2400)今回キリ番のお題は親子。親子という縁組み程縁と言わざるものもなくて、どちらも選ぶ事は出来ず、まさに与えられた縁です。医学的科学的見解から、DNA等という組織学/解剖学に幅を広げても、その遺伝子という事自体が私には摩訶不思議に映ります。私は学者ではないので、そのような観点から人を見る事は好みません。あくまでも人というおもしろい動物のお話。判で押したように似たもの親子がいれば、一代前の先祖に似ていたりおもしろさはつきません。その大きな一つの縁の中からチョイスされた一組の親子が、町から市から県から国から、、縁の輪は広がります。その緻密な関係の親子。切っても切れないのが血のつながりとも言われる親子。気心も知れ、遠慮もなくなり、上下関係もなくなり、言いたい放題し放題になりがちにもなってしいます。そこに一つの理性というか、親という立場を念頭にあればこそ、一線も引ける、、、口論の末に激しい口調になって手を挙げても、はっとする瞬間とでもいいましょうか。その一線が引けない状態の親子関係。それは親子間の信頼関係にも繋がる事と思っています。親が子供へ与える影響は想像するに及ばぬほど大きなものです。だからこそ親は子供への事を育児とともに精神面でもかなりのケアとフォローが必要と痛感しています。社会に惑わされる子育ても要因の一つ?親とて人間、恋愛も仕事も一個人として信念を持って突き進む事は悪い事ではないけれど、その思いが子供にどう影響するか。思春期を親も通過していても、遠い記憶の中で忘れているのでは?10代の子供はどんなに頭の良い子でも感覚で受け取っていると思うのです。その感覚を自分の知識で処理をした時に、信じられない行動を取ってしまうのではないでしょうか?学業にうるさく言わない親はいないでしょう。それは子供の将来を思えばこそでもあります。けれど、言いっぱなしで親が勝手な事をしていれば、親への反発心だけが増幅してしまうのも無理はないと。言ったら言ったなりの行動を取るのも、子供が成長するまでの親の役目ではないでしょうか?私が学生の頃、親の事を馬鹿にしたり、反発を覚えた事は一度もありませんでした。どんなに怒られても、学業について厳しくとも。親が私と一緒にそのことに向き合ってくれていたからだと、思っています。どんなに仕事で遅くなっても、どんなに自分のしたい事があっても、いつも一緒に勉強をしてくれたありがたい両親でもありました。その親の姿勢行動が親にとって負担になるということもなかったのも昔の親なのでしょうが。。。私の親が自分の趣味の道を広げだしたのは私達が成人した後でした。子供は親の背中を見て育つ。よく言ったものです。子供や親が安易に殺意を抱きそれを実行してしまう現実が増加している背景。親子とは。家族でコミュニケーションを取り信頼関係を絆をもっと太くする必要があると思います。学歴も大事でしょうが、人としての成長の方が大事であり、その教科書は親であり、子供であると私は思います。親子関係は社会現象ではないと。。。 2399)親の七光りということは昔からよく言われてきたけれど、昨今は子供の七光りに甘んじる親が多い、、、そしてよく耳にする子供が親を殺害。うーん。。。親の立場と意味と役目が問われるのでしょうか? 2398)道路改正法で駐車違反の取り締まり強化に伴い、駐車許可証の発行が数十倍に跳ね上がっています。意味のない法案。許可証だらけの道。取り締まりは????リサイクル法での家電製品の云々と変わらぬ事態。はっきりいってくだらぬ法案はいらない、もっともっとしなくては行けない事があるはず。そんな無意味の法案の為に税金をつぎ込むのなら、拉致被害者や、ハンセン病患者や、、、、いろいろつぎ込む所はあります。一般庶民はそんなもんもんとした気持ちでいなくてはならぬこの事情に、憤りと切なさがこみ上げます。正しい道を歩める人って、そんなに少ないのでしょうか?そんなに難しい事でしょうか? 2397)黒塗りの部分に秘められた情報が開示されぬまま、米国牛肉の輸入が再開されるという事実。農林水産省局長のつじつまの合わぬ応答を受けて、それでも米国牛肉の輸入再開を待ちわびる人々。BSEという病気がこの日本で目の当たりに発症しないとわからないのでしょうか?ライオン総理のポチ的政策にうんざりの私です。人間として、一家の主婦として私は米国牛肉を思います。いまだずさんな解体作業を報道で目にして、自分の身に何かないとわからない鈍感な人間にはなりません。犠牲者の声を聞いたなら、日本はこの輸入の再開にこぎつけることはないと。。。いらぬ心配かもしれません。けれど、米国の人が食している牛肉と、輸入向けの牛肉は別という事です。心配するならしないほうがいい。これが私の結論。この輸入牛肉を国のトップの人は食しますか?たぶん、、、口にするのは一般庶民レベルと。自己責任に置いて食べる時代。よーく考えて選びたいものです。安いうまいの時代ではもはやないという事。 2396)ワールドカップの観戦の為に朝寝坊や朝の托鉢を欠席する僧侶が多いというタイ。寺院公認とは、、、ほんとに天の僧侶達は腰を抜かしていることでしょう。昔の僧侶では考えられぬようなこの事実。私はちょっと引いてしまいます。ほんとに、どこみてもまともな神職者が、、、 2395)東大生といえば、ちょっとセンスが悪く硬いイメージがつきものですが、最近の女子大生に関してはかなり様変わりしている様子。モデルからラーメン屋さんまで、その個性の発信に時代の流れを感じます。一つ興味を持ったのは、勉強だけではないという個人のアピール。社会の歯車になるのではなく、社会で何かをするというはっきりとした目的意識。やはり、男子学生よりも女子大生の方が遥かに精神的に大人なのだなと。少子化という時代の中で、若い世代の人達がしっかり目的意識を持つという事は、国にとっても大きな財産。負けるな男子!どうも女性でも男性感覚の人が増えているせいか、男性の女性傾向が加速しているような。。。秋葉原等を歩いていると、唖然の私です。 2394)市が倒産したという驚きの夕張市。市民の怒りや不安は計り知れないものでしょう。会社や個人とはまた異なり、どこまで、、、という内容も大きなネック。市民で成り立つ市政をトップがつぶすような事は、まさに、金銭感覚と先を読み取る意図のなさ。しかし、このような市長を選んだのも市民。ここは怒りを鎮めてなんとか素晴らしい夕張市を再建していただきたいものです。悪い事をしている人には必ず制裁があります。いつでも健康で笑顔でいられるように、正しい道を歩きたいものです。
2393)ポジティブに生きているつもりでも結果ネガティブになってしまう。。これもつもりの罠。ポジティブに生きるにはすべてを受け入れる事が必須。嫌いな物、苦手な物に触らずして目を背けていては、真のポジティブになれないと私は強く強く、、思います。そのことにより、傷ついても泣いても、寝込んでしまっても、それらを乗り越えてこそであると思っていますが。 2392)義理の姉に、私がこの世を去る時に、棺の中はカサブランカで埋め尽くし骨は宇宙に飛ばして、カサブランカの花びらをまいてほしい。。と話したら、是非、そうするよう覚えておくから。と真剣に言われて、、、順番が違う人に話しちゃったかな??と思ったけれど、、、義理の姉は63歳。まーいいか。そこまで言い切ってくれて、ありがとう!これからも元気でいてください。 2391)すーっと足が向いて出向いたサロンで、私は幸せで念等一つもないと言い切ったら、その方はそうですか?そんなことはあり得ない。。と言わんばかりに言葉を濁していたけれど、、、時間の経過とともに、ほんとに何もないんですね、幸せなんですね、、と驚かれた次第です。そして、電気煌々のもとお願いしたらそのことにも驚いていましたが、リラックスは暗い場所ではなく明るい場所が私のモットーなので、、そのような人もいるんだという事を、身を以て実証できた事に感謝と、一つの出会いに感謝です。互いに志す物は同じと感じましたが、、一期一会。どんな些細な出会いも縁。これも時空の中の出来事。私こそ、休まる時間をありがとう! 2390)妻子を殺害されて7年、ご主人が必死の懇願を込めて戦ってきた裁判の判決は、振り出しに戻すという結果の物でした。最高裁がこの時点で死刑判決を告げる事は考えられなかったけれど、また時間がかかるという点で、裁判のもどかしさと、裁判のあり方、刑の判決に関して、改めて考えさせられた思いです。文明国から死刑が消えている現状ですが、それに値する罪は致し方ないかと。米国の様に終身刑などもないし、無期では被害者は納得いかないのも道理と思います。更生。。この言葉がすべての加害者に値するのであればこの世から犯罪も減っているであろうし、再犯もないものと。今回の裁判では被害者のご主人はすべてを公表し戦っています。画像で見るとそうなのか、、ということでも、当事者に取って、どれほどの精神的苦痛を強いられた日々だったか。悪い事をした人がのうのうとして、被害者の家族がいつまでも苦しむのはやはりおかしな事と。振り出しに戻ったこの裁判。最終判決は被害者のご主人が納得できるような判決を切に望みます。このご主人の執念という炎が少しでも治まり、天国にいるこの方の妻子が穏やかに送れ成仏できるよう。。法は何をもってさばくのか、弁護士は何をもって守るのか。この裁判の判決に判例等適応無しと。罪に判例等を適応させるからおかしなことにもなると。人が人を裁くのは難しいといいますが、人が人を殺害する事の方が難しいはずです。その難しい事をいとも簡単にやってのける人が多い今、加害者に加護を求める甘えは許されないと。根本が違うのですから。反省があって謝罪があり更生が成り立つと思うのです。その行為に偽りがあっては何もならない。。。私は真理に反する事は身の毛がよだつ程許せません。その思いを許せるよう受け入れられるようするのも、法の役目かと。生きて償うことが出来る人はまれであると。言葉で言う程簡単な物はない、、すべては行動で示すだけ。生きるという事だけでも一生懸命で、自分一人の人生も舵が取れないのに人の事まで手が回る事等、、、ないのでは?被害者と加害者の問題以前に、私はこの戦いを続けてきたご主人に感動といろいろなことを感じさせられました。これからの日々が少しでも穏やかであるよう、それだけです。18歳、、少年という言葉と実態の反比例。悪い事をするに年齢制限はなく、それこそ平等の罰が必要と改めて思いました。
