ません。正しい事をしていれば人も物もお金も付いてくるということですね。宮城真理子さん、オードリーヘップバーンさん、、素晴らしい愛の使者。神という存在。キリストであれ仏陀であれアラーであれ宇宙であれ、、、自分の心に正直に生きて行く努力。焦る事無くその時期が来るまで在るがまま。
2565)太古の昔から守れた事を守るという、見えない力という物があるのだなと。。確信した皇室の男児誕生。妊娠を公表された時のスチュエーション、この方のお顔、2月の時点で男児だと我が家では確信していました。やはり、神の国日本。時代遅れと諸外国から指摘を受けようが、男児でつながれて来た皇室に終止符を打つのは、まだまだということでしょうか。日本の天皇制がある以上は男児継承なんでしょうね。それでないと、日本の天皇の意味がないのかもしれませんが、、、皇室典範。じっくり協議してもらいたい一つです。
2564)自分の好きな所に投げて自分の元に戻ってくるブーメランに例えてのアメリカの学生の記事。学生時代は親元を離れ好き勝手な生活をし、お金も湯水のように遣い、大学卒業同時に親元へ帰り、家賃や食費等を浮かせるそうです。豊かになった国は親の引く手綱も緩んでしまう、、スタンスは日本で言う所のニートに類似しています。このような家族を見ていて、微笑ましいとか、親がしてくれてうらやましいとか、その類いの感情は一つも湧きません。むしろ情けなく不快の方が強い私です。社会人として、親とどう接するのか。他人の家の事、余計なお世話、、それでも、この意識の人が増えた世の中はいい巡りをするどうりがない。。。チンパンジーは序列を作って生活をしているという事。今の親が守っている子供のあり方は、序列ではなく、甘えの構造に匹敵するものと。人に欠けだした点でもあります。ライオンの親のように子供を突き放す事、かわいい子には旅をさせろ、、面倒を見るだけが親のつとめではないと痛切に思います。すべてが、ほどほど。過ぎたるは及ばざるがごとし。。。
2563)夢ははっきりと覚えている程のクリアでリアル感のある夢や、おぼろげでインパクトの在る夢など、多種多様に見ます。というか、覚えています。光り物の好きな私なので、ダイヤや水晶等きらきら系の夢が多いです。最近は広くまっすぐな道路を走っている夢や、飛行機の離陸/搭乗の夢を良く見ます。妙な所では政治家と膝をつめて話している事も、、しばしば。夢は日常の反映の一つとも潜在的なメッセージとも、まー、善くも悪くもとれます。夢の中でさらに瞑想している時もあるようです。昨日の凍結精子の問題。医学の発展がしては行けない部分まで進んでいるのか、法律改正に着手できないのはそれがいいからそうなっているのか、、現実がいい事なのか、悪い事なのかも結果はわからない。。。それでも少子化に悩んでいる日本としては、子供に関して、どうも増やせばいいという環境には昨今、、ないようです。この子供に関する問題は今後の日本に大きく影響してくる事は間違いないでしょう。子供は授かり物。ほしがっているうちは手に入らないのも、昔からの習わしという事でしょうか。すべてが欲。いい事も悪い事も欲が在るうちはどれが真実で、どれが間違いかは、、、不明。
2562)女優の森光子さん。年齢を聞いてびっくりするほどの体力と気力に思わず頭が下がります。健康法は毎日のスクワットと以前聞きました。いわゆる呼吸と関節の柔軟性。彼女の穏やかな物腰、笑顔。健康とは美しいとはこのような事だと、生き字引のような方です。年を重ねるなら彼女のように、、と誰もが思ったはず。ならば、笑顔と心の健康。それしかないでしょう。
2561)昨日の敵は今日の友。この夏清々しい姿を見せてくれた甲子園球児達。いつかこの子達もアメリカというメジャーの舞台に行ってしまうのかと思うと、もう少し、日本の野球も頑張っていただきたいと思います。やはり、自国での活躍はこの上ない喜びです。かたや、時代の寵児ともてはやされた方。この方に翻弄された人は自分の責任です。誰をも責める事はできないと。また、この方も多くの欲に翻弄された一人。先日テレビでインドのアーユルベーダの先生が自分ん器以上を望んでも、すべてこぼれてしまうと話していました。まったくその通りと思います。どんな立場でもどんな環境でも自分の器/身の丈を知って、ポジティブに人生を謳歌したいです。今日の友が明日の敵にならぬような縁。それを見つけるのも自分ですね。そして、敵等はいない。理解できるか、受け入れる事ができるか、それだけの事です。
2560)教育改革という事をよく耳にします。教育の場を学校だけにとどめてしまうとうまく行かないでしょうね。教育の原点は家庭であり、学業の原点が学校と私は認識します。家庭で培ったいろいろを集団の中でどう生かして行くか、それは学校での倫理であり道徳でありホームルームであるという私なりの認識です。教育改革云々は頭では絶対にできない。。。親から始める必要性を強く感じます。子供が家を出ても平気で過ごしているような家庭では、子供もおかしくなるのも当然。子供と親の距離感、家族、輪、思いやり、それこそが教育改革の第一だと私は思います。学力はやる気と興味です。無気力な子供よりは気力を作り上げてからの方が利にかなっているものと。いろいろな大人の勝手な論議で、子供をこれ以上翻弄させないよう願います。
2559)法律。大昔に作った法律をこの近代的な世の中でもまだ引用している所に多くの問題/壁もでてきます。皇室典範もその一つ。今回、凍結精子による親子関係の認知の裁判で、そもそも、なんでこのことが裁判なの?と思うのは主婦の浅はかな考えかもしれませんが、病気等によって精子を凍結しているかたがたにとっては、今回のこの裁判の判決、葛藤と思います。医療はそこまで進んでいるのに、追いつかない法律。くだらない議論をたらたらしている時間に、生活に必要な法整備/見直し、していただきたいです。ねこもしゃくしも裁判で、生きている命、親子まで判決が必要なんて、私には考えられません。実の父親の
DNAを持ちながら、戸籍上は父でないというレッテルを貼る事が、人道的でしょうか?少子化の時代に、どうしても自分の子供を残したいと願うこの世を去る親の気持ち。。。政策と現実のギャップ。
2558)そろそろ着物がいい季節。秋の観劇、お出かけに、多くの方々に着ていただきたいです。着物を着るということを難しく考えてしまうと着れません。お洋服と同じ色選びでもうまく着れません。私的着物の着方はほとんどインスピレーション。いろいろ合わせていても迷うばかり。少し自分を変えたいな、、なんて思っている方にも、もってこいの着物。いつもと違う装いは、同じ景色も変えてくれるすぐれもの。女心と秋の空。移り変わりゆく雲のように、七変化。待ってました!の秋です。
