ロゴ☆徒然なるままに☆Cyou

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2200)4月に入って入学入社シーズンを迎え、皆様張り切っている笑顔がとても印象的です。岩手県の大船渡市のある小学校では男子は紋付羽織袴、女子は振り袖に袴姿で入学式を迎えるそうです。40年の伝統行事というこのニュースを見たとき、ほのぼのとした、とても暖かい物を感じました。もちろん、父兄も和服。今では都会では見られない光景でしょうか。私の小学生の頃の父兄は和服でした。いつの日からか父兄はスーツ。子供もブレザーにワンピーズと欧米スタイル。機能性もいいけれど、日本の伝統、、、残したいですね。

地方の子供が少なく統合されている小学校には結構、この昔からの伝統が色濃く残っていて、なんだかとてもうらやましい感じと、新鮮な気持ちを受けます。藤岡市内の過疎の小学校では伝統工芸の和紙作りを生徒が自ら作成し、作った和紙で卒業証書を作るということです。もちろん、証書は校長先生が一枚一枚手書きです。素晴らしい宝物ですね。子供の心の中から日本という歴史を排除しているのは社会であり、大人であるような。そんな中で、日本の伝統を子供の心にしっかりと印象つけるこのような数々の行いは、大きくなってもいい感じで染み付いていると思います。三つ子の魂百までも、、子供の頃のいろいろが肝心なんですよね。

先日、犬のアレルギーの件で先生とお話をしていたときに伺ったのですが、子犬も3ヶ月ぐらいまでは母乳が免疫を作り上げ、アレルギーを防ぐ物だそうです。人間の勝手で草々に親元を離されドッグフードで育った犬は免疫が低いというデーターもあるといいます。人間もまったく同じですよね。ミルクより母乳。離乳食までに体の基本が作られるようです。そんなことをあれこれ考えていたら、今のアレルギー社会日本の誤算が見えてきたような、、、それがすべてではないと思いますが、一理あるのかな?と思います。

少子化の日本だからこそできる子育て。たくさんありますよね。勉強だけではないんですよね。健康であってはじめて勉強もできるものですから。衣食住。これは生きる事と成長には不可欠です。 

 

2199)友人からハイテクな積み木をプレゼントされて、悪銭苦闘している私です。積み木は土台を作って上に重ねて行く物ですが、いただいた積み木はバランスがキーポイント。いわゆろ逆の思考回路が要求されます。順番立てて一つ一つ積み重ねる事は慣れていても、先を読みながら計算して積み上げるのは苦手な私です。しばらく使っていなかった脳のソフトに油を注入して、、、やればやるほど面白くはまっています。誇りのかぶっていたソフトも4時間後にはしっかりと稼働してくれました。一つ引き出しを増やさせていただき、感謝しています。ありがとう!この積み木、、対象年齢2歳から大人まで。という表記が納得の私です。一生懸命積み上げているその下で、我が家のワンちゃんが観察しています。がらがら崩れればワンちゃんの遊び木になってしまう。。。いかに早く片付けるか、機敏性も増しそうな、、、ボケ防止にもなりそうです。


2198)お花見の季節は決まって寒くなる。。それでも淡いピンク色は人の心にいい感じで広がって、その太い年輪を重ねた木からでる癒しのパワーは、人々に元気と笑顔を与えてくれます。夜桜も風情はあるけれど、青空の下、太陽の日差しを浴びながら桜の木の下で食事をする、、、日本の花見こそ、昔昔から伝わる日本の癒し。特別なローションを使わなくとも、特別なツールを使わなくとも、特別な格好をしなくとも、癒しはずーっと昔から自然に生活の一部にあるものと痛感しています。ストレスが多い人、イライラしている人、気の循環が悪い人、等々、、何かに頼る事無く外に出てみませんか。癒しの空間はたくさんあります。せまいマンションの一室で癒し体験をするよりも、はるかに健康的と私は思います。
花見だけではなく、太陽にあたり、大地を踏みしめて歩く事。それが一番。人々がアレルギーだとか、神経症を訴える背景に室内と車がいつもつきまといます。近代化した生活の代償は体に負担のかかる時もあるということ。


2197)人の命の問題。生きる為の命と、終わりの命。その選択肢がいろいろと考える所が多い、、、最近のニュースで尊厳死と安楽死の問題がクローズアップされて、本人の意識がまずは大事かなということで、我が家でも夫婦でいろいろと話を重ねてきました。私も主人も自然死を望み、治療拒否。よって延命はあり得ないという結論に達しました。生かされているこの体に限りがあるのは避けられない事で、その生きている状態をどのように捉えるかで、考え方も変わると思っています。植物状態にあっても、生きているという認識で支え合える人もいるでしょう、そのような姿を受け入れられない人もいるでしょう。それはおのおのの判断に寄るものであると思いました。医者としての最低のガイドラインはあっても、最終的な決断は親近者になると。また、生きるため、、臓器移植の問題。日本での臓器移植はまだまだ認識が低く、受け入れ態勢もありません。なので、募金等をつのって海外に行かれる方も多いです。臓器の提供も生きる命/終わる命とのかかわり合いがあって、、、提供者となるのですから。この陰陽は同時に議論を重ねる必要性を強く感じます。自分の国での出来事は自分の国で処理でする事が一番だと思うと同時に、これから加速をたどるであろうこの重大問題に何らかの結論付けは先送りにはできないものと。。。先進の医療技術と人間の進む速度が開きすぎないうちに。。。



2196)46歳を迎えて、人生最良の日を迎えています。こんなに幸せでいいの?なんて思う日もあるぐらい、おかげさまで幸せな私です。10年前、こんな日がこんなに早く自分にくるとは思ってもいませんでした。今、今日大空で輝くような太陽の様に私も輝き、暖かい気持ちでいられる事に心から感謝と、ここまでに導いてくれたすべての人に感謝です。この幸せは一人のものでは決して無く、私を私にしてくれたご先祖様、亡き両親、主人、友人、、、すべての人があってこそです。なので、これからはこの幸せを多くの人に与えられる様精進し、またいい一年を過ごせるよう心優美で努力します。


2195)どんな人にも進む道の前には必ず壁はあります。それを意識するかしないかだけの問題です。難しい壁の前に来たときに、その場しのぎでその壁を越えても、それは決して最善策ではないという事です。すぐまた同じかそれ以上の壁に当たる物です。その壁がとてつもなく苦痛を伴う物でも、とてつもなく時間がかかる物でも、とてつもなく大変な物でも、、、そのときの試練と思って受け入れる事が肝心と、自らの経験にて思います。前途を多難にするか、否か。。。それも与えられたものです。


2194)人は誰でもが一人では生きて行けるわけでもないし、何らかの社会との関わりは生きる上で重要な役割と私は思います。社会との関わり、、お仕事でも、趣味でも、ボランティアでも、、、つまりは人との繋がり関わり合いです。そこからいろいろを考え、悩み、喜び、成長するものと。わからない事、迷っている事、一人で抱え込むのは御法度です。親兄弟に言えない事も友人や先輩に相談する、人と共有する事も大事かと。ただし、最終的な判断は自分です。何でも抱え込んできりきりするよりも、人に任せられる事は任せてゆとりを持つ。すべて人とのつながりです。自分に関わった縁を大事に。いい縁に巡り会うも、悪い縁に巡り会うもすべては日頃の自身のあり方一つと、心の目。


2193)家族像とか家庭観というのは人それぞれだろうけれど、教科書のような教える基本的書物にいちいち詳細を掲げて例にとるのはいかがなものかと思います。今の実情を教える、、という趣旨は学校で教えるものではなく、それこそ家庭。学校で教える基本的道徳倫理とはまったく別の物と私は思うのです。母子家庭がどうだ、父子家庭がどうだ、離婚、祖母は家族ではない、ペットは家族か。。。そんなことを教科書で教えることよりも、その根底にある人の心と愛のほうが重要と思います。

 

2192)フランスの雇用問題を巡る大暴動。日本と正反対のフランスです。働きたいのに働かせてもらえないフランスと、働きたくないニート集団を抱え雇用促進を促す日本。暴動はあきらかにいい行動とは言えないけれど、ニート集団よりははるかに人間的と私は思います。このフランスの雇用問題も政治が絡んでいるようですが、一生懸命に国の財を築く国民をわざわざマイナス因子あふれる空気の中に入れてしまうのは、どちらの国の政治もまともであるとはとれません。勤勉で働き者の日本人と言う言葉も死語にならぬよう、、、

ニートは子供の責任というより、親の責任です。楽を覚えさせてしまった甘えの構造の一端です。親の責務は重大であるとつくづく思うのです。人を一人育てるという事は大変な事です。あやふやな考えで子供を作ったり、作ったきりろくな世話もしなければ親であるとは言えない。。。子供を産む事よりも育てる事の大事さをもっと認識させて行かないと、どうにもならぬ長いトンネルから抜ける事は困難かと。昔の日本ならしっかりと受け継がれた環境があって、その中での試行錯誤であったのだろうけれど、この核家族の中、親の教育に力を入れて行かないと、少子化対策も空洞化になると思います。現状は結果です。ニートも結果です。原因を追求し解決なくして変革はないのではないでしょうか?目線は高くてはこぼれる人が多すぎます。目線は低いほど真実がわかる物です。

2191)個人情報保護法案が成立してからの個人情報の流出が多く目立つのは、、、各人が情報を守っても、守る手段がパソコンでは今の時代、、、守れない。けれどそんなことを言っていると何にも関与できない今の情報化時代。プライバシーがあるようでない時代でもあります。大きな穴がどこかにあいているようなこの法案。最近の法律に大きな猜疑心がわくのは私だかけでしょうか?先日の中古家電の販売も、結局法律の意味をなくした法律となっています。もう少し頭のいい人で組織を作る事の方が先決と思います。


2190)医者の患者への対応。尊厳死や安楽死。人として医者としての見解。難しい問題ですが、、日本における医療に関するいろいろ細かな決めごとも欧米並みに必要ではないかと思います。医者は技術だけでは決してできないことでもある反面、技術を要求している私たち人間の姿もあります。最近の手術の躍進をみていてもこれは医者というより技術者。問診担当と技術/現場担当の役割分担も必要なのかもしれません。


2189)亭主関白道というのが、男児の象徴九州である記事を見つけて、ひとしきり笑ってしまた私です。「関白といえど、天皇(妻)にはかなわない」が前提だそうです。そうよ!そうよ!そうなのよ!我が家でも、主人が僕はご主人様なんだけど言えば、私は奥様で奥にいるんだからもっと偉いんじゃないの?という具合。それでも結婚16年。毎日手をつなぎ、愛しているよと言い合い、夫婦仲良く円満ならこれぞ夫婦道でしょうか。ちなみに、この会が掲げている表の公約、我が家では一つも当てはまらず、裏の公約はすべてみたした筋金入り。仕事でも、対人関係でも、社会でも、基本は家にあり。どんな夫婦でもよりそって仲良く最後まで添い遂げてこそ、最高の幸せであると自負しています。夫婦円満の秘訣我が家流。。家では妻の天下、外では三歩下がる妻。かな??