2389)ワールドカップの日本勢に対する海外の評価は、、妥当な評価と私も思いました。何がいけい、、というかチームの団結が一番足りない。個人ばかりが先攻して輪が乱れていると、素人が見てそう思いました。前回のアジアカップの時に見せた日本チームの力強さはみじんにも感じられず、本当に、レベルの低い試合の数々に見る気にもなれない、、、チームプレーは一人でも気が緩めば全体に影響します。キャプテンとは名ばかりで、チームをまとめららえないのは見ていて、、寒いです。欧州で活躍するのが忙しくて、母国のチームメイトのいろいろをうまく使えていないようにも。それだけ、やはり日本のサッカーはレベルが低いということを実感させられた思いでもあります。ブラジル戦、、、お願いだから若手の日本国内で活躍している選手を先攻してほしい。日本メディアの甘い評価にもちょっと、、、いただけません。イングランドのヒーローはいろいろなスキャンダルが合っても、きっちりと仕事をしています。勝ってこそ意味のあるサッカー。そこには前置きも理由もあり得ないと。すべては勝ち負けの世界なのだから。日本代表という自覚をもっともっと強くもっていただきたい。ドイツに行けなかった有能なプレーヤー達の為にも。
2387)脳のタンパク質を操作する事により、睡眠時間を短縮できることが実験でわかったそうです。居眠り防止に役立つというけれど、本当にそんな風に思っているのであれば、世も末と思う私です。睡眠は人に取ってとても重要であり、眠るという作業の中に多くの体に影響するいい波動があふれます。そもそも居眠りをするということは自己管理の甘さであり、たるんでいることの現れ。居眠りするほど眠いという事は体の欲求でもあるわけです。自然の欲求を操作するということがどのように体に影響を及ぼすか。。。科学者は研究し、実験し、それを発表するのが職務ではあるけれど、心がないのも事実。そこが知識人であると私は思います。
2386)主人に私はまともか?と尋ねると、普通ではないと答えが返ってきます。頭がおかしいのか?と尋ねると、そうではなくて、感覚がちょっと違うといいます。岡本太郎氏やピカソのようですか?と尋ねると、それともちょっと違うといいます。松田あ付子/46歳。自分という壁の一番分厚い部分にさしかったような、、、感じです。 2385)我が家の庭では百合の花とあじさいの花が見頃をむかえています。大好きなカサブランカはオオトリであと1週間程でその大輪を咲かせるでしょう。毎日時間があれば花や木の手入れをしている自分を、何かが大きく変わったと感じているこの頃です。晴れた日にはアゲハ蝶やセキレイが遊びにきます。奇麗に咲いた花々をみながら飲むコーヒーのおいしい事。梅雨を迎え、七夕を迎え、お盆をすぎてお彼岸がきたらまた大好きな中秋の名月です。平凡な毎日ではあるけれど、毎年毎年同じ光景ではあるけれど、そんな光景を穏やかに迎えられる事への感謝と、維持が出来るよう自分に厳しくまた精進。この世の終わりが来るまで精進です。笑顔とありがとう。 2384)ベトナム戦争の犠牲者であるドクさん。もう25歳になったのかと、驚きと、嬉しさで感慨深いものがあります。産まれたときからの多難を乗り越え、自分の生い立ちを受け入れ、激しい気持ちとの戦いでもあったでしょう。その彼が結婚するという。。。ベトさんの分まで幸せになってほしい。今なお戦争という形態を取らざるを得ない各国。犠牲者が増えれば増えるだけ、今後の課題も増えると思っています。争いのない世の中なんてあり得ないのかもしれません。これも陰陽。けれど、何の責任もなの人々を巻き込むのはもう終わりにしてほしいです。貧乏はなんとか自身の気持ちで乗り越えられるものではあるけれど、戦争被害はまた話が別です。多くの犠牲者からのメッセージを誰もが受け止めたい。犠牲の上に発展はあるのだから。私はその犠牲を無駄にするのは嫌です。 2383)お金。お金を得る為にはそれに見合った仕事が必要である。。。それが普通の人の仕事。いわゆるご褒美であり代償であるけれど、そのご褒美であり代償が、言葉一つで得られたり、キーボードを叩いて得られるものであれば、その本質の価値が違ってきていると。その行為を一生懸命やっていると言ってしまう今の著名人。ちょっと違うのではないでしょうか?一生懸命という言葉の使い方が不適切であり、人の上に立つ人々がこぞって使うこの世の中。どうも病気的現象に見えてしまいす。額に汗をして働けとは言わないけれど、本当のお金の価値を知って、いいエネルギーでまわしてほしいと。目に見えるもの物質は、この世でだけの価値でもあります。ロハスとか、環境問題とか、癒しとか、、心と行動が伴わないとその意味はなさないと、私は思います。
2382)不祥事が相次いだ青森県でのこの夏のクールビズはネクタイを外しただけの装いで軽装は避けるとの事。私個人的な意見では、やはり、ビジネスマンはスーツでしょう。いくら暑い夏といえども、ネクタイをはずして上着を脱ぐぐらいが妥当だと。政府が発表しているクールビズは、ファッション業界や小売店の売り上げ向上の一環の様であまり好きではありません。ラフな格好に仕事までラフになってしまうような、そんな気もしますが。服装は大事です。衣食住は人柄にも密接です。公私の区別は、仕事以上に衣服も必要であると思います。境界線というのは心や頭ではなかなか引けない物です。その線引きをわかりやすくするのも衣服の役目かと。 2381)法然上人が開祖した浄土宗知恩院で7億円もの使途不明金が明らかになりました。この財務局の人が僧侶か信者の人か一般の人か定かではないけれど、なんとも絶句してしまうような事実。数年の間この事実が分からなかったという、檀家の人には裏切られた心情でしょうか?仏教という環境にいて、そのようなことが肌で身に付かなかったという、このお寺さんの体制とでもいいましょうか。やはり職場/寺。。。それでもしっかり修行に励む方も多くいることでしょうが、そんなことも一掃してしまうような出来事です。現代人はいくらというお金で判断しがちですが、やはり施しは布施の心と。この事件で、お寺の運用費等かなり知る事が出来て、なおさらびっくり。天の僧侶は腰を抜かしている事でしょうね、、、古い遺産を守るのは費用がかかるのでしょう。それでもちょっと???ありがたみも半減です。何でもそうなんですよね、、、最初のスタートは本当にいい物が多いのに、欲という最大の煩悩を断ち切る修行のはずなのに、増幅させている昨今の寺院事象。 2380)自分の価値は自分で。他人の目を気にしたり、人との比較である自分では、人による価値で作られる自分になってしまう。。結果欲とエゴの固まりのような人格になってしまうもの。と思います。 2379)自殺対策法が成立したというけれど、、、何をどうするのでしょうか。社会での心のケアに重点をおくそうですが、社会に出られない人はどうしましょう、、私が考えるには、法律でできるものとできないものがあるという事。ことメンタルな部分では大きな組織よりも小さな輪。家族です。国全体、国民一人一人が命の尊さと愛というものを思い返す事が先決。その手段が学校の道徳の時間であったり、家族との団らんであると。そして、社会全体が大きく舵を切り、方向性を変える事と。
