ロゴ☆徒然なるままに☆Cyou

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2500)今回キリ番のお題は、“理想と現実”。誰しもの心/脳にこの2つの単語は常時渦巻いていると思います。理想としては。。。だけれど、現実は、、、なのです。ということも多いことと思います。身の丈をわきまえずに理想ばかり掲げても、現実とはかけ離れるばかりでもあります。理想と現実が一致する事は果たしてあるのでしょうか?それも個々の価値観の違いにより様々です。なので、一概にこうであるとは断言できない事でもありますが、より確立よく一致させることは誰しも可能であるという事。過ぎたるは猶及ばざるが如し。以前にもたびたびこのサイトでも触れている身の丈。これは着実に自身と一緒に成長するものです。しない人もいるかも、、しれませんが。。その時期の身の丈が成長過程とあっていれば、ここまでは許容の範囲であれば、この大きなものを与えても、しっかりと受け止めて成長できると思われる人には、、“理想と現実”は必ず一致するものと私は確信しています。キーワードは成長でもあります。日々を大切に一生懸命に生きる事。私は心底これ!っと想った事は最近は100%の確立で現実になります。その想いが理想かもしれない、希望かもしれない、それでもその想いに答えられる様一生懸命自分なりに生きて、その結果と受け止めています。

46年間の理想の中で、一番理想のものを手に入れたのは主人だと実感しています。じゃじゃ馬/気の強いわがまま娘だった私にとって、30歳の誕生日にまさに天地がひっくりかえるほど、どんぴしゃりの男性が私の目の前に現れた事は、生きている中でも一番の感謝すべき事柄です。自分でもびっくりではあったけれど、私の亡き母や、多くの縁談を設定してくれた亡き叔母がうなる程、びっくりな男性です。与えられた大きな理想に現実を味わうべく修行も16年を迎え、ここへきてやっとそのお題がクリアできたことも、感謝です。

人それぞれいろいろな“理想と現実”があるでしょうが、がっかりしない現実を手に入れるのは、やはり自分というものをしっかりと受け入れて、ありがたく日々を送る事につきると。何事も感謝。加えて、謙虚な姿勢。『実る程頭を下げる稲穂かな』とはまさにその通りの図式。言葉の使い方は心の姿勢に直結でもあります。そしてその心の姿勢こそが“理想と現実”ではないかと、私なりに想う訳です。

2499)近年、各都市で動物の異常繁殖が報告されています。異常繁殖の動物のほとんどが、人間の手に寄って持ち込まれたものです。人間程身勝手で都合のいい動物もいないでしょう。動物とて命ある生き物。害があるからといってむやみに駆除するのもいかがなものかと。駆除するということは絶つ事です。今まで何度となく繰り替えされておきているこの生死。駆除するくらいなら持ち込むな!という方が地球にも環境にもいいでしょう。かつて戦争中需要の多かった毛皮動物のヌートリア。戦後需要がなくなっていまや害虫扱いです。ヌートリアに罪はないでしょう。原因があって今という結果があるのですから。欲しい時には増やせ増やせ、いらなくなったらばいばい。。。こんな方程式では道徳のお勉強はできません。その場の欲求でものを得る人間の最大のつけでしょうか。。。人間も駆除的行為に及んでいる今の時代感覚。こんな日常の周りの些細な事に一端が在るとおもいませんか?命在るもの、みんな大事な生き物です。

 

2498)世界で唯一の被爆国、日本の夏。八月は夏休みで楽しいというイメージがありますが、物心ついてからの私の八月は、田舎でのお盆、戦争というキーワードから、楽しいというよりも、過去の反省と、供養の月になっています。61回目の原爆の日を迎えて、未だその被害に苦しんでいる方々を思えば、戦争はするものではないと、改めて思うのです。本来の宗教というか、神というか仏というか、、信じる事があれば戦争なんてするものではいと誰もが思うはず。。。その点から多くの宗教観を見直して、もっと道徳的に生きられたら、、とも思います。原爆の威力、被害の大きさ、この観点も世界中まちまち。それは誰もが自分中心に物事を考え、発言しているからとも。平和を望むにはひとえに、人類の輪。それでも核を保有し、その論議をいましているという事実も、由々しき問題と私は思います。広い宇宙の中の地球と言う星に縁あって生かされている私たち。次世代には是非、本当の意味の平和がくることを私は祈ります。


2497)着物は帯が難しい、、、先入観のほうが強いと思います。ただの幅広の紐だと思えば、巻いて結んでたたむだけで、結構簡単です。幅が広い事がやりにくいと思われるかもしれませんが、それも先入観と。難しく考える事は無いのです。巻いて、結んで、たたむだけ。そんなことをいいながら帯を結んでいると、結構結べるものです。最近は着物は着れても畳めない方が多いです。着物は洋服と違って畳むのも縫い目にあわせるのが基本で、どの着物も必ず着た後でもそのたたみしわを残していますので、その通りに重ねて行けばいいのです。何も広い場所はいりません。たとう紙の上、畳半畳あればすべて済む事です。考えるよりはまず実行。折皺以外にたるみやしわを作らぬ様気をつければ、問題ありません。

2496)ここの所の人間性を欠いた事件を引き起こしている加害者は、どの人も多くの側面/顔を持っています。一方で穏やかな優しい人、一方ですぐに切れる人、、、人間の表裏。自分を理想化してしまったり、自分に否定的な人に多いのではないでしょうか?人様を気にしすぎる、、人はそれほど人の事は気にしていないものでもあります。自分というものを作るのではなくて、素で行くことの大事さ。それは自分を受け入れる事でもあります。長所も欠点も隠す事無く、これが自分という自信。格差が広がって、心の格差がかなり進行しています。自分がここにいることの意味を確かに感じ、与えられた自分と言う命ある物体を愛し、本当の人間、復活してほしいと思います。自分という人間はこの宇宙に一人だけです。誰と同じ事等ないのですから。多くの人に好かれるよりも、少しでもすべてを好いてくれる人の尊さを感じてみてください。誰でもが幸せになると思いますが。。心優美。


2495)この世の中は極楽浄土ではないけれど、人生を楽しむ事はできるものです。変化をすればするほど自分というものの本質がわかるおもしろい理屈。例えば、私の学生時代から社会人時代、結婚から両親を亡くした今。その都度大きな変化/自分の行動や価値観の変化、まるで別人のような変わりように見えます。けれど、根底にある一本の本流に沿っていたようにも思います。それは子供の頃のピュアーな私であり、感受性豊かな私でもありました。実のところ、いろいろなしがらみを捨てて、奇麗になるためのいろいろな変化であったわけで、そのおかげでただ今、子供の頃の無邪気を完璧に出来ているということです。私の本質。無邪気、天真爛漫。そのことは永遠に変化を続けても変わらぬ本流であると確信しています。本流を見つけ出して、さらに私の人生は正真正銘、楽しくなりました。Big me。自分の中の自分こそ、人生を楽しむ醍醐味でしょうか?



2494)絵はがき大のジグソーパズル。204ピース。かなり細かくピンセットを手に老眼鏡をしっかりかけて取り組むこと3日。あいた時間にちょこちょこ組み立てて、、やっと三分の二弱。ダビンチの最後の晩餐。大きな絵にしてみればなんて事無いものも、小さく刻んでしまうとどのピースも同じに見えて、、、そのピースを手にとりすーっと置いた先にぴったりはまったときの快感は、言葉になりません。極度の嬉しさのとき、極度の恐怖のとき、人は声等でないものです。嬉しさを体でにぎりしめて、、肩が凝る程。さて、残りはほとんど同じ色。これがはまらない限り、最後の晩餐はない、、、何も考える事無くひたすらピースをはめるこの単調作業。瞑想状態でもあり、無の時間でもあり、空でもあるこの時間。私の大好きなトレーニングの一つ。


2493)中央官庁職員の悲鳴。温暖化防止/環境整備による大臣決定に伴う冷房の28度設定。電気製品が多い部署ではいながらにしてサウナ状態のようです。冷房の温度管理というよりも、電気製品の削減の方がメリットがあるのではないでしょうか?冷房をゆるめて扇風機を大量にまわし、トイレの便座にヒーターを入れっぱなしでは何の為の政策か、本末転倒。仕事の効率がただでさえ悪い中央官庁が、これ以上能率を悪くしない為にも適切な環境は必須では?

2492)以前住んでいた土地。およそ40年。そこから気に入っていろいろな所へ出向いていたけれど、こちらに越してからはその場所達が不便になり、足が遠のいています。行きたくないと言えば嘘になるけれど、一つその場所を離れるのも視野の広がりに、私の環境整備に必要な事なのでしょう。今の土地から行かれる所で新しいお気に入りを見つけましょう!といった所でしょうか。ここへ来て1年半。引っ越しのいろいろ、父の死、雑多を終えて、、、これから新境地の開拓に本腰をいれたいです。


2491)根っこまで腐ってしまったサボテン。捨てる事が好きな私には珍しく、外に出しっぱなしにしておよそ3ヶ月。それでも毎日、捨てようかな?明日にしようかな?とじーっと視線をなげていました。その腐ったサボテンがまさか復活するとは、私の辞書にはありませんでしたから。。。が、見事に再生し、茶色の枯れた本体から緑色の肌が見えてきた今日、いろいろな意味で、、じーっと見つめています。新たに私の辞書に事実が記された瞬間でもあります。このサボテンも捨てられるかとじーっと耐え、びくびくしながら待っていた甲斐があった!と言わんばかりにその成長は早く、一日にして緑色がぐんぐん増えています。人生もこんな感じでいいのかな?と思わず笑ってしまいました。待てば甘露の日和あり。ありがとう!サボテンちゃん。