初段 買い物に同行し、荷物を持つことを断れる
二段 ゴミ出し、風呂掃除などを断ることができる
三段 意見が割れても自分の意見を通すことができる
四段 隣がピアノを買ったとき、うちはピアニカでいいとキッパリ言える
五段 女房や息子を正座させて説教したことがある
六段 女房のほおを平手打ちしたことがある……おおコワ
七段 女房と外で待ち合わせをして、2時間以上待たせて、なおかつ文句を言わせない
八段 気にくわないことがあったら、おかずなどが載ったちゃぶ台をひっくり返せる
九段 けんかをしたとき、間髪を入れずに、心の中でなく、声に出して「出ていけー!」と言える
十段 女房に「あなたのような亭主関白は見たことも聞いたこともありません」とお墨付きをもらっている(女房の署名が必要)
 ▲公式認定基準
ウラ認定基準▼
 ◆新!亭主関白道段位認定基準◆<表2>
初段 3年以上たって「妻を愛している」
二段 家事手伝いが上手
三段 浮気をしたことがないか、ばれていない
四段 レディーファーストを実践している
五段 愛妻と手をつないで散歩ができる
六段 愛妻の話を真剣に聞くことができる
七段 嫁姑問題を一夜で解決できる
八段 「ありがとう」をためらわずに言える
九段 「ごめんなさい」を恐れずに言える
十段 「愛してる」を照れずに言える


2188)オウム事件の11年は結局なんだったのだろう。弁護団の売名行為?本人の口から一つも真実が語られぬまま集結を迎えます。死刑確定と思いますが、私はこの判決には賛成論者でもあります。死刑執行にはいろいろな感情があるでしょう。けれど、ここまで極悪非道のトップはこうなるのもしかるべきかと。また、ここまでしていることがわかっていたのにもかかわらず、この11年という裁判はとてもやりきれない思いもあります。被害者の家族は11年、念を抱いていたのですから。世間で忘れ去られてしまいそうになるようなこの月日。拉致もそうですが、なんとか、後に残された人の為にも、加害者本人の為にも、もう少し早い判決と、裁判の期間のありかた、検討していただきたい物です。精神鑑定精神鑑定というけれど、、、このような人がそもそもまともとは思えません。この精神鑑定のあり方と、判断する医師団の医師の成長も期待します。


2187)春になって女性の服装が軽やかなんですが、チョイスの感性も軽やかで、、見ていて目が点になるのは私が年をとったせいでしょうか?気に入った靴/気に入ったコート/気に入ったバック。。。だからといってそれらが全部コーディネートされているとは、、限らないはずです。色や柄もかなりスパイスが利いてきます。気に入った一点を基本にしてコーディネートを考えてみるのはどうでしょうか?私の若い頃の銀座や青山あたりはおしゃれな人で溢れかえって、目の保養にもなったものですが、、、もっとおしゃれしましょう!心も明るくなりますよ!


2186)常識的な大人の私と、無邪気な子供のような私の同居が今後も継続できるように。常に頭は柔軟に。自分の唯一の取り柄でもある楽天的生き方。私は私。誰でもない
昨年末の父の葬儀の後から3ヶ月。やはり自分らしくない自分がそこにいました。それも自然のことと受け止めて、自然にもとのパワフルな自分に戻る日を待っていましたが、ようやくその時がきました。そのような前触れとして、必ず浄化のような体調の変化もある私ですが、おかげさまで知恵熱も通過。エンジン全開という所でしょうか。体も柔らかくもとに戻り、不思議です。母の葬儀の後は復活まで3年の月日がかかったのを思えば、なんとも早い復活です。さー、改めて、本気で自分の道を探検にでかけます。

2185)電車に乗っていたら、元気のよい声のおばあちゃんが勢い良く乗ってきました。目は合わさずに耳だけダンボにしていると、そのおばあちゃんは周りの人に、電車の中で転んで骨を折った話を切々としています。たぶん20代の学生さんでしょうか。おばあちゃんの話に合ずち打って、電車がブレーキをかけるとおばあちゃんに転ばないように、、なんて優しい言葉をかけていました。おばあちゃん。30分の間独演会で、気がつけば周りの人がみんな笑顔で聞いています。都会の雑踏の中で、とても暖かい光景に触れた一瞬でした。折際に、おばあちゃん、大声で『ありがとう!ありがとう!』と手を振って、、その言霊の響きが今も胸に響きます。

2184)着物愛好家であり着物の事をいろいろ教えている立場の私にとって、自分の着こなしやコーディネートを全く知らない方々にほめられたりすることは、この上ない喜びであり、感謝です。年齢や感性とともに、同じ着物でも以前と全く同じ着こなしができないのも、面白い傾向です。洋服もそうですが、今の自分の感性がそのままでるんですよね。何年も前の着物をしばらくぶりに着たときに、以前はどの帯を合わせていたんだろう、、と思うほど、着物の趣味も変わっています。それでもその着物を着ないのではなく、今の自分に合った帯や小物をチョイスするのもまた楽しい物です。いつ何時でも、素敵な着こなしですね!と言ってもらえるよう、感性を養うとともに、より一層、着物に着られるのではなく、着物を着る自分になるよう精進です。


2183)今更、、、文部省が声を上げて、子供の学力向上、教育向上は家庭=親にあると言っています。私に言わせれば、、今更です。塾でも学校でもない。基本は家庭であり親である。それはごくごく自然のこと。塾に教育を求め、学校のせいにするのはひとえに、親の甘えの構造であると思っています。もっともっと子供が親の背中を見て励めるよう、親というものの責務を自覚していただきたいと。子供になんの責任もありません。

 

2182)ボクシングの亀田兄弟。相当強いらしいけれど、あまりいい感じは受けていませんでした。ボクシングというくくり意外でもアイドル並みのその人気に、いつも目を三角にしていた私ですが、、、この二人、よくよく見ていると、とても純粋で、あどけなくて、かわいいなー、、とファンになってしまいました。どうひっくり返しても、おつむの方はいいとは言えないけれど、人の心をくすぐるものを持っている二人と感じました。この兄弟の父への強く深い信頼感が、家族の絆と成って、何者にも代え難い光を放っているのだと。なんとなく小生意気で、品のなさが目立つけれど、そんなものも吹っ飛ばすほどの、素晴らしい心を持っているようです。心の純粋さと頭の柔軟さ、彼ら兄弟はまさに、知識より知恵の人であると。この先も楽しみな兄弟です。

2181)上海で鳥インフルエンザで死亡者がでたようです。中国の鶏肉はおいしかった、、、北京ダックもおいしかった、、、もうしばらくは行っても食べられないのは悲しい事です。渡り鳥が運んでくるというウィルスではあるけれど、大元は人間のはず。犠牲の上からの学び。鶏や、牛などの動物から見る、人のあり方を本気で正視する時期である事を強く思います。腕にリストバンドをはめても、募金活動をしても、一人一人の生活の意識が変わらないと意味は無いという事です。環境問題、食の問題、水の問題。


2180)29日午後、新月であり、皆既日食が見られるという。もちろん、日本では見られませんが、今の時代は便利な時代で、ネットで見る事ができます。宇宙のパフォーマンス、存分に楽しみたいです。月と太陽と地球。そして星。私はこの世を去る時は宇宙に一発飛ばしてもらう事にしています。もちろん、主人も。どちらが先に逝っても、きっと受け止め合おうね、、なんて少年少女の様な純真な願いを持っています。恋多き女性で、多くの男性ともおつきあいしてきた私ですが、やはり主人は最高の男性です。少々お腹はでてきて、こうるさい所も出てきたけれど、私にとって、無限大の愛の元です。友人達は私が一人になったら見ていられないほど落ち込む、、と言うけれど、、、それとこれは別で、どうかな??