2378)ハンセン病の患者さんの胎児が数百という単位で標本になっているという事実。昔の話と言えど、このようなことをしてきた方々の精神状態の方を気にかけます。国は手厚く供養するというけれど、本質は表面であってはならないということ。女性ならば、母親ならば、自分の子供を無理矢理堕胎させられ標本にされるということが、どれほど残酷な事か身を裂かれるようにわかるはず。男性とて、自分の子供であればどのような気持ちか。それらをする人は感情等なくとも、された人の心は永久にその時点で凍っています。そんな奥の深い供養を心から施してほしいと願います。 2377)縁合って紀伊山地の霊場を昨年からちょこちょこ廻っています。世界遺産になったわけが行ってみて初めてわかるほど、別世界の素晴らしい環境でした。とりわけ目立った樹齢何百年級の杉の大群。この杉達に除草剤をまいたとか、、、なんとも心癒される土地柄にして心ない事をするものだと、、、その地で耳にしたこと。『ここは世界遺産というより自然遺産だ、不便過ぎる』この言葉にも敏感に反応した私。自然だから世界遺産なのでしょう。この自然破壊の中で。絵に描いたようなこの山奥の自然。これを守る事も世界遺産。不便な世界遺産は紀伊山地だけではなく、世界中のあらゆる自然遺産は不便です。だから守られるということも一つ。自然から得るもの、感じる事は動物である人間にも大きな影響を与えます。自然を愛する事、すなわち自分を愛する事ととても似ています。その真意は各人が自分を振り返れば明白かと。 2376)耐震偽造問題で建物の作りに焦点が集まっていますが、どうでしょう、、、いくら建物が強化されていても地盤が悪ければその意味はまったく無くなります。沖縄の雨による土砂災害を見ていて、昨今のこれらの事件の本質を問われているのでは?と感じた私です。有形無形、すべてにおいて重要なのは土台。 2375)サッカーに限らず試合の審判という存在はメインでないけれど、重要なポイント。今回ワールドカップへ2人の日本人審判が参加していますが、彼らの堂々たるさばきぶりに魂を感じています。審判の見極め一つで天と地がわかれる重要な場面が多いのです。先般の日本の試合で審判のミスが相次いで指摘されていますが、終わってしまった流れに今更。。。それだけ審判の目は大事。とはいえ、、人のやる事に完璧はないけれど、厳正な判断で試合中も試合後も気持ちのよい競技になれるよう、今後のサブメイン、審判に注目の私です。 2374)理想の家族像はサザエさん一家だそうです。永久不滅の日本の家族ということでしょうか。今時このような家族がいるのでしょうか?いえいえ、結構いらっしゃいます。私の住んでいる所のご近所さんには2世帯は当たり前、3世代で仲良くすごしていらっしゃる方がおります。小さい奥さんはまだ30代そこそこか20代。真ん中の奥さんが50代、大きな奥さんが60代か70代でしょうか。驚く程素敵なファミリーです。家族の大人達すべてが思いやりと少々の我慢をうまく執り行っているようです。集団生活は家族であれ、仕事であれ、スポーツであれ、誰か一人の取り乱しもすぐに輪が崩れるもの。目に見えぬ口では言えぬ決まり事、モラル。これらが団結という大きな愛となり笑顔に繋がっているのでしょうね。昨今ではたった2人、3人の家族でばたばたと亀裂が走ります。人は一人では生きられないのだから、それに伴う少々の我慢も幸せの内と思う私です。 2373)愛読書を通してメッセージを読み取る方法をしていることは、このサイトでも何度か取り上げています。久々に本を開いたそのページに、、、
2372)ひき逃げをされて重体だった男の子が元気に退院した映像は、誰もがよかったーと感じたひとときの癒しの場面であったと思います。今の国会が閉幕に向かうに従って、これでは延長でしょう、、というようなニュースが目白押し。今までは隠せた事も、あまりに目に余るようで、最近は吹き出るようにしっぽが出てきます。悪い物は元から完全に絶っていただきたい。。。国民として思います。仏の顔も三度まで。それ以上はいかなる事態も責任を取りかねる、、という通達でしょう。 2371)外資系企業というのは日本企業と根本的に違うので、会社の方針ではほんとにびっくりするようなことも多々あります。けれど、人の心情は一緒だと思っていましたが、、、どうも訴訟なれしているのか見ていて腹立たしさのわきあがるシンドラー社の会見でした。 2370)覇気があるかないか、顔には顕著にでてしまうもので、いくら気合いを言葉で言った所で心が上の空では、、楽しみにしていたワールドカップ初戦。ピッチに立った選手の顔を見て、私はテレビから離れてしまいました。どうしたんでしょうか?このワールドカップ、ドイツに入ってからの様子がどうもいつもと違うと見えるのは私だけ??次の戦いには最初からベストメンバーで最後まで気合いを心から入れて、是非、侍日本魂見せてください。オーストラリア戦では明らかに、、、日本は弱かった。。。もっと持久力があるチームだけに悲惨な戦いは悲しいです。頑張れ日本!負けてもいい試合を全世界の人に見せてください。結果ではなく、内容であり、それが結果になると思う私です。
2369)『人生は短いから自分の好きな事をやるんだ』と好きな庭仕事を毎日毎日同じ事を繰り返しながら、奇麗なお花を何代も絶やさず咲かせ続けているおばあさんの話が、ふと耳に留まりました。仕事の合間のお茶の時間が生きている事への感謝の時間でもあり、とても大切な日課とも。花々を夜空に星にたとえた話にはほんとに花が星に見える程、深く心に響きました。都会に暮らす人にとって、こんな生活はあこがれの様に感じるかもしれませんが、その環境に準じて何かを見つけ出す事もいいのでは。
2367)面壁九年。達磨大師が壁に向かって九年座禅を組み続け悟りを開いたということからきた言葉だそうです。何でも粘り強くあきらめないで続ける事が結果、目的達成となることでしょう。年月は人によって異なるけれど、単調なことをしていると確かに、ぴーんとくるものはあります。物事複雑にしないで取り組む姿勢も大事な事と。
2366)病気になるのは誰もが望んだことでは決してないのです。病気は結果と私は受け止めています。日頃不摂生をしていたり、要らぬ心配ばかりでいらいらしたり、、、ストレスとくくられるほとんどの病気は自身の生活を振り返れば再発なしの完治と確信しています。なってしまったら、病気と向き合って、がっくりせずに、休む時間をありがとう!ぐらいに思っていたほうがいいのでは?日頃忙しいからサプリメントを取る、、それでも病気、、悪い状態のままの投与は無意味だと。サプリメントを飲むときめたのなら、病院で治療をしてもらうと決めたなら、同時に自身の生活も変える事も大事な治療と私は思います。 2365)お母さん、、ってすごいなーと改めて思います。自分のお腹に子供を宿す事事態すごい現象であって、その宿した子供をこの世に誕生させて、命をつなぐのですから。そう、命をつなぐのはお母さん。ミルクを与え、食事を与え、智慧を授け、愛を与える。お母さんの存在という物は普通の人は自身が子供を産んで、はじめて感謝の念がわくというけれど、私は母が亡くなり1年、2年、3年、、、と月日が経つに連れてその偉大さが身にしみてきます。そんな私の純粋な気持ちがきっと母に通じてくれているのかな?形見の指輪が日に日に力強く光を放っています。 2364)縁はいなものおつなもの。。。その縁が物質であったり、人であったり、自然であったり、様々な縁が自分の必要な時に目の前に来るものです。それは自分で決めて、自分の足で、手で歩み寄ったにせよ、そうしたいという素直な意念。心がピュアーであればそれらから得る沢山のメッセージをキャッチできるものです。
2363)骨格のゆがみは心のゆがみでもあり、余分な体のお肉は、、必要の無い物と位置づけている私です。不要な物は取り去ればいいだけのことですが、これが問題と、、、誰でもが思うのです。どうしようもなくなると、ダイエットしたり、サプリメントに頼ったり、エステに通ったり、いわゆる他力本願。自分で取れるだけのもは自分で取りましょう!更年期でホルモンバランスを崩して余分なものを身につけて3ヶ月。重たくなった体を1週間で軽くした私です。やれば出来る、、、思わずにやりです。方法はストレッチと呼吸法。結果が早く出るのも嬉しいです。ストレッチはエステに匹敵し、呼吸法はダイエットに匹敵のすぐれものです。そして八正道。体内時計を正確にすることも大事です。結果がでるとおもしろく、今まで忙しさにかまけて手抜きをし、すべてを更年期だと決めつけていた自分が滑稽でもありました。まだまだ体型は現在も進行形で変わっています。日々の行いが体に出る、、人体のおもしろさを再三にわたり認識はしているものの、ここまでくるとどこまでできるか、限界までやってみようと思います。マイペースで。
2361)日本はいつまで迷走を続けるのかな?いつ方向性を改めるのかな?防衛庁を省にする閣議をしているようですが、懲りない面々。今の国会で決めなければいけないことや、審議しないと行けない事、山の様にあるはずなのに、自分達のいいことばかりを優先しています。順序が逆。これでいいわけがない、、、時期総理大臣候補が浮上しはじめていますが、何が良くてこの時期に名乗りを上げるのか、随分度胸のある方と、、、ライオン総理の後始末はかなり実力のある方でないと、また解散。 2360)変化はわかるから変化であり、わからなければその変化すらもわからない。。。豆腐に鎹、糠に釘。。。どうしてそのようになるのか、私にはあまり経験がないのでわからない事の一つ。では、自分はどうして言われた事や変化にすぐに感じ、反応できるのか、、この疑問をぶつけてみて浮かぶ答えはただ一つでした。 2359)自分の持っている思想理念を貫く事は悪い事ではないけれど、それ以外は拒絶するような事はせっかくのいい物も半減してしまうように思います。何事も間口は広く、柔軟な頭と受け入れる姿勢は大事なことと。でも、だって、、これらの単語を多く使っていませんか?闘争的にも取られかねないこの単語。私も使わないよう心がけています。自分中心の意念を取り払う事の難しさと、すべてを受け入れたときの体の軽さ。微妙に感じるこの感覚を体感するとまた別の自分に出会えるようでもあります。