2490)夏になると水の事故が相次ぎますが、天災というよりも人災も多いこの事故で、毎回初めての様な対応にあいた口が塞がりません。安全や信頼は単純な事の積み重ねです。後で、明日、今度、、これらの危機管理の無さが安全崩壊に繋がるといっても過言ではありません。毎日同じ作業の確認も、慣れては困るもの。たかがプール、されどプール。監視員のせい?市のせい?みんなのせいです。同じような事故が日本中で何回もおこっている教訓が生かされない、自分の所は大丈夫、そんなことはないと思う方が安全だと私は思います。犠牲になった子供達がせめて成仏できるよう、その供養はただ一つ。繰り返さない事。犠牲を無駄にしてほしくないです。大切な命だから。

2489)人の明暗を変えてしまう一点の心のにごり。上に昇りつめればつめるほど、心の判定は自身に顕著にでるものでもあるという。。。いくらいいものを持っていても、心の状態はとても微妙でもあります。どんなときにも謙虚であれ!これと生活が伴っていれば多少の浮き沈みも問題ないはず、、、ネルギブソンの今回の不祥事と発言に、いちファンとして、とても残念です。いいものもっているのに、、普通の人とは違うけれど、、、沈黙は金。


2488)信じるものは救われると言いますが、その信じるものを間違えると大きな心の痛手となります。何でこのような騙されるがごとくの勧誘に、多くの人が泣かなくてはいけないのか、、もっとしっかりとしてほしいという事と、どれがいい事で、どれが悪い事かの区別ができる心と目を養う必要性。。被害者として傷ついたのなら、その重みと同時にいろいろなことを勉強していただきたいです。あまりにも多年にわたり同じような事が多いのは、受け手の方にも問題ありと、私は思います。もちろん、加害者たる偽善者はもっと悪いですが、、、問題が起きた時に起こした方ばかりに焦点があってしまうと、問題可決には至る訳も無く、巻き込まれないような人になる方への定義付けも大事と思います。

2487)ロンドンの南のかわいらしいおとぎの国のような都市、バース。ここを訪れたのは16年前。ロンドンの重厚な雰囲気と対照的に、とてもメルヘンな町並みに印象も深く、もう一度訪れたい都市の一つでもあります。この地名の由来がバス(お風呂)とは知りませんでした。このほど30年近く閉鎖されていた温泉が復活すというニュースを見て、訪れたい気持ちに拍車がかかります。私が50歳になったら主人と訪れると勝手に決めているロンドン。結婚式を挙げた思い出の地、時差ぼけでほとんど記憶にとどまっていない地を、20周年に今一度ゆっくりと廻りたい、、これにこだわるのは、明らかに何も主人を知らないで結婚した私が、1ヶ月の旅行中、いろいろと彼を知り、お互いをわかりあった旅でもあるからです。私にとってはここが原点でもあります。いろいろなあらがそれぞれ出た1ヶ月。今は微笑ましい思いでとともに、それから16年、一緒にいられることへ感謝です。

2486)何かに夢中になって無心で突き進んでいれば、必ず意図した夢は実現し、不可能が可能になると、、実体験からの思いです。人は知らずのうちに執着をいだいて、結果、夢で終わったり、希望が叶わないのであると私は結論づけています。結婚したい、彼/彼女が欲しい、お金が欲しい、仕事に恵まれたい、、すべて執着ではないですか?一生懸命に今目の前にあるものに取り組んでいるとき、一生懸命に家事や仕事をしているとき、一生懸命に勉強しているとき、、人はその事以外頭にはないか、頭には余計な事は浮かんでいないはずです。毎日いろいろなことを考える習慣がある人、私に言わせれば、暇ではないのですか?となってしまいます。考える事をやめて、行動をするということはそのようなことです。暇はたまにはいいけれど、以外と自身には害を及ぼします。脳の活性化、脳の使い方次第で誰にも光はあたるものです。いつの日かです。

2485)寝苦しい夏でも、いつもと変わらず睡眠を確保するには、、寝る前の適度な運動とアイスノン。これが私の夏の夜の定番。どんなに暑くともクーラーはノーサンキュー。湿気は足に、腹部にたまるようです。自分の体で感じている事ですが。そのたまった湿気を取るだけで、かなり体内温度は下がります。たまった箇所の流れを良くしてあげれば問題ないと思っています。私流の取り方。。。呼吸法で循環を作り、正座と足を投げ出す姿勢を繰り返す。これは緩めて、しめて、流す、、という私の考えですが、かなりすっきりします。寝苦しさの対処法。自身の体にあった方法で、快適に過ごしたいものです。


2484)宗教論争であったり、宗教観の違いに寄る争い。。。今も地球上で繰り広げられています。でも、改めて思ってみれば、神のことでこのような事が起こる事自体、おかしいと思うのは私だけでしょうか?互いに認め合い、助け合い、愛し合い、、、どこも同じようなことを掲げているはずです。本当にその宗教に身を投じていれば、他宗教をけなす事もないと。真実は一つ。この宇宙にある神であると私は思います。儀式が違っても、本来、心はみな共通のはずではないのでしょうか?どの宗教も人の命を故意に奪う事は説いていないはず、争う事も説いていないはず、、、私は特定の宗教は持ちません。けれど、ざーっと見回すと、どこへも帰依していない人の方が真の宗教を実践している事が多い現状は、そのトップに君臨している方々の大きな課題と私は思います。自分達が一番という最大のエゴ。私の宗教観は自分の心。心優美。


2483)今年は8月の声を聞いたら梅雨明けという、、冷夏の時もそうですが、長雨で商売繁盛のビジネスもあれば、不景気に落ち込むビジネスもあります。まー、、陰陽という観点から笑う人もあれば泣く人もある、泣いている人に感謝していれば、次も笑う番であると私は自負しています。世の中はいい事もあれば悪い事もある。その時期の過ごし方、心のあり方いかんで次のステージもあるということですね。

2482)好きな色が必ずしも似合う色とは限らないという事は、以前にも書きました。そしてその色が永久的に持続するかというと、そうでもないのです。年々、体も変われば趣味も変わり、身につける色も変わって当然ということです。思考や指向は一定ではないのです。ファッションの流行は10年から20年周期で一回りしています。以前のものを趣味が変わったから、体型が変わったからと捨てる事も無いのです。またいずれ、あー、今なら着れる。。そんな日もやってきます。気がつかないで無理に過去を引きずっているのかもしれないですね。自分の肉体、心、形の変化を読み取れれば、その時期に適切な色がまわってくると。元気が無い時なら明るい色を、色を生かして自分へのサポートにする。これも一つのリラックス。

2481)マナーとモラル。マナーができていないからモラルもない、モラルもないからマナーも知らない。。。乳飲み子のならともかく、老若男女どうしてこうなっちゃったのか、、格式を重んじていた日本人とは到底思えない、、多くのご先祖様も、こんな人に育てた思いはないと首を傾げているのではないでしょうか。私が子供の頃昭和30年後半から昭和40年代。親のしつけはどこでもうるさかったと思います。世間体という事もあったとは思いますが、まず、人様に迷惑のかからぬ様、人様が不快にならぬ様、これが基本でした。よそのお宅にお邪魔する時には菓子折りの一つももって、裸足で家の中にあがるなどもってのほかでしたが。。今は茶道や日舞等、特定のお稽古ごとで残るこの作法。日常でも使って自分を磨いていただきたいです。毎日遊びに行くお宅ならともかく、たまに尋ねる時は、気持ちも添えて、夏の暑い毎日、道中靴下は不快なのはわかります。が、お宅にあがる時には持参する靴下をはくか、タオルで足をふくのは常識のうちと心得ます。ここは外も中も同じ土足の海外ではないのですから。一つできると、連鎖であれもこれもとでてくるのも楽しい発見となるはずです。どこに出ても恥ずかしくない相応の知識は知恵として身につけていただきたいものです。


2480)ギリシャ神話に出てくる女神も、聖母マリアも、観音様も、、みんなふくよかで暖かみがあり、その中にも秘められた強さを感じます。ダイエットブームにわく昨今ですが、骨皮筋子さんではオーラも輝かないでしょう。体はエネルギーがたくさんつまっていないと、人へは出す事は難しいし、自分も持久力が無く、いわゆる線の細い人になってしまうのではないでしょうか?病気になっても回復する人と、致命傷の人では、エネルギー保持力という体が結構左右するのではないかと、思っています。奇麗と感じる価値観の相違もあるでしょうが、世の男性が妻として選ぶならふくよかな人、、という母親像のダブり減少も納得です。ちなみに、我が家では、お相撲さんのようになったらむちでたたいて運動させ、骨皮筋子さんになったら魅力はないと、結婚当初から言い切られております。

2479)土星の衛星に湖が発見されたそうです。湖は地球だけという考えが変わったのです。この広い宇宙。まだまだ未知の世界がひろがる宇宙。その中の地球。地球は奇麗だけれど地球が一番でもすべてでもない。すべては宇宙の中の一つの星。私はこんな謎めいた神秘的な広がりが大好きです。そして、宇宙のことを考えたり想像していると、うきうきしてきます。加えて、毎日がよりいっそうゆったりと、穏やかになるのも楽しい変化の一つ。私は今忙しいですが、気持ちはとってもゆったりできるのは、宇宙のおかげかもしれません。土星に行ってみたい?答えはNO。宇宙旅行をしてみたい?答えはNO。感じて聞いているだけで十分です。私の行きたい所はもっと別の所だから。

2478)文化庁での世論調査の結果。『お疲れさまです』『ご苦労様です』の使い方。このサイトの最初の頃にも触れた記憶があります。ご苦労、、という言葉はそもそも殿様が目下の部下に使った言葉で、普通ではあまり使わない。。と私は理解しています。ご用聞きの人へも、宅配の人にも、自分が上と思う事がないという自分の信念で、私にとってこの言葉はほとんど死語です。通常はお世話様でした。と私は言います。お疲れさま、、も最近は猫もしゃくしもこの言葉を乱用して、あなたに言われる筋合いはない、、と思う事もしばしば。と受けては話し手と違い、感情もいろいろとあるということです。自分の為に仕事や世話をしてくれた人にはありがとう、、でしょうか。お疲れさま、、仕事上では使う事はあっても私の日常にもこの言葉はあまり登場しない。。。さて、日本語の使い方は非常に難しいです。相手あっての言葉でもあります。ここでも思いやりと気配りがあれば、相手に不快を与えない適切な言葉が出ると私は思うのです。言葉は発すればダイレクトに相手に響きます。考えてものを言う事も大事と、今のいろいろを見て聞いて、感じます。

