2200)4月に入って入学入社シーズンを迎え、皆様張り切っている笑顔がとても印象的です。岩手県の大船渡市のある小学校では男子は紋付羽織袴、女子は振り袖に袴姿で入学式を迎えるそうです。40年の伝統行事というこのニュースを見たとき、ほのぼのとした、とても暖かい物を感じました。もちろん、父兄も和服。今では都会では見られない光景でしょうか。私の小学生の頃の父兄は和服でした。いつの日からか父兄はスーツ。子供もブレザーにワンピーズと欧米スタイル。機能性もいいけれど、日本の伝統、、、残したいですね。 地方の子供が少なく統合されている小学校には結構、この昔からの伝統が色濃く残っていて、なんだかとてもうらやましい感じと、新鮮な気持ちを受けます。藤岡市内の過疎の小学校では伝統工芸の和紙作りを生徒が自ら作成し、作った和紙で卒業証書を作るということです。もちろん、証書は校長先生が一枚一枚手書きです。素晴らしい宝物ですね。子供の心の中から日本という歴史を排除しているのは社会であり、大人であるような。そんな中で、日本の伝統を子供の心にしっかりと印象つけるこのような数々の行いは、大きくなってもいい感じで染み付いていると思います。三つ子の魂百までも、、子供の頃のいろいろが肝心なんですよね。 先日、犬のアレルギーの件で先生とお話をしていたときに伺ったのですが、子犬も3ヶ月ぐらいまでは母乳が免疫を作り上げ、アレルギーを防ぐ物だそうです。人間の勝手で草々に親元を離されドッグフードで育った犬は免疫が低いというデーターもあるといいます。人間もまったく同じですよね。ミルクより母乳。離乳食までに体の基本が作られるようです。そんなことをあれこれ考えていたら、今のアレルギー社会日本の誤算が見えてきたような、、、それがすべてではないと思いますが、一理あるのかな?と思います。 少子化の日本だからこそできる子育て。たくさんありますよね。勉強だけではないんですよね。健康であってはじめて勉強もできるものですから。衣食住。これは生きる事と成長には不可欠です。
2199)友人からハイテクな積み木をプレゼントされて、悪銭苦闘している私です。積み木は土台を作って上に重ねて行く物ですが、いただいた積み木はバランスがキーポイント。いわゆろ逆の思考回路が要求されます。順番立てて一つ一つ積み重ねる事は慣れていても、先を読みながら計算して積み上げるのは苦手な私です。しばらく使っていなかった脳のソフトに油を注入して、、、やればやるほど面白くはまっています。誇りのかぶっていたソフトも4時間後にはしっかりと稼働してくれました。一つ引き出しを増やさせていただき、感謝しています。ありがとう!この積み木、、対象年齢2歳から大人まで。という表記が納得の私です。一生懸命積み上げているその下で、我が家のワンちゃんが観察しています。がらがら崩れればワンちゃんの遊び木になってしまう。。。いかに早く片付けるか、機敏性も増しそうな、、、ボケ防止にもなりそうです。
2192)フランスの雇用問題を巡る大暴動。日本と正反対のフランスです。働きたいのに働かせてもらえないフランスと、働きたくないニート集団を抱え雇用促進を促す日本。暴動はあきらかにいい行動とは言えないけれど、ニート集団よりははるかに人間的と私は思います。このフランスの雇用問題も政治が絡んでいるようですが、一生懸命に国の財を築く国民をわざわざマイナス因子あふれる空気の中に入れてしまうのは、どちらの国の政治もまともであるとはとれません。勤勉で働き者の日本人と言う言葉も死語にならぬよう、、、 ニートは子供の責任というより、親の責任です。楽を覚えさせてしまった甘えの構造の一端です。親の責務は重大であるとつくづく思うのです。人を一人育てるという事は大変な事です。あやふやな考えで子供を作ったり、作ったきりろくな世話もしなければ親であるとは言えない。。。子供を産む事よりも育てる事の大事さをもっと認識させて行かないと、どうにもならぬ長いトンネルから抜ける事は困難かと。昔の日本ならしっかりと受け継がれた環境があって、その中での試行錯誤であったのだろうけれど、この核家族の中、親の教育に力を入れて行かないと、少子化対策も空洞化になると思います。現状は結果です。ニートも結果です。原因を追求し解決なくして変革はないのではないでしょうか?目線は高くてはこぼれる人が多すぎます。目線は低いほど真実がわかる物です。 2191)個人情報保護法案が成立してからの個人情報の流出が多く目立つのは、、、各人が情報を守っても、守る手段がパソコンでは今の時代、、、守れない。けれどそんなことを言っていると何にも関与できない今の情報化時代。プライバシーがあるようでない時代でもあります。大きな穴がどこかにあいているようなこの法案。最近の法律に大きな猜疑心がわくのは私だかけでしょうか?先日の中古家電の販売も、結局法律の意味をなくした法律となっています。もう少し頭のいい人で組織を作る事の方が先決と思います。
2190)医者の患者への対応。尊厳死や安楽死。人として医者としての見解。難しい問題ですが、、日本における医療に関するいろいろ細かな決めごとも欧米並みに必要ではないかと思います。医者は技術だけでは決してできないことでもある反面、技術を要求している私たち人間の姿もあります。最近の手術の躍進をみていてもこれは医者というより技術者。問診担当と技術/現場担当の役割分担も必要なのかもしれません。
