100)言いたい放題。。。あっと言う間の100連発。記念すべき区切りとして、私の職業《主婦》について、言っちゃいましょう。 女性の地位が認められてきたこの時代でも《主婦》に関してはまだまだ評価が低いのが実情。ほめて!なんて下世話な事は私はいわないのです。なぜならば、どんなハードな仕事よりも《主婦》はすごい職業なのだから。ただ、皆様ごく当たり前の事としてとらえているので、視点からそれ《主婦》をなえがしろにしちゃうんですよね。なので、そーいった方々とはレベルが違うんだぞ!ということで、私はほこりに思っております。つまり、《主婦》を完璧にこなすには、忍耐、愛、エネルギー。強い精神力が必要なので、そこらの社長さんとは器が違います。家族の衣食住は《主婦》によって成り立つのです。そして、衣食住は生きて行くために不可欠なのだから。私は《主婦》を完璧にこなすには二足のわらじははけない。。という考えの元です。それだけ、大変な仕事です。10年くらい前、お寺で何年か座禅を組んだことがあります。早朝の勤めからはじまって、夕方のお勤めまで。参加者は神職者ではありませんので、一日の終わりに必ず、自己紹介をして、感想や反省をするのですが、《主婦》です、とはっきり言う人がいないのには、驚きました。みなさん、小声で恥ずかしそうに、家事をしてます、サラリーマンの妻です。。が、一般ピープルと違う私。ひとり、胸をはって大きな声で言いましたよ。《主婦》です!やることやってるので、後ろめたさも無いし、主人にはいつも感謝されていましたから。そうだわね。。。きっとやれていなかったのね。。皆様。 私の母は65歳で2年前に他界しました。私が高校生ぐらいまでは、いい母であり、いい《主婦》でした。そんな母が、昔からの芸事、日本舞踊に打ち込み、師匠にまでなってしまった時、母も《主婦》もなくなりました。そうなると、父と揉めてばかりだし。。母は家のことより外の方に、向いてしまったようです。長い長い生活でした。そんな母でしたが、他界する2日前。父に今までの事を詫びたそうです。そして、そんな自分に病気になった身体を面倒見てくれて、ありがとう。といって、父とのわだかまりもなくなって、先に行ったわけです。目の前で起きた実例は珍しい事ではないのでしょう。けれど、《主婦》は二足のわらじをはけない、ということと、ありがとう、で救われるお話。 そんな母の娘ですから。。。?けれど、私はどんなに外を飛び回っても、何かをはじめても、《主婦》が軸なのです。そしてこれは私の人生で省けないものなのです。目の前で起きた生き字引をインプットしてますので。。。ですから、仕事に疲れた人が《主婦》にもどろうかしら、なんて言うと、笑っちゃいます。仕事もできない人は《主婦》なんてとーていできないから。なんでこんなに《主婦》にはまってるか、答えは簡単です。イマジネーションを大いに働かせてお料理作って、健康維持の掃除をして、、、、これぞ、究極の精神修行です。 といっても、絶対これ!という事はいいません。人それぞれです。向き不向きあるでしょう。あいてる時間が多いと言われる《主婦》も仕事ですから、選択肢の一つです。でもね。。。《主婦》には完璧がなくって終点もないの。だから好き! 99)最近、道ばたに座り込んだりする人が、あまりにも多い光景に驚く。自分の荷物を歩道一杯に広げて足をなげだし、座り込んでいる。ともすれば、具合でも悪いのかと声をかけようものなら、逆に睨まれたり、怒られてしまう。うーん。この行動。理解に苦しむ。それがはじめての場面で無く、ちょくちょく、、なので、最近は観察してからでないと、声はかけませんが。羞恥心とか道徳とかトイレにでも一緒に流してしまったのでしょうか?日本も首をかしげる事の多い国になったのですね。けれど、、こーいう状況が当たり前になっては、困るを通り越して、不愉快。 98)目を見て話せない人。挨拶もろくにできない人。何がよくて、人前にでるのでしょうかねー。 97)何年かぶりであった時に、顔を正視できないほど、人相の悪くなっている人。