2500)今回キリ番のお題は、“理想と現実”。誰しもの心/脳にこの2つの単語は常時渦巻いていると思います。理想としては。。。だけれど、現実は、、、なのです。ということも多いことと思います。身の丈をわきまえずに理想ばかり掲げても、現実とはかけ離れるばかりでもあります。理想と現実が一致する事は果たしてあるのでしょうか?それも個々の価値観の違いにより様々です。なので、一概にこうであるとは断言できない事でもありますが、より確立よく一致させることは誰しも可能であるという事。過ぎたるは猶及ばざるが如し。以前にもたびたびこのサイトでも触れている身の丈。これは着実に自身と一緒に成長するものです。しない人もいるかも、、しれませんが。。その時期の身の丈が成長過程とあっていれば、ここまでは許容の範囲であれば、この大きなものを与えても、しっかりと受け止めて成長できると思われる人には、、“理想と現実”は必ず一致するものと私は確信しています。キーワードは成長でもあります。日々を大切に一生懸命に生きる事。私は心底これ!っと想った事は最近は100%の確立で現実になります。その想いが理想かもしれない、希望かもしれない、それでもその想いに答えられる様一生懸命自分なりに生きて、その結果と受け止めています。 46年間の理想の中で、一番理想のものを手に入れたのは主人だと実感しています。じゃじゃ馬/気の強いわがまま娘だった私にとって、30歳の誕生日にまさに天地がひっくりかえるほど、どんぴしゃりの男性が私の目の前に現れた事は、生きている中でも一番の感謝すべき事柄です。自分でもびっくりではあったけれど、私の亡き母や、多くの縁談を設定してくれた亡き叔母がうなる程、びっくりな男性です。与えられた大きな理想に現実を味わうべく修行も16年を迎え、ここへきてやっとそのお題がクリアできたことも、感謝です。 人それぞれいろいろな“理想と現実”があるでしょうが、がっかりしない現実を手に入れるのは、やはり自分というものをしっかりと受け入れて、ありがたく日々を送る事につきると。何事も感謝。加えて、謙虚な姿勢。『実る程頭を下げる稲穂かな』とはまさにその通りの図式。言葉の使い方は心の姿勢に直結でもあります。そしてその心の姿勢こそが“理想と現実”ではないかと、私なりに想う訳です。 2499)近年、各都市で動物の異常繁殖が報告されています。異常繁殖の動物のほとんどが、人間の手に寄って持ち込まれたものです。人間程身勝手で都合のいい動物もいないでしょう。動物とて命ある生き物。害があるからといってむやみに駆除するのもいかがなものかと。駆除するということは絶つ事です。今まで何度となく繰り替えされておきているこの生死。駆除するくらいなら持ち込むな!という方が地球にも環境にもいいでしょう。かつて戦争中需要の多かった毛皮動物のヌートリア。戦後需要がなくなっていまや害虫扱いです。ヌートリアに罪はないでしょう。原因があって今という結果があるのですから。欲しい時には増やせ増やせ、いらなくなったらばいばい。。。こんな方程式では道徳のお勉強はできません。その場の欲求でものを得る人間の最大のつけでしょうか。。。人間も駆除的行為に及んでいる今の時代感覚。こんな日常の周りの些細な事に一端が在るとおもいませんか?命在るもの、みんな大事な生き物です。
2498)世界で唯一の被爆国、日本の夏。八月は夏休みで楽しいというイメージがありますが、物心ついてからの私の八月は、田舎でのお盆、戦争というキーワードから、楽しいというよりも、過去の反省と、供養の月になっています。61回目の原爆の日を迎えて、未だその被害に苦しんでいる方々を思えば、戦争はするものではないと、改めて思うのです。本来の宗教というか、神というか仏というか、、信じる事があれば戦争なんてするものではいと誰もが思うはず。。。その点から多くの宗教観を見直して、もっと道徳的に生きられたら、、とも思います。原爆の威力、被害の大きさ、この観点も世界中まちまち。それは誰もが自分中心に物事を考え、発言しているからとも。平和を望むにはひとえに、人類の輪。それでも核を保有し、その論議をいましているという事実も、由々しき問題と私は思います。広い宇宙の中の地球と言う星に縁あって生かされている私たち。次世代には是非、本当の意味の平和がくることを私は祈ります。
2496)ここの所の人間性を欠いた事件を引き起こしている加害者は、どの人も多くの側面/顔を持っています。一方で穏やかな優しい人、一方ですぐに切れる人、、、人間の表裏。自分を理想化してしまったり、自分に否定的な人に多いのではないでしょうか?人様を気にしすぎる、、人はそれほど人の事は気にしていないものでもあります。自分というものを作るのではなくて、素で行くことの大事さ。それは自分を受け入れる事でもあります。長所も欠点も隠す事無く、これが自分という自信。格差が広がって、心の格差がかなり進行しています。自分がここにいることの意味を確かに感じ、与えられた自分と言う命ある物体を愛し、本当の人間、復活してほしいと思います。自分という人間はこの宇宙に一人だけです。誰と同じ事等ないのですから。多くの人に好かれるよりも、少しでもすべてを好いてくれる人の尊さを感じてみてください。誰でもが幸せになると思いますが。。心優美。
2492)以前住んでいた土地。およそ40年。そこから気に入っていろいろな所へ出向いていたけれど、こちらに越してからはその場所達が不便になり、足が遠のいています。行きたくないと言えば嘘になるけれど、一つその場所を離れるのも視野の広がりに、私の環境整備に必要な事なのでしょう。今の土地から行かれる所で新しいお気に入りを見つけましょう!といった所でしょうか。ここへ来て1年半。引っ越しのいろいろ、父の死、雑多を終えて、、、これから新境地の開拓に本腰をいれたいです。