2179)とても目覚めの悪い夢を見てもんもんと起きたら、不幸の知らせがあった。この家の叔母が亡くなって翌年に私の母が亡くなって、私の父が亡くなって、すぐに追うように叔父が亡くなった。。仲の良かった母と叔母のおかげで、子供の頃から行き来して、随分かわいがってもらいました。年を重ねると、おめでたい知らせよりも不幸の知らせの方が多いです。寂しいような、移り変わりが伺えるような、複雑な心境です。別の世界で兄弟姉妹が揃う。生きているから死もある。
元気でいる時は生かされているという意識よりも生きているという意識の方が強いです。私は父の死までの数ヶ月を見たときに、はじめて生かされている苦しみ、辛さを感じました。自分で思うようにできず、言葉も流暢でなく、介添えが必要な日々。けれど、辛い苦しいと見える生かされている日々も、当人の最後の修行であり、その修行を投げる事無く全うしたからこそ、穏やかな最後が迎えられたとも思っています。生きる事、生かされる事は幸せな過程であると。。。

 

2178)法律、条例、規制、、人を縛る物ではないはず。善と悪の境界線は極めて難しい事もあります。未成年者が夜中に町中にいるのはどうかと思うけれど、夜中に町中にでなければならない未成年者もいます。すべてをひっくるめて一概に不良とくくり、警察がでてくる結末を県が施行するという事は、私はさらに拍車をかけることと危惧します。いつも根本が大事と言っています。未成年者が夜中に町中にでている理由、それは彼らだけの問題ではなく、家でもあり、学校でもあり、親でもあり、、、、、それらの解決を見いだせなくて、汚い物に蓋をする考えは理解に苦しみます。人に必要なのは心に響く愛情であり、その愛情が心をも動かすのであって、無理矢理にする物ではないと強く思います。未成年者の責務は親です。まずは家庭環境からのケアが第一と私は思いますが。子供が悪いとなげく親ほど、親にも問題があると。。。

2177)お人形さん遊びや積み木遊びが大好きな私。えー、46歳にもなって、、と言われても、好きな物は好きなのだから仕方が無い、、子供の頃はリカちゃんハウスが大のお気に入りで、いろいろそこで家作りを楽しんだり、着せ替えなどをした覚えがよみがえります。多分、30歳まではしっかりとその中で遊んでいた私ですが、結婚して一度家を離れてから、手元にはなくなっていました。きっと、、亡き母が誰かにあげちゃったんだと思うけれど、、積み木も家作りやお城作りであーだこーだいいながら遊んだ記憶があります。レゴはぬくもりが無くて好きにはなれなかったのですね。積み木の木の感じと、ペイントが好きでした。子供の頃から家作りには精を出していたので、以前住んでいた家の間取りは建築士も仰天のいい間取り図を作ったものです。積み木はいくらでも高い建物を造る事ができるけれど、土台が少しでもゆるんでいると上の階は大きくは取れないし、崩れてしまいます。人生も同じ。こけたらまたしっかり土台から立て直し。あせらなくともいいのです。自分の人生なのだから。曖昧に流れにのってたどり着いた先で、いきなりがらがら崩れてしまう方が遥かに辛いです。


2176)人の見方は千差万別。いいという見方もあれば、なんだこれは、、という見方もあります。私が思うにはそれは当然の事。だから、その事実は否定しません。けれど、いったん賛否を受け入れてしまうと、本当の所が見えてくるんですね。もっと深く受け入れて、真実を見極める心の目を養う事、今後の日本にも子供にも私たちにとっても重要なことと感じています。

2175)日本は少子化で人口は下降線をたどっています。かたや、近隣の中国では13億人強と上昇線をたどっています。子供を産む数を押さえてもこの傾向にある。。。10年前にも中国の人口は13億だとか15億だとかいわれていたのだから、少数民族等を合わせると、すごい人口になるのでしょう。成長をする国への期待や、経済などが反映しているデーターの一つとも思えます。日本はたくさん子供を産んでもらいたい優遇処置を検討していますが、どうか目先の経済事情だけの、お得意の上辺だけ政策ではなく、何故、子供が少なくなったのか、柔軟な頭でよーく、深ーく考えて全員一致で納得の政策!というものを一つ、お願いしたい物です。
少子化政策と言えば聞こえはいいですが、産みたくとも産めない女性、、、私もそうですが、、デリケートな女性に配慮をいただければ幸いかと。すべての人が健全な女性ではないのですから。

2174)子供でも大人でも、肥満は動かない社会/高カロリー摂取につきると。。子供は何でもたくさん食べてたくさん運動して。この運動がまったく追いついていない実態。座ったままのゲームやパソコンでは消費できる訳ありません。学校での昼休みも教室でゲームに漫画、、子供の内にある程度の消費システムを体に覚えさせる事は、大人の過剰な肥満は回避できる物と。大人も車社会であり、どこへ行くにも車。健康的な食生活していても、体を動かす事が少なければその食事もカロリーオーバーともなり、気血が滞る、、季節は春。外の奇麗な景色をみながら歩いてみませんか?手軽な運動の筆頭です。

最近、スポーツ界で多くの人がクローズアップされているのはいいけれど、かなり偏った食事も事実。この方達はそれだけカロリーを消費しているので今は健康に支障が出ていないと思いますが、普通の動かない人はとんでもない事。バランス。規則正しい時間に取る食事。

 

2173)東大合格者を出す学校が私立よりも公立校の方が多いという今年度のデーター。麻布、開成、灘、、これらの高校は逆に激減したそうです。とりわけ地方の公立校の躍進は目覚ましく、ここでも一つ、神話は崩れそう??合格の秘訣は自分の大好きな勉強を一生懸命にやった結果という学生の弁に、はー、、とため息の私です。成せば成る。私立の学生さんは小学校からの受験で持久力がつきているのでしょうか?とにもかくにもおめでとう。私には逆立ちしても、できない事です。


2172)運命の分かれ道と言える選択。これも一つの縁でしょうか?世界一になった野球の舞台に立てた人、自ら捨てた人、事情で立てなかった人。そっくりな歌でも原曲はヒットしないのに、盗作が爆発的に売れた、、私自身もそんな運命的な選択を今まで何度も何度も経験してきて、今に至ります。ここぞという時の選択を間違ったものにしたことのない私は、ラッキーだね、といわれる事は多いです。そう、ラッキー!迷わない事、悩まない事、インスピレーションに逆らわない事、これが私のラッキー!

 

2171)ここの所、そんなに大げさにびっくりすることはない私ですが、出先で母と似た人や父に似た人を見かけると、心臓が飛び出るほどどきりとして足が止まっています。世の中に似ている人は3人いるといいますが、今の私にはどの人を見ても年代と着物姿でみんな似ているように見えてしまいます。その方々が笑顔で楽しくいる姿を見ると、胸が熱くなり、いろいろを思い返してもいます。改めて、、、両親がいないんだな、、、今頃になってかなりセンチになっている私も、反面にいます。もっともっとと思えばきりもなく、終わってしまったことなのだから、、、今私ができる親孝行はこの世で夫婦仲良くし、妹と助け合って年を重ねる事。笑顔。笑顔。笑顔。仏壇の中で笑って見ている両親がなんだかすぐ隣にいるようです。私でこんな感情なのだから、事故や災害で幼くして親を失った子供の感情は想像を絶します。そんな子供達に何かできることがあれば、、、


2170)桜の便りがあちらこちらで聞かれるようになって、、、ここ横浜でも開花したようです。桜の花びらの色は大好きな花の色の一つ。つぼみの頃はしっかりピンクで、先開くと淡い淡いピンク。春先は花々がいいカラー展開で、見ていても一つの癒しです。我が家の庭先も黄色、ピンク、赤、紫、白、オレンジ、の花々でいい気分です。花屋さんの花は季節感は全くなくなりましたが、自然の開花は本当にいい物です。これも四季のおかげですね。日本、大好きです。
ウィンドウもパステルカラーで奇麗なのに、どうして街行く人の着る色が重たいのでしょう、、生活に色を取り入れればそれで簡単にリフレッシュできるんですがね、、、特に中高年の男性の上着の色には四季を感じないんですね。せめて休日は明るく変身して若返って、奥様とデートとしゃれ込むのも、一つです。ちなみに我が家は毎日デートのような感じですが、、欧米生活の長かった主人は、やはり、カラフルです。真っ赤なレザーのハンチングが似合うんですね。そんな58歳のご主人様です。

2169)WBCは予想が的中して世界一に日本は輝きました。ベースボール大国アメリカでのこの試合を通して、一つの姿勢が伺えました。アメリカはここの所どうもすべてにおいて、軸がぶれている、、頂点でいる事への甘えというか、安心感というか、、、頂点に君臨するものは永遠ではないという事でしょう。常に謙虚な姿勢と努力する姿勢。これにつきます。原因があって結果がある。いいお手本の様に私は見ていました。
パワーや身長や、、、多くの差を見せつけられていた外国との差が感じられなくなった日本です。これも日本人のこつこつ積み上げる根性の賜物ですね。どの人にもあるのだから、あきらめずに、めげずに、すべてに取り組みたい物です。昨今、野球離れの子供が多くなっていますが、これで流れも少し変わるのでは?