本人的には幸せのようであるが、、、、その逆にどんどん人相の良くなる人。はぶいて、捨てて、必要なものだけを身にまとい、自分の好きな事に信念を持って生きている。好きな事をやっているだけでは人相は悪くなるけれど、自分のためで無く、人のためを考えて行くと内側から変わってくる。どのタイプをいいと思いますか?私は後者。決まってるじゃありませんか!ねー。その答えは写真で見ればわかりますよ。レンズは正直。肉眼は歪んでいるのだから、鏡の前でうっとりしても、、、写真は嘘をつきません。 96)動物や花や木と会話を楽しめるゆとり。心優美。今、ほんとうに自分の顔が穏やかに見える。何かをして心を鎮めるのではなくて、不思議なくらい穏やかな自分がいる。。。すごくいい感じ。 95)昨日は人間の果てしない《欲》について、考えてしまった。この今の社会システムで、都会のまん中で、しがらみの中で、やはり、《無欲》になることは限り無く難しい。というより、できる人の方が、ちょっといっちゃってるのだろう。自分では《無欲》のつもりでいても、そのこと事態が《欲》に思えた。けれど、人様があれも、これも、等の楽しげな会話が理解できない自分に気がついた時、少し成長した自分もかいま見たりして。。まさに、他人の振り見て我が振り直す。ちょっと引いてみると、良くわかるものです。 94)イラク戦争で亡くなったジャーナリスト橋田さん。この方の取材は何度かテレビで見ていたけれど、ジャーナリストの中でも優しさを伝えてくれた方である。戦争の悲劇の中でも。。このご夫婦、家族。素晴らしいと体中に何か駆け巡るものが感じられた。運命とは時に残酷で どうして?と考えさせられるけれど、このイラクでこの優しい方が命を落とした事。日本はアメリカはもっと正しい目で判断しないといけないのでは。間違ったことをすると、間違ったことが起きてしまう。 93)自分を変えようと思って努力しても中々根性のいることですが、変わる時は必ず向こうからやってきます。なので、それまではその時の自分を楽しめばいいのです。いろいろ経験をしてこそ、変化があるのです。そのチャンスを掴むか逃すか、、ここが分かれ道。でも、逃しても、チャンスはきます。でもいつかは、、、この世を去る寸前かも知れないし、チャンスが小さくて気がつかないかもしれない。また、そのチャンスを悪く受け止めてしまったら、、、変わらない人なのですよ。要は、自分の思い一つ。 92)人生の伴侶に先立たれた人は、心の底、深いところに寂しさがあって、その寂しさは子供や趣味では埋まらないほど、大きいものです。たまにそんな叔母の四方山話につきあって、私自身も夫婦とか人生とかを学ぶのだけれど、ありがたくお話を聞くときには、わかっていることも、初めて気が付いたように聞いています。でも、だって、けれど。。これらは禁句。そうすることによって、再確認で自分の心にも響くもの。リピートの叔母さんもいる。同じことばかり毎回話すけれど、根気よく聞いています。リピートも聞けば聞くほど味がでてくるというもので。。2時間近くほとんど演説状態で話しているけれど、、心配はぼけることらしい。大丈夫。これだけ話せればぼけのほうから、逃げていく。 91)友人に父とヘルパーさんの関係を話したら、、、地位や学歴は年とったら価値なし、必要なのはどう人に近づくか、どう接するか、が大事との事。なので、私の父は人当たりがよく、社交的ですばらしい、、と言われたのですが、、、家族には閉鎖的です。 90)運がいいとか悪いとか、生活していてぽろっとでてくるのは、それほどの運ではない。すごい運は人をもうならせ、本人の意の中にはないもの。 運と、運命。。。。事故にあった乗り物に乗るはずが、何かの事情で乗れなくって助かった。これ運命。占いでしばらくこの土地を離れなさいといわれ、離れられる人も、離れられない人も、それもまた、運命。運命はあらゆる事象にさだまり、変えられない。。それも運命。だから、占いで人生は変えられても、運命は変わらない。この屁理屈たっぷりの運命をうまく乗りこなせれば、至福の時となるはず。私自身も自分で占うけれど、これはなぐさめ?応援?いずれにしても最近は占なわないので、ちょっと成長したと思う。もとい。たくましくなりました。 89)ある時、転変地位が起こって地球上の大陸・島がくっついて、がれきの中からでてきたら、自由の女神、、、猿の惑星のようだけれど、、、反対側にくっついたら、漢字の世界。そうだなー。。。英語・中国語。どれも入門編で足踏みしているけれど、この夏は克服したほうがよさそうです。