2358)サッカーワールドカップ直前の試合を見て、大丈夫??なんて思う程、選手の皆さん、疲れているのやら覇気がないというか。。チームプレーの難しい所でもありおもしろい所。一人二人のちょっとした気のゆるみが全体に影響を及ぼす。。先日の縄跳びの様に、意識を一つにしてチームプレーをまとめてほしい。。。頑張れ日本!ど根性はどの国にもおとらない国民なのだから。
2356)女子大で男子学生も受け入れるという全国初の試み。学校側は女性の魅力を引き出せる男性を育てると銘打っていますが、、、大学の名前はそのまま女子大。今日本は全国的に見て女性が優位。そこへ持ってきて魅力を出す男性が必要か否か、、男子の中の男子を育て上げるほうが私は得策と思います。この地球上には男女がいるけれど、特に日本では男尊女卑で時代を経て、女性という物があまりにも陰が薄かった、、けれど、その陰が薄かった分良かった面と悪かった面。私的には女性は何をやらせても男性を上回る資質を兼ね備えた動物だと実感しています。それを全面に出すか出さないかは個々の裁量によるものと。私の考えは家庭では女性は縁の下の力持ちでいいんです。出来る人は公言しなくとも必ず理解されるから。故に、男性の成功の陰に女あり、、という言葉が真実みを増すのでは?
2355)京都/清水寺の舞台がハイヒールのへこみで泣いているそうです。しかし、清水寺は慈悲深い観音様の鎮座するお寺故、ハイヒールを拒絶するわけには行かぬといいます。私はこれも一つの気遣いであって、お寺の参拝に床がへこむようなハイヒールで行くという事自体ひんしゅくだと思いますが。今はどこもかしこも同じ装いで過ごす人が多いので、このようなことも起こると思います。TPOということを知ってか知らずか。。。昔はディスコでさえ履物の種類を規制した所もあります。そんな時代のおしゃれは、、皆さん本当におしゃれでした。毎日の着るものへの配慮、行き先々に応じた装い。いくらブランドで固めてもそれはおしゃれではないのではないでしょうか。以前、スイスのユングフラウンヨッフォへ上った時、頂上のバルコニーにハイヒールでふらふらよたよた歩いていた日本人の若い女性。中国の山間の山岳地帯を着物で登っていた日本人のおばさん。。そこの素晴らしい風景にあまりにもミスマッチだったことが、ふと思いだされます。
2353)4年に一度のワールドカップ。必ずといっていい程起こるいろいろな事象。限られたチケット、交通手段、宿、、これらを巡る陰と陽。ヨーロッパの異常気象で体調管理も大変な事と思いますが、いろいろな周りの出来事にとらわれる事無く、ベストな力で戦ってくれると信じています。我が家でも熱い日々が続きそうです。 2352)テレビをつけたら懐かしい映像。70年代後半から80年代。まさに青春時代。この時代の楽曲はやはり今の楽曲とは格が違う私です。なんだろう、、本物の歌い手さん、アーティスト。今はアマチュアがプロと錯覚しているような時代?この錯覚は歌い手さんだけではなく、すべての職業に共通と感じます。プロとアマチュアでは大きな差があるはずなのに、今はないのですね。アマチュアがそこそこやって、それが仕事になる、言い換えれば誰にも仕事の土壌はあるわけです。そんな中で私はプロに徹し、本物をしっかりと追求し伝えていけたらと、日々思っていますが。。。
2350)物事を起こす時に計画や予想を立てるのですが、それらの数字が実際と大きくかけ離れる場合、そう、今の社保庁のように、、必ずといっていいほど、その内容に間違いがある、、もっときつい言い方をすれば、それらの予想を立てられないようでは、上に立つ資格無し。有言実行。これは私の鉄則です。加えて一度も外した事の無い結果に軸がぶれていないのをしっかりと感じます。生き方、進路、そんなもんです。人生は。今日の中枢である各省庁が出すいわゆる読みの甘さ。どこか浮き足立っている日本が浮き彫りになっているのではないでしょうか。大好きな日本、しっかりと据える所は据えていろいろを発表していただきたいし、それを聞く側もしっかりと見極めて行動をしていただきたいなーと、私は感じます。
2349)台湾で犬の糞の後始末を巡っていろいろな事が行われています。飼い主さんに対して自治会長さんが一人一人マナーを説いて回る、、、結果、奇麗な公園に戻った。かたや罰金制度。この結果は思うようにあがっていない様子。罰則というものを当てはめるのに適した事、不適切な事ってやはりあると思います。基本はマナー/モラル。これらの徹底に勝る物はないはず。そして個人個人の意識。 2348)クールビスのファッションショーがまた開催されて、あー、あれから一年なのね、、という感じでしょうか。このファッションショーに見られるような着こなしをするには、管理職以上のナイスミドルでしょうか。昨年の夏を思い返してみても、中高年のこのクールビスのだらしなさ。。。奥様方のアドバイスをもっと受けて、楽しんでおしゃれをしていただきたいものです。知らないのだから、おしゃれを、普段着を。いつもおしゃれしてランチにでかける奥様にちょっと聞けばいい事です。店員さんに聞いても、、、、今ひとつと、昨年を振り返ると思いますが、、クールビスに力を入れるのも結構ですが、法案の成立にもう少し力を入れてもいいのでは?ほとんどが見送られて、ライオン総理、馬力がつきたような気配で、次の方への贈り物が多すぎはしないでしょうか?改革を打ち出したわりには、しりきれとんぼ。
お粗末と言えば、大きな賞を受賞した画家が盗作だった、、、こんなに沢山の盗作をしていて審査をする方もする方。この画家さん、とてもいい絵を描くようなそんな印象を受けました。本物よりもいい物が私にはたくさんあったくらい。自分の力を信じて最後まで自分で描けば、きっと賞はいつかいただけ人ではないでしょうか?芸術家に長いトンネルはつきもの。感性やイマジネーションはそれだけのテンションが必要な一面もあると思っています。のってくるまで時間がかかったり、すぐに浮かんだり、それでもやはり人の物をいただくのは芸術家として最低。それでは芸術家という肩書きではなくなります。と私は思います。芸術はその人の感性そのものなのだから。
2346)時の記念日を前にした時間の意識調査。時間の管理は自己管理にも相通じる物でもあり、大変興味深いです。時間にまつわるいろいろでも、人の性格やら少し垣間見えるのもまたおもしろいです。待ち合わせ等で常に10分前をセットしていた私の人生。遅れる事が何よりも嫌いで、というか自分が許せなく、待たせるより待つ方が気が楽でもありました。また、遅れる事が常の人もいるんですね。相手の時間に合わせても必ず遅れる、、30分なんて平気のようです。ごちゃごちゃ理由を付けた所で、全く意味のないことでもあるほど、、、その人の価値観なのだから。ならば、そんな人との待ち合わせにはこちらも時間をずらせばいいだけの事なのですが、それも価値観の相違でできない。。。遅れる事が平気な人と思うようになれば、待つ方の勝手で、何とも思わなくもなります。私は日々の生活でもすべてにおいてプラス何分というのを考慮しています。なので、今までの人生の中でばたばたしている構図は、たぶん無いかも知れないです。飛行機や電車に乗る前は、必ずコーヒーを飲みます。その事によって早起きする事があっても、それは私には苦ではないのです。いきなり乗り物に乗り込むほうが苦なのです。それも私的ゆとり。そんな私と待ち合わせをする人は慌てるケースが多いようですが、、、サラリーマンの朝一は8時前という結果だそうで、私の朝一はお日様が顔を出すか出さないかの頃でしょうか。ちょいと一杯が一時間、、、まさに中国的時間の配分。私のちょいと、、はほんとにちょいとです。たかが時間、されど時間。この時間の管理。観察しているとあきません。 2345)自分自身に驚く事が、はっきりいって多い私です。きっと毎日毎日の過程の中で新しい私という芽が土の中から沢山でてきているのだと。種まきの結果の芽。この先、この芽が伸びて、花が咲くのが楽しみでもあり、間引き作業や手入れも楽しみです。子供の頃から虚弱体質/スーパーアレルギーのレッテルつきの私も、鉄人のような体と化しました。とにかく元気。肉体と心のバランス、天秤がちょうどいいあんばいっていう所でしょうか。じーっと座って机の上で絵を描いたり、書を書いたり、お細工をしたり、小説を書いたり、、そんな時期もあれば、座っているのがもったいないくて、とにかく動く、体を使いたい時期もある。。今は後者。日に1万歩は楽勝の域です。これぞ万歩計。自分のしたいことが今、自分にもっとも必要な事でもあり、自分が今もっとも食べたい物が、自分の体に必要な食材でもある。。そんな自然体を身につけての私的ロハスな生活。明日の驚きもまた新たな私。感謝。 2344)最近また個人アドレスへの迷惑メールがはいるようになって、迷惑設定をつけてもつけても懲りずに侵入してくるそのど根性。何が面白くてやたらに送りつけるのか、それも需要と供給でひっかるおかしな人もいるからでしょうが、、見覚えのある名前、これが一番迷惑。うっかり今朝も開けて読んでいると、おもしろい程のストーリーで、感心もしてしまいます。これだけの文才があれば、ほかにもっとできることあるのではと。受け手がこばんでも、このネット社会の追いかけっこ。永久不滅?