初段 買い物に同行し、荷物を持つことを断れる
2186)常識的な大人の私と、無邪気な子供のような私の同居が今後も継続できるように。常に頭は柔軟に。自分の唯一の取り柄でもある楽天的生き方。私は私。誰でもない 2185)電車に乗っていたら、元気のよい声のおばあちゃんが勢い良く乗ってきました。目は合わさずに耳だけダンボにしていると、そのおばあちゃんは周りの人に、電車の中で転んで骨を折った話を切々としています。たぶん20代の学生さんでしょうか。おばあちゃんの話に合ずち打って、電車がブレーキをかけるとおばあちゃんに転ばないように、、なんて優しい言葉をかけていました。おばあちゃん。30分の間独演会で、気がつけば周りの人がみんな笑顔で聞いています。都会の雑踏の中で、とても暖かい光景に触れた一瞬でした。折際に、おばあちゃん、大声で『ありがとう!ありがとう!』と手を振って、、その言霊の響きが今も胸に響きます。 2184)着物愛好家であり着物の事をいろいろ教えている立場の私にとって、自分の着こなしやコーディネートを全く知らない方々にほめられたりすることは、この上ない喜びであり、感謝です。年齢や感性とともに、同じ着物でも以前と全く同じ着こなしができないのも、面白い傾向です。洋服もそうですが、今の自分の感性がそのままでるんですよね。何年も前の着物をしばらくぶりに着たときに、以前はどの帯を合わせていたんだろう、、と思うほど、着物の趣味も変わっています。それでもその着物を着ないのではなく、今の自分に合った帯や小物をチョイスするのもまた楽しい物です。いつ何時でも、素敵な着こなしですね!と言ってもらえるよう、感性を養うとともに、より一層、着物に着られるのではなく、着物を着る自分になるよう精進です。
2182)ボクシングの亀田兄弟。相当強いらしいけれど、あまりいい感じは受けていませんでした。ボクシングというくくり意外でもアイドル並みのその人気に、いつも目を三角にしていた私ですが、、、この二人、よくよく見ていると、とても純粋で、あどけなくて、かわいいなー、、とファンになってしまいました。どうひっくり返しても、おつむの方はいいとは言えないけれど、人の心をくすぐるものを持っている二人と感じました。この兄弟の父への強く深い信頼感が、家族の絆と成って、何者にも代え難い光を放っているのだと。なんとなく小生意気で、品のなさが目立つけれど、そんなものも吹っ飛ばすほどの、素晴らしい心を持っているようです。心の純粋さと頭の柔軟さ、彼ら兄弟はまさに、知識より知恵の人であると。この先も楽しみな兄弟です。 2181)上海で鳥インフルエンザで死亡者がでたようです。中国の鶏肉はおいしかった、、、北京ダックもおいしかった、、、もうしばらくは行っても食べられないのは悲しい事です。渡り鳥が運んでくるというウィルスではあるけれど、大元は人間のはず。犠牲の上からの学び。鶏や、牛などの動物から見る、人のあり方を本気で正視する時期である事を強く思います。腕にリストバンドをはめても、募金活動をしても、一人一人の生活の意識が変わらないと意味は無いという事です。環境問題、食の問題、水の問題。
2178)法律、条例、規制、、人を縛る物ではないはず。善と悪の境界線は極めて難しい事もあります。未成年者が夜中に町中にいるのはどうかと思うけれど、夜中に町中にでなければならない未成年者もいます。すべてをひっくるめて一概に不良とくくり、警察がでてくる結末を県が施行するという事は、私はさらに拍車をかけることと危惧します。いつも根本が大事と言っています。未成年者が夜中に町中にでている理由、それは彼らだけの問題ではなく、家でもあり、学校でもあり、親でもあり、、、、、それらの解決を見いだせなくて、汚い物に蓋をする考えは理解に苦しみます。人に必要なのは心に響く愛情であり、その愛情が心をも動かすのであって、無理矢理にする物ではないと強く思います。未成年者の責務は親です。まずは家庭環境からのケアが第一と私は思いますが。子供が悪いとなげく親ほど、親にも問題があると。。。 2177)お人形さん遊びや積み木遊びが大好きな私。えー、46歳にもなって、、と言われても、好きな物は好きなのだから仕方が無い、、子供の頃はリカちゃんハウスが大のお気に入りで、いろいろそこで家作りを楽しんだり、着せ替えなどをした覚えがよみがえります。多分、30歳まではしっかりとその中で遊んでいた私ですが、結婚して一度家を離れてから、手元にはなくなっていました。きっと、、亡き母が誰かにあげちゃったんだと思うけれど、、積み木も家作りやお城作りであーだこーだいいながら遊んだ記憶があります。レゴはぬくもりが無くて好きにはなれなかったのですね。積み木の木の感じと、ペイントが好きでした。子供の頃から家作りには精を出していたので、以前住んでいた家の間取りは建築士も仰天のいい間取り図を作ったものです。積み木はいくらでも高い建物を造る事ができるけれど、土台が少しでもゆるんでいると上の階は大きくは取れないし、崩れてしまいます。人生も同じ。こけたらまたしっかり土台から立て直し。あせらなくともいいのです。自分の人生なのだから。曖昧に流れにのってたどり着いた先で、いきなりがらがら崩れてしまう方が遥かに辛いです。