2557)本人の非人道的行為が引き金となり、モラルを守れず、何の罪も無い人の命を奪った人が、たった15年で刑務所から出られる日本です。アメリカでは懲役30年、100年という刑期も存在します。刑期が長ければいいのかと言う問題ではなく、繰り返される同様の飲酒運転事故は、どう見合わせても、加害者優遇の処置としか思えません。危険運転致死傷罪では20年の刑期もありますが、これを立証するのが難しいと、、、なんとも言えない感じです。人権はわかります。罪を犯した人を蔑視するものではないけれど、日本の法律/刑罰は被害者の気持ちをまったく癒さない、加害者にとってのものであり、加害者の今後にあまりに重点を置きすぎていると、私は思います。それだけのことをしたのだから、今後の人生は厳しい物だという事実。被害者の方々の意念が一向に上向きになれない要因とも。刑務所改革と言って、その中では開かれた刑務所のような報道を目にすると、これでいいのかな?と正直思います。その陰で被害にあったかたは、その悲しみの念から抜け出せないのですから。命を奪うという事はそういう事です。簡単に命を奪う事件が多くなっている今、簡単に罪を償えるという、簡単に捉えられては困ります。自分の人生も四苦八苦で超える上に、さらに数人の人生も背負って生きるという事です。命というものは重さもはかれないし、どれだけのものかもわかりません。目に見えないものの価値は見える物以上ということです。そのことの意味もわからない人が多いのですね。
2556)アメリカは自国ではミサイル等の実験をしつつ、他国の批判ばかり、、やられたらやり返す的発想は私には理解できません。イランの反発もアメリカ次第でしょうか。石油など、日本もかなりの影響を受けるこの情勢で、日本の外交の手腕に期待するしか、庶民の手だてはありません。主婦としては、石油高騰の関連のいろいろを生活の中からいかに排出できるか、多くの昔の人達の生活を参考に、チャレンジしています。
私的政治の構図は、、、アメリカではヒラリー首相、日本では田中眞紀子総理が理想です。女性同士の政策のいろいろ、興味在ります。ヒラリーさんに至っては、ご主人よりもその才覚を、、買っています。まじめな政治家がいいのかなと思った時期もありましたが、やはり、少々灰汁が強く、毒舌で、ある程度したたかで、世間を熟知し、そんな人でないと、今の世界を渡れないのかな、、、と。
2555)自分でも驚く程の体力、46歳。青春真っ盛りと言った所の私です。自宅から山へ向かって歩く事1時間、そこはほんとに山の中になる不思議なエリアです。ふるさと村と言われていますが、その意味は行けばわかる程、ふるさとです。その中の一面の水田がひろがる場所。稲が実をつけてゆさゆさ揺れているその中で、私は生まれて初めて稲の花を見る事が出来ました。恥ずかしながら、稲に花が咲く事を知ったのが35歳。それから何度も時期を逃し、待望のウォッチングに成功した次第です。花は、、、これでは気がつかない、、というほどの可憐な花でした。それでも一つ想いをクリアにして、秋の青空のもと、4時間の散策を楽しみました。大地を踏みしめ、自然を感じ、まさに浄化の散策。神仏を拝み倒すよりも、この宇宙での神の化身の自然を愛し、触れる事が、祈りにも通じる事と昨今思う私です。着実に私の中の在る一部分が変化をし、大きく舵取りをできた、そんな体感です。青空に浮かぶ鱗雲。冷たい風。体中に汗をたっぷりかいて、笑顔で歩ききったいい一日でした。主人は、、、59歳。そろそろ年齢の差を感じるこのごろです。主人も50歳までは軽やかだった、、、
2554)朝起きてニュースを見れば、殺人事件、夜寝る前にニュースを見れば、殺人事件。毎日毎日人が不道理な死を遂げています。随分前は凶悪犯罪が多かったけれど、今は凶悪というよりは粗悪な犯罪が目立ちます。大きな事が出来なくて、弱者が弱者を狙う。ことに家を柱に起こる事件の多さ。国会でも取り上げるべき一大事だと思うのは私だけでしょうか?家の崩壊は国の崩壊です。次期総理大臣候補の在る方は、子供が日本を好きになるような、美しい日本を提唱しています。ちょっと正義感が強すぎて大丈夫かな?なんて思う面もありますが、そんな公約が実現すると、ほんとにいいなー、と感慨深い昨今です。奇麗で美しい日本の代表の富士山がモラルとマナーに守られて、世界遺産に登録されるのが目安でしょうか?
2553)9月1日の防災の日を前にここ横浜では大きな地震がありました。たまたま主人とお茶を飲んでいたとき。地震、と私が叫んだとき、2匹の犬は膝からとびおりワンワン吠えだし、その後、大きく突き上げるような揺れがありました。主人はこのとき気がついた、、、直感で直下型に近い、震源は東京湾?と思ったら、本当にそうでした。直下型の地震の感じがわかった貴重な体験でした。浮いてどっかーん、という感じでしょうか?地震や天災は避けたくとも避けられないもの。日頃から適度な危機感は持っておきたいです。私の体感も、ナマズを超えたようです。たまに大きな地震が来ると、その恐怖や準備に気が回りますが、もっともっと大きな地震が来た時にも、浮いた地面にしっかり足をつけて、冷静にいられるよう、、、
2552)ひとたび人気商品が出れば、それに便乗してコピー商品も出回ります。人が群がる所に偽物ありです。ともすれば本物の方が陰をひそめて、偽物が本物のようになってしまうことも往々にしてあります。偽物の共通点は、すべてお金ということで結びつくという事。恋は盲目ではないけれど、群がってしまうと見境もなくなるのも、人の真理です。とある雑誌を見ていたら、精神修行が何十万もかかるお寺や、スピリチュアルを極めるだかなんだかが、百万という。。。それもすべて満員御礼というから、何ともおかしな話です。どこの国でも、おなじような現象。ブームとは流行とは、怖い物です。お金で修行が全う出来るのなら、多くの人が多額を投じて、そのような事をしているのなら、もっとまともな世の中になってしかるべきではないでしょうかね?偽物の時代に本物を見極めるのは、それこそ、修行のようなものでしょうか。
2551)子供の頃から宝石は大好きでした。透明で輝きのあるその石を子供の私は身につける事は出来ませんでしたが、母のつけているダイヤの指輪や叔母達の身につけているのを見ているだけで、ぼーっとしてしまうほど、好きでした。社会人になってはじめて自分で買った宝石はやはりダイヤでした。宝の石。石は自然からの贈り物。だから宝。それで宝石といつしか自分で思っています。石とつきあいだしてもう20年以上でしょうか。加工された石もいつも眺める事に寄って、いつも身につける事に寄って、その輝きを増す。原石に至ってはその変化がもっとも多く見られるので、育てている、、といった感があります。光は人にとってにエネルギーでもあり、暖かさでもあります。そんな光を自然に発する石が大好きです。母の形見の指輪に至っては、たぶん、母が喜びそうな所にはめて行くと、なぜかぎらぎら光るから不思議です。そんな神秘的な石とのつきあいは、ある意味自然とのふれあいとも思っています。富と権力の象徴の宝石も、その自然の力故、、とも最近は思う私です。自然の威力を痛切に感じ、その自然をどれだけ今の自分に繁栄できるか、動植物、空気、水、石、木々、、、人は自然に寄って開花すると思う私です。その自然を破壊する事は、人の言動をおかしくする事とも思います。
2550)女性でも男性でもいつまでも若く美しく在りたいという願望はあります。努力無しでそういられる人もいるでしょうが、ほとんどは努力があってのことでもあります。美の追求をすればするほど、行き着く所は身体と心に私はなります。また、美=健康ともなります。衣食住を正しく自分に置き換えれば普通は奇麗になるとも確信しています。女性の場合、恋愛が美の秘訣と言い切る人の、もっともっと深い部分を付くと、愛するという心に連動するのも一つ。男性の場合、いつまでも少年のようである人は、輝きを増しているようにも見受けます。それも心。心を奇麗に保つ努力。それこそ徳を養う事だと私は思います。それによって、いろいろな事が廻りだし、自分にとっても、他人にとっても幸せが廻ってくる。。。美=健康=心優美。一人では何も出来ない。相手あってこそ美は保たれるのでは?