 

2168)せっかく手塩にかけて育てた野菜が豊作で破棄されたり、栄養満点なミルクがたくさんしぼれているのに、需要がなくて捨てている実態。もったいないことです。本当に破棄しないとだめですか?利益にはならなくとも必要な人へ出荷するということは選択肢にはないのでしょうか?キャベツが捨てられている時期から数ヶ月、葉もの野菜は高騰で品薄でしたよね。。。私自身、ミルクは飲めないので、なんなんですが、、今やミルクから豆乳へ移っているそうで、、、メディアや健康に関する報道の影響は大きいと思います。栄養学や安心という面ではミルクにかなう物は無いのではないでしょうか。それでなくとも骨密度が国民レベルで低下している今、乳製品をたくさんとりたいですね。ヨーグルト、アイスクリーム、バター、チーズ、、チーズと言えばこちらも輸入物は高騰ですが、国産品をもっと増やしたら、、なんて主婦は思います。日本は独自の物が少ないから、、、こんなことを繰り返していると、自国で生産するものがなくなって、この先はかなり食に関しては壁が立ちはだかってしまうと。。乳製品に限って言えば、いつぞやの大手乳製品会社の失態が浮かんできます。食を離れさせないよう、生産者も心して取り組んで、、、信頼第一の食でもあります。


2167)
何だかしっくりいかないなー、、変更したいな、、でも相手がいること、、どうしたもんでしょう、、と思案していたら、相手の方が変更してきて、結果、自分の感じている運びになった時、あー、こんなものだなと思わず心が熱くなります。それにより、その事の意味がますます深くなって、とても嬉しくなりました。感謝。

2166)何をやってもうまく行かなくて長続きがしなくなってしまい、何かにすがる事しか頭に浮かばない、、、何にすがるのでしょうか?自分の都合勝手にすがってみても、ただの通りすがりで終わってしまうかもしれません。人間ならばそんな弱気になってすがる気持ちはわからないわけではないけれど、すがるにはすがるなりの心得があると私は思いますが。原因をしっかりと見定めて、その改善にこれからを生かす事。一生懸命の姿勢が大事と強く思います。すがるものは偶像であり、実は自身なのだから。

2165)WBCがおもしろい。野球なんてちっとも興味がなかったけれど、何日か前のアメリカの納得のいかない判定から、ちょっと気になりだしていた私。準決勝進出もまさかのまさか。2敗を期した韓国戦では圧勝。一生懸命やっていることって、やはり正しい方が運をひくんですよね。野球大国アメリカは決勝戦にはいません。まっすぐ一生懸命にやっていれば、運も味方するといういい実例です。一喜一憂しなければ優勝ですね。

2164)ここの所何かにつけて目につく《死》。このサイトでも何度も書いています。私は死という物はこの世の卒業であって、新たなステージへの旅立ちと捉えているので、恐怖感はありません。この世で見聞きする事は、この世でだけの事だけで無いと、昨今思う事もあります。物質面で言えばこの世限りでしょう。なので、今から特に大切にしていたい物が非物質でもあります。46歳ともなると、そろそろ折り返し地点で、物という意識にも変化の現れは顕著です。とにもかくにも自分の人生を全うすることが、自分の引いた幕引きである死に大きな影響を表す事は必須で、その為にも精進、精進です。苦しい事も、辛い事も、誰の為ではなく、自分の為という思いからです。


2163)人間のエゴ故の代償として、何の罪もない動物が犠牲になる今、すべての人の欲という最大なるエゴをどうにか最小限に抑えるにはどうしたらいいのでしょうか?
BSE問題での牛。本来の牛の生活であればあまりこのような事態にならないのではないのかな?人が食する上でのあれやこれやで牛の食生活も大きく変わった実態の一つと。
BSEは発症まで多くの年月を要するという誤った認識をただし、この問題にもっと神経質に取り組む意識の必要性を私は強く思います。米国でのBSEの認知度の低さと他国の認識のバランスのずれがいろいろな弊害であるとも。生きる為の食の安全。大きな事態になっていないときにこそ、最善の対策をと思います。
この時代になって動物達なの生態系の変化はすべて人の手に寄る物と私は強く思います。からすの異常発生、猿の群れ、いのしし、鳥インフルエンザによる鶏、、、昔からつかず離れずで共存してきた関係の崩れ、これは何を意味する物なのか。一人一人がもっと深く向き合いたい。。。進歩による犠牲。その犠牲を教訓にしないと何の意味ものないと、私は思っています。

2162)卒業式のシーズンで、袴姿の女学生を多く目にします。いつの頃からかこのスタイルが人気になって、ハイカラさんルックは見ていて目を引く物です。やっぱり日本人。昔から身につけていた物は誰にも合うものなんですね。西洋文化の発達とともに機能性という意味合いから洋服がメインになってきましたが、着物も機能性としては日本人の生活にはぴったりです。若い頃は欧米スタイルの生活に憧れても、年を重ねると畳が恋しい、、そんなものでしょうか。休日やくつろぎタイムに、そんな日本の生活を取り入れて、本来の日本的感覚を取り戻してみるのも一つ、現代風にアレンジしても一つ。これから着物がいい季節です。


2161)私たちの日常の前に現れる様々な場面や人、物。それらに今何が必要なのか、今どうしたらいいのか、、いろいろたくさんの合図があります。些細な事でも何かのきっかけとなるという事です。自分の体に立てたアンテナはどんなものもキャッチする、そして実にする。。必要な物は簡単に教えてもらっているという事ですか。それに気づくか、気づかないか。

2160)メンバーのほとんどが還暦を過ぎているというロックバンド、ローリングストーンズ。その変わらぬかっこよさに、ちらりと横目で主人を見てしまう、、私。ステージを見に行く事はできないけれど、きっと変わらぬパワフルなステージ展開になるのでしょう。まー。。主人も年齢にしてはかっこいいとは思うけれど、今やあのハードな動きをしたらきっと寝込むだろう。。。わけのわからぬ若いバンドもいいのかもしれないけれど、私はやはり、信念の通ったこのようなバンドが大好きです。。往年のロックバンド。
ハードロックも大好き、レゲエも大好き、カンツォーネも大好き、ジャズもシャンソンも演歌もポップスもいい音が奏でる魂が好き。ここ10年ほどは歌詞のない演奏のみの楽曲に惹かれているけれど、、、そう、私の場合、歌詞は二の次。音がハートにくるから歌詞は邪魔。


2159)小学生の首つり自殺のニュースを見て、驚きを隠せない私です。報道だけの知識では担任の先生の行動にも問題があるようにも思えるし、この子供の家庭環境にも何か問題があるようにも思える、、、どうしたらこんな事件がなくなるのだろうか。自殺の低年齢化は大人達はもっと深く真剣に受け止めないと、、、

純愛物語がこのアジア圏でブームになって、映画やドラマの世界で、リメイクされています。どうしてこの手の物に多くの共感があるのか。。。忘れている本物の愛と生き方の提示が多く秘められています。そのストーリーに感動して涙したなら、是非、それで終わらないで、今後の自分の生き方のプラスにしてほしいです。知識としてではなく、知恵として自身の体全体で受け止めて消化したいものです。これだけ重たい内容の物が受けるのにはそれなりの原因と結果があってのことと私は思います。時代が必要としているのはまさに、ほんものの愛と家族と生きる事。それを受け入れることにより、越えられるはたくさんあるのですから。

自分にできるかできないかが問題ではなく、何が自分にできるかが問題であると。多くの共感する素晴らしい感動がリストバンドの輪の様にならない現実。お芝居や映像でおわらせないで、それこそまさにもったいない!

2158)トリノパラリンピックで、日本はメダルラッシュですね。うれしくて、その映像を見るたびに涙ぐんでしまう私です。健常者にも、障害者にも、この舞台に立つにあたってのいろいろなドラマは共通です。分け隔てて見る事も全くないと。なのに、どうしてこんなにメダルの大きさと質が違うのか、、日本では所得格差が問題になっていますが、なんとなく、地球全体に格差がでているような、そんな気がします。この格差は人の格差とも私は思います。今回も素晴らしい力をたくさん見せてくれた選手達に心から感謝と、自分への戒めと、ありがたく生きること。。。


2157)生きる価値。物事の価値。価値観は人それぞれ違うようにすべてにおいての価値もまた違ってきます。あるいは捉え方の違いとでもいいましょうか。体を壊してまでも何かをする価値が本当にありますか?これでなくてはだめなんだ、、家族のため、生きる為に、それは本当にし方の無い事でしょうか?自分の考え方をちょっと横においてみて、別の考え方を模索したり、人の意見に耳をかしたり、そんな少しのゆとりと、休憩もその価値の見いだし方に差がでてくると私は思います。がむしゃらに突っ走るのもそのものの考え方でしょうが、それはあくまでも自身流。肩の力を抜いてみる事も、その場の流れを変えるには必要と思います。一人でしょわないで分かち合う事、助け合う事、そこで生まれるいろいろの価値の大きさに気づいた時、身も心も軽くなって元気にもなるものと私は思います。
私的思考回路の原点に、体を壊すということは、その行っている事が何か違った事をしていたり、立ち止まる事を意味していると自身を通して確信しています。人の体は誰でもそれだけ本当に敏感であるという事ですかね。

 

2156)紙面をタイトルだけで拾い読みをしていると、知らない人に多く遭遇します。大女優、、、なんて見出しで、どれどれと見ても、この人で大女優ならみんな大女優だ、、と思う人ばかり。タレントと女優の区別が全くありません。どの人も二足や三足のわらじをはいて、だからかな、、ハリウッドスターと比べると魂からのレベルががくっと下がります。本物の日本を代表するアクターやアクトレス。出にくい時代背景なんでしょうか。。。私にとっての日本映画は寂しい感じです。


2155)あと2週間もすると私も46歳です。昔から誕生日は大好きで、年を重ねるたびにうれしくなります。お若い方をみてうらやましいなー、、と思う事ははっきり言って、まったくありません。社交辞令で言う事があっても、やはりこの年輪、誇りの一つです。誕生石は知っていたけれど、誕生日石というのはついこの間知りました。聞いた事も見た事もないような奇麗な石でしたが、、どこにあることやら、、ついでに同じ誕生日の著名人の名前が載っていましたが、この年度末の忙しい日にうぶ声を上げた人がかなりいる事に驚きました。その中で共通点、、、自分の信念で生きている人が多く、ちょっと変わり者が多いようです。ちなみに大好きな月の満ち欠けも調べたら、新月が終わった後だったようです。自分の生まれた日の事はいまや誰にも聞く事もできなくて、そんなときに限って知りたくなる、、まー、わかる範囲でいいよ、ってことでしょうか。