2175)日本は少子化で人口は下降線をたどっています。かたや、近隣の中国では13億人強と上昇線をたどっています。子供を産む数を押さえてもこの傾向にある。。。10年前にも中国の人口は13億だとか15億だとかいわれていたのだから、少数民族等を合わせると、すごい人口になるのでしょう。成長をする国への期待や、経済などが反映しているデーターの一つとも思えます。日本はたくさん子供を産んでもらいたい優遇処置を検討していますが、どうか目先の経済事情だけの、お得意の上辺だけ政策ではなく、何故、子供が少なくなったのか、柔軟な頭でよーく、深ーく考えて全員一致で納得の政策!というものを一つ、お願いしたい物です。 2174)子供でも大人でも、肥満は動かない社会/高カロリー摂取につきると。。子供は何でもたくさん食べてたくさん運動して。この運動がまったく追いついていない実態。座ったままのゲームやパソコンでは消費できる訳ありません。学校での昼休みも教室でゲームに漫画、、子供の内にある程度の消費システムを体に覚えさせる事は、大人の過剰な肥満は回避できる物と。大人も車社会であり、どこへ行くにも車。健康的な食生活していても、体を動かす事が少なければその食事もカロリーオーバーともなり、気血が滞る、、季節は春。外の奇麗な景色をみながら歩いてみませんか?手軽な運動の筆頭です。 最近、スポーツ界で多くの人がクローズアップされているのはいいけれど、かなり偏った食事も事実。この方達はそれだけカロリーを消費しているので今は健康に支障が出ていないと思いますが、普通の動かない人はとんでもない事。バランス。規則正しい時間に取る食事。
2173)東大合格者を出す学校が私立よりも公立校の方が多いという今年度のデーター。麻布、開成、灘、、これらの高校は逆に激減したそうです。とりわけ地方の公立校の躍進は目覚ましく、ここでも一つ、神話は崩れそう??合格の秘訣は自分の大好きな勉強を一生懸命にやった結果という学生の弁に、はー、、とため息の私です。成せば成る。私立の学生さんは小学校からの受験で持久力がつきているのでしょうか?とにもかくにもおめでとう。私には逆立ちしても、できない事です。
2171)ここの所、そんなに大げさにびっくりすることはない私ですが、出先で母と似た人や父に似た人を見かけると、心臓が飛び出るほどどきりとして足が止まっています。世の中に似ている人は3人いるといいますが、今の私にはどの人を見ても年代と着物姿でみんな似ているように見えてしまいます。その方々が笑顔で楽しくいる姿を見ると、胸が熱くなり、いろいろを思い返してもいます。改めて、、、両親がいないんだな、、、今頃になってかなりセンチになっている私も、反面にいます。もっともっとと思えばきりもなく、終わってしまったことなのだから、、、今私ができる親孝行はこの世で夫婦仲良くし、妹と助け合って年を重ねる事。笑顔。笑顔。笑顔。仏壇の中で笑って見ている両親がなんだかすぐ隣にいるようです。私でこんな感情なのだから、事故や災害で幼くして親を失った子供の感情は想像を絶します。そんな子供達に何かできることがあれば、、、
2169)WBCは予想が的中して世界一に日本は輝きました。ベースボール大国アメリカでのこの試合を通して、一つの姿勢が伺えました。アメリカはここの所どうもすべてにおいて、軸がぶれている、、頂点でいる事への甘えというか、安心感というか、、、頂点に君臨するものは永遠ではないという事でしょう。常に謙虚な姿勢と努力する姿勢。これにつきます。原因があって結果がある。いいお手本の様に私は見ていました。
2168)せっかく手塩にかけて育てた野菜が豊作で破棄されたり、栄養満点なミルクがたくさんしぼれているのに、需要がなくて捨てている実態。もったいないことです。本当に破棄しないとだめですか?利益にはならなくとも必要な人へ出荷するということは選択肢にはないのでしょうか?キャベツが捨てられている時期から数ヶ月、葉もの野菜は高騰で品薄でしたよね。。。私自身、ミルクは飲めないので、なんなんですが、、今やミルクから豆乳へ移っているそうで、、、メディアや健康に関する報道の影響は大きいと思います。栄養学や安心という面ではミルクにかなう物は無いのではないでしょうか。それでなくとも骨密度が国民レベルで低下している今、乳製品をたくさんとりたいですね。ヨーグルト、アイスクリーム、バター、チーズ、、チーズと言えばこちらも輸入物は高騰ですが、国産品をもっと増やしたら、、なんて主婦は思います。日本は独自の物が少ないから、、、こんなことを繰り返していると、自国で生産するものがなくなって、この先はかなり食に関しては壁が立ちはだかってしまうと。。乳製品に限って言えば、いつぞやの大手乳製品会社の失態が浮かんできます。食を離れさせないよう、生産者も心して取り組んで、、、信頼第一の食でもあります。