2343)耐震偽像問題でのいろいろな法的判断を見ていると、下される方のいい分もわかるような、、、確かに、悪い事をしてきて、その事に大してはしっかりと罰を受けていただきたいけれど、結果として、国の責任はどうなるのでしょうか?何年も見逃してきた命に関わる問題に、国の関係機関への制裁もあってしかるべきと。 2342)韓国人拉致被害者の母と、日本人拉致被害者の母。深い心の痛みと叫びには言葉の壁はないのですね。。この事件を通して毎回感じる事は、もしも私の家族だったらどうしただろうか、、という事です。私の母であっても、私であっても、横田さんご夫妻のような活動は果たしたてできたかどうか、、そんな想いからこの二人を見ていると、ある意味歴史の中で選ばれてしまった運命さえ感じざるをえないのです。選ばれるには意味がある事。この二人だからここまできたこの拉致問題の取り組み。私には関わりのない事であるけれど、何をさておいても感謝の気持ちであふれます。最近の表情を見ていると、新しいポジティブな情報があふれるにつけ、それでも先へ進まぬこの事態に、このお二人のもはや精神的な限界を感じずには居られません。20数年の張りつめた想いへの限界です。高齢のこのすばらしい愛をお持ちのお二人に、早く安堵の日がくることを、さらに祈るだけのふがいない私です。 2341)携帯電話がとうてい追いつかぬほどのピッチで進化しています。携帯電話を持っていればお金もカードもウォークマンもカメラもいらないという、、テレビも見られる。使いこなせる人には最適なアイテムなのでしょう。未だ自分の携帯電話の機能を使いきっていない私には、目がまんまるになるようなことです。随分昔に見た近未来映画の一部が現実化しつつある今の時代。うーん。。。車が宙を飛ぶなんてことも、生きている間に見られるでしょうか???車が海を走る事が出来る時代だから、、あるかもしれません。私的には何でもバーコード式のこのような進化はあまり嬉しくはありませんが、、、 2340)犠牲の上に成功はあるもので、誰も傷つけずに上り詰める事はまれ。その事に気がつくか付かないかもありますが。。いろいろな事象をふまえての成功は一人だけの喜びではなく、周りへの感謝とともに、成功する傍らで失敗という犠牲を受けた人へも感謝であろうと思っています。その意念は人としてのモラルにも相通じることでもあり、その後の発展/成長にも多大な影響を及ぼす物でもある、と私は思います。
私も母の介護の時に鬱で治療を受けた経験者です。まわりの人がみんな悪魔に見えた時期もありました。私の鬱を完治させたのは薬でも先生でもありません。自分です。そして私を援護してくれた主人であり、妹です。自分の意識。強い心を得る為にしたことは、常に自分の内面に向き合う事。自分を取り戻す作業は客観的に自分を見る事から。その為のパートナーの力は薬や先生に勝ります。今そんな困難な時期を振り返って、自分がまた好きなりました。だからいろいろあったこともすべて受け入れられて、目の上のたんこぶだった両親も今では感謝。なので今では怖い物なしです。 2338)私には難しい決断も、難しい案件も、、、そう、難しいという事事態、ありません。自分の内面を毎日見て、聞いて、それなりの回答を得られている安心感でもあるでしょうか。常におつむは軽く柔軟であるように日々のいろいろはその日のうちに消化。そんな毎日の習慣が、結果消化不良というものを一掃してくれます。たまたま主人と話をしていて、『僕は君の事を凄いと思うのは、毎日体の一部のように同じ事を繰り返しすること!それも、年々その内容は増えているけれど、感心するほどこなしているね、毎日だもんな。。。』ちょっとだけうれしかった。。。。単調な繰り返し作業が出来ない人は何をやっても長続きできない、、と私の経験から。これができるよう習慣という物、いい習慣を身につけるのも修行の一つ。昨今、修行ブームで、寺社の宿坊が人気とか。その宿坊さえも修行の場を、現代人にあわせてしまっている時代の流れに、私はむっとします。修行は山を歩く事や、滝に打たれる事や写経だけではない。。。日々を穏やかに、笑顔で送る努力こそ修行と心得ますが。。。すべて意識。場所や環境にこだわっている内はまだまだ、、と思いますが。それでもそこへ行ってやってみようという心の変化は大事にしたいと。 2337)見飽きぬ景色、、、自然がまさにそうであると思います。都会の景色はともすれば重たく心にのしかかったり、もう見るのも嫌な時、いろいろありますが、どんな状況の下でも自然の景色は暖かく迎えてくれます。毎日同じ光景の用でも日々違いがあるのも自然ならでは。365日、同じ景色等ないというのもすばらしいです。自然は何も山や海に住まなくとも自分の意識でいかようにもとりいれられるもの。植物を育てたり、ハウス野菜を作ったり、、何気ない日々の小さな感動が大きな心の糧にもなるというものですね。自然に感謝!今日もたくさんすばらしいエネルギーをありがとう!