 

2477)お産難民という言葉を最近耳にします。子供を産みたくとも産む場所が無いのです。産婦人科医の減少がその要因の一つ。そこで今脚光を浴びているのが、お産婆さんの存在だそうです。現場に面した人々は口を揃えて少子化問題のあり方を訴えています。肝心の施設が無くて、産んだ後の対策では無意味だと。。まったくそのとおり。表面を捉えるからそのような事になるのでしょう。もっと奥の深い、考えなければならない問題です。物事はすべて目にはいったことだけをクリアにすれば解決できるかというと、そうではないという事ですね。少子化をクリアするには、産婦人科の復活と、先生の確保と体制、そして子供の為の社会環境の整備。これにつきると私は思います。これから先も世代を受け継げる人の確保。これがないとそれこそ国は滅んでしまいますから。何を守るって、物を守るのも大切ですが、それ以上に人間を確保することが先決でしょうか。まだ、、、実感がないから皆様のんきですが、、、これは何にも増して大きな問題であると私は思います。人を育てるという事は一番大変なのだから。

2476)自分の夫の為に自身の肝臓をドナー提供をした妻、結果、ご主人は感染症で死亡、妻は医療ミスで下半身不随。なんとも切なくやりきれない報道に胸が痛くなる思いです。ドナーが医療ミスで後遺症を負うような事は、あってはならぬ事故ではないでしょうか?医者とて人間、ミスは当たり前では困ります。今までは表に出なかったのか、ここ数年の医療ミスに、命を預かる医者としての心構えを疑問に感じます。耐震偽造等で設計士が新たに試験を受ける案が、現場の設計士の猛反発に合い、見送られるとか、、自信がないから猛反発もするのでしょう。時間がない、、問題を起こすよりは容易い時間と思います。こんな猛反発でひるがえっていれば、いずれ同じような事も起きかねない現実。医者も含め、すべての先生たる技能者の更新試験、私は大賛成!


2475)しばらく気に入って身につけていた水晶の大玉念珠がこのところ妙に輝きをまして、その水晶を目にした人は10人中10人がじーっと見ていました。自分で見ても、まるでダイヤモンドの様で、圧倒されそうでいました。そんな時、その水晶がはじけました。今までも何かの転機の時に必ず切れていた念珠。幸い、いつもすべて拾える状況で切れてくれるので、感謝です。ここ数ヶ月で何やら感じていた自分の変化の時を教えてくれたようでもあります。過去3度、切れた念珠の後は必ず喜びごとがありました。なので、不吉な縁切りでもなければ、悲しい事でもないのです。ありがとう!これからも一生懸命生きます!それだけです。とかく切れるとか割れるとか、日本人はいい方に解釈はしていないようですが、中国では何かが割れると、いいこととされています。仏教思想に寄る物と聞いた事がありますが、、悪く考えれば悪くなり、良くなると思えば良くなる。それが人間の最大なる意念の力。私はいつでもいい方に。笑顔で。そうはいっても、夢見る夢子さんの様に一喜一憂ではいただけませんが。。。


2474)雨が続けば洗濯物は部屋干しになるし、窓を開ければ湿気でべたべたになり、外に出れば髪の毛はぐしゃぐしゃ、足下も汚れ、傘を持てば荷物を持つのも大変、、、と誰しも一度は思う雨の日の憂鬱気分。私の何年か前はその気分にどっぷりひたり、毎日が憂鬱でありました。けれど、考え方を少し変えてからはこのじめじめの梅雨も快適に過ごせています。そうなることを認めて受け入れてしまえば、そうなってもなんてことはないという簡単な結論です。簡単な事程難しい、、、そう、だから簡単な事程手抜きはできないし、馬鹿にも出来ないのです。簡単な事さえも出来ないのが人間なのですから。世の中全体が楽を求め、何事も簡単に片付けていますが、その簡単便利がいかに人間をていたらくにしてしまったか、です。いつも私は言います。簡単になるには簡単になるまでのプロセスがあるのです。そのプロセスが理解できないでは、本当の簡単は手に入らない物だということを。生きる事自体が楽な訳は無いのですから。生きる事は苦しく辛いもです。その思いをいかに楽しく持って行くかであって、人生は極楽浄土ではないと私は思っています。



2473)ネグレクト。虐待を受けて入院している子供が過去最高を記録している事実。養育の放棄。今、少子化が問題になっているけれど、、どうでしょうか。このような状況の中で子供を産めますか?金銭的な面ばかりがクローズアップされているけれど、根は深い部分にあると思っています。授かった子供を自分のエゴで虐待したり、命を奪ったり、目に余る大人の環境心理に誰もメスを入れる事はできないのでしょうか?


2472)大きなお世話、大きなおせっかいということがあります。人様自身の責任のあれやこれやを一生懸命にやっていては、その人の成長や学びを奪い取る事ともなるわけです。人の事をかまう前に、まず自分。自分の頭の上のはえを追えないうちに余計な事はするな、、とでもいいましょうか。自分の事に責任を取れない人は無責任に人様の事をするのな、、とでもいいましょうか。

 

2471)夏も盛りになると夕方等の電車には浴衣を着た若いお嬢さんが目立ちます。日本人の着物姿はどんな人をも奇麗に見せてくれる、素晴らしい衣服です。ただ、、、浴衣を楽しむのはいいけれど、あまりの着崩しはみにくくも見えるのは、私だけでしょうか??50代後半の友人は体格がよくて、紺色の着物を着れば仲居さんに見られ、赤い着物を着れば金魚に見られるといつも嘆くのがおもしろく、確かに、、と納得してしまうのは申し訳ないのですが、それでも小物や着方でそれらも払拭できる物でもあるのです。ですから自分の着こなしが最初で一番と思わない事も大事です。いろいろな人の着ている姿をみて、アレンジするのもイマジネーションと脳の活性化にもつながり、一石二鳥です。私はお茶会や歌舞伎等で着物姿の人を見ると、しばしじーっと観察、舞台を見ればその色の使い方をお勉強。たとえ遊びでもその中で勉強になる事はたくさんあります。そんな意識を持って、奇麗に自分流に着ていただきたいなーと。思うと同時に、自分の感性も磨きたいと思っています。

2470)当たり前の事でも当たり前とは思わない意念。されて当然と思う事も当然と思わない意念。その真意の裏にある相手へ感謝する思い。『ありがとうございます』私はこの世にいる限りこの言葉を言い続けます。どんな些細な事でもどんな人にも。。。。表面上の『ありがとうございます』を言っている人と、心底から『ありがとうございます』を言える人では、やはり結果が違うと最近よくわかりました。その人自身が変わるからです。いつまでも変わらずに人の心をわからない、、もったいない。それでもその人が本当にわかるまで、人は何も出来ないのです。『ありがとうございます』この最大なる言霊の威力は使っている人にしかわからないのかな。。。。


2469)日本列島を襲っている豪雨。天気図から見ると地球規模の流れのようです。局所的に集中して経験した事のないような災害に見舞われている人を見るに付け、言葉を失います。どうして簡単に頑張って!なんて言えるのか、私には理解できません。この豪雨や山崩れ、台風以上の被害です。自然には逆らう事も出来ず、ただなされるまま、辛い行です。これはすべて環境破壊によるものと私も思います。クールビズなんて生優しいことでは、、、各人が真剣に取り組まなくてはいけない、大きな問題であると。自分達の住む日本、日本がある地球です。住み良くするのもそこにいる人の責任であると。自然界の異常に発生している虫なども環境破壊に関係していることとも思っています。普通である事がすべてにおいて大量となっている今。真剣に自然との共存を第一に考える事は、総裁選であーだこーだいうよりも価値があることと私は思うと同時に、税金をこのような時にこのような方々に使っていただきたいと、切に思う次第です。



2468)
京都地裁では珍しい法廷展開が見られました。温情判決ともとれる判決です。涙涙の法廷だったようで、その様子をニュースで聞いていた私は、涙があふれて食事ができませんでした。認知証。この介護は個人では無理です。死を覚悟する心情は手に取るようにわかります。私の父もそうだったから。。。認知証はほんとうにその判断が難しく、医療サイドも介護サイドも本人を見ては判断できないのです。家族の証言こそが真実になるのです。その理解の欠如がすくいの手を伸ばせない。。。国民が平等にかけている介護保険。必要な人が受けられない体制と環境。これからわんさか老齢人口が増える日本。このような裁判がまれであるよう、、願いたいです。自分の親は自分で見るという意念はとても素晴らしいと思いますが、自分ができるには限界があります。共倒れにならぬうちに手を伸ばしてほしいです。また、そのように自然にできるような社会になってほしいと、自身の体験から強く思います。介護に世間の目は不要です。大事なのは本人の幸せと家族の幸せです。

2467)イルカは片方の目をつぶって半分の脳を休ませながら泳ぐ、半球睡眠で泳いでいるという結果が出ました。人間界にもこのような体型をとっているのでは??という人も最近おりますが、、そんなことでは困ります。眠るときは両目をつぶってしっかり脳を休ませたいです。その為にも日常は脳をしっかり使って、メリハリをつけるのも要でしょうか。