2490)夏になると水の事故が相次ぎますが、天災というよりも人災も多いこの事故で、毎回初めての様な対応にあいた口が塞がりません。安全や信頼は単純な事の積み重ねです。後で、明日、今度、、これらの危機管理の無さが安全崩壊に繋がるといっても過言ではありません。毎日同じ作業の確認も、慣れては困るもの。たかがプール、されどプール。監視員のせい?市のせい?みんなのせいです。同じような事故が日本中で何回もおこっている教訓が生かされない、自分の所は大丈夫、そんなことはないと思う方が安全だと私は思います。犠牲になった子供達がせめて成仏できるよう、その供養はただ一つ。繰り返さない事。犠牲を無駄にしてほしくないです。大切な命だから。 2489)人の明暗を変えてしまう一点の心のにごり。上に昇りつめればつめるほど、心の判定は自身に顕著にでるものでもあるという。。。いくらいいものを持っていても、心の状態はとても微妙でもあります。どんなときにも謙虚であれ!これと生活が伴っていれば多少の浮き沈みも問題ないはず、、、ネルギブソンの今回の不祥事と発言に、いちファンとして、とても残念です。いいものもっているのに、、普通の人とは違うけれど、、、沈黙は金。
2487)ロンドンの南のかわいらしいおとぎの国のような都市、バース。ここを訪れたのは16年前。ロンドンの重厚な雰囲気と対照的に、とてもメルヘンな町並みに印象も深く、もう一度訪れたい都市の一つでもあります。この地名の由来がバス(お風呂)とは知りませんでした。このほど30年近く閉鎖されていた温泉が復活すというニュースを見て、訪れたい気持ちに拍車がかかります。私が50歳になったら主人と訪れると勝手に決めているロンドン。結婚式を挙げた思い出の地、時差ぼけでほとんど記憶にとどまっていない地を、20周年に今一度ゆっくりと廻りたい、、これにこだわるのは、明らかに何も主人を知らないで結婚した私が、1ヶ月の旅行中、いろいろと彼を知り、お互いをわかりあった旅でもあるからです。私にとってはここが原点でもあります。いろいろなあらがそれぞれ出た1ヶ月。今は微笑ましい思いでとともに、それから16年、一緒にいられることへ感謝です。 2486)何かに夢中になって無心で突き進んでいれば、必ず意図した夢は実現し、不可能が可能になると、、実体験からの思いです。人は知らずのうちに執着をいだいて、結果、夢で終わったり、希望が叶わないのであると私は結論づけています。結婚したい、彼/彼女が欲しい、お金が欲しい、仕事に恵まれたい、、すべて執着ではないですか?一生懸命に今目の前にあるものに取り組んでいるとき、一生懸命に家事や仕事をしているとき、一生懸命に勉強しているとき、、人はその事以外頭にはないか、頭には余計な事は浮かんでいないはずです。毎日いろいろなことを考える習慣がある人、私に言わせれば、暇ではないのですか?となってしまいます。考える事をやめて、行動をするということはそのようなことです。暇はたまにはいいけれど、以外と自身には害を及ぼします。脳の活性化、脳の使い方次第で誰にも光はあたるものです。いつの日かです。 2485)寝苦しい夏でも、いつもと変わらず睡眠を確保するには、、寝る前の適度な運動とアイスノン。これが私の夏の夜の定番。どんなに暑くともクーラーはノーサンキュー。湿気は足に、腹部にたまるようです。自分の体で感じている事ですが。そのたまった湿気を取るだけで、かなり体内温度は下がります。たまった箇所の流れを良くしてあげれば問題ないと思っています。私流の取り方。。。呼吸法で循環を作り、正座と足を投げ出す姿勢を繰り返す。これは緩めて、しめて、流す、、という私の考えですが、かなりすっきりします。寝苦しさの対処法。自身の体にあった方法で、快適に過ごしたいものです。
2482)好きな色が必ずしも似合う色とは限らないという事は、以前にも書きました。そしてその色が永久的に持続するかというと、そうでもないのです。年々、体も変われば趣味も変わり、身につける色も変わって当然ということです。思考や指向は一定ではないのです。ファッションの流行は10年から20年周期で一回りしています。以前のものを趣味が変わったから、体型が変わったからと捨てる事も無いのです。またいずれ、あー、今なら着れる。。そんな日もやってきます。気がつかないで無理に過去を引きずっているのかもしれないですね。自分の肉体、心、形の変化を読み取れれば、その時期に適切な色がまわってくると。元気が無い時なら明るい色を、色を生かして自分へのサポートにする。これも一つのリラックス。 2481)マナーとモラル。マナーができていないからモラルもない、モラルもないからマナーも知らない。。。乳飲み子のならともかく、老若男女どうしてこうなっちゃったのか、、格式を重んじていた日本人とは到底思えない、、多くのご先祖様も、こんな人に育てた思いはないと首を傾げているのではないでしょうか。私が子供の頃昭和30年後半から昭和40年代。親のしつけはどこでもうるさかったと思います。世間体という事もあったとは思いますが、まず、人様に迷惑のかからぬ様、人様が不快にならぬ様、これが基本でした。よそのお宅にお邪魔する時には菓子折りの一つももって、裸足で家の中にあがるなどもってのほかでしたが。。今は茶道や日舞等、特定のお稽古ごとで残るこの作法。日常でも使って自分を磨いていただきたいです。毎日遊びに行くお宅ならともかく、たまに尋ねる時は、気持ちも添えて、夏の暑い毎日、道中靴下は不快なのはわかります。が、お宅にあがる時には持参する靴下をはくか、タオルで足をふくのは常識のうちと心得ます。ここは外も中も同じ土足の海外ではないのですから。一つできると、連鎖であれもこれもとでてくるのも楽しい発見となるはずです。どこに出ても恥ずかしくない相応の知識は知恵として身につけていただきたいものです。