2154)自衛隊の中の処分の報道を見て、こんなにも多くの人が罰せられる事をしていたのかと、驚くとともに、これでは米兵を批判等できないではないかと、、その上、どんな非人道的なことをしたとしても匿名だという。不要な物のリストにいれてしまいそうな自衛隊です。知らぬが仏というけれど、、、在日米兵の素行の悪さにしても、自衛隊の素行の悪さにしても、根本は戦う意識にあるのではないのかと思わざるを得ません。自衛隊は国の一部です。その国の一部の悪い部分をもみ消すような処置はその人にとっても、日本にとっても決していい事だとは私は思いません。このような体制でいったい何ができるのか?国民の信頼を裏切る数々の裏の部分。人が罰せられない部分はきっと神から罰がおります。その時は手遅れだと心すべきと強く思います。


2153)顔は人生であり、その時であり、心であると思ってます。その時に見える顔がとてもよく見えていても、それはその時の自分の感情。振り返ってみるとすごい顔してたなー、、なんて思う事もあります。何百册にも及ぶアルバムをそうそう振り返ることは難しいけれど、年齢ごとの自分の写真をチョイスして並べてみると、面白い変化とその時が振り返れます。若い頃は奇麗だったのに、今はね、、という人が多いでしょうか。その時の自分を振り返れば今との違いが浮き彫りになります。私は20代の頃の自分が一番変化が顕著に出て、いろいろ思う事もあります。自分の顔で今いいなーと感じる時代。。。5歳までの私と、今。その間の40年は紆余曲折。親との関係、学業、社会人として、恋愛、、、さて、10年後にはどんな風に眺められるか。年を重ねても、その重ねた分いいと感じる事がまたできるように、精進。

 

2152)今週末から春のお彼岸です。お彼岸の意味は岸にたどり着くという意味があるそうですね。最近は子供中心でお彼岸等に家族でお墓に参る人がだいぶ少なくなりました。私は物心ついてから年に何度も親に連れられて父や母の生家に行った記憶がしっかりあります。その土地、その土地のお墓参りの仕方。いろいろあります。これが正式、なんてことはないというのが私の考えです。親戚が集まって楽しく食卓を囲む事が、先に逝ったご先祖様への最大の供養なのでしょうね。この時代に家族でお墓参りが大変な時もあるでしょうが、食卓を囲みながら、先に逝った方々を忍んだり、思い出話をするのも私は供養と思っています。今自分がいることもすべて、先に逝った方々がいたからこそという感謝の気持ちを込めて、是非、家族そろって笑顔で過ごしていただきたいです。ちなみに、、この週はおだんごやらぼたもち、、、連日の様に供えて食べる、私にとっては別の意味でも笑顔です。

2151)拉致被害者の家族の方々の精力的な行動を見て、ここまで被害者が動かないといけないの?なんてふっと思います。これは国の責任問題でもあるのだから、外務省がもっと積極的に動くべき事だと思うのです。何の為の外務省だか?米国の議会で事情聴取があるというけれど、どうして日本はなんとか動こうとしないのか?これがアメリカで起きた問題ならばとっくにイラクの様になっていたと。私はこの事件を通してそのときそのときの思いを書いていますが、今は、この事件を通してより一層の家族の絆を思います。家族だから何十年も戦える。今の冷えきった家族のあり方、、、すべてを見直し、この事件の犠牲の上に成り立つ多くの事に気づきたいと。ともあれ、政治の犠牲に国民がなることだけは、納得がいかない私です。


2150)今月の満月は久々にとても奇麗でした。夕方東の空に低く赤みを帯びた大きな月を見るたびに、宇宙という認識が強まります。夜9時頃は一番強い光を身近に浴びられるでしょうか。真夜中、月が高い所から煌煌と光を放ちます。私の枕の上の出窓からちょうどいい具合に月が見え、その光を頭から全身に浴びて心地よく眠りにつきます。。。月は優しく強く、まさに私の精進する心優美そのものです。満月の日前後には夢で確実なメッセージを送られるのもうれしさと驚きでもあります。確実とは、、、必ず、翌日にその通りの現象が目の前に現れるので、その夢で得たメッセージに従った行動を取ると、、、、笑顔です。感謝。


2149)知名度があがればいらぬことを呈する人も現れる、これも陰陽。その背景にねたみ、ひがみがしっかりと人の心に根付いている事を改めて感じます。感情の動物、人間。それらを抱く事は否定はしないけれど、それらの感情だけで人を呈するのはいかがなものかと、、誰もが感動している素晴らしい事には素直に反応したいものです。ひねくれた心は体にも出ます。いい感情を持てないで、すべてを否定する人は感情部分の欠如とも私は受け止めています。いい所、悪い所、あって当たり前ですから、、、、それだけということはないのではないでしょうか?

 

2148)私は今を生きたいと思っています。今は今しかないのですから。今がたとえ悲しく苦しい物でも、それを引き寄せたのは誰でもなく、自分という存在だと思うからです。自分で引き寄せたものが間違っていたと後々気づいたとしても、それも自分で作ったもの、ありがたく、感謝でしょう。正しい物ばかり引き寄せている人なんていません。それをどう捉えるかの意識の違いだけだと私は思います。私は今、とても楽しく、穏やかな日々を送れています。それもいろいろ多くの物を引き寄せた自分の結果です。たった一度の今。泣いても笑っても今を大事に感謝して過ごしたいです。多くの引き寄せた縁。少しの時間の縁でも私の宝です。

2147)私たちはカラーのある世界で生きています。白黒の世界ではないのです。せっかく与えられた多くのカラーを楽しまないでいるのはもったいないです。カラーが人へ与える影響は心理的に多くの作用をもたらします。季節は春に変わりつつある今、今年は思い切ってカラーを楽しみませんか?チャレンジしないでいると、自分の本当のカラーも見ないまま終わってしまいます。
 
子供の頃白黒テレビにカバーをかけて見ていた記憶があります。ぼやーとしたその映像。いまはデジタルで鮮明にそのものの色を感じる事ができます。人の目に映る色はほんものかどうか?それを考えると眠れなくなりますが、今見えているカラー、大事にしたいですね。カラーは自分にも人にも印象つける大事なツールと私は考えています。似合う似合わない、自分のちいちゃな世界の枠を取り払って何でも取り入れる大きな窓を一つ、持ちたい物です。

 

2146)山口で妻と子供を殺害された事件での最高裁の行くへを見ていて、まったくなんてことだ、、と思った方は大勢いるかと。この事件の被害者の遺族であるご主人。私はこの方の勇気と心情にとても共感を覚えます。どれだけ辛く、きつい7年を送ってきた事かと思うと、この司法のあり方に、強い憤りを覚えます。少年法の刑罰のあり方と、時代のギャップ。弁護士のあり方と姿勢。今、日本は弁護士があふれているそうな、、、有能な先生もいらっしゃいますが、営利目的の先生も多いのも事実。何でもそうですが、人の感情が絡む職業に営利目的が全面に出た場合、いい経路はたどれないと。医者も、弁護士も、教師も、、、その職業の範囲と人間としての感情のバランスは難しいということです。それ故の多くの犠牲が多くなっている今、多方面にわたり、営利優先のビジネス社会に私は??????利益=お金。お金を追う者は心もお金の素材の様に冷たく、硬いもの、お金をありがたく扱う者は、お金の素材が暖められて、心も温かく、ソフトだと私は感じます。

2145)久しぶりにイルカのここち良い波動に包まれて、奇麗な満月の光を燦々と浴びて、少し積もっていた埃が奇麗に払われたような、とても清々しい気分です。気分が清々しくなると、毎日見ている同じ光景も新鮮に鮮明に目に映り、これまた久々にイマジネーションがぐんぐん湧いています。人はたまには童心に帰って無邪気に遊ぶゆとりも必要ですね。その遊びの中には気づき、学びがわんさかあって、腕まくりをして張り切っている私です。生きている事はありがたく、楽しく、素晴らしい。生きているから夢があり、希望があり、笑顔があり、涙あり、怒りあり。笑顔が大事といえども時に怒りの感情も必要不可欠。喜怒哀楽を春夏秋冬の様に捉える事も、、、また楽しい。

2144)初心忘れるべからず。。と何事に置いても適用する言葉。けれど、初心を通せないでその道をそのまま自分の感覚で進む人が多いです。どうしてそうなるのかな?と思った所、、私的見解はただ一つ。自分を知らない。それにつきます。身の丈をある時期錯覚で勝手にのばして、自分の世界観に没頭する、、と結論をつけました。自分を知っていれば、決して身の丈を上回る事はなく、また、初心がしっかりと受け入れられて自信の智慧になっていれば、そのようなことはあり得ないとまで、、言い切ります。人に惑わされずに道を進む、それこそ初心忘れるべからずではないのでしょうか?だれでも最初は高いテンションで望むけれど、途中にいろいろな障害物のハードルを跳ぶたびに、そのテンションがあがったり下がったり、、、それも地に足をついてなくて、芯がぶれているからとも。常に平常心。自分を客観的に見る。自分を振り返る事。

 

2143)米軍の移転問題。ライオン総理は住民に聞けばみんな反対との発言をきいていて、ばかばかしく思っているのは私だけでしょうか?ならば、何の為に聞いたんでしょうか?どこへ行っても嫌われる背景をなんとか整理しないと、ことの問題は解決をみないのでしょう。騒音、行為、居住権。。以前横須賀の日本人家屋が基地の真ん中で、日本人としての特権までも認められないような生活ぶりの報道を見て、戦後とり決められた日米間のいろいろの曖昧さと、いい加減さに腹立ちを覚えました。ここは日本。もっと主張すべきは主張して、迷惑行為を厳しく罰せられるような体制にしていただきたいものです。私の家の近くも米軍の飛行機がかなりの騒音と低空飛行で飛んでいます。基地は家の近くでは無いけれど、通り道でさえこの有様なのだから、家の近くではたまらないものと。ライオン総理はじめ、関係各位は一度経験されるといいのではないでしょうか?国家の品格ではありませんが、国民の痛みがわかる政治を望み、選出する側も、もっとしっかりとした目で選びたいものです。公募、多いに結構ですが、自分のカラーをすぐに染められない人が、、、いいです。