2466)昭和天皇の靖国参拝にからむメモがこの時期に発見された事は、それなりの意味がある物と私は感じます。日本国の天皇が参拝しない神社に日本を代表するかのような行為/発言は???とかねがね思っていましたが、やはりそうなりそうな気配。おりしもこの時期に、偶然とはいうものの、やはり神の国日本だと痛感しました。皇族制度の是非のさなかに妊娠騒動、そして今回のこのメモ。お国の一大事にはもう限界と見た時、神様の配慮がなされる?ライオン総理の靖国参拝は総理という名の下だけのパフォーマンス。国を思えば、犠牲者を思えば、供養の形は変わっていると私は思うのですが。。。A級戦犯であろうが日本人に変わりなく、戦争ということが運命をも変えたと私は思いますが、戦争という立場から勇士の犠牲者とは別に供養するのが私は筋とも思っています。加えて、不透明な東京裁判。今まだわかる人がいる中で透明にして、戦争ということを国民に投げかけていただきたい気持ちで一杯です。日本は被害者であり、加害者である。これが戦争。と私は解釈しています。


2465)OECDの対日審査報告は日本国民として真摯に受け止める必要があると思いました。日銀の踏み切り方、政治のあり方、株のあり方、、お金がないから教育が受けられない、、確かに、昔からそのようなことが聞かれていたけれど、今の教育は昔の貧困層とは比べるにあたいしない、義務教育制度のありかたにも問題ありと私は思います。貧困層率先進国2位という結果は多いに振り返り改善すべき点と思います。

 

2464)手っ取り早く相撲中継を英語で聞いてみたら、、迫力無く、意味がちょっと?まったくおもしろくありませんでした。日本語の専門用語を英語で表現するのは難しいのです。逆に英語を日本語に訳すときも同じです。言葉の意味、少しのニュアンスで受け手にはかなり違うということです。私が日頃話す日本語は時々何語?と主人に言われます。そう、、感性で話しているとまた違ってくる日本語でもあります。伝達という事をもう少し大事にしたいな、、と感じました。自分が納得し、理解している事をいかに相手に適切に伝えるか。受け手がものを知らないと、、これも話にはならないのですが、、


2463)人や物を否定する事は容易い事、認める事よりはるかに楽だと。認めることは責任をも伴うから慎重にならざるを得ないのかもしれません。人の事をとやかくいうのも容易い事。そこに自分の責任が存在がしないからです。いいか悪いかを決めるのも同様の事。自分に責任を持てればすべてを受け入れて、認める事は容易な事です。躊躇していたり、迷っていたり、だめだと思っていてもとどまってしまう、そんな行動の中に自己への責任感が見え隠れしていると思っています。年齢には関係ありません。自己責任は人格にも大きく関わる第一関門ではないのかなと、、、


2462)少年院に入っている女の子。自分の居場所が家でなかった/何の為に生きているのかわからない。。自分の居場所が家で見つからない程、子供にとって不幸な事はないでしょう。家は子供あってこその家。子は鎹という言葉の通り、本来子供の家での役割は大きいはずと。我が家の様に子供のいない家では動物が鎹でもありますが。何の為に生きているのかわからない、、これは難しい質問。これがわかっていれば誰も苦労はないのでしょうね。私はどうだろうか、、、結婚するまで、主人と出会うまでそのような事を考えた事もありませんでした。結婚して、二人で家庭を築くんだと言う自覚が持てて、初めて私はこの人の為に生きると感じました。今、両親を亡くして、生活の時空がゆったりと流れるようになって、人の為に生きる事にも感じるようになっています。きっと誰でもその時期その時期感じる事はあると思います。わからないということはないのです。何かを肌で、脳でわかっていても。それを出せないでいるだけ?深く考えないでいるとすーっとその答えが出るようにも思います。何の為に生きるのか、、、自然体になればその理由はその場面に出くわすはずと、私は思います。子供は純粋に感じます。その子供の純粋な気持ちをいかに親である大人が受け入れるかにも、子供の感性に大きく左右する。。。

 

2461)ゼロ金利政策解除を受けて各銀行が利息をあげてきました。100万円預けて1000円の利息。10円よりはいいけれど、ATM5回利用でおじゃんだな。。なんて思いました。貯金が楽しくなるような、、もう少し率のいい、、銀行さんはいろいろと好待遇を国から受けているのだから、クライアントである預金者にもう少し愛の手を。。。


2460)オリンピックと名のつく物はいろいろあるんだなー、、と思いながら見ていたニュース。数学オリンピックで日本の学生が金メダルに輝いたということです。そうそうたる学校の生徒さんなので、これが日本の学力といわれてしまう方が怖いな。。私だったら愛情オリンピックとか、気配りオリンピックとか、もっと成長過程に誰でも役立つことをしたいと思いました。ある区分の人だけのものではなくて、多くの人が得る物の方が価値があると思うのですが。。。寒過ぎる社会。人はある程度の生活ができて買い物したり、旅行に出たり、でももっと深いコアの部分では凍り付いている事が多すぎます。暖かいものがその冷たさで解けた時、どうしますか?暖かい上物がとけても芯まで暖かいほうが、、、種火を消したら付けるのは大変という事です。


2459)『反社会性人格障害』という病名を心理学者の方が多くの犯罪に対して使っているのですが、、これって、犯罪を犯してしまった人だけでなく、今、ほとんどの人が当てはまるような予備軍であるような、そんな危機感も感じました。原因はやはり家であり家族であり、結局の所愛の受け方かけ方。このわんさか湧いてしまった病気の治療には、国レベルでの取り組みが必須と痛感します。まずは、大人から。学者さんや先生方はこぞって心理学の見解を述べるけれど、みんなどこか心が病んでいるからこのような事件が起きるのであるから、すべて病理学的見解で言い切るのはいかがなものかと。精神鑑定で済まされた被害者の気持ちはどうなりますか?

 

2458)国技の相撲。日本の武道といわれるものは、礼に始まり礼に終わる、大変礼儀正しいスポーツです。そのスポーツの中での暴動騒ぎは、もはや国技を国技と思っていない、モラルも何もない質の悪い集団のスポーツとも見えてしまいます。甘い。どの世界をとっても甘い。プロなのに。自覚もないし、重んじる事も忘れている。ただただ自分のエゴのみでいきているかのようです。サッカーもそうだけれど、、品がない。ということは下品であり、何が下品かといえばその選手であり、結局は人格の低さという所にいきつくのでは?今回の相撲協会の処置はまだまだ甘いと。一般なら傷害で裁判になってもおかしくない事です。外国人が多くなっている相撲。そのこともブームの火付けになっているのならばなおさら、ここは日本、日本のスポーツ根性を叩き込まないと、、、それもで伝統と格式を伝える大事な事。国籍人種は関係ない、要は人間そのもの。


2457)無邪気/愛情を受けて育った/おおらか/天真爛漫。この4日の間に会った人達すべてが私に必ず一言残したフレーズです。こんなことも46年の人生で初めてで、、、改めてこの数日を振り返る事は、自分の気がつかなかった部分が確定して表面に出たという事で、それは思っているだけではなくて、しっかり身に付いた事と受け止めて、素直に笑顔です。そしてこの事は、どれほど生きる上で、世の中を渡って行く上で、大事な事かも皆様が口をそろえていわれた事でもありました。感謝。


2456)人の目に映る物はその人によって映る真偽があるという事。日々、偽り/悲しみ/愚痴/怒り、、の人の目には虚偽が映り、喜び/嬉しい/感謝/、、の人の目には真実が映る。ほんとに大事な物はなんなのか。それは自己満足等萱野の外の世界でもあるわけです。今に自己満足している人は多いけれど、その自己満足もエゴの一つであるということだと私は思っています。


2455)乾電池で空を飛べる、、ライト兄弟の記録を上回る快挙をなしとげた学生達。凄いの一言につきます。パイロットをつとめた学生さんはきっと死ぬまでこの興奮と武勇伝に花が咲くのだろうな、、、そのくらいいい笑顔の若者でした。嫌なニュースの飛び交う中で、久しぶりの若者の姿を見たような、とても気持ちのいいニュースでした。人の脳は使えば使う程、たくさんの引き出しが出てくるすぐれもの。そのことに年齢は全く関係ありません。90歳を過ぎてから中国語をマスターした人もいる現実です。何事も、チャレンジの意念が脳をさらに現役にするものと私も確信を持つとともに、今、必要に迫られた、英語を、、、勉強し始めました。勉強というより、遊びの中から覚える、これが一番でしょうか。構えず、気張らず、自然体で、そう、私の中国語も習った訳ではなく、自然に寝言が中国語になった、そのときの様に、またあらたな気持ちでポジティブに。



2454)今年はとてもにぎやかなお盆が過ごせました。来てくれる人がいるというのも、亡くなった人の徳でもあると、ありがたく思います。そんな中、久しぶり会った妹から、『お姉さんは、子供帰りだ、、無邪気って言葉がこういうことなんだって、お姉さんの顔を見てて思う。。。』と言われ、最初は子供という言葉にひっかかり、ばかにされてるのかな?なんて思いましたが、うらやましいし、今までがあったから今なんだね、なかなかなれるもんじゃないよ、、、の言葉に、感動ひとしおの私です。かたや、はとこからは、あー、この30代、人への思いやりが全くないと、、痛感し、説教もする場面あり、悲喜こもごもでご先祖様と仲良く過ごせました。帰ってきてくれてありがとう!