2166)何をやってもうまく行かなくて長続きがしなくなってしまい、何かにすがる事しか頭に浮かばない、、、何にすがるのでしょうか?自分の都合勝手にすがってみても、ただの通りすがりで終わってしまうかもしれません。人間ならばそんな弱気になってすがる気持ちはわからないわけではないけれど、すがるにはすがるなりの心得があると私は思いますが。原因をしっかりと見定めて、その改善にこれからを生かす事。一生懸命の姿勢が大事と強く思います。すがるものは偶像であり、実は自身なのだから。 2165)WBCがおもしろい。野球なんてちっとも興味がなかったけれど、何日か前のアメリカの納得のいかない判定から、ちょっと気になりだしていた私。準決勝進出もまさかのまさか。2敗を期した韓国戦では圧勝。一生懸命やっていることって、やはり正しい方が運をひくんですよね。野球大国アメリカは決勝戦にはいません。まっすぐ一生懸命にやっていれば、運も味方するといういい実例です。一喜一憂しなければ優勝ですね。 2164)ここの所何かにつけて目につく《死》。このサイトでも何度も書いています。私は死という物はこの世の卒業であって、新たなステージへの旅立ちと捉えているので、恐怖感はありません。この世で見聞きする事は、この世でだけの事だけで無いと、昨今思う事もあります。物質面で言えばこの世限りでしょう。なので、今から特に大切にしていたい物が非物質でもあります。46歳ともなると、そろそろ折り返し地点で、物という意識にも変化の現れは顕著です。とにもかくにも自分の人生を全うすることが、自分の引いた幕引きである死に大きな影響を表す事は必須で、その為にも精進、精進です。苦しい事も、辛い事も、誰の為ではなく、自分の為という思いからです。
2162)卒業式のシーズンで、袴姿の女学生を多く目にします。いつの頃からかこのスタイルが人気になって、ハイカラさんルックは見ていて目を引く物です。やっぱり日本人。昔から身につけていた物は誰にも合うものなんですね。西洋文化の発達とともに機能性という意味合いから洋服がメインになってきましたが、着物も機能性としては日本人の生活にはぴったりです。若い頃は欧米スタイルの生活に憧れても、年を重ねると畳が恋しい、、そんなものでしょうか。休日やくつろぎタイムに、そんな日本の生活を取り入れて、本来の日本的感覚を取り戻してみるのも一つ、現代風にアレンジしても一つ。これから着物がいい季節です。
2160)メンバーのほとんどが還暦を過ぎているというロックバンド、ローリングストーンズ。その変わらぬかっこよさに、ちらりと横目で主人を見てしまう、、私。ステージを見に行く事はできないけれど、きっと変わらぬパワフルなステージ展開になるのでしょう。まー。。主人も年齢にしてはかっこいいとは思うけれど、今やあのハードな動きをしたらきっと寝込むだろう。。。わけのわからぬ若いバンドもいいのかもしれないけれど、私はやはり、信念の通ったこのようなバンドが大好きです。。往年のロックバンド。
純愛物語がこのアジア圏でブームになって、映画やドラマの世界で、リメイクされています。どうしてこの手の物に多くの共感があるのか。。。忘れている本物の愛と生き方の提示が多く秘められています。そのストーリーに感動して涙したなら、是非、それで終わらないで、今後の自分の生き方のプラスにしてほしいです。知識としてではなく、知恵として自身の体全体で受け止めて消化したいものです。これだけ重たい内容の物が受けるのにはそれなりの原因と結果があってのことと私は思います。時代が必要としているのはまさに、ほんものの愛と家族と生きる事。それを受け入れることにより、越えられるはたくさんあるのですから。 自分にできるかできないかが問題ではなく、何が自分にできるかが問題であると。多くの共感する素晴らしい感動がリストバンドの輪の様にならない現実。お芝居や映像でおわらせないで、それこそまさにもったいない! 2158)トリノパラリンピックで、日本はメダルラッシュですね。うれしくて、その映像を見るたびに涙ぐんでしまう私です。健常者にも、障害者にも、この舞台に立つにあたってのいろいろなドラマは共通です。分け隔てて見る事も全くないと。なのに、どうしてこんなにメダルの大きさと質が違うのか、、日本では所得格差が問題になっていますが、なんとなく、地球全体に格差がでているような、そんな気がします。この格差は人の格差とも私は思います。今回も素晴らしい力をたくさん見せてくれた選手達に心から感謝と、自分への戒めと、ありがたく生きること。。。
2156)紙面をタイトルだけで拾い読みをしていると、知らない人に多く遭遇します。大女優、、、なんて見出しで、どれどれと見ても、この人で大女優ならみんな大女優だ、、と思う人ばかり。タレントと女優の区別が全くありません。どの人も二足や三足のわらじをはいて、だからかな、、ハリウッドスターと比べると魂からのレベルががくっと下がります。本物の日本を代表するアクターやアクトレス。出にくい時代背景なんでしょうか。。。私にとっての日本映画は寂しい感じです。