2142)確定申告締め切り間近の税務署はどこも混雑を極めています。寒い中列作って年配の方が何時間も外で順番を待っています。その様を見て、まじめに申告にきて納めている税金、1円たりとも無駄に使ってほしくない。。。そして、、不正をする人がぬくぬくしている世の中、この寒さの中で待っている人に、お茶のサービスがあっても、、いいのではないのかな?と行列を仕切る所員の人をながめていた私です。


2141)『国家の品格』という本が『バカの壁』を上回るヒットだそうです。本日そのことを教えていただきましたが、、そう、品格。先日もこちらで少しだけ書きました。この伸びきったゴムのような人の山をピンと張ったゴムに変えるには、、取り替え時ということでしょうか。体はもはや取り替えがききません。しかし、それに相当するのが心の入れ替えです。心と体は連動していますから。国家は、、政治家のそう入れ替えしかないでしょう。この体制を作った人の息がかかっているうちは、国家の品格もないです。どこそこのぽち。私はその本の内容は知りませんが、それだけ多くの人が何かを感じ、思っている事だけは事実のようです。知識として他人事になっていないで、自分の知恵の一つとして、改めて、おのおのの品格を養っていただきたいと、また、私も同様に精進です。

 

2140)妹と久しぶりに電話で1時間半も話しました。父の葬儀を境に、何かが妹の中で少しずつ変わった感じを受け取りました。今まだ相続の手続きの最中でその書類等のいろいろを話していたときに、妹は自分が大学に行って、就職して、今の旦那さんと知り合った事が父の遺産だから、自分は放棄するんだと、、その割にはよく喧嘩するので、いい心がけも、行動でマイナスになってしまうから、もう少し、言葉に気をつけるようにと、私も穏やかに話ができました。お互いのいろいろを話していて、家の両親はいい子育てをしたんだな、、なんて振り返りました。べたべたくっつく姉妹ではないけれど、私にはかわいい、かわいい妹なので、これからも仲良く話せたらいいなーと。すべてが終わって、両家族でどこかへに行かれる日が近い事を感じた私です。相続。。。親の残した物にこの大騒ぎの申告はまったく納得のいく物ではない一つ。


2139)パラリンピックが開幕しました。今では健常者に並ぶタイムを出す事もあるそうです。私は、ほんとの意味でのオリンピック精神を受け継いでいるのは、このパラリンピックではないかと、昨今思います。生きる力と、やればできる、多くの人に感動と燃える心を植え付けてくれるものと、確信しています。生きていれば、命あれば、人は何でもできる、、、五体満足でなくとも人であるかぎり、その事は可能なことと。素晴らしい笑顔と涙に私は心から声援を送ります。


2138)先だっても取り上げたPSE問題。環境保全とか、リサイクル推進、もったいない運動など盛んなこの風潮に逆行するこの法律を皆様はいかがお考えでしょうか?商店での販売は禁止で、個人商法はオークションを含めて認められるこの理不尽な法律規制。もっとまともな頭をもって法律を作っていただきいし、もっと必要な規制法案は山の用にあるはず。これも政治がらみの黒い陰謀と見られても致し方ない事と。この先の売れ残った山のような家電製品の処分、いかが対処するのか、下した方々の責任を持って、最後まで見届けてほしいと思います。ゴミ屋敷や不法投棄問題にまで発展しない事を祈ります。


2137)自分がちょっとでも意識して目を向けたのは、面白いほど私の手元に入ってきます。自分がこうなるといったん思った事が、必ずそうなります。すべては意識と無意識の使い方と自分なりに分析しています。皆様も、是非、お試しください。くれぐれも無欲で。


2136)品格を持つ事は大事と心得ます。身だしなみ、立ち居振る舞い、言葉、、、お高くとまることや、傲慢は逆に品格を欠く物とも思います。今の自分にあった品格とプラスアルファー。メダリストならメダリストなりの品格、横綱なら横綱なりの品格、チャンピオンならチャンピオンなりの品格、上に立つ者の品格。また、主婦として、妻として、母としての品格、夫として、父としての品格。仕事上での品格、、、などなどいろいろな品格が各人に必要であるという事。これも一つの八正道でもあると思いつつ、私も日々精進です。


2135)私は争いの無い平和な地球を望んでいるけれど、その平和が退屈の思える人もいるのだな。。なんて思いも別にあります。いつの世もこの争いが絶えないという事は、権力やら何やら、血の気が騒ぐ人もいるのだなと。日がな一日、ぶらんこで足をぶらぶらさせていられる私と、日がな一日、眉間にしわを寄せてきりきりしている人。これもバランスでしょうか?どちらも居心地がある意味でいいのでしょうか?人の居心地のいい場所や環境は他人が決める事ではないという事。その中で、少しの笑顔があればいいのかなと。いろいろな居心地を受け入れる事ができるようになった感じです。要は、その居心地が適材適所かどうか。それだけです。


2134)警察の怠惰な捜査のために、その大事な時間を取り返す事ができなくなっている冤罪。日本の捜査、裁判、すべてに人道を欠く物と。法律のプロではあるけれど人としてのプロではない集団とでもいいましょうか。人としてのプロなんてそうざらにいるわけでもなく、そんな人たちが裁きを下すのだから、もっと慎重になってもらいたいものです。米国の用に、国民もジャッジに入る平等な視点が必要と、、、そして、その道のプロならば、プロらしくしっかりと責任を果たすべき事と。プロと名のつくものはすべて、その道の長けであると。物事においての真偽は多くの情報の中から生まれる物であって、一握りの固定観念で終わる物ではないと私は思います。


2133)自分を知るということは、自分に自信も持てます。今の自分のレベルも受けいれれば、自分に自信が持てます。生きる事は競争ではないと思いますので、人様の生き様と比較しない限り、自分の身の丈で精一杯生きる事ができ、その結果、ねたみ、ひがみもでず、笑顔でいられる。私はそんな風に思っています。誰それさんがうらやましい、自分はまだまだ、、ではなくって、誰それさんは素晴らしい、私もそんな風になろう!今はまだひよっこ。そんな意識が大事だと思います。その中で、誰にも一つはある自分の長所、いい所を誇りに思って胸を張ればいいのではないでしょうか?すべてをマイナス思考にするよりは、ちょっとのてがかりをプラス思考に切り替える事、これがもっとも大事と私は捉えます。心優美。

 

2132)人に怒られたがっている子供が多い風潮の中、自分の家族に怒られるのが憎しみと化すこの心理に、私はとても大きくて深い穴を想像してしまいます。人様に怒られるよりも家族の方がいいと思うのは、もはやあり得ない意見でしょうか?私の両親は厳しかったです。私の年代の親はほとんどそうだと思いますが。。。親に逆らう事等あり得なかったし、お父さんお母さん以外の呼び名はありえなかった。今は、あんた、あ人、、、親の威厳も何もないですね。親は怖いという観念が根底にあり、その親の愛も十分感じていた事も事実。父の口癖は、、あっちゃんがかわいいから怒るんだよ、親だもの、子供が憎くて怒る親はいない。。でした。20歳を過ぎても門限7時。いつも守れない私は結局、30歳の結婚まで、、、怒られて親と子の位置関係をキープしていたみたいです。一番きつかったのは、庭に夜中の11時から朝まで正座させられていたことでしょうか、もちろん、父も後ろでしないを持って立っていましたが。。。殺意までは私にはおきず、しばらく口を聞かないぐらい。。。昔の子供はかわいいのかもしれない。とにもかくにも、昨今の親子関係。見直す必要性は大でしょう。兄弟姉妹みたいな親子関係は20歳過ぎです。それがなりたたないと、外での上下関係もできなくなると、私は思いますが。。。家族の問題はありがたい成長の糧です。


2131)世の中の若者は意外と親切なんですね。初めて降り立った町で、場所が分からず人に聞く事3度。行ってみれば歩いて5分のその場所でしたが、、なんともうれしい親切と、一緒にもらったティッシュペーパー。そして出先での素敵な笑顔で、今日も感謝の一日でした。


2130)昨日緑色のすい星を見たいなーなんて思いつつも、根性なしの自分が情けなく、少し早めに床にはいり、目覚ましを3時半に設定して休んだ、、私。その時刻に起きたのは夫で、星を見るんだろう?と促されたものの、私は確かに目をぱっちりあけて、さっき、あなたと一緒に奇麗な星を見たからいいと、言い切ってまた深い眠りに入りました。いい迷惑だったのは夫で、、起きないのなら、見ないのなら、馬鹿みたいな時間に目覚ましをかけるなと、一括されたのですが、、私は確かに見ていたので、起きる必要はないと思っただけでした。真っ黒な夜空に奇麗なエメラルドグリーンの光を放った星でした。ほんもののすい星はどうだったかわかりませんが、私にはこれが本物と思いました。方や気分を害し、方や上機嫌で迎えた、面白い一日の始まりでした。