88)遠くチベットからの一枚のはがき。チャイニーズの友人。彼女は私に何かあると必ずコンタクトとってくる。また、私が考えていると必ず便りがくる。片言の中国語と、小学生レベルの英語で彼女とつながっているのが、、、笑える。今年8年目。彼女のほうが語学は富んでいるからラッキーなのかな?そんな彼女も最近は英語ばかり。辞書を片手に手紙を書くよりも、成田へ直行したい。私の座右の銘《想うこと叶うなり》この路線は崩れることがないけれど、なかなか叶わぬは英会話。心からの思いが弱いのか、おつむがショートしてるのか、誰かに頼っているのか?自分の、こーいう所が嫌い。
87)何かを教えるときに、技術と教え方、どちらを選択しますか?私の考えは。。。教え方ひとつで技術はいくらでもカバーできるけれど、技術だけでは教えられないものがある。という事。
86)《まじめ》は時には大きな害となるもので、《くだらない》ことを、頭から否定し、あざ笑うようなこともあるけれど、《くだらない》ことをさらりとやってのけてしまう人は《まじめ》な人の能力をはるかに超える能力を兼ね備えている。まー、とはいえ、《くだらない》ことのキャパがさまざまということと、《くだらない》ことが主流でも、困る。
85)世の中には自分の一言で運気を下げている人が意外と多い。本当は楽しいのに人には辛いだの、疲れるだの、好きじゃないとか。常に世間体を気にして、肩ひじはって生きている人とか、、、 楽しい事を楽しいと思えない人は。。。。 へそにあてがった生活ができればマイペースを通せる。。。 人はいい事も悪い事も平等に創られている。後はその人次第。。。 84)今日は月に一度の父親の通院へ付き添ったのだが、一言で、予約してるのに、何時間も待たされるこの予約の意味。診察はたった10分。しかし、今の診察の実体。問診が90%。だから、父のように少々ぼけがはいっていると、とんでもないことになってしまう。これではひとりでは行かせられない。今時の聴診器は服の上からなんだー。。。。先月検診で上着を脱いだ私は何だったの?? 83)上を向いて歩こうよ♪上=空はいいよー。ここの所お天気が悪くて夜空を見ていないけれど、、、瓦せんべいのような月、螢のような星。この中の一つに今私がいる。向こうでも同じように見ているかも、、宇宙の中の地球。地球の中の日本。日本の中の私。小さいよ。くよくよくしていることが馬鹿馬鹿しくなるでしょう。ならば、気分よく過しましょう。上を見て気分の悪くなる人はいない。気分が悪いと下を向くもの。 82)目は口程に物を言う。。。目の輝きはだてに光っているのではない。心がそのまま出るもの。だから、目を見てお話をして、その人の事が良くわかる。そして、その洞察力ははずしたことはない。目の輝きが無い人はまだまだ。。。です。笑顔で目がキラリと光り、何かをする時に目がきつくなり、いわゆる、目のストレッチ現象が常にあるのがとってもいいと思います。人間的にはまだまだでも、死んだ魚のような目でいるよりも、覇気のない目よりも、目の表情で変わるから、、、嘘だと思うなら、どうぞお試しあれ。 81)恐いものはこの世に全くと言って無い私。しかし、嫌いなものは、、、あります。ごきぶり、チョウチョ、という昆虫、虫全般。そんな私は2年前。蟻と一緒に生活を10日も送った事が有る。場所は中国/広州。なんだかわからないけれど、蟻が湧いて出るところだった。5☆のホテルでも。壁の間から、バスルームの排水溝から、サッシから、、ベッドに入り、じーっとしてるとくすぐったくて、次の瞬間から鳥肌が、、そのくらいどこにでもいたのです。