2152)今週末から春のお彼岸です。お彼岸の意味は岸にたどり着くという意味があるそうですね。最近は子供中心でお彼岸等に家族でお墓に参る人がだいぶ少なくなりました。私は物心ついてから年に何度も親に連れられて父や母の生家に行った記憶がしっかりあります。その土地、その土地のお墓参りの仕方。いろいろあります。これが正式、なんてことはないというのが私の考えです。親戚が集まって楽しく食卓を囲む事が、先に逝ったご先祖様への最大の供養なのでしょうね。この時代に家族でお墓参りが大変な時もあるでしょうが、食卓を囲みながら、先に逝った方々を忍んだり、思い出話をするのも私は供養と思っています。今自分がいることもすべて、先に逝った方々がいたからこそという感謝の気持ちを込めて、是非、家族そろって笑顔で過ごしていただきたいです。ちなみに、、この週はおだんごやらぼたもち、、、連日の様に供えて食べる、私にとっては別の意味でも笑顔です。 2151)拉致被害者の家族の方々の精力的な行動を見て、ここまで被害者が動かないといけないの?なんてふっと思います。これは国の責任問題でもあるのだから、外務省がもっと積極的に動くべき事だと思うのです。何の為の外務省だか?米国の議会で事情聴取があるというけれど、どうして日本はなんとか動こうとしないのか?これがアメリカで起きた問題ならばとっくにイラクの様になっていたと。私はこの事件を通してそのときそのときの思いを書いていますが、今は、この事件を通してより一層の家族の絆を思います。家族だから何十年も戦える。今の冷えきった家族のあり方、、、すべてを見直し、この事件の犠牲の上に成り立つ多くの事に気づきたいと。ともあれ、政治の犠牲に国民がなることだけは、納得がいかない私です。
2148)私は今を生きたいと思っています。今は今しかないのですから。今がたとえ悲しく苦しい物でも、それを引き寄せたのは誰でもなく、自分という存在だと思うからです。自分で引き寄せたものが間違っていたと後々気づいたとしても、それも自分で作ったもの、ありがたく、感謝でしょう。正しい物ばかり引き寄せている人なんていません。それをどう捉えるかの意識の違いだけだと私は思います。私は今、とても楽しく、穏やかな日々を送れています。それもいろいろ多くの物を引き寄せた自分の結果です。たった一度の今。泣いても笑っても今を大事に感謝して過ごしたいです。多くの引き寄せた縁。少しの時間の縁でも私の宝です。 2147)私たちはカラーのある世界で生きています。白黒の世界ではないのです。せっかく与えられた多くのカラーを楽しまないでいるのはもったいないです。カラーが人へ与える影響は心理的に多くの作用をもたらします。季節は春に変わりつつある今、今年は思い切ってカラーを楽しみませんか?チャレンジしないでいると、自分の本当のカラーも見ないまま終わってしまいます。
2146)山口で妻と子供を殺害された事件での最高裁の行くへを見ていて、まったくなんてことだ、、と思った方は大勢いるかと。この事件の被害者の遺族であるご主人。私はこの方の勇気と心情にとても共感を覚えます。どれだけ辛く、きつい7年を送ってきた事かと思うと、この司法のあり方に、強い憤りを覚えます。少年法の刑罰のあり方と、時代のギャップ。弁護士のあり方と姿勢。今、日本は弁護士があふれているそうな、、、有能な先生もいらっしゃいますが、営利目的の先生も多いのも事実。何でもそうですが、人の感情が絡む職業に営利目的が全面に出た場合、いい経路はたどれないと。医者も、弁護士も、教師も、、、その職業の範囲と人間としての感情のバランスは難しいということです。それ故の多くの犠牲が多くなっている今、多方面にわたり、営利優先のビジネス社会に私は??????利益=お金。お金を追う者は心もお金の素材の様に冷たく、硬いもの、お金をありがたく扱う者は、お金の素材が暖められて、心も温かく、ソフトだと私は感じます。 2145)久しぶりにイルカのここち良い波動に包まれて、奇麗な満月の光を燦々と浴びて、少し積もっていた埃が奇麗に払われたような、とても清々しい気分です。気分が清々しくなると、毎日見ている同じ光景も新鮮に鮮明に目に映り、これまた久々にイマジネーションがぐんぐん湧いています。人はたまには童心に帰って無邪気に遊ぶゆとりも必要ですね。その遊びの中には気づき、学びがわんさかあって、腕まくりをして張り切っている私です。生きている事はありがたく、楽しく、素晴らしい。生きているから夢があり、希望があり、笑顔があり、涙あり、怒りあり。笑顔が大事といえども時に怒りの感情も必要不可欠。喜怒哀楽を春夏秋冬の様に捉える事も、、、また楽しい。 2144)初心忘れるべからず。。と何事に置いても適用する言葉。けれど、初心を通せないでその道をそのまま自分の感覚で進む人が多いです。どうしてそうなるのかな?と思った所、、私的見解はただ一つ。自分を知らない。それにつきます。身の丈をある時期錯覚で勝手にのばして、自分の世界観に没頭する、、と結論をつけました。自分を知っていれば、決して身の丈を上回る事はなく、また、初心がしっかりと受け入れられて自信の智慧になっていれば、そのようなことはあり得ないとまで、、言い切ります。人に惑わされずに道を進む、それこそ初心忘れるべからずではないのでしょうか?だれでも最初は高いテンションで望むけれど、途中にいろいろな障害物のハードルを跳ぶたびに、そのテンションがあがったり下がったり、、、それも地に足をついてなくて、芯がぶれているからとも。常に平常心。自分を客観的に見る。自分を振り返る事。