2333)所定の位置にあれば奇麗で自然な物でも、所定の位置を離れた時、汚く見える、、、髪の毛。無ければ悲しいし、抜けるのは致し方ない、、、お風呂掃除で排水溝にたまる髪の毛を見て、つくづく、、眺めた私です。 2332)一つの事を何十年も続けるという事が、結果本物にたどり着く事でもあると思っています。たとえば、一人の先生に師事をあおいで、その人が本物であるとすぐに思いますか?誰でもが最初はそんな想いで師事を仰ぎますが、道を進んで行く段階で器を広げて行けば、あれもある、これもある、、、そして迷路の真ん中に入って、、紆余曲折を乗り越えて最終的に出会う自分の先生。最初から最終的な先生に出会う事もまれにあります。それでもやはり紆余曲折はつきものです。手に職をつける、何かを極める。簡単にできる事ではないのです。入り口に立った時点ですべてを習得していると錯覚してしまう知識。身になるには最低10年は必要と。どんな事でもそうであると思いますが。。。自分自身数々の紆余曲折を経ての実感であり、体感です。一喜一憂ばかりでは足下が浮きませんか?でーんと腰を据えて、じっくりと見聞きし、自分で体験する事。これにつきると。
2331)クモの糸に人がぶら下がれるという。あの細い糸も束になれば強いということが実験で明らかになったそうです。一本の太い糸が強いのは当たり前ではあるけれど、細い糸の容姿からはその強さはあまり感じさせません。けれど理屈から言ったらそうなのかもしれない、、意外と言えば意外であるけれど、納得のいく実験結果でした。この理屈理論はいろいろ応用がきく理論ですね。何かのことわざにでもあるようです。糸と言えば、着物を仕立てるときの絹糸は細いです。でも、着物はそんな細い糸一本で縫い上げて、何年も着られるんですね。ミシンの用に目は込み入ってなくともです。絹糸も繭がもと。クモの糸をよったような感じでしょうか。。。人も又、健康的な細い人は見かけによらず力持ちですね。 2330)毎日の様に子供の殺傷事件が起こります。この少子化の時代に何という事でしょうか。弱者が弱者の子供を狙うのでしょうね。人様を傷つけるのならいっそ、自分を傷つければいいと思ってしまいますが、弱者はそれができないのが特徴のようです。弱者を作ってしまうのも社会であり家庭であり、、、本当にこの底辺に渦巻くどろどろとしたネガティブなものを引っ張り上げないと、、、人は仏をさずかりこの世に生を受け、仏になってこの世をさるのです。宗教を論じようとは思いません。ただ、道徳/倫理をもう少し受験よりも力を注いだ方がいいと強く思います。聖書でも、説法でも、もっと幼少の頃から学ぶ事の必要性を感じます。 2329)団塊世代の新しい生活スタイルに対する商戦が水面下で進んでいます。需要と供給のバランスと経済効果という事から仕方の無いことなのでしょう。働くだけ働いてきて、お金の使い方が実はわからない人も多いよう。お金は物をかうだけのものと位置つけている日本の社会も何だかな、、、とにかく使いたいらしい人も大勢いるようです。平和なんですね。進化して発展を遂げている日本という印象が強い反面、談合をしないと企業が成り立っていないのも事実。昔々からの決まり事の様です。今談合を全くなくすということは、あり得ないと思っています。談合と企業が一体化している。。。そんなある意味社会性の低い日本でもあります。なぜなら談合は、、理性を伴うからです。この理性がずーっと欠けている中で成長していた国とも言えると思います。お金を使いたくって使いたくって、、ある意味結果でしょうか。私は40歳を過ぎてから物に対する執着が面白いほどになくなって、母の死を経験した時に、その物はすべて生きているときのエゴで、持ち主がいなくなれば高額であってもゴミという場面を目の当たりにして、、、それからは物への代償よりは為をより一層考えるようになったでしょうか。結局、お金の使い方を知らない人が多いという私の見解でもあります。お金はある意味エネルギーでもあります。奇麗な使い方をすればその分自分に返ります。行いと一緒です。
2328)社会保険庁をアホ庁と改名したのはいつだったか?ここまで甘んじているとはふざけた話この上無し。手抜き、ずさん、流用、、何故、納付率があがらないのか、原因を改善しないから結果が出ないという単純な図式。まともに年金を払うのがばからしくなるようなことを、いつまでもしないでいただきたい。。もう各省庁は廃止の方向がいいのかもしれない。改革の成果が組織ぐるみの犯行とは、、否定しても否定しきれないでしょう。このような問題を報道や罰則で終わらせる?これは明らかに犯罪であると私は思うのですが。国民のお金は役人のお金ではありません。犯罪と言えば、、先に釈放になった堀江氏が、山登りをしたとさも改心したかの様に、またマスコミは盛り上げているけれど、この人に関わって人が一人亡くなっている、という事実を忘れないでほしいです。人の心理が変わってそれが身に付くまでにはそれなりの経験が必要であって、私は改心したり、いい人になったとは思えません。このようなことが数年積み重なった後、はじめて改心したと。人の心は七変化。
犬と言えば、、、アイフルのコマーシャルで一躍有名になったチワワ、その後値をあげ一時は40万とも100万とも値を付けた時期がありました。今は会社の窮地で急降下とか。そして代わりに躍り出たのがスケートの真央ちゃんが飼っているトイプードル。目につくのが流行になってしまうのもわからない訳ではないけれど、犬は株ではないから、、、流行廃りで決めるのは私は性にあいませんが。。。 2326)ダイエット。あるお店に入ったら、キリギリスの様に細い女の子がいたので、何をしたらそんなに痩せるの?と聞いた所、これでもまだ太く今もキャベツしか食べていない、、という返答に目が点になった私です。細いといいの?という感じでしょうか。私はぽっちゃりだからいうわけではないけれど、、やはり出る所はでて、しまる所はしまって、体に丸みがあってこそ奇麗なのでは?若いうちからそのような食生活では、下に書いた食育ではないけれど、未熟児ばかり、子供等産めません。あるテレビ番組で白インゲン豆ダイエット等を紹介して具合の悪くなった人が多数でたというけれど、まともに考えれば豆を生で食べたらお腹は壊す。。。今紹介している食のダイエットは便秘対策??ダイエットは病気の人に値するもの。見かけだけでまだ生きますか?中身が大事だとまだ気づきませんか?その事が原因になって数年後の結果をどう受け止められるか。先の事まで熟慮してダイエットをどうぞ。
2325)食育基本法が施行されて約一年。庶民レベルではまったく耳にしなかった法案でもあります。今、メタポリック症候群なる成人病がクローズアップされていますが、子供も大人も食にもっと敏感になれといわんばかり。日本人の体の構造や組織は他国の人とはやはりそれぞれ違うもの。日本人にあった昔ながらの和食を中心にとって、運動。これしかないでしょう。病気と診断されてそれを勲章にしても後の祭り。なるよりも予防。衣食住。これは心と体に影響が多いです。食育といくら呼びかけても、大人がその意識をしっかりと認識しない限り、無理。食べ物を人のエネルギー源。うまく取れば何でも悪物にならないはず。
2324)必要以上に得ようとせず、目の前に来た物に感謝して過ごせば地球は安泰であると、ネイティブアメリカンの人々は言います。彼らは大自然を恵みの神とし、この近代化した今でもその生活を続けている。。。。数々の予言も見事当てています。そんな彼らの地球危機説。今現代人が直面しているエゴという物にまさしくそうとうしているのではないかと。豊かになって失う物の代償はそれに匹敵するほど大きいと。では、失う物の代償を少なくするには、私的には回答は出ています。その生活を実践すべく、日々精進。一人一人で出す回答が地球にとって良い物であるように。。。 2323)女性のストレスの原因が家庭であり夫であるという。。。何とも悲しい結果。現代社会を象徴しているような結果でもあると思っています。子供のいろいろな問題もこんなことも要因でしょうか。どうして家庭が夫がストレスになるのか、それにストレスを一切感じていない私には不可思議でなりません。夫婦のありかた。考え方。所詮他人の同居生活です。自分という存在を取り繕っているとそうなるんではないでしょうか?自分という物の本当の姿を知らない人もいる。。。女性でも男性であり、男性でも女性である。そんな本質気質を理解して相手を選べば問題はないと。。。それでも縁あって一緒にいるのだからストレスをためないようお互いの理解を得るのも大事かと。 2322)ダビンチコードを見てきました。一言で、、とっても面白い映画でした。私的には金田一耕助やシャーロックホームズよりも楽しめました。もう一度、いやもう三回は見てもいいかなと、、、何故評判が悪かったのか疑問です。それも評判の一つだったのかも。宗教色が強くこれが本当の事、、と思わせるようなストーリーではあるけれど、フリーメーソンにしても、イエスにしても人間。こんなことがあってもおかしくないだろうと。それも想像の世界です。キリスト教団が声をあげて反対している様の方が滑稽にうつります。神を冒涜、、、では何を持って神なのか、神はもっと器が大きくってでーんとしていると私は感じます。自分達の信じていることに自信を持っていればたわいもない、スクリーンの出来事で一笑できるはずではないでしょうか?私自身カトリックの学校で6年間を過ごしてきましたが、、、イエスはイエス。仏陀は仏陀。神についての存在はすべて人が作り上げたもの。真実はそれぞれの心の感じるままに。それが神ではないかと。大地でもあり自然でもあり水でもあり太陽であり月であり。。。。と私は思います。今度パリを訪れたら、違った意味でルーブル美術館を回れる、そんな楽しみが一つ増えました。日本はアニメーションではいい線行っていますが、どうも映画は今一つ。衣装にお金をかけるより、イマジネーション炸裂な作品を是非!とにもかくにも雷雨の後の晴れ間のようななんだか妙にスカーットした気分です。 2321)ベッドに横たわった途端にある懐かしい光景が脳裏を埋めました。山間の細い道、下には奇麗な川が流れていました。細い白い道を祖母に手を引かれて歩いているのは6歳の私。母方の祖母は町に住む事を嫌い、一人で79歳まで住んでいました。都会暮らしの私たち姉妹はそんな祖母の元を休みの度に訪れて、夏休みは丸1一ヶ月をそこで過ごしたものです。涼しく、川の水は冷たく、川では人の体は浮かないのだと、、体験したのもこのときでした。祖母の家はお風呂は外でまきを燃やし、台所には大きなかまど、いろり、トイレも外で、このトイレに行くのが何とも怖かった記憶がよみがえります。玄関先には納屋があり、屋根裏にはお蚕さんをしていたなごりが残った、古い民家でした。祖母は母とは違って、とっても細く控えめな女性でした。口数少なく、いつも笑顔でいたのが印象的です。近くには商店等ほとんどなく、買い物はいつも1時間も歩いて行っていました。バスには乗らない人でした。おしゃれでいつもきちんと着物を着て、3日に一度はこれまた歩いて1時間以上もかけて美容院でセットしていた女性でした。胃がんを宣告されても家で一人で住んで、毎日を同じペースで過ごし、亡くなる前一ヶ月にして入院をし、それでもいつも穏やかで愚痴をこぼしたのを見た事がありませんでした。子供達が泊まり込んで看病して、夕食を笑顔で食べて、その後眠るように逝った祖母。そのか細い体からは似つかわしくないほどの、強さと優しさを供えた人だった、、今しみじみ思います。何故、亡くなって30年近くも経ってこんなことを急に思うのだろうか?祖母にしっかりと手を引かれ、一歩一歩歩いている姿。何かのメッセージでしょうね。。。焦らず、ゆっくり生きますね。きっと祖母が今でも付いていてくれるのかもしれませんね。合掌
2320)プロ野球選手の新庄さん。以前から飛び抜けた奇才で度肝を抜かされていましたが、引退を表明してからは糸の切れたたこ状態。彼の言わんとする事は理解できるけれど、立場を考えればちょっといかがなものか??それでもちゃんと結果を出している勝負師。普通の人なら許されるべきことではないけれど、いいのかなと。彼の頭はイマジネーションの宝庫で、普通の人ではなかなか難しいでしょうかね。新庄ワールドはこれから楽しみにしています。 2319)共謀罪法案がとりあえず見送られた、、、当然でしょう。この法案が安易に通ったら、とんでもないことになりかねないと。犯罪対策と言えど、過剰防衛は逮捕者を増やすだけ。刑務所も満員御礼のこの時代。もう少し頭を柔軟にして法案を出せない物でしょうか?