2453)ワールドカップが終わった後でも、何かと騒がしい選手の周り。試合中の暴言に対しレッドカードを渡されるような態度を取る事自体、まだまだ、、と私は思ってみています。プロはその時間の間はプロです。何があろうとも自制心を持ち、その時間を過ごす事も大事な精神力と私は思います。ただ、暴言の内容はいただけません。人を侮辱する事、それはかなり人格の低い人の成す事。トッププレーヤーたるものの心得のなさと、レベルの低さに、日本を含めて、、、後味の悪いワールドカップでした。


2452)最大級の肉食恐竜、ティラノサウルスが中年期に死を迎えるという事が科学者に寄って解明されたというニュースを見て、なんだか人と同じ??なんて感じました。肉ばかりの食生活、、この点が今の現代人の食生活に似ているように思い、発病率の高さから言って、、、恐竜と人間は全く別の個体ではあるけれど、食というキーワードには共通性があるようにも感じます。確かに、お肉も大切なエネルギー源です。ただ、偏った採り方は体に悪いと言う事ですね。この宇宙に存在する動植物はこの食がすべて共通なのかも?先進国のようにいろいろな食べ物からいろいろな栄養を採る場合もあれば、ある一定の食から多くの栄養を採る国もあります。その地域国によって、体質もまた違うのです。自国で取れるもの、、これが一番合っているものとも感じます。日本は魚に、野菜に、穀物、お米、、、食の基本は自国のルーツでもあり、生きる基本と思います。


2451)連日の30度以上の気温に目が点になり、湿気の多さに熱帯を感じています。日本は東南アジア状態です。着物はことに麻素材のものなど、暑い時でも結構涼しく着れる物ですが、やはり30度が限度でしょうか?帯がなければ、、、それでも工夫次第で体感温度は1−2度下がります。帯山を下げたり、帯枕をへちまにしたり、着物を知っていればできる工夫でもあります。物事は何でも知っていればそこから応用がいくらでも利くのです。無知程悲しいことはなし、、、好奇心を持っている人はなぜか皆さん楽しそう、何故?という疑問は宝の山の入り口のようなものではないでしょうか?『何故』から得る『なるほど』は快感でもあります。

 

2450)地球上で幸せな国は?という調査をしたらしい。栄冠に輝いたのは人口20万人のバヌアツ共和国。オーストラリアに近い南太平洋の島国でした。私はこの国を知りませんでした。先進国は軒並み下位で日本もかなりし下に位置しています。このサイトでも幸せの価値観や先進国の代償について、いろいろ書いてきましたが、物にあふれているから幸せか、お金があるから幸せか、この答えのように感じました。そもそも癒しを求める事態が幸せではないのかもしれません。日常の生活が幸せに感じることこそ、ロハスかなと。作り物ではなく、やはり、自然体。あるがまま。食べる為につりをしたり、猟をしたり、体も動かせば柔軟性が身に付き、整体に行く事もないでしょう。自分の体のすべを知り尽くす。。どんな島国かわかりませんが、随分前にニューカレドニアの奥地に行った時にそのような生活を近くで目にし、その時の自分の愚かさなような物を感じた事が思い出されました。

2449)野生動物の被害は全国に広がっていますが、鹿や猿の被害による観光地では、その原因を作っているのは人であるとも。野生動物がいくらかわいくてもえさを与えたら行けない事は、周知の事実。厳しさも優しさの内であると思いますが、、、
世界遺産の厳島神社でも、鹿に寄る被害が深刻の様子。神様の前で店主や従業員や清掃員の鹿に対する罵声を聞けば、もはや言葉もありません。世界遺産としての価値を下げるのも、人。この地は台風の被害も多く、たびたびの被害を被っている神社の一つ。何かが間違っているのではないでしょうか?

 

2448)ちょうどお盆のこの時期に生きる事というのが念頭にある私ゆえに、脳裏に浮かぶ“徳を積む”ということについて。徳を積むとか養うとかどうすればいいのか、そのことに執着すると出口の見えないトンネルの用に悩んだり、考えたりしてしまいがちですが、、簡単に言えば、徳=善業=幸せ感→笑顔で人に接し、人に親切であり、人の嫌う事をしたり。。という図式でしょうか。自分の人格を高める“徳”は、自分にとってではなくて、人にとって、、ということだと解釈しています。簡単な事でも以外とできないものです。なぜならば、それらに必要な愛であったり、思いやりがないとできないことだからです。そして、その見返りを求めない、つまり、結果を気にしないことも大事。正しい生活と、正しい言葉、正しい思考、、、これらがそろってはじめてやってみようかなと、、体も心も動くものです。ボランティアや奉仕は自分の心にゆとりが必要だからです。それでも、身の回りのちょっとしたことから初めて、自分を変えて行く事は可能と思います。生きるのは指針も大事なプロセスです。自分の長所短所欠点を把握し、いい師を仰ぎ、いかに継続的に努力するか、それにつきると私は思っています。与えられた命だから、天から授かった魂だから、私は自分にできることを精一杯努力し、実行します。すべてが尽きるまで。


2447)ここの所のいろいろな事件や世相を見て、生きるという事を常に念頭においている私でもあります。生きる為には食べる事/寝る事/働く事/遊ぶ事、、、すべてが必要です。遊ぶ事の中に癒しもあるでしょう。そのブームにもなっている癒し。これもいろいろ千差万別であると最近は思います。実の所、心がぶれていればその癒し方もぶれるという事です。心のぶれは本人が気づけば問題ないけれど、多くの場合、自分では気づかないものです。予防はできます。心の健康法。笑顔、規則正しい生活、思いやる心と気遣い/愛。この心がぶれるといろいろと体に支障をきたすものです。病気になる前に病気にならないように。癒しは心が基本であると。


2446)私の体の中にある、安心感/喜び/幸せ/愛/感謝/満足。心の豊かさが常に満たされている状態である事に、晴天のような清々しさがみなぎります。このまま在るがまま、自然に逆らう事なくその感覚を多くの人に向けられる様、精進。

2445)北朝鮮のミサイル発射問題では、各国の足踏みがなかなか揃わず、仲裁にはいるのは中国という結果。中国、、、双方が利益がらみのこの国の仲裁で、はたして日本に吉と出るか危ういところでしょうか。今回の件ではアメリカの国務次官の動きの速さが特に目立ち、日本は蚊帳の外、、という扱いに見えたのは私だけでしょうか?この件に関しては、次の発射がなるまでに早急にめどを立ててほしいのは、国民の願いでもあります。ここで露見したアジア各国の日本への反応。日本はふんどし締めてこの見解を受け止めて、今後につなげる必要は必須でしょうか。。

2444)お寺で催す施餓鬼へ行ってきました。ずーっと父の行事の一つであったこの供養。父亡き後は私の仕事と心得ました。施餓鬼は亡くなった人への供養であり、自身の縁のある人、身寄りのない人等、すべての人への供養を行う物です。はじめて参列したその供養の盛大さと父の姿がだぶり、涙があふれました。中規模のお寺さんではあるけれど、100人以上の参列者に、お坊さん5人の読経はまさに圧巻でもありました。今、人を信じられる事が出来なくなって、毎日悲惨な事件が起こるけれど、この今の社会の基盤を作ってくれて先に天に行った人への感謝の気持ちをもち、少しでもいい社会になればと深く深く思います。私は仏教徒でもなく、キリスト教徒でもありません。けれど、幸いにして2つの教えを学んだ私はそれらを一つに融合して、自分の宗教観を持つようになりました。信じる事は依存する事ではありません。共存であるという私の持論です。神も仏も天使も。。私にとってどれが一番でもなく、すべてが一つです。大宇宙。お彼岸のこの時期に大きな気付きがありました。その気付きを与えてくれたことへ感謝と、精霊に感謝です。


2443)子供が親を殺めてしまうニュースが毎日の様に流れてきて、その子供達はほとんどが頭の良い子であったり、厳しい教育環境にいるようです。子供への教育と言う概念の親の間違った固定観念も一つの因子ではないかと私は思います。そして、そのような罪への罰のあり方。人は一人でも数人でも、殺人には違いない犯罪。司法の矛盾と刑罰をあらためて疑問に思います。今の人は刑務所に入る事等案外平気であるような所も見え隠れ。それを改善するには刑務所での内容にも大きな疑問がわきます。そのような所へ二度と来たくないという心理を植える事も更生の一つのあり方と、私は強く思います。

2442)私の一番の理解者は自分であり、主人です。その主人と何ヶ月かに一度、熱く語り合うのが結婚以来続いています。その語り合う時間は数時間のときもあれば数日に及ぶ事もあります。この時間は私にとって確認の作業でもあり、成長の過程でもあり、反省の過程でもあり、、今自分がこうしていられる事への感謝の気持ちのほとんどは、主人へであろうと。。。ありがとうございます。今宵も貴重な時間、多くの事を感じました。



2441)最近の若い人の使う日本語が理解できない私です。さらっと聞いていれば丁寧に言っているようであるけれど、実のところ、そんな言い回しはないでしょう??という言葉が多く、本物の日本語が陰を薄めて、俗語、新語の言葉が一人歩きしています。広辞苑にも載っていないような、、正式な言葉の使い方、敬語/謙譲語。。。外国語を学ぶのも確かに必要でしょうし、大事な事と思いますが、まずはしっかりとした母国語を身につけてから、でないと、訳せないのではないでしょうか???メールの流通で顔文字や略語の主流は私的には????手紙を書いて漢字を覚え、言葉を発して使い方を!