この時はじめて、極限状態を体験した私。異国情緒たっぷりのいいところだったけれど、ここへ滞在する気には、、、もうなれません。 80)ある元スポーツ選手が「戦いは自分の中にある、技術ではなく、メンタルだ。」といっていました。まさに、おっしゃるとおり。すべて、そうなんです。 79)精神年齢と実年齢は異なるのです。人生においての年齢は精神年齢であるということで、実年齢で判断はできないものです。実年齢と大きく幅を広げる人もいれば、同じに進む人もいるし、、、実年齢の上の人の言葉を聞くというよりは、精神年齢の上の方の言葉を聞いてみませんか? 78)1年、320日ぐらい、私たち夫婦、24時間一緒にいるのです。もうこーいう生活がどのくらいたつでしょうか。。10年、以上。よく一緒にいられるとか、大変でしょうとか、いやでしょう、とか言われてきましたが、すみません。この生活があってるようで。。。何の不便もございません。これだけ一緒にいても、互いに手をつなぎ、一日に数度、「愛してますか?どのくらいですか?」と確認までいたします。なので、亭主元気で留守がいいというフレーズは、私には死語であります。世の中の奥さんが当たり前のように言ってるセリフ。当たり前ではありません。 77)優しさは強さの裏返し。本当に優しい人は強い精神力をもっていて、だからこそ、いつわりなく素直に心からあふれ出るものだと思っています。自分が傷つくことにより人への態度がわかるもの。涙の数だけあったかい。弱虫は優しさではなくて、うわべだけの気遣いに過ぎない。
76)私にはトラウマ(私的)がある。トラウマって関係のない人から見ると どうして?というほど、簡単というか小さいというか、たいしたことのないこと。一番大きなトラウマは昨年克服できたので、解消されるという確信はあるのだけれど、これがたやすいことではないのです。30年はかかっているのだから。けれど、解消されることで自分が変わり、プラスに転じられる喜びも実感している私にとって、もう一人の私の期待は大きい。言うのは簡単、頭で思うのも簡単。それができないのが私のトラウマ。けれど、しばらく心の静養をとっていた私。時期が来たようだ。このトラウマを超えられるか。超えないと先に進めないのだけれど。。ありがたいことに、道しるべがちょうど目の前に出てきた。この方々との交流の中で、脱皮することになるはず。今度のトラウマは時間が、、、ない。と、言ってると、さも悩み多き女性のようにとる方もいらっしゃいますが、私、普通の一般ピープルより、かなりプラス思考なので、悩みとは思っていないし、事実、悩んでもいない。思いを定めたことで方向が決まると、そう準備が整うと、あとはなるようになる。茨の道か、高速道路か、じゃりみちか、、、レッツゴー!ってとこでしょうかねー。ひそかに、、、人生において私にとっての過酷なレースを無事にゴールできたら、、、、あこがれのマザーテレサに一歩。近づけるかも。 75)これからは英語が話せなくちゃ、自分が未だに話せないのでせめて子供には、、、こんな思いから小さな子供の英語教育が盛んですが。。。確かに子供は聞いた事、見た事がスムーズにインプットされるので幼少の頃から始めるのは結構な事で、英語も例外で無くいい事だと思います。けれど、家庭の中はすべて英語というお母さん。英語も大事ですが、その最適な幼少時代に日本語の大切さも是非インプットさせていただきたいものです。ここは日本ですから。そして、親は話せず、読めず、子供はぺらぺら、この状況をOKとしている親はどーいう感覚なのでしょうか。あら、パパ、ママはこんなこともわからないの?最初は小さな何気ない事ものちのち大きくなって、親を見下す事となる要因。ある時期までは親は子供より下であってはいけない。常に、親は子供を教える立場でなければ行けない。ひここもりの原因も第一は親の言う事を全く聞かない、、、からはじまるのです。