2317)楽しみにしている“ダビンチコード”封切り前に、空前のブーイングが起こっています。カンヌで評判が悪いとか、キリスト教を冒涜しているとか。。。私は楽しみにしているものの、内容は知らない、、それでも映画の中の話でしょう?なんて思うのですが。捉え方一つでよくも悪くもなる、、でも、こんなことは今までにもたくさんありましたが、もしかしたら、本当にキリストの子孫が続いているのでしょうかね?こうなってくると是が非でも見たくなるのがまた心理。せっかくの豪華キャスト。フィクション映画をフィクション映画としてみるのならいいではありませんか? 科学と技術と知識を駆使していろいろな真実が解明されている今。しかし、、本当に真実かどうかは私は疑わしいと思っています。すべてデーターや裏付けだけのもので、そこには人の心があまりない。。。解明されたと喜んでいるのは一つのエゴではないかと最近は思います。真実はそのものやその地だけが知っていると。なので、真実を解明したければ、五感を生かしてそのもの、その地で感じる事、それが真実に限りなく近い物と。私は思います。真実は感じる事につきるのではないでしょうか?何事も。 2316)大切な物。私にとって大切な物、、、みんな大切ではあるけれど、強いていえば、16年間ご愛用の和裁の裁ち台。このところご無沙汰だった裁ち台を出して台の上のへらの後を手でなぞると、16年間の私の一面も思い出されます。まっさらだった台が今はへらの後で鎌倉彫の台のようです。どんなに急いでいてもこの台をまたいだり、乗ったりする事はできない、いわば神聖な物でもあります。一心不乱にテニス肘になるまで縫い続けた日々。若さ故、、なんて歌がでてきそうです。どのくらい仕立てのだろう。ノートをひっくりかえし、その記録を見ていれば、書いてある物だけで、500枚までは数えられました。針もろくろく持てなかった30歳の私の記録です。今私の所に来ている子に浴衣を教えてあげようかと、、、が、その子もやはり針が持てなかった、、浴衣は10年早いと言った所でしょうか。まずは運針を覚える所からスタートした彼女。うーん。。。けれど、その彼女の一生懸命さを見ていると、30歳の頃の私を思い出します。物を作る喜びを知っているので、きっと、今年はぞうきんは縫えるでしょう。着物の仕立ては2m近くをせっせと運針する単調な作業。考えていたり、迷っていたら縫い目は曲がります。無になる事を体感するいいツールの一つと私は思いますが。。いったん体で覚えた事は忘れないものです。 2315)両足が義足の人がエベレスト登頂に成功したと聞けば、今度は最高齢の70歳で成功者が出たという。このすばらしいサプライズ。皆様はどんな風に捉えるのでしょうか?嫌なニュースで覆われる中、心に熱く感じる波動を受けました。今いろいろ問題を抱えている人は多いでしょう。でも、視点を変えてみると、きっと違った世界もあるはずです。若く健全な人が悶々として、、老若がひっくり返ってしまったかのようです。人間の体も意識もこの宇宙のなかで極めてすばらしいものと私は思っています。ポジティブに人間を存分に活躍させる事。眠らせていたらもったいない。 2314)一生懸命とは、命がけで事に当たる事。無我夢中とは、何か一つの事に心を奪われ、我を忘れて取り組む事。日頃普通にこのフレーズを使っていますが、意味合い的に適切な事象に使っているか、それが要。無我夢中になると、周りの事も見えなくなりその一点に集中しています。もくもくと。なので、余計なことは頭にないというわけです。極める時に通るのが、この無我夢中。
2312)高齢者の寝たきり防止や健康増進の目的で、とあるスポーツクラブが太極拳を始めたそうです。おとなり韓国でも国技のテコンドーを取り入れているとか。画面で見る限り、とても80歳とは思えぬその気迫に驚きました。どちらも『気』のスポーツです。年齢を重ねて運動不足になれば気も滞り、体も具合が悪くなるのです。誰の為でもなく、結果は自分の為。いかに快適な老後を過ごすか。自分の体に負担にならぬよう、適度な運動は大事と考えます。地に足をつけて手を伸ばす、それだけでもかなりいいと、やってみればわかります。今時の若いかたがたは座っている事が多い。。。車や自転車では健康は守れないという事。気を動かす事は全身を動かす事。それにつきると。 2311)刑務所改革が施行されるという。世俗の蚊帳の外的刑務所も、税金が投与されている施設。本当は多いに感心を寄せもいいのでしょう。今ではどの施設も定員オーバーで、高齢者が多いらしい。以前、高齢者の入所者の話で、刑務所に行けば布団で寝られ、病気は直してくれて、食事が出ると聞いた時、うーんとうなった覚えがあります。日本の刑務所は施設と同じ??いろいろな法案が出されているけれど、一番の改革は世直しにつきると。そして、刑務所でのあり方の改革。就労に力を入れるよりも、人間としての価値観をあげる方が優先では?ある施設では学歴のない入所者に学歴を与える生活をさせ、その結果、リピーターが減ったと。やはり世俗での環境変化も犯罪の一因と考えると、学歴をつけるのは一番なのかもしれないと。そして、誰もがやればできるという意識。 2310)拉致被害者の方々が韓国を訪問しています。日韓の政府が共に立ち向かえば家族の方々も力強いでしょうが、互いの政治家達の思惑がそれぞれ食い違っているのでしょうか?ライオン総理は靖国問題は関係ないといつも明言していますが、日本国の天皇が詣でない靖国。批判があってもしかるべき。そんなひとつから領土問題と、日本はアジアの中で孤立気味のこの外交の中で、拉致問題に限って共同政策をとるなんてことは考えられません。家族の方々の心労を思えば切ない限りです。トップに居る人の見解は一つの事にとどまらず、すべてにおいての広い見解も必要かと。普通の庶民の見解からすれば、そもそもが日本独自の政策や決めごとが無い事もネックと考えます。お手本はいろいろ見てきたはず。いろいろと指導もされてきたはず。そろそろ日本という国を本当の意味で作り上げて行くような人材が必要な気もします。誰が?誰でしょう、、、一人一人の意識のなかでそのような事は必然とわかっていても、それができる環境になっていないのも要因かと。願わくば、今の子供達が成人する頃には一掃されていることを、、、
2309)サラリーマン川柳という保険会社が数年前から行っているこのコンクール。面白く笑いがこみ上げるものが多く、とりわけ夫婦や親子関係を題材にした物が私的に受けています。この川柳をみるにつけ、世のご主人様の気の毒なこと、、、なんて思う事もしばしば。ひとたび昼時の一流レストランを覗けば、そこには着飾った主婦の山。その同じ時刻にご主人はワンコインランチだそうです。世の中のご主人のお小遣いは年々下がっているとか。何年か前に流行語になった亭主元気で留守がいい、、、いつの時代も旦那様、、とはほど遠く、亭主なんですかね?それでも夫婦や家庭が円満なら問題なし。どれがいいとはいえないのが人ですから。私も結婚に憧れて、結婚したら三つ指ついて、三歩下がって、なんて希望はありましたが、現実はそうも言ってられない場合が多いでしょうか。 2308)毎日の様にニュースから流れる殺人事件。日本ってこんな国だった?忍耐等することないんだ、、なんて誰かが言っていたけれど、忍耐は必要でしょう。わがままで自分勝手ではこの世の中は生きては行けないのだから。そんな世情を払拭するかのように、東儀秀樹の雅楽の音色を聞きながら、伽羅の香をたいてヨガをするのが今の私。世の中に流されない、惑わされない。自分が自分である為に。