2479)土星の衛星に湖が発見されたそうです。湖は地球だけという考えが変わったのです。この広い宇宙。まだまだ未知の世界がひろがる宇宙。その中の地球。地球は奇麗だけれど地球が一番でもすべてでもない。すべては宇宙の中の一つの星。私はこんな謎めいた神秘的な広がりが大好きです。そして、宇宙のことを考えたり想像していると、うきうきしてきます。加えて、毎日がよりいっそうゆったりと、穏やかになるのも楽しい変化の一つ。私は今忙しいですが、気持ちはとってもゆったりできるのは、宇宙のおかげかもしれません。土星に行ってみたい?答えはNO。宇宙旅行をしてみたい?答えはNO。感じて聞いているだけで十分です。私の行きたい所はもっと別の所だから。 2478)文化庁での世論調査の結果。『お疲れさまです』『ご苦労様です』の使い方。このサイトの最初の頃にも触れた記憶があります。ご苦労、、という言葉はそもそも殿様が目下の部下に使った言葉で、普通ではあまり使わない。。と私は理解しています。ご用聞きの人へも、宅配の人にも、自分が上と思う事がないという自分の信念で、私にとってこの言葉はほとんど死語です。通常はお世話様でした。と私は言います。お疲れさま、、も最近は猫もしゃくしもこの言葉を乱用して、あなたに言われる筋合いはない、、と思う事もしばしば。と受けては話し手と違い、感情もいろいろとあるということです。自分の為に仕事や世話をしてくれた人にはありがとう、、でしょうか。お疲れさま、、仕事上では使う事はあっても私の日常にもこの言葉はあまり登場しない。。。さて、日本語の使い方は非常に難しいです。相手あっての言葉でもあります。ここでも思いやりと気配りがあれば、相手に不快を与えない適切な言葉が出ると私は思うのです。言葉は発すればダイレクトに相手に響きます。考えてものを言う事も大事と、今のいろいろを見て聞いて、感じます。
2477)お産難民という言葉を最近耳にします。子供を産みたくとも産む場所が無いのです。産婦人科医の減少がその要因の一つ。そこで今脚光を浴びているのが、お産婆さんの存在だそうです。現場に面した人々は口を揃えて少子化問題のあり方を訴えています。肝心の施設が無くて、産んだ後の対策では無意味だと。。まったくそのとおり。表面を捉えるからそのような事になるのでしょう。もっと奥の深い、考えなければならない問題です。物事はすべて目にはいったことだけをクリアにすれば解決できるかというと、そうではないという事ですね。少子化をクリアするには、産婦人科の復活と、先生の確保と体制、そして子供の為の社会環境の整備。これにつきると私は思います。これから先も世代を受け継げる人の確保。これがないとそれこそ国は滅んでしまいますから。何を守るって、物を守るのも大切ですが、それ以上に人間を確保することが先決でしょうか。まだ、、、実感がないから皆様のんきですが、、、これは何にも増して大きな問題であると私は思います。人を育てるという事は一番大変なのだから。 2476)自分の夫の為に自身の肝臓をドナー提供をした妻、結果、ご主人は感染症で死亡、妻は医療ミスで下半身不随。なんとも切なくやりきれない報道に胸が痛くなる思いです。ドナーが医療ミスで後遺症を負うような事は、あってはならぬ事故ではないでしょうか?医者とて人間、ミスは当たり前では困ります。今までは表に出なかったのか、ここ数年の医療ミスに、命を預かる医者としての心構えを疑問に感じます。耐震偽造等で設計士が新たに試験を受ける案が、現場の設計士の猛反発に合い、見送られるとか、、自信がないから猛反発もするのでしょう。時間がない、、問題を起こすよりは容易い時間と思います。こんな猛反発でひるがえっていれば、いずれ同じような事も起きかねない現実。医者も含め、すべての先生たる技能者の更新試験、私は大賛成!
2471)夏も盛りになると夕方等の電車には浴衣を着た若いお嬢さんが目立ちます。日本人の着物姿はどんな人をも奇麗に見せてくれる、素晴らしい衣服です。ただ、、、浴衣を楽しむのはいいけれど、あまりの着崩しはみにくくも見えるのは、私だけでしょうか??50代後半の友人は体格がよくて、紺色の着物を着れば仲居さんに見られ、赤い着物を着れば金魚に見られるといつも嘆くのがおもしろく、確かに、、と納得してしまうのは申し訳ないのですが、それでも小物や着方でそれらも払拭できる物でもあるのです。ですから自分の着こなしが最初で一番と思わない事も大事です。いろいろな人の着ている姿をみて、アレンジするのもイマジネーションと脳の活性化にもつながり、一石二鳥です。私はお茶会や歌舞伎等で着物姿の人を見ると、しばしじーっと観察、舞台を見ればその色の使い方をお勉強。たとえ遊びでもその中で勉強になる事はたくさんあります。そんな意識を持って、奇麗に自分流に着ていただきたいなーと。思うと同時に、自分の感性も磨きたいと思っています。 2470)当たり前の事でも当たり前とは思わない意念。されて当然と思う事も当然と思わない意念。その真意の裏にある相手へ感謝する思い。『ありがとうございます』私はこの世にいる限りこの言葉を言い続けます。どんな些細な事でもどんな人にも。。。。表面上の『ありがとうございます』を言っている人と、心底から『ありがとうございます』を言える人では、やはり結果が違うと最近よくわかりました。その人自身が変わるからです。いつまでも変わらずに人の心をわからない、、もったいない。それでもその人が本当にわかるまで、人は何も出来ないのです。『ありがとうございます』この最大なる言霊の威力は使っている人にしかわからないのかな。。。。
2467)イルカは片方の目をつぶって半分の脳を休ませながら泳ぐ、半球睡眠で泳いでいるという結果が出ました。人間界にもこのような体型をとっているのでは??という人も最近おりますが、、そんなことでは困ります。眠るときは両目をつぶってしっかり脳を休ませたいです。その為にも日常は脳をしっかり使って、メリハリをつけるのも要でしょうか。