74)世の中にはずーっと便秘状態の人が、、、いる。 73)年金未納問題がワイドショー並にニュースで取り上げられているけれど、だからなんなの!挙げ句の果てに、重複番号が何百万人もいて、もらえないかも。。心当たりの有る人は届けて下さい、って。どうしてわかるのよ、本人に。何をやってるのか、大丈夫なのこの国は。レベルの低い自分さえよければという政治家なんて、もうたくさん。こんな中で払え払え、年金のアップなんて、私達一般ピープルは従えるかしら?一生懸命?無理矢理?将来のためにと払ってきたものが。。。。情けない。使いもしない施設をつくったり、知らないおじさんを楽させるためのお金なら、今。全部かえして! 72)今時の歌謡曲って、、、私は嫌いです。ポップな感じで歌っても、中身はみんな演歌みたい。歌がうまいのか下手なのかもわからない程みんな同じ感じ。重たい。軽いな−と思えば、、すべてが軽い。だから、今は聞かない。楽器がいい。バイオリン、雅楽、ピアノ、ドラム、三味線、、、ハートに感じる音がいい。でも、鼻歌は良く歌う。元気のでる歌。「365歩のマーチ」「一本どっこの歌」、、、人間が演歌なのかもしれない。 71)今、私の周りは人の創り上げたもので一杯。おかげさまで便利だし、楽です。でも、これがダメ人間の元でもあるのね。明日の朝目がさめて、いきなり床に寝ていたら、コーヒーメーカーが無くなっていたら、歯磨き粉が塩になっていたら、、、おもしろい。どこまで生活できるだろうか。ここらで原始的生活身に付けておくと、いいことがあるかも。。。ね。素敵じゃない。創意工夫。人類のIQがあがるわ。以前、洗濯機を使わない、掃除機を使わない生活をした事があって、ものすごく大変だったけれど、物の有り難みがわかって、掃除に関しては、掃除機を使わない方が綺麗になりますね。 70)ここ数カ月父親の余命宣告に始まって、度重なる法事で、「死」と言うことと「供養」と言うことにちょっとだけ頭を使っています。「死」は恐れるものでなく、ありがたく受け止めて、、、この世の卒業でしょうか。急死以外、必ず直前に何か起こる。そこで道が決められるのでないかなーと感じています。身体や声や、目に見えるものはなくなるけれど、必要な時にそこへ導いてくれたり、、、いろいろ影で教えてくれます。愛しているものの死を経験された方ならわかると思うのですが。。。あちらの世界は随分と居心地もよさそうですし。。これは私の創造です。「供養」は。。故人を偲ぶもの。お寺へ頼らなくても十分と言う見解。私の知る限り、そんなに功徳の有るお坊さんは。。。日本にはいない。お坊さんという職業に携わらない、信心深い方の方がよっぽど功徳がありますね。「お布施」も現代のあり方は大いに疑問。途中でつっかえたり、機械的な動作を見ていると、私のお経の方が数段効きそうだ。この事は。。母の死で実感。人の手で創るよりも、愛は強いのです。そもそも、キリスト教には、、ないし、他も、、今はやりの?海にまいたりしたら、なおさら。。ない。世界的規模で見て、共通のもが本来の物だと言う私の見解。。。天涯孤独の人は成仏できないの?私なんて、子供もいないし、主人方の甥、姪はまったくつきあいないし、かわいい甥子におしつけもできないし、だからといって、生きている内に??人の創り上げたものには必ずいつか限界がくると思っています。「供養」は故人を偲ぶ人が故人を偲んで思う事。何年に一度なんていいのよ。日々「供養」その場所は必ずやお寺ではなくともいいという、私の見解。
69)10数年前。主人とハワイへ旅行した時のお話。私は世界中どこへ行っても日本語という武器を持っているので、ある意味恐い物しらず。主人は当時、アメリカから帰国して間もなかったので、日本語よりもすぐに英語が出てくる状態。これをふまえて。。 飛行機を降り立つと必ず入国審査があって、いろいろ質問をされます。検査官の方は「アナタハ ドコカラ キマシタカ?」この最初の問いに主人はいきなり固まってしまったのです。言葉のでない主人を?と思いつつ「日本です」と答えた私。「アナタハ ナニシニ キマシタカ?」またも言葉がでない主人。でないどころか、頭からは汗がフキだし、石仏状態。「青い海を見に来ました」と笑顔で答える私。