2440)米国の映画はこの夏おもしろいものが目白押しで、『パイレーツオブカリビアン』はその中でも一番の楽しみにしている作品です。壮大なスケールと迫力ある映像、画面から受け取る明るい感触、日本映画やアジアの映画にないものを強く感じます。SFXの映画にしても、日本の作品と米国の作品では第一印象からすでに違うのは何でだろう??いつも思う事です。内容ではない、やはり色と技術?と熟年の俳優さん。。。それをカバーできるのが日本のアニメ映画なのかもしれません。舞台も同様。華やかさ、演出、日本だけでみればいいと思う作品も、世界の中の日本ではまだ超えるハードルは高そうです。新鋭の監督さんに是非頑張ってイマジネーションあふれる作品を期待したいです。

2439)野球と言えば巨人、あこがれのチームと言えば巨人、強いチームと言えば巨人。これらはすべて過去の伝説になってしまった今。監督が悪いのか、選手が悪いのか、取り巻きが悪いのか、オーナーが悪いのか、、、すべてにおいてマイナス傾向に引かれるときの条件がよりによってすべてそろい踏みの巨人軍といった所でしょうか。一流のチームを維持するには選手も重要であるとともに、バックグランドも大きく影響するのでしょう。元気のいいチームとそのいろいろを比較すれば一目瞭然。そこに何が悪いのか回答があると私は思います。

 

2438)子供から見た大人、、というアンケートをある高校でした所、理不尽を覚えるなど、大人への不信感ともとれる結果が出たようです。私はこの高校生の感じる大人感はほぼ現状であると、自分を含めて大人という物をしばし考えました。このサイトでもかなり何度も書いていますが、何も知らない子供が成長過程に何かをするとすれば、ほぼ確実に大人の責任であると私は思っています。この高校生が訴えているように、今の大人は言動の不一致、モラルの低下、まさに危機的状況であると。尊敬できる大人が周りにいないということは、親でさえ、その対象を外れているこの悲しい現実。少子化で良かった。このだめだし連発の大人がしっかりとした大人になれないのなら、心の平衡感覚を失った子供であふれるばかりです。少子化の原因はいろいろあるでしょうが、今のこの大人社会を改善する事に寄って、結果、子孫繁栄に繋がるものと私は捉えます。子供を擁護するわけではないけれど、昨今の事件での本当の犠牲者は子供であり、大人(親)が加害者であると、、、


2437)電車を待っているときや、スーパーの中で、よく知らない人から声をかけられたりすることは多々あるけれど、、、スーパーの野菜売り場に山積みにされたトウモロコシ。最近は皮のまま盛られているので、剥いてみないと善し悪しがわからない、ちょっとやっかいな食べ物の一つ。と思いきや、手に取り剥いて行けば、すべてが大当たりのトウモロコシで、笑いが止まらない私。こんな些細な事がうれしくてたまらないのです。そんないい思いをしている人も入れば、はずればかりの人もいるという、これも陰陽のバランス。5人の主婦と3人のおじさんが必死にトウモロコシを選んで、舌打ちしている様は、きっとはたから見れば滑稽でしょう。そんな中でさっさと大当たりを引いて袋につめている私に、横のおじさんが、奥さん、、、凄いね、おれなんて不揃いや虫食いばかりだ、、と言えば、そこで井戸端会議もどきの輪ができて、トウモロコシ一つで花が咲く、、、こつは?と聞かれた所で、答えようがない、、感なのだから。


2436)体が香るガム?があるそうで。。食品も進化をして、この業界もマジック産業のようでもあります。何々に効くとか、特定の成分の名前を全面に押し出して売り出すのが今流とか。毎日スーパーへ行っても、この手の食品はあまり購入していないので、明日はスーパーで大見学会といきましょうか、、、

 

2435)私が大事にしている事。ゆとりある生活。このせちがない世の中で、ゆとりある生活が出来るのは一部の人だ、、なんて悲観的なことを言っていれば、まさにその通りになってしまうもの。ゆとりとは時空であり、心であり、感性であり。たくさんの贅沢でなくとも、一つでも自分にとっての贅沢もそんなことの一つ。インテリア、食器、衣類、持ち物、雑貨、植物、、、それらをすることが結局自分自身へのイメージも広がります。イメージ/感性/時空の使い方。


2434)誰が悪い、、、九州地方の雨に寄る災害は広がる一方であり、台風も近づいているこの状況。家をなくし、命をなくし、自然の恐ろしさがまた目の前に。大地震でも、津波でも、どうして庶民ばかり苦しめられるのか、ここ最近の災害状況をみていると、その格差が顕著で、神様ってなにしてるの?と嘆いてしまいたい、、私です。
誰が悪い、、、北朝鮮問題。日本は北朝鮮が原因と言い張り、北朝鮮は日本が悪いと言い、言った言わないは水掛け論。拉致、ミサイル、核、この非人道的な行動を起こしている北朝鮮は確かに悪いと。日本は、、、戦争問題の後始末が中途半端に終わっている事がこれも水掛け論状態。誰が悪いと言って、、、みんな悪いのです、結局。犠牲者の方を思えば、頭を冷やしてもっと解決策があるはずと思うのですが、、お国違えば考えも価値観も違う、けれど、ルーツは同じ人種。こうこじれてくると、しっかりと間に入って取り持ってくれる国が必要でしょう。どこの国?アメリカ?韓国?中国?ロシア?日本がしっかりとした外交をしてきたか、真価を問われる所でもあるのでは?


2433)人の病状をとやかく言うのは、大きなお世話、大きなおせっかいという物で、最近、有名人が病気になると、担当医でもないのにその病気についてあれやこれや知識を放出する心ない先生が目立ち、あまりの無神経さにあきれます。同じ病気でもいろいろあるでしょうし、担当医と本人の問題であり、病気のいろいろをメディアで話し続けるのはどうかなと、疑問を持ちます。家族が聞いたら、本人が聞いたら、いい気はしないのでは?報道は真実を伝える物であると思っていますが、どの分野の報道も憶測が少し先攻気味という現況は、そのあり方に問題ありと、私は思います。


2432)自分が今関わっている事、している事の意味が明確に言える人はいないはず。いるとしたらそれはエゴでもあると思っています。いろいろな行程を経て、紆余曲折あって今に至っているわけで、そのことについての、どうしては、意味は成さない物でもあるでしょう。大事な事は、その事に意欲的に取り組む姿勢であると、思っています。結果はそれらに関わった後、随分たってからつじつまが合う物だと、私は思います。

 

2431)どうしようもない子というものはどこにもいるもので、北朝鮮その国もその類であると思っています。かたくなな閉鎖的感情から多くの問題を引き起こし、こっちを向いて、、といわんばかりの、もはや劇的悲劇のヒロイン。自分一人でその感情に酔いしれているのは結構であるけれど、人様に迷惑をかけるようであれば、なんらかの対処を取らざるを得ないのは致し方ない事。この国に関しては、何の為の国連?何の為の国交?、、いろいろ疑問がよぎります。甘い顔をしてなだめすかす時期はもう終わったと私は思います。世界の中の一国。互いに助け合いながら生きて行くすべを知らない、できない、聞く耳を持たない、かわいそうな国でもあると。すべてが別世界の出来事のような、時空が止まっているかのような、、何とも言えない気持ちです。

今回のミサイル発射事件。韓国KBS/米国CNNなどのニュースと日本国内のニュースを比較して、温度差があることと、日本の危機管理の甘さを感じました。




2430)沖縄の高校で授業料を滞納したという理由で、卒業を延期された生徒さんがいるという。何とも非人道的な処置で、悲しくなります。一緒に学び、遊び得た仲間達と卒業をするというプロセスには、学校の授業を受けた時間が要と誰もが考える事。経済的理由の問題で、その級友達と別れさせてしまうことは、大きな問題と私は思います。先生という立場の先生。日本にどれだけの多くの人がその呼び名にあぐらをかいているのでしょうか。子供のいろいろを攻める前に、まずは己から。先生とて人間、成長し学ぶのは子供と一緒であるとわたしは思います。人はそのポジションを得たら終わりですか?ポジションを維持する為に、毎日変わる現況に耐えうる人間性、精神、能力、日々積み重ねる必要があると私は思います。何故先生になったんでしょうか?そこからスタートしないとならぬ先生が多いです。

同じ沖縄でインフルエンザ治療薬を服用していた生徒さんが亡くなりました。この薬剤に関しては特に子供に関して同じような症例が多く出ているのにも関わらず、未だ使われています。日本の厚生省の鈍感な処置は今に始まったわけでは決してないという事を、患者さんは理解する事が必要と思います。私は薬は飲まない、頼らない。これが基本です。

2429)日本サッカーも大きな受難の時期を迎えそうです。司令塔であり、唯一のプロが一線を退くという、ある意味予想してした結果ですが、現役選手の皆様にはワールドカップ敗退に加えて、ダブルの痛手でしょう。けれど、痛手はいっぺんに思い切り来た方がいいんです。新しい監督さんもかなりのつわものと見ました。まさに、ゼロからの出発になるわけです。おごりたかぶりは成功への足を引きます。まずは北京に向けて、スポーツ根性と、プロ根性で精一杯を尽くしていただきたいものです。痛手や壁はそれらをクリアできるからこそ与えられるありがたい物でもあります。まだ、チャンスはあるという事でしょうね。気持ち次第では。。


2428)最近は女性の知事さんが多くなって、女性の感性をいかしていいお仕事をしているように思いますが、このたび新しく滋賀県の知事さんになられた女性、画面でみるなり引かれるようなその笑顔に、、惹かれました。。こんないい顔をした人が多く出そろうと、日本も本当の変革が期待できるのかも?余計な物はいらない、みんなでNOと言える社会は大事かと。大きな壁の公約ですが、県民の声が届く事を願っています。

 

2427)意識の違いは一つの事への対処にしても、大きな違いが生じる物です。戦後の処理に付いて、国民は不十分という意見が大半を占めていたのに対し、国会議員は半数以上が十分であるとの見解を示しています。私はこの国民感情が正常であり、アジア諸国との外交のネックとも思います。たぶん、、、国民の方々は戦場へ赴いた当事者が多いと。。。戦争は国を挙げてのものであり、他人事の意識では困った問題となり、意識格差の是正に少しでも耳を傾けていただけたらと、、

2426)生きる為の知恵。太古の昔のご先祖様が多くの知恵を身につけ、幾多の難を超えて今の私たちがあるという事。そして、その生きる為の知恵を今も脈々と受け継ぎ、その限りで生きているイヌイットの人々/パンタナールの人々/モンゴルの遊牧民、、、等々。彼らの今を私の今の環境で見ると、かなり激しいインパクトとともに、感動がみなぎります。現代の周りで起こっている些細なこと、、そう些細な事です。大自然の前では。現代人は何の為に生きているんだろう、、そんなことも考えさせられます。生きるって、どういうことでしょう?当然である生きるという事を今は当然と思えない人も多い中、それらの原点を見つめ直して行けば、命というもの、生きるという事、身にしみてくるのではないのでしょうか?生きる事は単調作業でもあると思う私です。衣食住。これが生きる事のすべてであり、その他諸々の枝葉がくっつきすぎると本体の機能が見えなくなってしまうのかもしれません。