2464)手っ取り早く相撲中継を英語で聞いてみたら、、迫力無く、意味がちょっと?まったくおもしろくありませんでした。日本語の専門用語を英語で表現するのは難しいのです。逆に英語を日本語に訳すときも同じです。言葉の意味、少しのニュアンスで受け手にはかなり違うということです。私が日頃話す日本語は時々何語?と主人に言われます。そう、、感性で話しているとまた違ってくる日本語でもあります。伝達という事をもう少し大事にしたいな、、と感じました。自分が納得し、理解している事をいかに相手に適切に伝えるか。受け手がものを知らないと、、これも話にはならないのですが、、
2461)ゼロ金利政策解除を受けて各銀行が利息をあげてきました。100万円預けて1000円の利息。10円よりはいいけれど、ATM5回利用でおじゃんだな。。なんて思いました。貯金が楽しくなるような、、もう少し率のいい、、銀行さんはいろいろと好待遇を国から受けているのだから、クライアントである預金者にもう少し愛の手を。。。
2458)国技の相撲。日本の武道といわれるものは、礼に始まり礼に終わる、大変礼儀正しいスポーツです。そのスポーツの中での暴動騒ぎは、もはや国技を国技と思っていない、モラルも何もない質の悪い集団のスポーツとも見えてしまいます。甘い。どの世界をとっても甘い。プロなのに。自覚もないし、重んじる事も忘れている。ただただ自分のエゴのみでいきているかのようです。サッカーもそうだけれど、、品がない。ということは下品であり、何が下品かといえばその選手であり、結局は人格の低さという所にいきつくのでは?今回の相撲協会の処置はまだまだ甘いと。一般なら傷害で裁判になってもおかしくない事です。外国人が多くなっている相撲。そのこともブームの火付けになっているのならばなおさら、ここは日本、日本のスポーツ根性を叩き込まないと、、、それもで伝統と格式を伝える大事な事。国籍人種は関係ない、要は人間そのもの。
2450)地球上で幸せな国は?という調査をしたらしい。栄冠に輝いたのは人口20万人のバヌアツ共和国。オーストラリアに近い南太平洋の島国でした。私はこの国を知りませんでした。先進国は軒並み下位で日本もかなりし下に位置しています。このサイトでも幸せの価値観や先進国の代償について、いろいろ書いてきましたが、物にあふれているから幸せか、お金があるから幸せか、この答えのように感じました。そもそも癒しを求める事態が幸せではないのかもしれません。日常の生活が幸せに感じることこそ、ロハスかなと。作り物ではなく、やはり、自然体。あるがまま。食べる為につりをしたり、猟をしたり、体も動かせば柔軟性が身に付き、整体に行く事もないでしょう。自分の体のすべを知り尽くす。。どんな島国かわかりませんが、随分前にニューカレドニアの奥地に行った時にそのような生活を近くで目にし、その時の自分の愚かさなような物を感じた事が思い出されました。 2449)野生動物の被害は全国に広がっていますが、鹿や猿の被害による観光地では、その原因を作っているのは人であるとも。野生動物がいくらかわいくてもえさを与えたら行けない事は、周知の事実。厳しさも優しさの内であると思いますが、、、
2448)ちょうどお盆のこの時期に生きる事というのが念頭にある私ゆえに、脳裏に浮かぶ“徳を積む”ということについて。徳を積むとか養うとかどうすればいいのか、そのことに執着すると出口の見えないトンネルの用に悩んだり、考えたりしてしまいがちですが、、簡単に言えば、徳=善業=幸せ感→笑顔で人に接し、人に親切であり、人の嫌う事をしたり。。という図式でしょうか。自分の人格を高める“徳”は、自分にとってではなくて、人にとって、、ということだと解釈しています。簡単な事でも以外とできないものです。なぜならば、それらに必要な愛であったり、思いやりがないとできないことだからです。そして、その見返りを求めない、つまり、結果を気にしないことも大事。正しい生活と、正しい言葉、正しい思考、、、これらがそろってはじめてやってみようかなと、、体も心も動くものです。ボランティアや奉仕は自分の心にゆとりが必要だからです。それでも、身の回りのちょっとしたことから初めて、自分を変えて行く事は可能と思います。生きるのは指針も大事なプロセスです。自分の長所短所欠点を把握し、いい師を仰ぎ、いかに継続的に努力するか、それにつきると私は思っています。与えられた命だから、天から授かった魂だから、私は自分にできることを精一杯努力し、実行します。すべてが尽きるまで。
2445)北朝鮮のミサイル発射問題では、各国の足踏みがなかなか揃わず、仲裁にはいるのは中国という結果。中国、、、双方が利益がらみのこの国の仲裁で、はたして日本に吉と出るか危ういところでしょうか。今回の件ではアメリカの国務次官の動きの速さが特に目立ち、日本は蚊帳の外、、という扱いに見えたのは私だけでしょうか?この件に関しては、次の発射がなるまでに早急にめどを立ててほしいのは、国民の願いでもあります。ここで露見したアジア各国の日本への反応。日本はふんどし締めてこの見解を受け止めて、今後につなげる必要は必須でしょうか。。 2444)お寺で催す施餓鬼へ行ってきました。ずーっと父の行事の一つであったこの供養。父亡き後は私の仕事と心得ました。施餓鬼は亡くなった人への供養であり、自身の縁のある人、身寄りのない人等、すべての人への供養を行う物です。はじめて参列したその供養の盛大さと父の姿がだぶり、涙があふれました。中規模のお寺さんではあるけれど、100人以上の参列者に、お坊さん5人の読経はまさに圧巻でもありました。今、人を信じられる事が出来なくなって、毎日悲惨な事件が起こるけれど、この今の社会の基盤を作ってくれて先に天に行った人への感謝の気持ちをもち、少しでもいい社会になればと深く深く思います。私は仏教徒でもなく、キリスト教徒でもありません。けれど、幸いにして2つの教えを学んだ私はそれらを一つに融合して、自分の宗教観を持つようになりました。信じる事は依存する事ではありません。共存であるという私の持論です。神も仏も天使も。。私にとってどれが一番でもなく、すべてが一つです。大宇宙。お彼岸のこの時期に大きな気付きがありました。その気付きを与えてくれたことへ感謝と、精霊に感謝です。