2143)米軍の移転問題。ライオン総理は住民に聞けばみんな反対との発言をきいていて、ばかばかしく思っているのは私だけでしょうか?ならば、何の為に聞いたんでしょうか?どこへ行っても嫌われる背景をなんとか整理しないと、ことの問題は解決をみないのでしょう。騒音、行為、居住権。。以前横須賀の日本人家屋が基地の真ん中で、日本人としての特権までも認められないような生活ぶりの報道を見て、戦後とり決められた日米間のいろいろの曖昧さと、いい加減さに腹立ちを覚えました。ここは日本。もっと主張すべきは主張して、迷惑行為を厳しく罰せられるような体制にしていただきたいものです。私の家の近くも米軍の飛行機がかなりの騒音と低空飛行で飛んでいます。基地は家の近くでは無いけれど、通り道でさえこの有様なのだから、家の近くではたまらないものと。ライオン総理はじめ、関係各位は一度経験されるといいのではないでしょうか?国家の品格ではありませんが、国民の痛みがわかる政治を望み、選出する側も、もっとしっかりとした目で選びたいものです。公募、多いに結構ですが、自分のカラーをすぐに染められない人が、、、いいです。 2142)確定申告締め切り間近の税務署はどこも混雑を極めています。寒い中列作って年配の方が何時間も外で順番を待っています。その様を見て、まじめに申告にきて納めている税金、1円たりとも無駄に使ってほしくない。。。そして、、不正をする人がぬくぬくしている世の中、この寒さの中で待っている人に、お茶のサービスがあっても、、いいのではないのかな?と行列を仕切る所員の人をながめていた私です。
2140)妹と久しぶりに電話で1時間半も話しました。父の葬儀を境に、何かが妹の中で少しずつ変わった感じを受け取りました。今まだ相続の手続きの最中でその書類等のいろいろを話していたときに、妹は自分が大学に行って、就職して、今の旦那さんと知り合った事が父の遺産だから、自分は放棄するんだと、、その割にはよく喧嘩するので、いい心がけも、行動でマイナスになってしまうから、もう少し、言葉に気をつけるようにと、私も穏やかに話ができました。お互いのいろいろを話していて、家の両親はいい子育てをしたんだな、、なんて振り返りました。べたべたくっつく姉妹ではないけれど、私にはかわいい、かわいい妹なので、これからも仲良く話せたらいいなーと。すべてが終わって、両家族でどこかへに行かれる日が近い事を感じた私です。相続。。。親の残した物にこの大騒ぎの申告はまったく納得のいく物ではない一つ。
2136)品格を持つ事は大事と心得ます。身だしなみ、立ち居振る舞い、言葉、、、お高くとまることや、傲慢は逆に品格を欠く物とも思います。今の自分にあった品格とプラスアルファー。メダリストならメダリストなりの品格、横綱なら横綱なりの品格、チャンピオンならチャンピオンなりの品格、上に立つ者の品格。また、主婦として、妻として、母としての品格、夫として、父としての品格。仕事上での品格、、、などなどいろいろな品格が各人に必要であるという事。これも一つの八正道でもあると思いつつ、私も日々精進です。
2132)人に怒られたがっている子供が多い風潮の中、自分の家族に怒られるのが憎しみと化すこの心理に、私はとても大きくて深い穴を想像してしまいます。人様に怒られるよりも家族の方がいいと思うのは、もはやあり得ない意見でしょうか?私の両親は厳しかったです。私の年代の親はほとんどそうだと思いますが。。。親に逆らう事等あり得なかったし、お父さんお母さん以外の呼び名はありえなかった。今は、あんた、あ人、、、親の威厳も何もないですね。親は怖いという観念が根底にあり、その親の愛も十分感じていた事も事実。父の口癖は、、あっちゃんがかわいいから怒るんだよ、親だもの、子供が憎くて怒る親はいない。。でした。20歳を過ぎても門限7時。いつも守れない私は結局、30歳の結婚まで、、、怒られて親と子の位置関係をキープしていたみたいです。一番きつかったのは、庭に夜中の11時から朝まで正座させられていたことでしょうか、もちろん、父も後ろでしないを持って立っていましたが。。。殺意までは私にはおきず、しばらく口を聞かないぐらい。。。昔の子供はかわいいのかもしれない。とにもかくにも、昨今の親子関係。見直す必要性は大でしょう。兄弟姉妹みたいな親子関係は20歳過ぎです。それがなりたたないと、外での上下関係もできなくなると、私は思いますが。。。家族の問題はありがたい成長の糧です。
2129)仏様や神様、マリア様やキリスト様のような人も入れば、鬼や悪魔や、それ以上の残忍な冷酷な心を持つ人もいます。それらの人がこの世に平然と一緒に同居しているというこの事実も凄い物です。