2549)人が薬に頼っている以上は副作用/薬害という物は無くならないのでしょう。けれど、同じ症状が出て、使用している薬が違っているだけで、明暗がわかれるような、、そんな道理は到底納得のできるものではありません。すべてを認めてしまう事は、これから出る、または潜んでいるあらゆる薬に対しての保護が出来きれないという事もうかがえます。保護が出来ないような薬を処方している今ということを、しっかり認識したいです。薬は百害あって一利無し。そうは言っても、自分の知らない所で勝手に治療されている薬に対して、まな板のこいではあまりにも残酷であると、、、防げる病は自分で防げる。尊敬している貝原益軒の養生訓の言っていること、今の世にも通じると思いますが。
2548)夫婦の絆はかなり強い物です。まして50年近く連れ添っていればなおさらいろいろな意味でその絆は強い物です。いつも一緒にいた人が突然いなくなったら、やはりさびしくてストレスがでて、身体を壊してしまうのはまともな状況と思います。たとえ病気でも、たとえ認知症でも、一緒にいることが一つの生活であると思うのです。夫婦がべったりの仲良しさんでなくとも、一緒に生きて来た同士の絆は子供にも計り知る事はできないと。それが夫婦でもあると。片方が施設に入り、片方が家に残る。。。かなりの苦痛であると。家族には二人を施設に入れるのは切ない感情が強いようです。けれど、正義感では広い意味の介護はできないのではないかと。まだまだ日本に残る施設=姨捨山的発想が、二次災害を引き起こす引き金になっているのではないでしょうか?と私は思います。誰もが老いるこの問題。しっかりとした意識の在るうちに、いろいろと書き残したいもの。
生老病死。誰もが通る苦しみでありそれは一番の修行でもあります。私は母が死に至までに母によってこのことをいろいろ経験しました。そして、父の死によってその時経験したいろいろが結果となりました。あとは自分で実践するのみです。
2547)飲酒運転の事故で子供を三人も亡くされたご夫婦。人と話す事等したくもないだろうに、毅然として冷静に客観的に事故のいろいろを話しています。その映像を見るたびに、余計に切なくなる、、このご夫婦がどれだけ精神的に傷ついているか、本人達も定かでない程と察します。加害者への恨み一つ口にするでもなく、立派な姿勢に頭が下がります。きっとこの方々のお子さん達も道を迷わず成仏してくれるでしょうね。本当に、車社会からこのような事故が無くなる事を願います。被害者も加害者も一瞬で人生が変わるのですから、、
2546)127億光年ってどのくらいの距離感なのか凡人の私には想像もつきませんが、宇宙での距離感ではそんなにたいした事では無いのでしょうか?新たなブラックホールの発見を日本のすばる望遠が捉えたそうです。太陽の大きさも把握できない私には、太陽の20億倍という大きさも検討がつきません。飛行機に乗っても太陽は同じ大きさに見える、、、とりあえず太陽まで、、とは簡単にいかないのです。こんな壮大な話とその中の小さな惑星、地球の中のこれまた小さなエリア、日本で起こっている雑多な出来事。たいしたことはないとも思います。大きな器で見ればです。けれど、小さな器の中のいろいろが後々積み重なって大きな器にも影響を及ぼす事も必須でしょう。小さな器、日本。こんな小さな中でも毎日いろいろある、、、同じような事の繰り返し。懲りない人間。人生は一度だけ。与えられた数十年の時間だけ。与えられた環境に準じ、その中で楽しく輪を保つ。これも大事なプロセス。身の丈。大きな野望に向かうにはそれだけの度量も必要。今夜は雑多な事を振り払って、ひとたび、夢の中で大宇宙遊泳でもしたい気分です。
2545)本当に何かに見透かされているかのような日々で、驚きと発見の連続です。また、その事により自分の今の状況もはっきりとして、嬉しい限りです。縁在る物は必ず巡り巡って目の前に現れる、、自分が選んだ事はあらかじめ決められたかのようで、、生まれた時から道は決まっていると言われていますが、雲をつかむような話も、つかんだような、そんな気分です。結果として自分が見つける事の数々が偶然ではないという認識。多くの事が重なって実感できる事の一つです。感謝。
2544)自分が真剣に求めているものが自分に取って本当に必要な物であるか?ほとんどの人は真剣に求めすぎて、そのことしか目に入らなくなっているので、誤解して自己満足感で進んでいるように思います。目的や希望を持つ事は大事です。けれど、そのことをずーっと思い続けるということは、だんだんネガティブになっているようにも思います。思うとき、目的を持つ時、それはその時だけでいいのでは?後は一生懸命に進めばその事が必要か必要でないか、必ず壁となるものが現れて、はっきりとすることです。大事な事は一つ一つ、目の前にあることを真剣にこなす事。目の前にある課題をこなせないで目的を達成しようというのは、甘い。山登りは一歩一歩道を確かめて歩きます。物事は積み重ね。三歩進んで二歩下がっても、一歩は進めていればいいと私は思います。大好きな365歩のマーチ。
2543)社交ダンスは大人のするダンスと認識していた私ですが、なんと、ダンススポーツとしてオリンピックに提唱している程子供にも浸透していたんですね。ダンスは踊りでは在るけれど、スポーツに匹敵する程の運動量であると私も思います。子供の一生懸命踏むステップとそのダンスの姿勢を見ていると、見ているこちらまで背筋がぴーんと伸びる程。つま先から頭の先まで神経を使うこの社交ダンス。今の子供には体育の時間に取り入れてもいいのでは?なんて思った私です。今の小学生が10年後、オリンピックの晴れの舞台で競える日がくることを、私も楽しみにしています。
野球でも、サッカーでも、ダンスでも、ゴルフでも、卓球でも、、、子供の力を伸ばせるのは本人の意思と親のバックアップ。子供の頃からの親との絆とでもいうのでしょうか。親が一生懸命になって怒鳴り散らしても、泣きながら必死に付いてくる、それも子供ならでは。親っていいなー。。。生きている上での最高のプレゼントは子供なのではないでしょうか?その事の意味を親も理解していたら、昨今の嫌な事件は減るような、、