2442)私の一番の理解者は自分であり、主人です。その主人と何ヶ月かに一度、熱く語り合うのが結婚以来続いています。その語り合う時間は数時間のときもあれば数日に及ぶ事もあります。この時間は私にとって確認の作業でもあり、成長の過程でもあり、反省の過程でもあり、、今自分がこうしていられる事への感謝の気持ちのほとんどは、主人へであろうと。。。ありがとうございます。今宵も貴重な時間、多くの事を感じました。
2439)野球と言えば巨人、あこがれのチームと言えば巨人、強いチームと言えば巨人。これらはすべて過去の伝説になってしまった今。監督が悪いのか、選手が悪いのか、取り巻きが悪いのか、オーナーが悪いのか、、、すべてにおいてマイナス傾向に引かれるときの条件がよりによってすべてそろい踏みの巨人軍といった所でしょうか。一流のチームを維持するには選手も重要であるとともに、バックグランドも大きく影響するのでしょう。元気のいいチームとそのいろいろを比較すれば一目瞭然。そこに何が悪いのか回答があると私は思います。
2438)子供から見た大人、、というアンケートをある高校でした所、理不尽を覚えるなど、大人への不信感ともとれる結果が出たようです。私はこの高校生の感じる大人感はほぼ現状であると、自分を含めて大人という物をしばし考えました。このサイトでもかなり何度も書いていますが、何も知らない子供が成長過程に何かをするとすれば、ほぼ確実に大人の責任であると私は思っています。この高校生が訴えているように、今の大人は言動の不一致、モラルの低下、まさに危機的状況であると。尊敬できる大人が周りにいないということは、親でさえ、その対象を外れているこの悲しい現実。少子化で良かった。このだめだし連発の大人がしっかりとした大人になれないのなら、心の平衡感覚を失った子供であふれるばかりです。少子化の原因はいろいろあるでしょうが、今のこの大人社会を改善する事に寄って、結果、子孫繁栄に繋がるものと私は捉えます。子供を擁護するわけではないけれど、昨今の事件での本当の犠牲者は子供であり、大人(親)が加害者であると、、、
2435)私が大事にしている事。ゆとりある生活。このせちがない世の中で、ゆとりある生活が出来るのは一部の人だ、、なんて悲観的なことを言っていれば、まさにその通りになってしまうもの。ゆとりとは時空であり、心であり、感性であり。たくさんの贅沢でなくとも、一つでも自分にとっての贅沢もそんなことの一つ。インテリア、食器、衣類、持ち物、雑貨、植物、、、それらをすることが結局自分自身へのイメージも広がります。イメージ/感性/時空の使い方。
2431)どうしようもない子というものはどこにもいるもので、北朝鮮その国もその類であると思っています。かたくなな閉鎖的感情から多くの問題を引き起こし、こっちを向いて、、といわんばかりの、もはや劇的悲劇のヒロイン。自分一人でその感情に酔いしれているのは結構であるけれど、人様に迷惑をかけるようであれば、なんらかの対処を取らざるを得ないのは致し方ない事。この国に関しては、何の為の国連?何の為の国交?、、いろいろ疑問がよぎります。甘い顔をしてなだめすかす時期はもう終わったと私は思います。世界の中の一国。互いに助け合いながら生きて行くすべを知らない、できない、聞く耳を持たない、かわいそうな国でもあると。すべてが別世界の出来事のような、時空が止まっているかのような、、何とも言えない気持ちです。 今回のミサイル発射事件。韓国KBS/米国CNNなどのニュースと日本国内のニュースを比較して、温度差があることと、日本の危機管理の甘さを感じました。
同じ沖縄でインフルエンザ治療薬を服用していた生徒さんが亡くなりました。この薬剤に関しては特に子供に関して同じような症例が多く出ているのにも関わらず、未だ使われています。日本の厚生省の鈍感な処置は今に始まったわけでは決してないという事を、患者さんは理解する事が必要と思います。私は薬は飲まない、頼らない。これが基本です。 2429)日本サッカーも大きな受難の時期を迎えそうです。司令塔であり、唯一のプロが一線を退くという、ある意味予想してした結果ですが、現役選手の皆様にはワールドカップ敗退に加えて、ダブルの痛手でしょう。けれど、痛手はいっぺんに思い切り来た方がいいんです。新しい監督さんもかなりのつわものと見ました。まさに、ゼロからの出発になるわけです。おごりたかぶりは成功への足を引きます。まずは北京に向けて、スポーツ根性と、プロ根性で精一杯を尽くしていただきたいものです。痛手や壁はそれらをクリアできるからこそ与えられるありがたい物でもあります。まだ、チャンスはあるという事でしょうね。気持ち次第では。。