2425)展示会を催せば、かなりの入場者をよぶ『人体の不思議展』ですが、私は見たくない内の一人。この人体展は最新の技術を使って本物を展示しています。ということは、提供者がいる訳です。いろいろ事情のある人でしょうが。。この展示を見て、病気の怖さを知る人もいるということですが、、、人は自分の目で確かめないと納得できない動物なのかも知れません。また、納得しても行動に移しにくい動物でもあります。私は自分の体の中を感じて不思議体験をします。見るに及ばず、、という感じでしょうか。私の友人はフランス料理を食べた後に、この展示を見たいと叫んだ、、、信じられない、、感覚でもありましたが。。人それぞれ。

 

2424)新種の病気なのか、耳に聞き慣れないカタカナのなんとか症という病気が多く聞かれます。原因は何であれ、この文明社会の副産物ということでしょうか。病気は自分の体の限界であり、弱点であり、、、日頃健康に気をつけていてもかかる時にはかかるもの。病気を防ぐのもバランスの一つ。心と肉体、精神と環境、魂と意識という感じでしょうか。自身の体は病院の先生よりも熟知しているはず人間。そのことを忘れさせてしまうのが環境であり、習慣であると。薬に頼る前にまずは生活の見直しからが治療のスタンスと考えます。


2423)ゆりかごから墓場まで、、という言葉があるように、私の接する範囲は広いです。どんな立場のどんな人に接っしても、私を崩す事なく、飾る事なく、素で向き合う事が、逆に好感をもたれるのかもしれません。子供との会話はとても楽しくて、意外と新しい発見や純粋な心や何やかやを学び取れ、私にとってはかなり刺激的でありがたいです。子供と大人の感覚はなく、いつも対等に話す、、というか、それしかできないのも私です。子供は純粋な分、持っているエネルギーも大きいので、お疲れ気味の方にはおすすめの、パートナー。

2422)動物的感というものが、割と子供の頃からしっかりと効いていた私ですが、30代後半よりその感の的中率が倍増し、今では、確実に的を得る私です。風の匂いで雨を感じ、空気で雨を感じ、庭に遊びにくる鳥や虫からも察することができることは、学校で習う理科の時間よりも楽しいです。体が敏感になって、嫌だという人もいます。でも、敏感な体をそれなりに使うと、日常の過ごし方に幅が出て、私は今、ほんとに毎日が楽しいです。感謝。

 

2421)生活が豊かになれば、その象徴の様にペットが流通します。その一方で、そのペットの価値と意識の低下が今の人としてのモラルに繁栄して、弱者であるペットの犠牲が多い実情。自分が出来る範囲で生き物を飼う。これは鉄則であり、数を増やせばいいものでもなく、世話が出来なければ、1匹も飼う資格はないはず。食事を与え、日常の管理をし、病気になったら最後まで面倒を見る。これができてペットを飼うということと、私も思います。動物から教えてもらう事、意外と多いです。どの飼い主さんも口を揃えるはずです。口がきけないから、人間の言葉を発しないからこその、波動という愛です。我が家にも2匹のチワワ。この2匹を通して学んだ数々の教え、以前24羽の文鳥から教わった数々の学び、亡き3匹のミックス犬から学んだ愛。昨今、むやみに捨てる事を選ぶ飼い主さん。あなたがそうされたらどうしますか?人も動物も同じです。そんな事をする人は○○以下であると私は思いますが。。。人を愛する事が出来ない人に動物を愛する事は難しく、人に愛された事のない人が動物に愛される事も難しい、、だからこそ、そこに学びがあるのではないでしょうか?

2420)世界の中の日本。高齢者人口割合で世界最高になり、年少者割合で世界最低の位置につけているそうです。振り向けば65歳以上、、ということですか。実年齢で見ると確かにぎょっとしますが、今の65歳以上の方々は生き生きと自分の道を歩いているので、違和感はさほどなく暮らせるわけですが、経済を支えるとなると、ちょっと厳しい局面でしょうか。けれど、これも致し方ない、、それぞれが過ごし、選択してきた結果であり、国の管理の元の経済状態なのだから、、今の子供達に付加を背負わすことなど、もってのほかで、持っている方が補うのは必須ではないかと、、思います。

2419)若い能力が有能となる企業もあれば、その若さ故が敗退となる企業もある、、要は器の大きさ/度量につけて、経験という大きな智慧ではないでしょうか?経験だけはお金では買えません。技術があっても、それを生かすも殺すも実にこの経験ということと、私は思っています。少年よ大志をいだけ!クラーク博士の言葉。大志を抱く事も重要であるけれど、浮き足立っていては、、、多くの人に気を配り、すべての責任を負える力量。それも智慧。

2418)奇麗な物を見て奇麗と心から思え、その奇麗さで心が満たされる安らぎの時間。感動を覚える事も喜びを得る事も、すべて同じ。素直な表現。

2417)自分の仕事に意味を持ち自信をもって進んでいる人は、たとえスランプに陥ったとしても、光り輝いているものです。自分がどうしてこの職にいるのか、ちゃんと知っているからでしょう。ストレスを抱えながらの仕事は、ある意味で、自信を持って進んでいない心の葛藤と、対人に対しての自身の処理がうまくできない弱さでもあると思います。自分の道を進むという事は強くなければ進めない。。。山あり谷ありなのだから。私は着物に関してのレクチャーと心に関してのレクチャーに共通点を見いだし、自分の道を進んでいます。おのずと関わる事は枝葉になるわけです。お茶もそう、気功もヨガも禅も瞑想も石も水も自然も動植物も天体も、そして地球/宇宙も。どんな仕事でもすべてが関わり枝葉になっている。。だからすべてが学びであり、感謝であると日々思い精進です。ざーっと周りを見渡して、、輝いている人、一生懸命に道を進んでいる人は若さが特典になっているようです。どの世界の皆さんも本当に実年齢より若いです。

2416)人の心を変えてしまうほど悪の罪深い事はないと、韓国人拉致被害者の会見を見て、切なくもあり、怒りもあり、とても複雑な思いでした。28年も親兄弟と離れて、その経緯が拉致となれば、本来は涙で言葉も無いはずと、、この饒舌な用意された会見を見て、黒幕の恐ろしさをさらに感じるとともに、日本人ほか各国の拉致された人の事、家族の事を思うと、この不条理な現実がこの世のことと信じるには、、、あまりに酷な現実です。日本政府は未だ制裁も取らず、船の入港も黙認し、援助さえしていて、、、どちらも狂っているとしか第三者から見ると、そう思えます。人の心をもてあそぶ事は許される事ではなく、それを師事する事も許される事ではないと強く思います。画面に映し出された彼らの目は光が失せています。何故?虚偽で固められた作られた心だからと、私は感じました。人権、平等、この地球上の権利が守られ、いるべき所に戻れることを、ただただ祈ります。


2415)少子化対策の一環としての大臣の発する政策に、どうしてこんなおめでたい考えしか浮かばないのか、、この大臣は根本を全く理解していないと、子供のいない私は思います。税金を投与する政策のあり方と、人のお金を使う意識の欠如。大学教授が公私混同する研究費も税金。お金がないないといいながら、結構な散財をしている日本経済は、ほんとうに、、、ふんどしの紐を引き締めないと、大きな破綻に。税金も消費税も利用する価値があるから価値もあるというもので、、、お金。いい意味でも悪い意味でも、魔物にしては意味がない。。。

よくテレビで大家族なんてものを見ますが、確かに台所事情は厳しい様ですが、十人ぐらいはちゃんと病院で産めるのです。贅沢さえしなければ、、けれど、不妊治療はまったく異なった意味で破格の治療費がかかるのです。そう考えると、どこにお金をかければいいのか、、、税金投入政策はすべての国民に平等であり、理解の求められるものが理想であると私は思います。

2414)テレビをつければ誘拐だ殺人だ事故だ、、、自分の周りでいろいろな事が起こり、宇宙でも新しいベビー惑星のニュース。。そんな中にあって、日々を淡々といい気分で過ごせ、自然とふれあえる今の自分の環境に感謝と、その環境を与えてくれたすべてに。。ありがとう!こんな世の中だから、なおさらありがたく思えます。今自分と向き合いつつ、私って何者?と問いかけています。考えるわけでもなく、悩むわけでもなく、ただ、問いを自分に投げかけて、その答えはこの淡々とした日常の中で、きっとメッセージを発してきます。その答えを楽しみに。今日も笑顔でありがとう!世間は世間、私は自分の内側の方がもっとも興味があり、笑顔倍増の元でもあるのですから。。

 

2413)いい意味での愛国心をどれほどの日本人が持ち、それをそれぞれどのような形で表現しているのだろう、、とひょんなことから思い始めました。米国では何かにつけて団結をして口ずさみます。国歌を。戦争をしていて悪い事だとわかっていても、自国民だから国歌を歌うと。なるほど、、日本人はオリンピックで国歌が流れるのがせいぜいでしょうか。教育の場でもいろいろ問題があるようですし、国の祝日に国旗を掲げる家もほとんどみかけません。今愛国心云々で法律が変わるようですが、その根本が、私のような主婦にはわからない。。。愛国心。これを体で表現できる日がいつの日かくるのでしょうか?今はとりあえず、住みやすく、住み慣れた国が日本なのかもしれません。私自身、日本を愛しているけれど、国としては今ひとつ、言い切りがたいところが、、、あります。

各国の民族衣装。表立った時には必ず身にまとい、それこそ国を象徴しているかの様です。日本の民族衣装は着物?とはてなマークで聞きたくなる程、今はどのような場所でも少ないです。他人の芝生に目がうつりやすく、自国のいいものを簡単に捨ててしまう。。母国語の日本語ですらまともに機能できていない。愛国心云々言う前に、日本人とは?が先決???