2129)仏様や神様、マリア様やキリスト様のような人も入れば、鬼や悪魔や、それ以上の残忍な冷酷な心を持つ人もいます。それらの人がこの世に平然と一緒に同居しているというこの事実も凄い物です。
1920年前後のハンセン氏病患者に対する数々の残虐行為と、今の政府の対応に同じ人間として情けなく、人種差別、優秀民族優位の根底が脈々と受け継がれているこの体制が、、、悲しい。平等という意味と本質。無差別の意味と本質。このことをしっかりと学んでいないと、子供に対して真のことは語れないでしょう。平等とはすべてです。命も平等です。何を持って優秀ですか?高学歴高収入ですか?今この時代になおもそんなことを言っていたならば、ほんとにおそまつ。環境問題だ、福祉だ、少子化だ、、語る資格すらないと私は強く思います。私も知らない事実がまだたくさんあります。その中で一つ気づいた事は、今の少子化は誰のせいでもなく、これも因果と思いました。命を粗末に扱ってはいけないですね。見るに忍びない事実や、心の痛む事実等、それらをしっかりと自分の目で見て、これからも一つ一つ、受け入れて行きたいです。それらを受け入れる事はこの先の事情もわかるという、、これもこの世の仕組みです。臭い物の蓋はどんどんあけて行きます。


2128)午前4時頃東の低空で緑輝くすい星が見頃だそうです。緑のすい星だなんて、とても神秘的できれいだろうなー、、と思いつつ、午前4時という時間がどーんと私の前に大きな壁となる。即席観測所は設置して、あとは私がその前に座るだけなのに、こんな簡単なことも、意外と難しい今の私です。

2127)ゴキブリもバブロフの犬同様の頭脳を持ち合わせているという研究結果がでたようです。確かに、ゴキブリは年々その行動も組織もレベルアップしているなー、、と10年くらい前にゴキブリを追いかけていて思った事がふと思い出されました。おかげさまで、ゴキブリもここ5−6年、お目にかかっていませんが、きっともっと頭脳明晰になったんでしょうね。小さい頃はゴキブリは部屋のすみっこしか歩かないと思っていたのに、あるとき、部屋の真ん中を横断していたり、窓をあけた網戸にじーっとしているその様は、まるで、人間をあざ笑っているかのようにも思ったものです。どんどん進化する害虫や動物。進化を遂げられないでうろうろしているのは、もしかして、、人間だけかもしれません。進化というより、時代に従順というか、なんといおうか、、、
このところモラルという事がよくクローズアップされます。健常者が障害者用の駐車場に停めるためにステッカーをはったり、どこかのお偉いさんが、人を侮辱する発言をしたり、、トップにいる人もこの有様ではそのモラル低下はもはや国民病ともいえる位置づけ。モラルの低下はいろいろな所で悪い方に作用する物です。一人一人が人としての思いやり、自己責任、しっかり身につけて目下の人にお手本を示したい物です。

2126)アメリカと日本のアカデミーが終わってみたら、おのおのの国の精神性が垣間見えて、ため息の私です。アメリカは現実直視を国民でしているようで、日本は古き良き時代を思い描いて、、、いつまでも振り返っても先には進まないもの。温故知新の精神で、その思いは心の糧として、現実問題をしっかりと受け止めて、、、現実逃避は臭い物に蓋をする式。それは何を意味するかというと、いずれ蓋が割れて露見する、、、忘れ去る事も、除去することもできない事です。解決してクリアしないと、、

2125)似合う似合わないと、好き嫌いは全く別ものと私は思っています。おしゃれは好き嫌いもあるけれど、似合う似合わないもあるけれど、まずは選り好みせずにチャレンジして、自分に取り入れる事が第一歩と。そこからまた個性が広がり、新たな一面も見つけ出す事もできる物です。固定観念は何事に置いても成長、変化の妨げになるとは私の思い。

 

2124)エジプトのピラミッドでの新発掘や、何千年も前の文明の歴史が今この時代につぎつぎに露見して、その内容に親近感を覚えたり、すごい時代を築いたんだ、、と感嘆したり。私たちのこの地球の歴史は限りなく深く、神秘でもあります。またこの先何千年後には今の私たちのこの時代について、未来の地球人たちが語り合う日もくるのかと思うと、何か目印でも、、なんて思ったりもします。万里の長城は永遠に残っているだろうか?今の私たちの暮らしは私たちには謎はなくとも、未来人には謎なのかもしれない。人に歴史ありというけれど、ありどころの騒ぎでないほど蜜である。。。そのとき、もちろん私という人間はいないけれど、誰か?何か?に私達の魂が残るかもしれない、、その残る魂が道をはずれていないためにも、今の私達の行動が要で、まっすぐ正しく生きる事。これにつきます。餓えや苦しみにもがく人がいなくり、戦争がこの地球上からなくなり、、、、平等。この言葉は時にとても厳しい言葉。すべてには決して値しないのだから。男女平等。。。これは永遠にありえない、、、、機能が違うのだから、仕方が無いです。

2123)自分がしようとしているものに取り組むときには、まず、自分を捨てる。。。自分という意識が先に出てしまっては、そこでアウト。これこそが最大なるエゴであると私は思います。何かをするときはまっさらで。すべてを受け入れる心の器を少しでも大きく、クリアに。自分という最大なるエゴを捨て去ったとき、そこにうまれるものは真のものでとても優しく、力強いです。でも、だって、なぜ?これらは自己意識の中の自分が出ている証拠。と思います。

2122)知らない人に声をかけられる事はよくあるけれど、、、70代ぐらいの品のいいおばあちゃん。電車の待ち時間に話し始めながら、いろいろなことまで15分くらいの間に語り合って、とても楽しかった。聞けば90歳近いというシャンソン歌手の方で、家もすぐ近くでした。誰かに似ているな?と思ったら祖母に面影がありました。年齢とは思えないほどの行動半径の広さと、権威ある方々の交流、年からすればあらゆることのトップにいる方々。そのおばあちゃんに、出ないとだめよ!縁は出ないと出会えないんだからね。と言われた一言が、今日の私の気づきの一つでしょうか。近いうちにおばあちゃんがCDとテープを持って遊びにきてくださるそうで、、、なんとも楽しいお友達が一人、できました。おばあちゃんは私の着物姿に微笑んで、私はおばあちゃんの生き生きとした口調と目の光に微笑んだ、、、一つのことを続けることは、人間的にもその素晴らしさが年輪に出る物ですね。

2121)日本人はつつましくを前提に、曖昧美学を確立した。。イエス/ノーがはっきりできず、意味ありげな笑みで取り繕う。今、そのつけがいろいろなところに顕著に出てきています。改革するならまず、この根底が要と私は思います。ここが変わらない限り、22世紀もこのままでしょう。心の意識改革に遅すぎた、、、なんてことはないのです。今の子供達が成人し、その子供が成人し、そう、100年スパンで考えればいいだけの事。

 

2120)何気なくテレビをつけていたら、、川を魚が住める奇麗な川に、と念願かなったらボラの大量発生となり、そのボラを食べようと今度は川鵜が大量発生し、町や文化遺産までも糞やたべこぼしで汚しているそうな、、人が意図してやることには完全はないということでしょうか。自然がいいのですが、その自然もまた難しい。あちらを立てればこちらが立たず、、一点に集中しないで分散できるとありがたいのですが、、


2119)三月の声を聞けば、町中は春一色と言った感じで、ウインドー見てもパステルカラーの明るいトーンです。とはいっても、まだまだコートがなかなか手放せないこの時期、和服はなんとも重宝であると、、つくづく思う私です。ちょっとコートの丈を短くするだけ、ちょっと首に巻く物の素材を変えるだけ、これで春なのですから。和服は高価な一枚ではあるけれど、この一枚、正絹の凄さは四季を通じて肌に合う事でしょうか。洋服は真冬ともなれば分厚いコートにブーツ、、和服は秋と全く同じスタイルで、ショールの素材ぐらいです。薄さは和服の方が遥かに薄いけれど、絹の重ね着はダウンや毛皮にも匹敵するほどの保温力という事です。これからの季節、和服が楽しみでもある、そんな私の春です。


2118)PSE問題。こんな法律が発動していいのかな?と素朴に疑問がわきます。今まで使っていた物がこの法律により使用ができなくなる。これだからできた!ということもあるのですよね。この法律の認知度の問題と、表面かするまでが非常に差があって、現場の方の心情を察すれば、なお声も大きくなってしまいます。デジタル放送開始後のテレビの件にしても、年金生活者や生活保護世帯を直撃するこのとんでもない法律。税金はみんなが関わるこのような時に大盤振る舞いで使用してほしい。。。みんなが納めているのだから。法律を作る人考える人は、もっと国民の生活に密着してそのレベルを判断すべきではないかと、今回ばかりはなんとも勝手な言い分の法律作動に憤りを覚えます。

 

2117)長寿と健康で名が知れた沖縄県が、なんと肥満県第一位という現実のギャップに驚いた私です。世界的に見ても、温暖な地域はふくよかな人が多いのではないでしょうか?健康診断の結果なので、私がどう思おうとこの結果は不動なものではあるけれど、、、個人的主観では、40代以上で細すぎても貧相というか、、ある程度ふくよかな方が暖かみも丸みも感じる物ですが。元気で健康体でふくよかな方も多いです。なぜなら、笑顔が多いから。そう、暖かい地域の方々に器の小さな人は少ないんですよね。。。たぶん、沖縄の方々も昔からの食生活をしている方は健康かと。いわゆる現代食がネックと言わざるをえないのでは?最近の子供たちを見ても、ファーストフード中心、おまけにゲームばかりで運動しない、、太るのは当たり前。いくら学校で栄養指導しても、肝心の家での環境が。。。バランスの良い食事と適度な運動(お掃除はかなりの運動です)。机の前に座ってばかりでは血のめぐりも悪くなるという物です。
そう考えると、私の子供時代の親は豆だった、、お弁当のおかずは全部手作り、レンジでちんはなかったし、おやつもほとんどが手作りの物だった。今の親は忙し過ぎるのでしょうか?そのときはそんな行為が当たり前に受けていた私ですが、今は亡き母に感謝です。明日は久しぶりにお饅頭でも作りたくなりましたね。