2542)50年前の未来像の実現率が6割は外れる結果となったそうです。予知とか想像は頭が柔軟でなくてはできないことでもあります。未来を実現させるには自分の意志あるのみ。私はとりあえず年頭にあたりいろいろを思い浮かべます。私の年頭は節分ですが、、、研究者の方々より的中率はいいですね。なんと言っても、想う事叶うなりが座右の銘ですから。ただ、そのことにおごることなく、自分自身のお勉強を励むのみ。勉強できるのも生きているからこそ。四苦八苦も生きているからこそ。生きていることを想えば何でもありがたいものです。
2541)教育テレビで着物のリサイクルの業者さんの話がされていました。着物を不要な人から買い取り、必要な人へのお仕事。無駄という事を考えれば結構なお話。でも、、買い取り価格は雀の涙。販売額は○がかなり増える、、、、商売は利益があってこそであるけれど、あんまりひどいのでは???というのが着物愛好家としての私の意見。着物ブームを仕掛ける上で、肝心なことが手つかず。そもそも、着物は高い。高いけれど100年は軽く着れるから安い、、ブームも結構ですが、興味を持っていただけるのは結構ですが、民族衣装の価値を下げてまでの戦略は心が痛みます。どの国見渡しても、民族衣装を軽々しく扱っている国は在りません。何よりも親の世代が着る事。それを子供へ引き継ぐ事。節目の大事な時には着物を着る。もっと民族衣装を身近に感じるには、着ている人を増やす事。リサイクルに出す前に、お正月、結婚式、パーティー、、、着てください。日本って独自の物が何一つなくなりつつある。。。
2540)とある雑誌のかつて一世を風靡した霊能者の話が載っていました。あの人は今、、というコーナーでしたが、この方の今はかつてテレビをにぎわしていた頃よりも徳を得ていると感じた私です。その写真の顔がすべてを語っているかのごとく、とてもいい笑顔が印象でした。相談を仕事にする事をやめたからでしょうか?その方の談で、《神仏を拝み倒すよりも、まずは夫や妻を拝み倒すのが先決》確かに。一番身近にいる人は神仏以上に精通していますからね。
2539)私の人生の中で、思い切り興味の湧く事が押し寄せる時が数年に一度あります。誰でもそうであるように、興味の在る事、気になる事、知りたい事、それらはその時に必要な事で、その人にとっての過程で何らかの影響があるのでしょうね。自分なりにそのような時期は大事にしています。今年にはいり、人のルーツというものに興味がかなりあります。たぶん、父が亡くなって、家系図云々を調べてからだと思います。日本人には蒙古斑があります。モンゴル人にもあります。また、ネイティブアメリカンのホセの人達にもあります。そして日本の北海道に住むアイヌの人達には蒙古斑はありません。オーストラリアのアボリジニの人にもインディアンの血もあるようです。。。いま地球は沢山の国と地域にわかれてあれやこれやすったもんだありますが、、、もともとは少数民族の星だったんでしょうね。原住民と言われる人達の生活も近代化の波が押し寄せてはいるようですが、人間が生きる原点、それこそロハス的な生き方、もっともっと感じたいものです。自然と共存。これができないと地球は破滅なんでしょうね。ロハスといいつつ洗剤を大量に使い、ロハスといいつつ電化製品にたより、ロハスといいつつ薬に頼っているようでは、、、と私は思うのですが、、、在るがままの生活。今極力その事を意識している私です。その意識が無意識になったとき、執着がとれて身に付くのでしょうね。国という枠、会社という枠、その枠の中に渦巻く多くの欲と野望、、、枠に執着しすぎるといろいろ支障がでているようです。
2538)国連のアナン氏が川崎市役所宛に返答した文書で、拉致解決に協力するとの意向を示しました。アメリカのブッシュ大統領もそう語り、拉致被害者の家族の方々の今までを聞けば、思えば、誰でもそう思うのは正念と思います。けれど、未だに何の手だても打てない実情に、愛別離苦、、、いつまでこの苦しみに向き合えばいいのでしょうか。。。核兵器が問題になっている中で、イランが核開発の正当性を訴え、その中に日本の姿勢も発言されているのが、、核を開発して何の徳があるのでしょうか?人は核に執着して、その執着のしっぺ返しを受けるのも人。けれど、ここまでイランを追い込んだのもアメリカ。イラン、インド、、中東が手を組んで泣くのも人。原油問題、、、かたや、北方領土問題でだ捕が繰り返されるロシア。危機的状況にある漁師達の生死をかけた漁。外務省のていたらくな外交のつけです。そしてまた、台湾と与那国島の国境問題、、この暑い夏に熱い火種がくすぶっている地域が多いなー、、と思う私です。
2537)甲子園のヒーロー君達のいろいろな場所での発言を聞いていて、思わず笑みがこぼれる程、いい言葉を使っています。しっかりとした言葉で自分の意志を伝え、かつ、いろいろな人への気配りを見せています。18歳、17歳、、この子達の将来がとても楽しみであるとともに、ご両親の愛情の深さも感じます。育ちがいいというのはこのような時に感じる物でしょう。。かたや、ここ数ヶ月の間に何件の放火が在り、子供が逮捕されたでしょうか。親への不満、世の中がつまらない、苦しい、毎日がつまらない、、、家族でニュースについて話したり、その事がきっかけとなって自分の子供への気配りは生まれないものでしょうか?一日わずかな時間のコミュニケーションは最大なる危機をも防ぐ事にもなりうるものではないでしょうか?渋谷のジミーと言う妙なおじさんが若者に人気との事。子供の親と同世代のこのおじさんが、何故、親よりも選ばれるのか、、親の方こそ、このジミーおじさんに相談に行った方がいいのかもしれない、、なんて思う私です。親というのは大変な仕事です。子供を一人前の社会人に導くのですから。その姿を見て、また子供は親になる、昔からの法則ですね。少子化の原因の一つでもあると私は思いますが。。
2536)この夏、企業が主催となって子供の体験学習が多く行われたそうです。起業家のお勉強や販売、企画、そして仕事をしてもらうお給料のありがたさ、また、無人島での1週間の自給自足の生活。こんな体験が出来た子供達は、きっと大きくなっても心に残る貴重な知恵を授かった事と思います。今では、子供の方が理念や意念がしっかりとしている分、大人のこのような体験学習も企画してほしいなー、、なんて、思いました。