2427)意識の違いは一つの事への対処にしても、大きな違いが生じる物です。戦後の処理に付いて、国民は不十分という意見が大半を占めていたのに対し、国会議員は半数以上が十分であるとの見解を示しています。私はこの国民感情が正常であり、アジア諸国との外交のネックとも思います。たぶん、、、国民の方々は戦場へ赴いた当事者が多いと。。。戦争は国を挙げてのものであり、他人事の意識では困った問題となり、意識格差の是正に少しでも耳を傾けていただけたらと、、 2426)生きる為の知恵。太古の昔のご先祖様が多くの知恵を身につけ、幾多の難を超えて今の私たちがあるという事。そして、その生きる為の知恵を今も脈々と受け継ぎ、その限りで生きているイヌイットの人々/パンタナールの人々/モンゴルの遊牧民、、、等々。彼らの今を私の今の環境で見ると、かなり激しいインパクトとともに、感動がみなぎります。現代の周りで起こっている些細なこと、、そう些細な事です。大自然の前では。現代人は何の為に生きているんだろう、、そんなことも考えさせられます。生きるって、どういうことでしょう?当然である生きるという事を今は当然と思えない人も多い中、それらの原点を見つめ直して行けば、命というもの、生きるという事、身にしみてくるのではないのでしょうか?生きる事は単調作業でもあると思う私です。衣食住。これが生きる事のすべてであり、その他諸々の枝葉がくっつきすぎると本体の機能が見えなくなってしまうのかもしれません。 2425)展示会を催せば、かなりの入場者をよぶ『人体の不思議展』ですが、私は見たくない内の一人。この人体展は最新の技術を使って本物を展示しています。ということは、提供者がいる訳です。いろいろ事情のある人でしょうが。。この展示を見て、病気の怖さを知る人もいるということですが、、、人は自分の目で確かめないと納得できない動物なのかも知れません。また、納得しても行動に移しにくい動物でもあります。私は自分の体の中を感じて不思議体験をします。見るに及ばず、、という感じでしょうか。私の友人はフランス料理を食べた後に、この展示を見たいと叫んだ、、、信じられない、、感覚でもありましたが。。人それぞれ。
2424)新種の病気なのか、耳に聞き慣れないカタカナのなんとか症という病気が多く聞かれます。原因は何であれ、この文明社会の副産物ということでしょうか。病気は自分の体の限界であり、弱点であり、、、日頃健康に気をつけていてもかかる時にはかかるもの。病気を防ぐのもバランスの一つ。心と肉体、精神と環境、魂と意識という感じでしょうか。自身の体は病院の先生よりも熟知しているはず人間。そのことを忘れさせてしまうのが環境であり、習慣であると。薬に頼る前にまずは生活の見直しからが治療のスタンスと考えます。
2422)動物的感というものが、割と子供の頃からしっかりと効いていた私ですが、30代後半よりその感の的中率が倍増し、今では、確実に的を得る私です。風の匂いで雨を感じ、空気で雨を感じ、庭に遊びにくる鳥や虫からも察することができることは、学校で習う理科の時間よりも楽しいです。体が敏感になって、嫌だという人もいます。でも、敏感な体をそれなりに使うと、日常の過ごし方に幅が出て、私は今、ほんとに毎日が楽しいです。感謝。
2421)生活が豊かになれば、その象徴の様にペットが流通します。その一方で、そのペットの価値と意識の低下が今の人としてのモラルに繁栄して、弱者であるペットの犠牲が多い実情。自分が出来る範囲で生き物を飼う。これは鉄則であり、数を増やせばいいものでもなく、世話が出来なければ、1匹も飼う資格はないはず。食事を与え、日常の管理をし、病気になったら最後まで面倒を見る。これができてペットを飼うということと、私も思います。動物から教えてもらう事、意外と多いです。どの飼い主さんも口を揃えるはずです。口がきけないから、人間の言葉を発しないからこその、波動という愛です。我が家にも2匹のチワワ。この2匹を通して学んだ数々の教え、以前24羽の文鳥から教わった数々の学び、亡き3匹のミックス犬から学んだ愛。昨今、むやみに捨てる事を選ぶ飼い主さん。あなたがそうされたらどうしますか?人も動物も同じです。そんな事をする人は○○以下であると私は思いますが。。。人を愛する事が出来ない人に動物を愛する事は難しく、人に愛された事のない人が動物に愛される事も難しい、、だからこそ、そこに学びがあるのではないでしょうか? 2420)世界の中の日本。高齢者人口割合で世界最高になり、年少者割合で世界最低の位置につけているそうです。振り向けば65歳以上、、ということですか。実年齢で見ると確かにぎょっとしますが、今の65歳以上の方々は生き生きと自分の道を歩いているので、違和感はさほどなく暮らせるわけですが、経済を支えるとなると、ちょっと厳しい局面でしょうか。けれど、これも致し方ない、、それぞれが過ごし、選択してきた結果であり、国の管理の元の経済状態なのだから、、今の子供達に付加を背負わすことなど、もってのほかで、持っている方が補うのは必須ではないかと、、思います。 2419)若い能力が有能となる企業もあれば、その若さ故が敗退となる企業もある、、要は器の大きさ/度量につけて、経験という大きな智慧ではないでしょうか?経験だけはお金では買えません。技術があっても、それを生かすも殺すも実にこの経験ということと、私は思っています。少年よ大志をいだけ!クラーク博士の言葉。大志を抱く事も重要であるけれど、浮き足立っていては、、、多くの人に気を配り、すべての責任を負える力量。それも智慧。 2418)奇麗な物を見て奇麗と心から思え、その奇麗さで心が満たされる安らぎの時間。感動を覚える事も喜びを得る事も、すべて同じ。素直な表現。 2417)自分の仕事に意味を持ち自信をもって進んでいる人は、たとえスランプに陥ったとしても、光り輝いているものです。自分がどうしてこの職にいるのか、ちゃんと知っているからでしょう。ストレスを抱えながらの仕事は、ある意味で、自信を持って進んでいない心の葛藤と、対人に対しての自身の処理がうまくできない弱さでもあると思います。自分の道を進むという事は強くなければ進めない。。。山あり谷ありなのだから。私は着物に関してのレクチャーと心に関してのレクチャーに共通点を見いだし、自分の道を進んでいます。