2116)人は一人では何もできないと、昨日も書きました。一人でできないということは、数人から多くの人が自分に関わっている事です。たとえ表向きでは一人でも、陰となり日陰となり裏舞台で支えてくださる方は多いはず。そのような輪の中で、一人の人が道をはずせば多くの人に迷惑がかかるという事。これも自己責任。自己責任は子供から大人まで、広く、長く生きている間背負う物であると、私は思っています。

2115)若年層の飲酒/喫煙問題。スポーツに携わる清々しい若者から、かわいらしい顔をしたアイドルまで、、どうなってるのかな??20歳まであと2年という間が魔になってしまったのでしょうか。学生服での喫煙などは見ていても感じのいい物ではなく、まして体に悪いとされるものを体のできていない時期に接種するということの重大さにもっと気がついてほしいです。多くの家庭内で黙認という事実も大きな問題であると私は思います。子供と大人のけじめ、境がなくなりつつあって、お化粧や、持ち物全般に言える事と。親も含めた大人の意識で、このような事は厳しく接しないと、今後の体に大きな影響が出ると私は思います。

2114)人には無限の可能性が備わっています。そしてまた、人は一人では何もできないのです。無限の可能性の実現も一人ではかなう事も無いけれど、寄り添う人がいるからこそ、成り立つのです。だからそのときの喜び感謝は言うまでもなく、言葉にならぬほどでしょうか。とりわけ夫婦の二人三脚。個性が違う二人でも、その陰陽パワーは絶大と私は改めて思います。


2113)何の根拠も無いことが一般常識になっている場合もあって、多くの人がそのような事を常識と位置づけている場合、違う行動をとるのは少しばかり勇気のいることでもあります。こんなことはここへ来て、随分経験しました。だれがもっともらしく位置づけたのか、、その影響力と、浸透力には脱帽です。そんな時こそ、いつもよりもはるかに立ち居振る舞いを凛とします。え?そうなの?相手が首を傾げたとき、そうなのよ!って言うのが最近のスタイル。
根拠といえば、、おひな様。出すのが遅いとお嫁に行きそびれるとか、早く片さないといけないとか、いろいろ言われてきているけれど、私的考えでは、子供の誕生を祝って買いそろえた雛道具。1ヶ月ぐらいは飾りましょうよ。片すのは大変だろうけれど、ぐずぐずしていると埃だらけになっちゃいますよ、、、なんてことが発端だと思っています。けれど、我が家では小さなときから母がせっせと飾り、早々に片付け、妹は早々に嫁ぎ、その後、だんだん面倒くさくなった母がいい加減にしていて、、私は30歳の嫁入りとなりました。意識の違いでしょうか??


2112)どこかの雑誌で流行する物は体に悪いと書いてあり、思わず笑ってしまいました。これが何々に効く、とかダイエットに効果あり、なんて見出しに踊らされる人は結構いることと。火の無い所に煙は立たずで、確かにいい物だと思います。バランスよくとれば、、、それだけになってしまうと、結果としては体に負担をかける事となるのでは?太ってもやせても、それは結果。多少肉付きが良くても、バランスの良い食生活と生活をしていれば私は健康と捉えます。そもそも、、、正しい生活=八正道をしていられれば、年がら年中食べ物のことばかり、、ということにはなりません。意識がすべての欲からはなれます。物欲/食欲/金欲。。。


2111)人体に悪影響を及ぼすとした、いわゆる悪い食品、嗜好品の中には随分昔からの物が多いです。今、ここへきてそれらをまるで敵対するかのような扱いは、私としては大きな疑問が残ります。悪い物かもしれないけれど、結局、対応できなくなったのは人体なのでは?どちらかを排除して済む問題とは思えません。


2110)昨年、自分を超える。。という事を書きました。そのときの感覚と今とはっきりした違いは、その事が少し怖いぐらいに思えている、、、自分、私、、いったい誰で何者で、、このごろ怖い物知らずの私でさえ、自分が怖くなる。思った事があまりにもその通りになり、しっかりと何かの点と線で結ばれているこの感覚。怖がる事は無い、自分なのだから、、でもその自分に追いつけなくなっている部分もあるのかもしれない。自分は誰で、何者か、なんて考える事自体、、、変??


2109)お茶の師匠でもある義母との会話のなかで、『。。六日のあやめのようだわねー。。』なんて言われて、調子を合わせて笑い飛ばしたのはいいけれど、六日のあやめって??早速調べてみたら、のんびりしていることを言っている内容であることがわかって、ちょっと複雑でもあるけれど、、まー、いいか。それにしても日本語の奇麗な事。どんなことでも風流で、改めて日本語の深さに感動した私です。一つ、言葉を覚えた46歳目前の私でもあります。

 

2108)笑いの種は日常の中にあふれるほどあるのに、そのことに全く気がつかないで笑顔を忘れている人ってもったいないでしょう。笑いは自らが作る物で、与えられる物ではないと私は思います。与えられて笑うのは当たり前。それでも笑えない人もいるんですよね。笑うという事は単純であるけれど、よーく観察していると、体中が響いているんです。豆まきの豆を勢いよく幕かのごとく、笑いの波動は多くの物をはねのけてくれる。私は笑う事が大好き。毎日楽しくなるし、いい事もたくさんあります。だから、また笑う。
笑う事と歌う事は、私の朝起きてから寝るまでの中でかなりの位置を占めています。若い頃はニューミュージック等、どっぷりひたるような歌を聴いて、その歌詞の中に自分をだぶらせたりもしたけれど、今は不思議とそのような歌詞は浮かびません。童謡でも演歌でも私の動力になっている事は確かです。

 

2107)人間だもの、時には魔がさすこともあるでしょう。自分を抑えられなくもなるときもあるでしょう。そのことをどうのこうのいうよりも、どんな場面でもその人の心が左右すると私は思うのです。こうしたらいけない、こうしたら罰が当たるえ、、私はそんな執着的な生き方は嫌いです。行動を指摘するよりも、行動から見た心を修正する方が先。そして、悔い改める反省と感謝。この気持ちをわかせる方がずっと効果的と考えます。


2106)『金メダルの用にいつまでも輝きつづけたい。。。』というコメントを聞いて、聞いているこちらの方も胸躍るような気持ちになりました。主婦に取っての金メダルは、、主人を看取った後だろうか?それとも毎日の終わりに笑顔で終える事だろうか?どちらにしても輝き続ける人生、いいですねー。私も日々精進。


2105)両親が健在のときには両親の事をそんなにしみじみ思い出す事も無く、目の上のたんこぶぐらにしか思いつかなかった私ですが、最近は事ある事に、あー、お父さん、お母さん、ありがとう!と心で手を合わせる事が頻繁です。こんなことって、、いいの?と思うぐらいにいろいろぶつかる場面で救われたり、思いを通せる事に、感謝で一杯です。見えない物によって、明らかに自分の行く先のごみや障害を取ってもらって、、、これからも自分なりに感謝の気持ちをたくさんの場面で表して行きます。

 

2104)国民の生活格差の問題が表面化して。。格差が云々は別として、何に置いても一生懸命に生きる事がないような感じを受けていて、その反映もあるのかな?と私は思っています。仕事を例にとってみても、、正社員になれずに契約社員でお給料が減給し、食事も切り詰める生活をしていても、そこから抜け出そうという意識がない。これでいられればいいかも、、的考えの多い事。戦後の人たちは何も無く、仕事も自分から探し、自分で生きるためにいろいろをしてきました。今は、そこまでの根性を持ち合わせている人が少ないようです。ニートだ、なんだ、、、もっとしゃきっとしましょうよ!


2103)責任感の無い人、何でも人を当てにしている人の日常はどの人をとっても共通点は多々あります。のんびりおおらかに生きるのも結構ですが、結果として自分の責任外のことでも、ひとたび関わった事には一応のアンテナは立てておく事は大事かと。いわゆる、だらしない人にならないように、、、。いくら見かけがよくとも、いくら頭が切れても、しりきれとんぼの仕事を(いろいろ)をしていれば、そのような仕事しかできない人になってしまうという事です。ここぞというときに失望されたり、今までの栄華が台無しにならぬように。自己責任感というのはその人、その人生、そのものだと私は思いますし、物忘れでは済まされない事もあるという事です。
一言にだらしないと言ってしまえばそれまでですが、このだらしなさは心へも通じて、結果、自分の運命さえも停滞させてしまうほどのものです。奇麗好きも度を超せば病気、だらしなさも度をこすと取り返しのつかぬことになりかねない物と、私は思います。運命は自分で変える事のできるものであると確信しています。

2102)やらなくてはいけないことは、必要なときに目の前に必ずやってくる。その事に対して事前にあせらなくともいいし、できないできないと喘ぐ必要もまったくないと、私は思っています。やらなくては、、と思ってすぐにできる人もできない人も、それはその人の本質の違いであって、いつスタートするかしないかも善悪はまったくないと。私の経験から、目の前にふーっとわいてきたとき、その事は以前思っていた以上にスムーズに済むことが多いです。

2101)才能を開花させるにはお金の力が物を言う、何とも皮肉なものです。芸事にお金がかかるのは当たり前と物心ついたときから認識し、だからこそ芸の道は厳しいのだ、、とも思っていました。けれど、その資金力がネックとなって、資質をのばせない人も多くいるのも、、定めでしょうか?それでもチャンスは平等にとも願うけれど、、バレエ/テニス/スケート/日舞/お茶/。。。体一つでできることなれど、その付加にかかる物の割合が大きいのでは?才能にたいしてのバックアップ、無駄な税金使うぐらいな、物になるほうに使っていただきたいな、、なんて思います。せっかくオリンピック等で脚光を浴びたスポーツに、多くの興味が集まり、その中にきっと大きな光もあるのですから。

 

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