2127)ゴキブリもバブロフの犬同様の頭脳を持ち合わせているという研究結果がでたようです。確かに、ゴキブリは年々その行動も組織もレベルアップしているなー、、と10年くらい前にゴキブリを追いかけていて思った事がふと思い出されました。おかげさまで、ゴキブリもここ5−6年、お目にかかっていませんが、きっともっと頭脳明晰になったんでしょうね。小さい頃はゴキブリは部屋のすみっこしか歩かないと思っていたのに、あるとき、部屋の真ん中を横断していたり、窓をあけた網戸にじーっとしているその様は、まるで、人間をあざ笑っているかのようにも思ったものです。どんどん進化する害虫や動物。進化を遂げられないでうろうろしているのは、もしかして、、人間だけかもしれません。進化というより、時代に従順というか、なんといおうか、、、 2126)アメリカと日本のアカデミーが終わってみたら、おのおのの国の精神性が垣間見えて、ため息の私です。アメリカは現実直視を国民でしているようで、日本は古き良き時代を思い描いて、、、いつまでも振り返っても先には進まないもの。温故知新の精神で、その思いは心の糧として、現実問題をしっかりと受け止めて、、、現実逃避は臭い物に蓋をする式。それは何を意味するかというと、いずれ蓋が割れて露見する、、、忘れ去る事も、除去することもできない事です。解決してクリアしないと、、 2125)似合う似合わないと、好き嫌いは全く別ものと私は思っています。おしゃれは好き嫌いもあるけれど、似合う似合わないもあるけれど、まずは選り好みせずにチャレンジして、自分に取り入れる事が第一歩と。そこからまた個性が広がり、新たな一面も見つけ出す事もできる物です。固定観念は何事に置いても成長、変化の妨げになるとは私の思い。
2124)エジプトのピラミッドでの新発掘や、何千年も前の文明の歴史が今この時代につぎつぎに露見して、その内容に親近感を覚えたり、すごい時代を築いたんだ、、と感嘆したり。私たちのこの地球の歴史は限りなく深く、神秘でもあります。またこの先何千年後には今の私たちのこの時代について、未来の地球人たちが語り合う日もくるのかと思うと、何か目印でも、、なんて思ったりもします。万里の長城は永遠に残っているだろうか?今の私たちの暮らしは私たちには謎はなくとも、未来人には謎なのかもしれない。人に歴史ありというけれど、ありどころの騒ぎでないほど蜜である。。。そのとき、もちろん私という人間はいないけれど、誰か?何か?に私達の魂が残るかもしれない、、その残る魂が道をはずれていないためにも、今の私達の行動が要で、まっすぐ正しく生きる事。これにつきます。餓えや苦しみにもがく人がいなくり、戦争がこの地球上からなくなり、、、、平等。この言葉は時にとても厳しい言葉。すべてには決して値しないのだから。男女平等。。。これは永遠にありえない、、、、機能が違うのだから、仕方が無いです。 2123)自分がしようとしているものに取り組むときには、まず、自分を捨てる。。。自分という意識が先に出てしまっては、そこでアウト。これこそが最大なるエゴであると私は思います。何かをするときはまっさらで。すべてを受け入れる心の器を少しでも大きく、クリアに。自分という最大なるエゴを捨て去ったとき、そこにうまれるものは真のものでとても優しく、力強いです。でも、だって、なぜ?これらは自己意識の中の自分が出ている証拠。と思います。 2122)知らない人に声をかけられる事はよくあるけれど、、、70代ぐらいの品のいいおばあちゃん。電車の待ち時間に話し始めながら、いろいろなことまで15分くらいの間に語り合って、とても楽しかった。聞けば90歳近いというシャンソン歌手の方で、家もすぐ近くでした。誰かに似ているな?と思ったら祖母に面影がありました。年齢とは思えないほどの行動半径の広さと、権威ある方々の交流、年からすればあらゆることのトップにいる方々。そのおばあちゃんに、出ないとだめよ!縁は出ないと出会えないんだからね。と言われた一言が、今日の私の気づきの一つでしょうか。近いうちにおばあちゃんがCDとテープを持って遊びにきてくださるそうで、、、なんとも楽しいお友達が一人、できました。おばあちゃんは私の着物姿に微笑んで、私はおばあちゃんの生き生きとした口調と目の光に微笑んだ、、、一つのことを続けることは、人間的にもその素晴らしさが年輪に出る物ですね。 2121)日本人はつつましくを前提に、曖昧美学を確立した。。イエス/ノーがはっきりできず、意味ありげな笑みで取り繕う。今、そのつけがいろいろなところに顕著に出てきています。改革するならまず、この根底が要と私は思います。ここが変わらない限り、22世紀もこのままでしょう。心の意識改革に遅すぎた、、、なんてことはないのです。今の子供達が成人し、その子供が成人し、そう、100年スパンで考えればいいだけの事。
2120)何気なくテレビをつけていたら、、川を魚が住める奇麗な川に、と念願かなったらボラの大量発生となり、そのボラを食べようと今度は川鵜が大量発生し、町や文化遺産までも糞やたべこぼしで汚しているそうな、、人が意図してやることには完全はないということでしょうか。自然がいいのですが、その自然もまた難しい。あちらを立てればこちらが立たず、、一点に集中しないで分散できるとありがたいのですが、、