おのずと関わる事は枝葉になるわけです。お茶もそう、気功もヨガも禅も瞑想も石も水も自然も動植物も天体も、そして地球/宇宙も。どんな仕事でもすべてが関わり枝葉になっている。。だからすべてが学びであり、感謝であると日々思い精進です。ざーっと周りを見渡して、、輝いている人、一生懸命に道を進んでいる人は若さが特典になっているようです。どの世界の皆さんも本当に実年齢より若いです。 2416)人の心を変えてしまうほど悪の罪深い事はないと、韓国人拉致被害者の会見を見て、切なくもあり、怒りもあり、とても複雑な思いでした。28年も親兄弟と離れて、その経緯が拉致となれば、本来は涙で言葉も無いはずと、、この饒舌な用意された会見を見て、黒幕の恐ろしさをさらに感じるとともに、日本人ほか各国の拉致された人の事、家族の事を思うと、この不条理な現実がこの世のことと信じるには、、、あまりに酷な現実です。日本政府は未だ制裁も取らず、船の入港も黙認し、援助さえしていて、、、どちらも狂っているとしか第三者から見ると、そう思えます。人の心をもてあそぶ事は許される事ではなく、それを師事する事も許される事ではないと強く思います。画面に映し出された彼らの目は光が失せています。何故?虚偽で固められた作られた心だからと、私は感じました。人権、平等、この地球上の権利が守られ、いるべき所に戻れることを、ただただ祈ります。
よくテレビで大家族なんてものを見ますが、確かに台所事情は厳しい様ですが、十人ぐらいはちゃんと病院で産めるのです。贅沢さえしなければ、、けれど、不妊治療はまったく異なった意味で破格の治療費がかかるのです。そう考えると、どこにお金をかければいいのか、、、税金投入政策はすべての国民に平等であり、理解の求められるものが理想であると私は思います。 2414)テレビをつければ誘拐だ殺人だ事故だ、、、自分の周りでいろいろな事が起こり、宇宙でも新しいベビー惑星のニュース。。そんな中にあって、日々を淡々といい気分で過ごせ、自然とふれあえる今の自分の環境に感謝と、その環境を与えてくれたすべてに。。ありがとう!こんな世の中だから、なおさらありがたく思えます。今自分と向き合いつつ、私って何者?と問いかけています。考えるわけでもなく、悩むわけでもなく、ただ、問いを自分に投げかけて、その答えはこの淡々とした日常の中で、きっとメッセージを発してきます。その答えを楽しみに。今日も笑顔でありがとう!世間は世間、私は自分の内側の方がもっとも興味があり、笑顔倍増の元でもあるのですから。。
2413)いい意味での愛国心をどれほどの日本人が持ち、それをそれぞれどのような形で表現しているのだろう、、とひょんなことから思い始めました。米国では何かにつけて団結をして口ずさみます。国歌を。戦争をしていて悪い事だとわかっていても、自国民だから国歌を歌うと。なるほど、、日本人はオリンピックで国歌が流れるのがせいぜいでしょうか。教育の場でもいろいろ問題があるようですし、国の祝日に国旗を掲げる家もほとんどみかけません。今愛国心云々で法律が変わるようですが、その根本が、私のような主婦にはわからない。。。愛国心。これを体で表現できる日がいつの日かくるのでしょうか?今はとりあえず、住みやすく、住み慣れた国が日本なのかもしれません。私自身、日本を愛しているけれど、国としては今ひとつ、言い切りがたいところが、、、あります。 各国の民族衣装。表立った時には必ず身にまとい、それこそ国を象徴しているかの様です。日本の民族衣装は着物?とはてなマークで聞きたくなる程、今はどのような場所でも少ないです。他人の芝生に目がうつりやすく、自国のいいものを簡単に捨ててしまう。。母国語の日本語ですらまともに機能できていない。愛国心云々言う前に、日本人とは?が先決??? 2412)福島の飯坂温泉の温度が熱過ぎると観光客からの苦情に地元の方との温度差もあるようですが、、温泉の温度は天然の物で、入る人がどうのこうのいうものでもなく、熱いですよ!と一言書き添えるか、お水でぬるくするか、、もめる問題ではないような、、、少し前に和歌山県の湯の峰温泉に行った時にはいった源泉は、ほとんどポットと同じような熱さでした。それでも地元の温泉であるし、水を足しながら入ったものです。熱めの湯、ぬるめの湯、天然の温泉はありがたく、入る人の配慮の方が私は懸命と思いますが。。。 2411)北朝鮮拉致被害者の男性と、ご家族の対面映像を喜びと同時に複雑な思いで見入った私です。実の親子でありながら、このような対面は普通ならおかしな事です。それが平然と行われる実情のあり方に、憤りもあります。日本人の家族の方々も心中は多くの思いがよぎっていたでしょう。ほんとに、見ていて何も出来ないこの問題に、苛立ちと、怒りと、人権というものが交差し、どうしたらこの問題が解決できるのか。。。日本政府への対応と韓国政府への対応が顕著にでてきているので、うまく舵取りをしていただきたいと。 2410)富は社会に還元するもの。と言い切った米国の資産家がゲイツ財団に資産を寄付したお話。彼の寄付したお金で救われるべき人を救う、慈善活動のさかんな欧米でもこの彼のとった行動は大変インパクトがあるものと。日本はこの点で、かなり、かなり、、、遅れている。。まだまだ私腹を肥やす事に忙しく、人様の事まで手が回らない。そう。その裏は、お金があっても、心のゆとりはないということではないでしょうか? 2409)10数年前まで、病院通いが日常であった私が、今は病気は縁がないほどの体を維持できるのは、、自分の体の仕組みを理解出来たからだと確信しています。自分が好きですか?という問いに対して、大好きです。と元気よく答える人でも、いい所だけを見て、過ごしている人の大好きと、すべてを受け入れた上での大好きとではまったくあ異なる結果であるという事です。私は自分が大好きです。