2535)二兎を追う物は一途もえず。。必要な物をつかみ取るには余計な物を放した方がつかみやすいはずです。あれもこれもと不必要な物を沢山抱え込んで、肝心な物をつかめないでいるのは、いささか、、もったいない。手放せないでいる事のエゴであり、執着。もったいないと思い溜め込んで、実はゴミの山のような生活をしている人。本当に必要な物は一つ。選ぶ事、捨てる事、切る事。これも成功を極める秘訣かと。
2534)70年間太陽系に在った冥王星が降格したという事実。ついこの間は惑星が増えるという話を聞いたばかりなのに、一転、減ってしまうとは、、、すべては人が中心として決めた事。宇宙での見解を聞いてみたいものです。
2533)直木賞作家のエッセイでの告白が注目を集めています。子猫を処分している内容の物。避妊手術をすることと、子猫を処分する事が同じという観念は、私には理解に苦しむ発言です。最近の若い方の受賞者の陰と陽。かなり特殊な部分が顕著に現れていて、疑問が多いのも事実です。現代人、、、と言ってしまえば終わりですが、、、この考え方で行くと、子供も平気で、、と思ってしまうのは私だけでしょうか?命の大切さ。命は産まれた物に与えられる時間でもあります。まだ種火もできていない内に消すのと、命の火がともってから消すのでは、その行為自体犯罪に匹敵するのではないでしょうか?もしもこのような考えの方が多くいるのであれば、現代のモラルの乱れもある意味納得の部分。生きる物すべての権利をどこで捉えるか。屁理屈ではどうどうめぐり、、、心の闇と愛と命の重さ。
2532)日本人には日本人の食生活に必須で、そのことが理にかなっているということが、最近多くの食材で解明されてきています。研究者によって解明される食品は今の人には、かなり受け入れやすい事も事実。サプリメントも結構ですが、やはり、薬。理にかなった食品で体を健全に保ちたいものです。昔からある食品、これらは昔の人の知恵の結晶。いくら時代が変わっても、やはり戻るものだな、、原点に、といった感じでしょうか。
2531)シュレッダーで子供が多数事故に繋がった事件。もともとは個人保護法などにより、家庭でもシュレッダーが使われるようになったことが発端。家庭用で売り出されている物は、その機能に完璧は無く、より高度なものをと、、思えば業務用に手が伸びるのは、一般ユーザーの心境でしょう。メーカー側も業務用、まさか子供が使ってしまうとは想定外、、業務用も家庭用も販売に仕切りがない事も災いのもとでもあります。業者側の責任問題を追及するのは論外であり、業務用という観点から、販売方法、そして親の管理へ追求の方が私は妥当と考えます。二度とこのような悲しい結果にならぬよう、すべての商品に於いて、高性能な業務用は買う側の意識も高度になる必要が在ると思います。また、業者側も販売先が家庭でもあるとわかるような商品販売には注意が必要かと。
2530)24節気では処暑を迎えていますが、まだ気温が真夏。それでも自然界ではそろそろ秋の気配を感じるから、ほんとうに凄い。最近では食品や花屋さんでは季節感はまるで感じないのですが、じっくり目をこらして山々や木々を見ていると、少しずつ、季節のかわりがうかがえます。季節の変わり目は一番体調管理も難しいときでもあります。来る食欲の秋を楽しく迎える為にも、今こそが一番要の時期と。お腹の調子を管理すると、いろいろな事にも敏感になります。
2529)夏休みは八月一杯という認識をしていた私ですが、学校によっては25日から新学期という事。大人の勝手な教育方針の転換で、楽しい夏休みまでも有無を言わせず変えられる子供も気の毒、、夏休みの定番宿題も必死の追い込みの模様。が、いつの時代も最後の追い込みの宿題に必死になっているのは、本人よりも親というのも定番でしょうか。なにはともあれ、、授業日数確保の為に休み返上という策が吉と出るか、凶と出るか、どちらにしてもしわよせを受ける子供には罪は無い。。。
2528)甲子園球児の夏が終わりました。再試合を終えて、勝者も敗者も力の限り戦った後の笑顔がとても素晴らしかったです。悔いの無い、、という言葉がぴったりの野球ができたことは、見ている側も、当事者もほんとに気持ちよく、久しぶりにスポーツという意味のある試合を見た感じです。
悔いがないということは、思い残す事もなく、悔し涙もでない訳で、その結果、よくやったー、、という自賛の笑顔ともなるのですね。いいお手本だったと思ってみていました。もちろん喜びの涙もありますが、やはり笑顔で語れる事程澄んだ物もないです。そういえば、私は昨年末の父の葬儀以来、まとまった涙は出ません。涙がでるような気持ちにいないことへ感謝とともに、増える笑顔にも感謝です。時として涙も奇麗だけれど、、涙が真珠なら笑顔はダイヤモンドという所でしょうか。きらきら光が遠くまで放つようです。
2527)同じ物でも扱う人、手にする人に寄って、かなり違った物へ変化してしまう物です。癒しブームでいろいろなグッズが流通していても、その本来の意味を成していないものがほとんど。何故?そのことを想い描くと一つ、真実が見えてくる、、、その多くの同じ物の中からチョイスするのも自分。いい物のエネルギー、悪い物のエネルギー。スターウォーズではないけれど、悪のエネルギーは強く大きなものです。いい物は弱い?違います。その悪い物をも寄せ付けない強力なバリア、愛であり、慈悲の心であり、、それらの強力な力を持っています。それらがうまく発揮できないから悪に陥る。。スターウォーズの一連の映画では善悪の力と魂の中を毎回取り上げています。この夏、WOWWOWでまた最上演されていて、流れるたびに引き込まれるかの用に見てしまうこの映画。娯楽映画と言ってしまえばそれで終わり。SFXといってしまえばそれで終わり。娯楽/遊びの中から見いだす教えは興味が在るからか、身に付くのも早いように思います。
2526)誰にもある直感。その直感こそが自分の中の本当の声でもあると思います。日々の衣装を決める事、アイシャドウーの色、アクセサリー選び、お買い物、、、あれこれ悩まずその日のそのときの感性で選ぶ習慣。まずは悩まず、迷わず、すーっと手が伸びたもの。それこそが第一のひらめき直感。それを無視し続けると、自分を否定している自分にも気づかなくなります。そのことは、生活にも行動にも意念にも大きく関わっていると、あらためて思う私です。選んだ物=色。大切なバロメータではないでしょうか?