2117)長寿と健康で名が知れた沖縄県が、なんと肥満県第一位という現実のギャップに驚いた私です。世界的に見ても、温暖な地域はふくよかな人が多いのではないでしょうか?健康診断の結果なので、私がどう思おうとこの結果は不動なものではあるけれど、、、個人的主観では、40代以上で細すぎても貧相というか、、ある程度ふくよかな方が暖かみも丸みも感じる物ですが。元気で健康体でふくよかな方も多いです。なぜなら、笑顔が多いから。そう、暖かい地域の方々に器の小さな人は少ないんですよね。。。たぶん、沖縄の方々も昔からの食生活をしている方は健康かと。いわゆる現代食がネックと言わざるをえないのでは?最近の子供たちを見ても、ファーストフード中心、おまけにゲームばかりで運動しない、、太るのは当たり前。いくら学校で栄養指導しても、肝心の家での環境が。。。バランスの良い食事と適度な運動(お掃除はかなりの運動です)。机の前に座ってばかりでは血のめぐりも悪くなるという物です。
2115)若年層の飲酒/喫煙問題。スポーツに携わる清々しい若者から、かわいらしい顔をしたアイドルまで、、どうなってるのかな??20歳まであと2年という間が魔になってしまったのでしょうか。学生服での喫煙などは見ていても感じのいい物ではなく、まして体に悪いとされるものを体のできていない時期に接種するということの重大さにもっと気がついてほしいです。多くの家庭内で黙認という事実も大きな問題であると私は思います。子供と大人のけじめ、境がなくなりつつあって、お化粧や、持ち物全般に言える事と。親も含めた大人の意識で、このような事は厳しく接しないと、今後の体に大きな影響が出ると私は思います。 2114)人には無限の可能性が備わっています。そしてまた、人は一人では何もできないのです。無限の可能性の実現も一人ではかなう事も無いけれど、寄り添う人がいるからこそ、成り立つのです。だからそのときの喜び感謝は言うまでもなく、言葉にならぬほどでしょうか。とりわけ夫婦の二人三脚。個性が違う二人でも、その陰陽パワーは絶大と私は改めて思います。
2111)人体に悪影響を及ぼすとした、いわゆる悪い食品、嗜好品の中には随分昔からの物が多いです。今、ここへきてそれらをまるで敵対するかのような扱いは、私としては大きな疑問が残ります。悪い物かもしれないけれど、結局、対応できなくなったのは人体なのでは?どちらかを排除して済む問題とは思えません。
2108)笑いの種は日常の中にあふれるほどあるのに、そのことに全く気がつかないで笑顔を忘れている人ってもったいないでしょう。笑いは自らが作る物で、与えられる物ではないと私は思います。与えられて笑うのは当たり前。それでも笑えない人もいるんですよね。笑うという事は単純であるけれど、よーく観察していると、体中が響いているんです。豆まきの豆を勢いよく幕かのごとく、笑いの波動は多くの物をはねのけてくれる。私は笑う事が大好き。毎日楽しくなるし、いい事もたくさんあります。だから、また笑う。
2107)人間だもの、時には魔がさすこともあるでしょう。自分を抑えられなくもなるときもあるでしょう。そのことをどうのこうのいうよりも、どんな場面でもその人の心が左右すると私は思うのです。こうしたらいけない、こうしたら罰が当たるえ、、私はそんな執着的な生き方は嫌いです。行動を指摘するよりも、行動から見た心を修正する方が先。そして、悔い改める反省と感謝。この気持ちをわかせる方がずっと効果的と考えます。
2104)国民の生活格差の問題が表面化して。。格差が云々は別として、何に置いても一生懸命に生きる事がないような感じを受けていて、その反映もあるのかな?と私は思っています。仕事を例にとってみても、、正社員になれずに契約社員でお給料が減給し、食事も切り詰める生活をしていても、そこから抜け出そうという意識がない。これでいられればいいかも、、的考えの多い事。戦後の人たちは何も無く、仕事も自分から探し、自分で生きるためにいろいろをしてきました。今は、そこまでの根性を持ち合わせている人が少ないようです。ニートだ、なんだ、、、もっとしゃきっとしましょうよ!
2102)やらなくてはいけないことは、必要なときに目の前に必ずやってくる。その事に対して事前にあせらなくともいいし、できないできないと喘ぐ必要もまったくないと、私は思っています。やらなくては、、と思ってすぐにできる人もできない人も、それはその人の本質の違いであって、いつスタートするかしないかも善悪はまったくないと。私の経験から、目の前にふーっとわいてきたとき、その事は以前思っていた以上にスムーズに済むことが多いです。 2101)才能を開花させるにはお金の力が物を言う、何とも皮肉なものです。芸事にお金がかかるのは当たり前と物心ついたときから認識し、だからこそ芸の道は厳しいのだ、、とも思っていました。けれど、その資金力がネックとなって、資質をのばせない人も多くいるのも、、定めでしょうか?それでもチャンスは平等にとも願うけれど、、バレエ/テニス/スケート/日舞/お茶/。。。体一つでできることなれど、その付加にかかる物の割合が大きいのでは?才能にたいしてのバックアップ、無駄な税金使うぐらいな、物になるほうに使っていただきたいな、、なんて思います。せっかくオリンピック等で脚光を浴びたスポーツに、多くの興味が集まり、その中にきっと大きな光もあるのですから。 |
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