2412)福島の飯坂温泉の温度が熱過ぎると観光客からの苦情に地元の方との温度差もあるようですが、、温泉の温度は天然の物で、入る人がどうのこうのいうものでもなく、熱いですよ!と一言書き添えるか、お水でぬるくするか、、もめる問題ではないような、、、少し前に和歌山県の湯の峰温泉に行った時にはいった源泉は、ほとんどポットと同じような熱さでした。それでも地元の温泉であるし、水を足しながら入ったものです。熱めの湯、ぬるめの湯、天然の温泉はありがたく、入る人の配慮の方が私は懸命と思いますが。。。

2411)北朝鮮拉致被害者の男性と、ご家族の対面映像を喜びと同時に複雑な思いで見入った私です。実の親子でありながら、このような対面は普通ならおかしな事です。それが平然と行われる実情のあり方に、憤りもあります。日本人の家族の方々も心中は多くの思いがよぎっていたでしょう。ほんとに、見ていて何も出来ないこの問題に、苛立ちと、怒りと、人権というものが交差し、どうしたらこの問題が解決できるのか。。。日本政府への対応と韓国政府への対応が顕著にでてきているので、うまく舵取りをしていただきたいと。

2410)富は社会に還元するもの。と言い切った米国の資産家がゲイツ財団に資産を寄付したお話。彼の寄付したお金で救われるべき人を救う、慈善活動のさかんな欧米でもこの彼のとった行動は大変インパクトがあるものと。日本はこの点で、かなり、かなり、、、遅れている。。まだまだ私腹を肥やす事に忙しく、人様の事まで手が回らない。そう。その裏は、お金があっても、心のゆとりはないということではないでしょうか?
まぐろが安いと言われればそこに列をなし、、、それが庶民。私は誰がいくら資産を殖やそうが、私腹を肥やそうが、うらやましいという感情は一向に湧かないけれど、ただ、政策に関わるトップは庶民の感覚もわかる人でなくては困るという事。政策に右往左往するのは、結局は庶民なのだから。ライオン総理の変革の一端である人事には当初より疑問を持っていたけれど、やはり、この方の感覚がずれている以上、ひっぱって来る人もずれているということでしょう。少しのすくいは、若手議員の頑張り。頑張ってつわものどもを変えてほしいです。

2409)10数年前まで、病院通いが日常であった私が、今は病気は縁がないほどの体を維持できるのは、、自分の体の仕組みを理解出来たからだと確信しています。自分が好きですか?という問いに対して、大好きです。と元気よく答える人でも、いい所だけを見て、過ごしている人の大好きと、すべてを受け入れた上での大好きとではまったくあ異なる結果であるという事です。私は自分が大好きです。だから体から訴えてくる声を聞き、必要な事を体に施し、また笑顔でいられる。。。誰にでも、医者よりも名医は自身であると思っています。

2408)流行の病気の様に毎日起こる子供の心理に関わる事件。放火であったり、殺人であったり、、日常茶飯事に起こっているこの現象に、家族というもの、親というもの、子供というもの、、、問いかけざるを得ません。命は自分の物であると同時に、一人で誕生した訳ではなく、命は何にも変えがたい大事なものであるということ。頭では理解でき、その事の重要性が言葉で表現できていても、その事が身に付いていないという事であると思っています。とりわけ、最近では、当たり前の事柄にこの現象が多く見られ、当たり前ということから教えて行く必要があることを痛切に感じます。当たり前とされていることはとかく知っているから、、という理解の元に簡略されすぎて、何でも略している最近の方々には当たり前はどうでもいい事に変化しつつあるのでは?生きている上で、どうでもいい事は一つもないという、心の道徳。教育の現場で、家庭で、しっかり生活を通して理解させることでしょうか。身に付くということは技術ではないので、時間がかかります。翌日身に付く人も入れば、死ぬまで出来ない人もいます。それでもその方向性を維持するという事の方が重要であると。国をあげて、精神向上の改革を望みます。経済の改革より大事と私は思っています。


2407)海に暮らす魚や動物や、地上に暮らす動物や昆虫はその環境に合わせて自分の体を進化/変化させています。その進化した姿は言われれば納得の凄いものが多いですね、信じられないような容姿や行動もあります。人間も太古の昔から進化してきました。骨格もかわり今の人類になったわけですが、その定着した姿から現代まで、かなりの期間同じ姿です。環境はことごく代わり、、人間に限っては、環境によって変わるのではなく、環境だけが変わるのです。そこで起こりうる様々な現象が病気という形になるのでしょうか?人間事態も進化を続けられたら、環境は破壊されないのかもしれません。逆に、使い切っていない体の機能が多いので、進化もできないのかもしれません。指を何本か折り曲げるだけでかかる力量は変わるといいます。そんなことも一部の人にしかわからなくて、、、あって当然の体の機能をもっと活用して、その中からきっと何かいい策が見つかるのかもしれません。ほんとうに知らない事がわからない事が多いこの人間という体。キーポイントは昔々の生活全般に隠されているような、、、最近また体についておもしろく勉強しています。

2406)BSEで子供を失った英国人のご両親がその有様を訴えながら講演しています。今まさに日本では輸入再開で、この病気と向き合うかもしれないのです。そう、まだ未定。その切実な話を聞いた人々は輸入牛肉をどうとらえどうチョイスするか、国は守ってくれません。被害者がいろいろな真実を訴えて話す姿は、拉致被害者の方々の思いと同じと受け止めました。自身に関わりがなくとも、どこまで自身に置き換えて受け止められるか。被害者だけが知っている事を、その事実を第三者はどのように自身に真実を刻み、行動できるか。防げる手だては沢山発信されても、結局は受け手の受信次第です。そんないわゆる平行線が、結果までこぎつけない何かなのではないでしょうか?私は大丈夫という思いの責任でもあると。なってからでは遅いいろいろ。取り越し苦労と楽天視するその自分のチョイスの正確性。物事を深く心配するというよりも、事実を事実としてどこまで受け入れるか。そこが要と思っています。


2405)サンフランシスコで沖縄戦争での日本人を焦点にあてた舞台を上演した日系の女優さん。この舞台の影響で、どれだけ沖縄の人達が惨劇を味わったかが、少しは米国の方々にもわかったようです。戦争後、いまだ責任のなすり合いや、同じ事を繰り返してしまうのは、自国でそれぞれが悲劇のヒロインになりつつあるからとも。。。戦争に加害者も被害者もないと。同じ血の通った人間ならば、真実を目の当たりにすれば心も変わる物と私は思います。日本も自国の戦争に霧をかけて隠してしまっている部分があるようです。すべてを出して、その事実を今生きる私たちが受け入れないと、亡くなった方々への供養とは言えないのかもしれません。それをクリアにしてはじめて各国との平和外交も成り立つと、私は思います。

2404)脳の活性化という『アハ体験』。記憶を思い出したり、振り返ったり、人とアイコンタクトをとったり、、そんな事がブームになっていると、テレビで本日初めて知った訳です。けれど、私はもう何十年もその作業をしていた事実に、にやり。ことごとくあらゆる脳のテストで20代30代と判定が出て、いつも楽しい気持ちでいられるドーパミンを出していたという事です。自分で発見したと自負して一人でやっていたことが、知識人の方々によって世に出されたような、、うれしい証明です。そんなことが一つや二つではない、、研究より実践、自分の脳が体がどうしたらうれしかは、実は自身がよく知っているのです。それを自身でやらないだけ。それだけの事ですね。来週は色が人に及ぼす影響という事で、こちらも余裕で見られそうです。

2403)国の借金が国民一人当たり648万円にも上るという記事を見て、何で??と首を傾げています。自身の借金は一銭たりともないのに、なんだか悪い事に利用されたような感じにもなります。ちゃんと国に納める物は納めているのに、どうしてこのような試算が平気で出せるのか、その図太い神経に困惑です。しっかりとお財布の管理が出来ない人がどうしてエリートでいられるのか、、世界には7不思議という事がありますが、日本では恐ろしい程の不思議となぞがあがることでしょう。清く正しく美しく。表裏のない誰にも後ろ指を指されない人は庶民にしかいないのかもしれません。庶民は一生懸命に取り組み、生活にために必死だから余計な事にも気が行かず、家族の平和と幸せがあるように、その中から生み出す智慧の数々。知識でトップにたつか、智慧で進むか。。。私は智慧で進みたいです。

2402)沖縄の戦没者慰霊碑にやっと、やっと、ハンセン病患者さん達の名前が刻まれました。A級戦犯をまつっても、この方々の供養はなされなかったわけです。国の責任。今靖国参拝問題でなんだかんだやっていますが、論外ではないでしょうか?「差別と苦しみの中で天国へ旅立ったが、人間としての尊厳が認められたよ。安らかに眠って下さい」と語られた患者さんの言葉が慰霊碑に刻まれる以上に胸に響きました。人間としての尊厳。深く重たい言葉です。合掌。

2401)申し訳ないけれど、、、予想していた通り日本サッカーは惨敗と終わりました。選手の顔を見れば一目瞭然で、、精神力の欠如、根性のなさ、チームプレーの未熟さ、、、それでもこのワールドカップは今後の日本の選手にいい結果となったと私は思います。現実に直面できたのだから。その現実を受け止めて過信する事なくこれからの練習にいかしてもらいたいと。どこかのキャスターが言っていました。『サポーターは身を削る思いでこのドイツに応援にきたのに、その何百倍もの年俸をもらってこの試合では、、』まったくです。お金をいただいている以上、何があってもどんな状況でも結果を出す事。それがプロであると。今、日本のサッカーの若手は育っていません。いろいろを含めて本物のプロを目指していいサッカーをしてほしいと、今後の業績を楽しみにしています。いい選手とは今メディアで踊り立てられる選手ではない、精神力もプレーの内。ジーコ監督の言葉で、『プロフェッショナル』の言葉の意味。サッカー選手に限らず、日本人の一番今気づかなくてはならぬ点でもあると、私は思います。

 

 

 

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