2525)長年癒してくれていたグッちゃんテトちゃんを殺してしまいました。熱帯魚。水の汚れを気にした私がちょっと横着して薬に頼って、、その薬が命取りになってしまいました。水をきれいに保ちたい、というエゴと、水を換える面倒臭さが災い。反省。多いに反省。ごめんなさいとは言いません。犠牲になって私に目を覚まさせてくれてありがとう!これからの教訓にし、肝に銘じます。
2524)『女性の肌も猫の肉球なみにきれいになります』というキャッチコピーに、同じ動物、、という単語が脳裏をかすめました。犬猫の肉球クリームが女性の肌の再生に効果的という。。猫の足裏と人の肌が同じ敏感質。まー、、以前から化粧品の開発に豚の肌が使われた事も周知の事実。同じ動物。皮膚の細胞も似ている品種があっても変わりないということですか。安全性ということがペットの間でもブームになり、食品レベルの品質管理になっている今、人間用に開発された、いろいろな薬剤が入っている物よりは安全なのかもしれません。我が家でも2匹のワンちゃんのハーブシャンプーは主人もご愛用の一品。
2523)人の意念の強さ。誰でも一度決心をした後の力は、炎が点火したように意気盛んであり、その事へ向けてのポジティブなエネルギーは上昇しています。けれど、ひとたび《迷い》というネガティブな意念がわき上がったとき、その炎は鎮火します。迷いというのは人の体にも心にも大敵な害であると思っています。迷いのない生き方。。腹にぐっと力を入れて、地に足をつけて、ゆらぎのない生き方こそ自分の道を全う出来るものでもあります。運命は自分の意思でいかようにもなるものです。
2522)19日。我が家の1匹のチワワが6歳を迎えました。この子は3歳まで持たないと言われ、言うに言えないいろいろな事が多々ありました。先生を変えて、食事を変えて、いろいろな事に注意を払いながらおかげさまで6年を元気に迎えられたわけです。この小さなチワワちゃんから教わった事は、それこそたくさんあります。愛もその中の一つ。とりわけ主人はかなり変化があったように感じます。妹チワワを迎えて一時はどうなることかと思いきや、猫に近かったチワワが犬としての生活を堪能しています。私はこのチワワちゃんを通して知り合った、今の先生にも全身全霊、感謝しています。この先生からも生きるという事の多くを沢山教えていただきました。たかが犬、されど犬で、縁あってこのチワワちゃんをつなぎに、多くの友人が出来た事も感謝です。その友人達からもいろいろな事を学び教えていただいています。人生の小さな縁の積み重ね。私の宝です。何一つ、誰一人意味の無い縁はないという事ですね。6歳を過ぎるとこれからは高齢犬の息。この子が与えられた命と言う時間を全う出来るように、これからも二人6脚で努力して行きます。
2521)フラッシュ暗算という珠算の中の暗算の脅威の世界。フラッシュというだけあって、瞬き等している間にとっとと次ぎに行ってしまう、、この競技?子供から大人まで幅広く、今密かにブームという事です。これができるから頭脳明晰というのはちょっと?ですが、忍耐や集中力には心の中までケアーできるものと思います。私が子供の頃の習い事は珠算にお習字が定番。この定番、やはりいろいろ大人になって効いてきています。家に帰って指の運動でパソコンにかじりつくよりも、子供には子供の頃に必要なことを身につけた方がいいのかな?と昨今つくづく思うわけです。今の子供は服装から持ち物から出かける先まで、、大人以上です。子供は子供らしく。このことも一つの大きな要因ではないのかなと。侵すと危険な領域というのがあるように、子供の世界、大人の世界、この境界線は心にかなり現れているようですが、、、
2520)団塊の世代の退職はどうも大きな話題の一つで、、夫婦で海外のロングステイを希望している人が多くいる一方で、熟年離婚を考える人も少なくないようです。熟年離婚を言い出しているのは、団塊の世代の本人ではなく、その伴侶という点。妻だけの一方的なコメントの数々にフーンという感じではおりますが、また新たにお見合い結婚を考える人が多いのも、、、フーン。相手は同じ団塊の世代。人が変われば関係も変わる?どちらにしても自分の人生の岐路。相手だけを攻めても後世の幸せは無いと私は思っています。相手ある事はたいてい、、、お互い様です。そう考える方が平和であると私は思っています。
2519)サッカー日本代表の新監督/オシム氏。歴代の監督と違い、有名選手に関わらず試合を見て選手を決め、ばっさばっさと切り倒し、、見ていて爽快な監督さん。プライドばかり高い選手に取って、何かを感じ、何かが変わる監督さんの縁と、今後が楽しみ。このことにより、活躍の場も増える選手も多く、逆にやりがいが出ることと私は思います。かっこいいだけではプレーは出来ず、日本選手の甘えの構造にメスがはいったかな?
2518)製作期間約20日。作業時間10時間17分。合間をぬってついに完成した『最後の晩餐』絵葉書大204ピース。ひさびさ興奮しました。私の作業をちらちら見ていた主人は、最初は凄いねーの連発でしたが最後の2日は僕には出来ない、、と絶句でした。私もこんな小さなピースは初めてで、できるのかな?と思った事もありました。そんな作品を主人が額にいれてくれるという、、、ありがたく、でも、壊さないで!と注意を警告して、、、ありがとう!やれば出来る何事も、、、ということで、次のチャレンジは無謀にも英語の本を読破する、、、厚さ3−4cmアメリカの単行本は軽くて助かります。日本語の本は斜め読みができる私も英語の本は、、感性で読み切れたら御喝采。。。やれば出来る何事も。まずはひととおり目を通す事からはじめよう。。。内容がわかるのは年末???英検2級の私も今では中学生レベル。。。過去の栄光は振り返らず、今はできないのだから、そこからスタート!