たった5分でも自分の大好きな時間を持つ事も必要では? 2307)『ダビンチコード』という映画の封切りを楽しみにしています。ダビンチは画家である一面と、医学から建築まであらゆる分野にたけ、その知りたいというどん欲な感性を今に伝えています。今普通に接しているいろいろな根底も、彼のどん欲な研究と実験の結果というわけです。すべての基本が人体であったというほど、ダビンチも人に対してかなりの興味と面白さを感じていたのでしょう。その時代だから、何もなかった時代だから許された欲でもあります。ダビンチもまた思いついた事や、いろいろをノートに細かく記していたという。思うがままにインスピレーションやイマジネーションのすべてを。。。書くという作業は人の脳にかなり刺激的なことで、私も重視していることです。書きながらまた生まれる新しい事もあるからです。頭で思っても文字にする事は結構難しいものでもあるし、口で簡単にいうのともまた違います。手で文字を書くという作業の大事さ。ダビンチという人に関して、どん欲なほどに知りたくなった私です。 2306)日本よりも一足早く退職者の波を迎えている米国。その生活は夫婦で新しい時代を生きるという前向きな姿勢が伺えます。郊外に住む人、都会に住む人。どちらも若い時以上に楽しい充実した生活を送るようです。地域の大学のほとんどが多くの生涯学習のカリキュラムを解放しているのも、すばらしい事の一つ。我が家でも主人は来年還暦を迎えます。団塊の世代です。主人はサラリーマンではないので、第二の人生も何もなく、強いて言えば、両親というものがなくなった今年からが私たちの第二の人生でしょうか。気持ちの上では米国の方々と同じ、二人の生活です。今は何の悩みも問題もなく、それぞれが自分たちの道を探っているさなか。13歳の年齢差による体力のギャップ。補い合いながらこの先20年ぐらいは楽しめそうです。夫婦の共通である妙な物を精進しつつ、より大きな愛を追求し、自分達の為の生き方よりも、人様の役に立つような、、そんな人生を送りたいと思っています。その為にもまず私たち二人が常にゆったりとした心でいられるよう、人への思いやりの前に、夫婦で思いやり。これ基本ですね。笑顔とありがとう!これにまさるものはないと確信しています。 2305)楽しみにしていたナスカ展を見に行ってきました。どことなく日本の文化とたぶるような、懐かしい感じもしました。蒙古斑というものも確かこの地方の人にはあると聞いた事もあるので、つながりはあるのでしょう。展示は土器がほとんどできらびやかさはなく、あたたかな印象です。エジプトなどと比べると、その過酷だったと言える風土がうかがえるようです。織物の繊細さと手の込んだ刺繍に、能装束を思わせるような、、、一番目が釘付けになったものです。釘付けと言えば、、子供のミイラ2体。一体は黒目もしっかりと残ったもので、その布の奥から覗く目に何とも言えぬ波動を感じました。嫌な物ではなく、暖かかったです。念等一つもないきれいなミイラでした。呼び物の一つの地上絵の再現とその地の上を歩ける展示ではやはりとても暖かい風土とは裏腹なものを感じたのも面白かったです。ナスカやマチュピチュは行きたくともなかなか行ける所ではなく、しばし、五感を生かして行ったつもりを味わいました。行ったつもりって、、、いいもんだとも今日はしみじみ想い感じた次第です。感じる事ができればどこに居ても同じなんですよね。もちろん、その地に降り立つとまた違うのでしょうが、いい感じか、悪い感じかだけでもわかるというのはいいもんです。もしも行けるだけの体力があれば、60歳頃に是非。
2304)更年期でいろいろな変化を経験しています。おかげさまで、更年期障害は今の所出ていませんが、やはりホルモンのバランスによる体型の変化は明らかでした。試行錯誤の3ヶ月。ホルモンの発信基地を意識した呼吸法と瞑想で、そのホルモンのバランス調整に見事成功とあいなりました。意識とは凄い物だと、我ながらあっぱれです。自分の体に自然に起こる変化は自分で対処できるという事も、私の大きな自身にも繋がりました。病院の先生には納得のいくものではなかったようですが、子宮筋腫の完治といい、何だか変な人?という感じで見られたようです。まー、この先まだ数年はいろいろなことが起こるようですので、その都度、冷静に自分の体に聞いてみたいと。もちろん、先生のお話も大事です。けれど、薬などには頼らずにこの変化のときを乗り切りたいと。。。それも自分次第。しっかりと自分の体の声が聞こえるよう、初心忘れるべからず。20年近く前に教えていただいた初歩中の初歩のノートを振り返ってみると、へー、、なんて。以前にも体の不思議と面白さはかなり書いてきましたが、あるがままってこんな感じなのかも知れません。更年期は必ず来る中高年の転機です。男女問わずです。この時期はやはり夫婦と家がキーポイントのようにも思います。互いに理解し合って協力して行くことが、よりよい結果に結びつくと。忍耐と思いやり。どちらが欠けても難しいですね。 2303)企業内でメンタルヘルスという組織化が進んでいるという。。。月に100時間を超える過労に寄るストレスが講じて鬱になることへの予防であるといいます。そして鬱から会社復帰をするまでの応援カリキュラムまでもあるとか、、、私はこのような体制自体が鬱の元とも思います。日本では鬱はまだまだ受け入れられていないのが現状で、病院へ行く事すらできない人が多いのです。それほどデリケートな部分でもあります。特定の人だけのものでは無理です。社員全員参加でないと。予防ということならば、会社の体質改善の方が効率がいいと。企業内のストレスの原因は上司や人とのコミニュケーションの問題という事です。どなるばかりの上司の元では復活したとてまた繰り返されるでしょう。メール重視の企業では人とのコミニュケーションが取れないのも必然です。メンタルヘルスとうのであればそれは社員へではなくて、上司であり、会社であると私は考えます。原因は元から絶たないと治らないのです。目の前にある以上、それは容易ではありません。加えて、各人の精神力の強化。自分を大事に愛すること。それが一番のケアであると。 2302)自分の体に覚え込ませるには、反復以外にはないでしょう。何度も何度も同じ事の繰り返し。それでもなかなか身に付く物ではありません。それほど難しく大変な作業です。茶道でも一つのお点前の作法を毎回繰り返します。慣れと身に付くでは数段の差が生じ、それを間違えるとずーっと間違った方向で行く事になります。身に付く事で心のゆとりが生まれると、先生もおっしゃいます。どの世界でも同じ事。主婦の家事もそう。以前、ヨガを始めた頃座法が大事だと、毎週毎週2時間のレッスンを座法で過ごす事3年という時期がありました。あけてもくれても座法です。そろそろポーズを、、と思ってもまずは座る事からでした。結果、その体験は実に大きく、今では何にもかえがたい私の座法となっています。どこでも何時でもその基本を崩す事はありません。身に付くと離れる事はないのです。その過程でばかばかしくなることもありますが、まずは基本。繰り返しの積み重ねは、体で覚え心で目覚めると私は思っています。 2301)迷い/悩み/考える、、、完璧を手に入れたいのならそれらを解放する事。それらを解放するには自分と向き合う事が必須であり、簡単ではありません。従って、同じ時間を費やすのなら、実りのある自分と向き合う事に使った方が得策と、私は思っています。
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