だから体から訴えてくる声を聞き、必要な事を体に施し、また笑顔でいられる。。。誰にでも、医者よりも名医は自身であると思っています。 2408)流行の病気の様に毎日起こる子供の心理に関わる事件。放火であったり、殺人であったり、、日常茶飯事に起こっているこの現象に、家族というもの、親というもの、子供というもの、、、問いかけざるを得ません。命は自分の物であると同時に、一人で誕生した訳ではなく、命は何にも変えがたい大事なものであるということ。頭では理解でき、その事の重要性が言葉で表現できていても、その事が身に付いていないという事であると思っています。とりわけ、最近では、当たり前の事柄にこの現象が多く見られ、当たり前ということから教えて行く必要があることを痛切に感じます。当たり前とされていることはとかく知っているから、、という理解の元に簡略されすぎて、何でも略している最近の方々には当たり前はどうでもいい事に変化しつつあるのでは?生きている上で、どうでもいい事は一つもないという、心の道徳。教育の現場で、家庭で、しっかり生活を通して理解させることでしょうか。身に付くということは技術ではないので、時間がかかります。翌日身に付く人も入れば、死ぬまで出来ない人もいます。それでもその方向性を維持するという事の方が重要であると。国をあげて、精神向上の改革を望みます。経済の改革より大事と私は思っています。
2406)BSEで子供を失った英国人のご両親がその有様を訴えながら講演しています。今まさに日本では輸入再開で、この病気と向き合うかもしれないのです。そう、まだ未定。その切実な話を聞いた人々は輸入牛肉をどうとらえどうチョイスするか、国は守ってくれません。被害者がいろいろな真実を訴えて話す姿は、拉致被害者の方々の思いと同じと受け止めました。自身に関わりがなくとも、どこまで自身に置き換えて受け止められるか。被害者だけが知っている事を、その事実を第三者はどのように自身に真実を刻み、行動できるか。防げる手だては沢山発信されても、結局は受け手の受信次第です。そんないわゆる平行線が、結果までこぎつけない何かなのではないでしょうか?私は大丈夫という思いの責任でもあると。なってからでは遅いいろいろ。取り越し苦労と楽天視するその自分のチョイスの正確性。物事を深く心配するというよりも、事実を事実としてどこまで受け入れるか。そこが要と思っています。
2404)脳の活性化という『アハ体験』。記憶を思い出したり、振り返ったり、人とアイコンタクトをとったり、、そんな事がブームになっていると、テレビで本日初めて知った訳です。けれど、私はもう何十年もその作業をしていた事実に、にやり。ことごとくあらゆる脳のテストで20代30代と判定が出て、いつも楽しい気持ちでいられるドーパミンを出していたという事です。自分で発見したと自負して一人でやっていたことが、知識人の方々によって世に出されたような、、うれしい証明です。そんなことが一つや二つではない、、研究より実践、自分の脳が体がどうしたらうれしかは、実は自身がよく知っているのです。それを自身でやらないだけ。それだけの事ですね。来週は色が人に及ぼす影響という事で、こちらも余裕で見られそうです。 2403)国の借金が国民一人当たり648万円にも上るという記事を見て、何で??と首を傾げています。自身の借金は一銭たりともないのに、なんだか悪い事に利用されたような感じにもなります。ちゃんと国に納める物は納めているのに、どうしてこのような試算が平気で出せるのか、その図太い神経に困惑です。しっかりとお財布の管理が出来ない人がどうしてエリートでいられるのか、、世界には7不思議という事がありますが、日本では恐ろしい程の不思議となぞがあがることでしょう。清く正しく美しく。表裏のない誰にも後ろ指を指されない人は庶民にしかいないのかもしれません。庶民は一生懸命に取り組み、生活にために必死だから余計な事にも気が行かず、家族の平和と幸せがあるように、その中から生み出す智慧の数々。知識でトップにたつか、智慧で進むか。。。私は智慧で進みたいです。 2402)沖縄の戦没者慰霊碑にやっと、やっと、ハンセン病患者さん達の名前が刻まれました。A級戦犯をまつっても、この方々の供養はなされなかったわけです。国の責任。今靖国参拝問題でなんだかんだやっていますが、論外ではないでしょうか?「差別と苦しみの中で天国へ旅立ったが、人間としての尊厳が認められたよ。安らかに眠って下さい」と語られた患者さんの言葉が慰霊碑に刻まれる以上に胸に響きました。人間としての尊厳。深く重たい言葉です。合掌。 2401)申し訳ないけれど、、、予想していた通り日本サッカーは惨敗と終わりました。選手の顔を見れば一目瞭然で、、精神力の欠如、根性のなさ、チームプレーの未熟さ、、、それでもこのワールドカップは今後の日本の選手にいい結果となったと私は思います。現実に直面できたのだから。その現実を受け止めて過信する事なくこれからの練習にいかしてもらいたいと。どこかのキャスターが言っていました。『サポーターは身を削る思いでこのドイツに応援にきたのに、その何百倍もの年俸をもらってこの試合では、、』まったくです。お金をいただいている以上、何があってもどんな状況でも結果を出す事。それがプロであると。今、日本のサッカーの若手は育っていません。いろいろを含めて本物のプロを目指していいサッカーをしてほしいと、今後の業績を楽しみにしています。いい選手とは今メディアで踊り立てられる選手ではない、精神力もプレーの内。ジーコ監督の言葉で、『プロフェッショナル』の言葉の意味。サッカー選手に限らず、日本人の一番今気づかなくてはならぬ点でもあると、私は思います。
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