2517)温泉の効能は本当に効くのか?。。。下世話な質問だなー、、と率直に思いました。薬効の高いお湯もあるでしょうし、家のお湯と変わらぬお湯もあるでしょう。けれど、家から離れて風情ある温泉地のお湯に入れば、、、それだけで効能はあると私は思っています。そのものが効くか効かないかはその人の意識にも大きく関わってくるもので、信じていればそうかもしれない、、となるわけです。これはどこそこのおいしいお水で聖水です、、と水道水をありがたく飲んでもそう思っていれば聖水になるのでしょうね。ある意味信じる者は救われる、、といった感じでしょうか。
2516)人に口が在る限り、人に考える脳が在る限り、人にはそれぞれ考えも意見もあります。全員が同じ考えという事はある特定な事を除けば皆無に等しいと思います。言論の自由という事がありながら、その言論に対抗する手段が非道徳的な事では、争いは絶えないでしょう。また、人の口に戸は立たず。
2515)《ユナイテッド93》という映画を見てきました。2001年9月11日、アメリカでの同時多発テロ/航空管制指令塔からユナイテッド93便に乗り合わせたテロリスト、乗客の模様を記録した映画です。見終わって、かなりの衝撃の大きさに、言葉がつまりました。同時に、今まだ頭の中を心の中をいろいろな感情が錯誤していて整理がつかぬほど、沢山の事を感じてきました。日本人には作れない映画。どんな映画でも日本人が作ると美談になってしまう、それほどの危機感というものを感じていないし、経験していないからかもしれません。危機管理に最前を尽くしているアメリカでこの騒ぎだったのだから、、映画を見ていると、現場と責任者の意識の差もはっきりとわかり、もしかしたらもう少し防げたのかも、、とも思いました。このテロ。いわゆるキリスト教国とイスラム教国との宗教戦争。機内に残された人は最後の最後に天にましますわれらの父よと祈り、テロリストはイスラム教を唱える、神の元へ導きたまえ、、、神。神。神。偽物の宗教。ほんものの指導者の元ではないのでしょう。そんな宗教観も大きく感じるとともに、危機管理もかなり自身に問いかけました。平和な国日本にどっぷりいて、言っている程危機管理はないのかもしれないと感じたとき、アメリカへの飛行が無謀にも思いました。恐れる事はしないけれど、どこにいても同じだけれど、わざわざ、、と思う訳です。秋と来春に渡米を計画していましたが、今はその気持ちは失せてきました。よほどの用事がない限り、しばらくは行けないでしょうね,私には大切な愛する家族がいて、犠牲にはしたくない。。。それほど強烈な映画でした。この秋には地上から描く9/11テロの映画が上映されます。こちらの方は実写も加わり、さらに強烈に魂に響きそうです。この2本の映画。是非若者/子供に見てほしい。家族揃っていろいろを見直す題材にしてほしい。そんな風に思います。私の終戦記念日はいろいろな意味で魂に響くものとなりました。命の重さ、改めて感じると共に、主人と毎日笑顔でいようと語り合い、また、愛するものへの愛がさらに深くなりました。犠牲になった方々の冥福を改めて祈るとともに、早くこのテロの存在が地球上からいなくなることを。。目には目をではない。相手は魂、命。
2514)戦争を好む人等いないでしょう。誰もが二度と起こしたくないと思っているでしょう。それでも現実問題、その事実は夢で終わっています。日本は戦争をしない国のはずなのに、イラクへ自衛隊を送っている、、これもひとつの戦争の形と私は受け止めています。絶対にしないのなら、絶対にイラクへ派遣はさせないはず。。戦争をしている国なのだから。。靖国問題がここまであらゆる人の執着を生んでいるのも、いろいろな矛盾も原因の一つ?私は思います。自分たちだけ良ければ、自国だけの問題だから、、、それでは輪は保てないと。人は一人では生きて行けない動物なのだから、、、そもそもは戦争が論争のもとという認識だと。何回終戦記念日を迎えたら、執着が消えるのでしょうか?悪い人もいい人も戦争の犠牲者であり、けれど、それらに関わった事実は、いい事、悪い事しっかり受け止める必要はあるでしょう。御霊を供養するには平和な心でしかないはず。日本は理解に苦しむ神のまつり方をしている。。それは他の宗教とは違う?神が天皇であったり、戦没者であったり、、そこにも何か、大きな矛盾があるように私は思います。神の国日本、万の神の国日本。私の中の神は、この地球がある宇宙であり、自然でしょうか。
2513)天皇のメモ出現以来、靖国問題が政治家の間でじんわり火種となっています。私は、この問題を論じるのは政治家ではないと思っています。指示を出した天皇、指示を受けた国民。だからあーでもないこーでもない、、事実を知らなさ過ぎる人の憶測の論議では、決着は本物ではないのです。ドイツはナチを受け入れて、国民全体で戦争責任に直面しています。同じ人間で、どうして日本人はいいかっこしいで、隠し事ばかりなんでしょうか?してしまった事実に虚偽はいらないです。私たちが知りたいのは真実。それを知らしめない限り、戦争への認識は離れる一方とも思います。今生きている私たちの体の中には誰の体にも戦争を経験した人の血が流れているのです。それが血縁。失せる事無い事実です。一人一人がその事に気がついて受け止めてほしいと。。。辛く苦しい戦争を経験し、今の平和な日本があるのです。戦争に行った人はお国の為と言って命を捧げました。もちろん、今の若い人には通らない理屈でしょうが、日本もかつては今の北朝鮮と同じであったということです。私はそんな先祖達が経験した切ない魂を大事にしたいです。だから、命も大事です。終戦記念日を前に、それらをからめた番組もあります。若い人や子供にオブラートに包んだ美談ではなく、真実の報道を望みます。
2512)物事の判断、良し悪しは頭でつける事が多いけれど、頭は考えることが基本の部署。本当の良し悪しは心で決める事。心で決める事に良し悪しもないというのが実の所でしょうか。心は寛大な海であり受動態。すべてを消化する精神的な胃袋。
2511)21年の月日、もう21年、、、早い。御巣鷹山の事故。私の友人もスチュワーデスをしていて、巻き込まれた悲しい記憶。毎年この山に登っている遺族の方の目の涙はかれることはないでしょう。与えられた命には無駄なものなど一つもないのです。この山に眠る多くの御霊が言わんとしていること、、、合掌。
2510)墓参り代行業が人気だそうです。高齢者に需要が在るとの事。。。私はお墓参りというのは、自分の足で自分の気持ちでお参りする事に意味が在ると思っています。行けない事情なら心の中で手を合わせれば、ご先祖さまにはしっかりと通じるものです。昨今、テレビ等でお墓参りとはなんぞや、、とお参りの仕方やあれやこれや定説の様に言っているけれど、そんなものではないのが仏の世界ではないでしょうか?思えば通じる、それも天の不思議。お墓も参ってくれる人がいるうちが花なんですよね、、お墓に出向くと、毎年、無縁墓が増えて、寂れているのがとても切なく感じます。代々続く事はこの世に至ってはまれなことでもあります。お墓にこだわる人もいます。私は仏さまは器にこだわらないと感じています。亡くなった方やご先祖さまをいかに供養するかは生きているものの精進の一つ。私は誰も来なくなったお墓に、ご近所さんのよしみでお線香を手向けることが習慣になっています。そのようなことを悪いものが憑くと言う人もいます。言う人がおかしいのです。お施餓鬼の心です。私に悪いものが憑いてますか?笑っちゃいます。毎日いい事ばかりで、感謝の連続です。
2509)信用/信頼を築く事、得る事は時間がかかります。築いた信用/信頼は宝です。けれど、宝をなくすのに時間はいりません。ほんの一瞬、ちょっとした出来事で失せます。適度な緊張感と正しい生活をして守るべき宝、それはすべて自己責任。
2508)卓球の福原愛ちゃんの三冠はならずじまいでしたが、負けて初心に戻る根性があれば、精神的な意味合いでは勝ったと同じ。順調に進んでしまえば見えない事も、自身の欠点も、負けという振り返りの時点で気付きが生まれる物です。和裁でもお直しができて一人前。すべてにおいてそのことは神様からの贈り物。負けるという事はチャンスでもあるのです。あどけない顔の残る愛ちゃん。子供の頃から泣きながらプレーしていたがんばり屋さん。私は一生懸命に打ち込む人は大好きです。その熱意は見ているだけで、私にもエネルギーにもなるからです。ありがとう!そしてファイト!
2507)あわや大惨事のテロを食い止めたイギリスの捜査網はお見事。そこへいくとターゲットの米国ブッシュさんはテロリストをあおるような声明を出して、、、いろいろある中で、のんびり1ヶ月の休暇を取っていた矢先の出来事に、そんな場合ではないとの警告の様にもとれます。テロを防ぐには先回りをしないと、怖い自爆テロ。頭脳明晰な純真な若者が、何故、このようなことに一途になってしまうのか、、自国への誇りと忠誠心が強いのが災いしているのでしょうか、、忠誠心が執着になるような教えと、その環境はどうにか整備して行く事が課題かと。根底にある偏見/差別。それがすべての始まりのような気がします。誰が上で、誰が下ではないのですから。いつまでもぐるぐると廻るこのテロ騒動。集結を迎えられる手だては、きっと各人の心の中に在ると思うけれど、幾重にも重なり合った紐を解くには、、、天から授かった命、その命を何かの駆け引きに使うものではないと、私は強く思います。
2506)誰しも、あの頃は良かった、、なんて振り返ります。それは実年齢を重ねるごとにその想いは強くなる場合もあります。そんなことをふと思うとき、自分は若い頃が良かったか、、と言えば、そうではないのです。若い頃はそれなりに楽しい思い出や、行動力もあったり、今よりはスタイルも良かったし、、、それでも私は若い頃よりも今、昨年よりは今年、昨日よりは今日がいいのです。これからもしっかり脳が動いている間、そうあるよう、精進し、自分の人生史を過ごしていきます。
2505)研究者があげる10の肥満という記事を読んで、ふーん???という私の感想。何につけても理屈で割り切れないものもあるのです。研究して結果が出る事がすべてではないと、私は思うし。肥満の原因はやっぱり神経と私的には思っています。人は必要以上に神経を使えばやせるんです。食欲も、心も、体質も、、、すべての発信基地は脳であると、私は思っています。私にとって、脳は偉大で限りなく未知数のハードディスクです。
2504)我慢と忍耐、似ているけれど微妙に違う心の持ち方。ともに耐え忍ぶ事では在るけれど、我慢よりは忍耐の方がかなり粘り強い辛抱の様に私は受け止めます。辛抱事態はもう少し柔らかく、頑張り通す事です。誰でも簡単気軽に使う言葉ですが、心構えにかなり幅が在るという事。最初から肩に力を入れてしまうと、それらはただの苦痛となって、身にはならないと私は思います。今の時代を生きている人は、往々にしてこれらが欠如して、あげくは切れています。上からがんがん言われたりする事をどの程度に受け止めるか、時に辛く苦しい忍耐も必要、時に我慢も必要、常時辛抱は必要。今、私は思います。
2503)自治体の裏金作り。それをせっせと作っている大元は私たちの税金。人のお金をせっせとためて、官官接待に使ったり、燃やしたり、捨てたり、、それを平然と認めている人間の心が私には理解できません。こんなことをしていて財政困難だ、資金不足だとまたおとなしい国民からお金を巻き上げる事しか考えない、まさにおろかな集団。国民はもっと怒ってもいいと私は思います。すべてを穴埋めしてから、消費税なり、税金を上げていただきたいです。怒るときには怒る。日本人はそれができないで、いつまでも陰でぐずぐず引きずるから結果としてネガティブな生き方になるのかなと。お金の使い方を知らない人に限って大金を預かる羽目になる、、これは大きなお勉強の場。使わないで何かのときの為に取っておくという事を貯金と言います。子供でもわかる理屈では?これからくるとされる大災害の時に、こんな自治体では何もしてくれないのでしょうね。。自分の身は自分で守る時代では在るけれど、税金を取って入る以上は義務と責任が生じる事と思いますが。。。
2502)仕草の奇麗な人はとても上品に見えます。挨拶の奇麗な人はされる方も気持ちがいいものです。言葉をはっきりと口から発し、奇麗な日本語を話す人は耳にとてもなじみます。千差万別で世の中いろいろな人がいますが、自分さえ良ければ的発想のあれやこれやは、どうもいただけません。家の中で一人きりで暮らすならともかく、外に一歩出ればすべて相手が在る事です。相手の事を思いやり誰から見ても好感の持てる人になれるよう、日々意識を高く持つ事は大事と思っています。口元をひきしめてはっきりとした言葉、それが日本語です。英語や中国の様に口を曖昧にあけて発音となる言語ではないということ。日頃からだらしない人はさらに意識して言葉を発する事を薦めます。必ず生活態度も変わってきます。なぜなら、言葉はお腹の底から発するからです。お腹に力を入れて、腹を据えて、しっかりとしゃきっと生きましょう。
2501)駆け足で生きていると、知らぬ間に心身ともにくたびれていることがあります。本人は当たり前になっているので、往々にして気づかないようです。がむしゃらにしていても、自身の体を病んでまでする事なのか、、疑問があってもいいのでは?その疑問こそが振り返りの大切な過程であり、休息時期ということだと私は思いますが。。自分が病んでいるかどうかもわからない、また、今病んでいるのにも関わらず調子がいいと感じてしまう危険性。
振り返る。。手っとり早い手段は日記です。八月八日は日記の日だそうです。毎日の習慣に進めたいツールです。
|