「タノシンデ イイ バケーションヲ !」ポンポンとパスポートにスタンプを押されその先へ歩き出した時、石仏の主人はまさに、足まで動かない状態。変な人だな−っと重たい身体を引っぱりだして、どのくらい時間がかかっただろうか。石仏から人間に戻るまで。。。主人はここはハワイなので英語で質問をされると思ったらしく、聞き耳をたてれば、これは何だ?ハワイ語か?と思ったらしいです。けれど、その奇妙なハワイ語に英語もろくに話せない私が即答しているので彼は何がなんだかわからないのを通り越して、私を奇異の目で見たそうです。今でも思い出すと笑いが止まりませんが、、、 気構えると、見えなくなるもの聞こえなくなるものがあるという事。何かを始める時、肩の力を抜いて、自然体で。準備ばかりに専念していると、大事なもの見落としがち。。。人生流れに乗らないと。構えると言う事は立ち止まってしまうから。そして、思い込みはなかなか訂正できない難物であると言う事。身体にストレッチ体操が必要なように、心も頭もストレッチが必要なのですね。心と頭のストレッチは笑って笑って、時には、??? と言われるように、、、くだらない事も時には栄養になる。 68)「10人の人を幸せにすることより、1人を幸せにしなさい。なればみな幸せになる」と主人は私と出会う1日前にとある方の遺言として聞いたそうです。タイミングよく彼の目の前に現れた最初の女性が私で。なので、私達の結婚はその日の内にお互いの心で感じていました。けれど、一日で結婚はいくらなんでも。。。ということで、一応3ヶ月の期間を設けましたが。結婚しなくてもそれはそれで人生。と思っていた私ではありますが、結婚と言う事で、生まれる人間的感性ははかり知れないものがあり、この世の中には男女いるわけで。人の心を理解する為にも、人を愛する人を思う心を養う意味でも、結婚はするべきだと思います。結婚して夫婦が分かち合う時間はそれを知っている人にしかわからないもの。結婚っていいよー。 67)地球環境問題とか自然破壊だとか声を高々にあげているけれど、、、足下見失っているのでは?目に写っているものの問題をじたばたさわいでも、元を正すのが先決。なぜ、こーいう状態になった?原因はみなさん御存じ。人間です。この人間を正さないうちに、代用品をいくら生産しても、クリアーするはずもなく、永遠に追いかけっこ。家庭環境/教育環境/対人環境/社会環境。この問題は人が直らなければいけないでしょう。自然が怒っているのでは無くて、この宇宙を創りあげたものの怒り。裕福な生活の代償。お金、地位、名誉を手に入れて、一見幸せそうに、楽しそうに、平和に過しているけれど、この代償は大きすぎるのでは?リサイクルの前に、分別ゴミの前に、人の心、人格。これが先。難しい本を読むよりも、昔話を読み返して、ことわざを思い出して。スタートラインに戻らなくっちゃ。 66)ついでに、、お米に花が咲くなんて。。。40歳まで知りませんでした。理科で習っただろう?記憶にございません。実のなるものには花が咲くのだ、という単純なことも飛んでいた私。「私は農家ではないので。。」と開き直りの私です。あれから4年。まだ見ていないので、自分的には納得していないので、今年こそは。。と意気込んでいる日々です。 65)炭酸飲料の苦手な私は飲んだ事がないのに。。たまには違ったテイストで、とふと思いカルピスを炭酸水で割ってみました。何も考えないで、いつものようにマドラーでかき回したら。。半分以上泡となり消えてしまいました。その様子を見ていた主人に、「また一つ、利口になったね。」と肩をたたかれた私。知らない事がまだまだありそう。。。。
64)《バカ》という言葉は好きではなくて、違う言葉で表現をするのですが、どーにもこーにも表現を置き換えられないときもあって、心の中でひそかに《バカ》と言っちゃうときもあるのです。自分がわかっててやっている人、そして、その行動が勘違いであることに気が付かない人。情けは人のためならず、、、式。
63)『こんにちはー!』と元気よくチャイムを鳴らす人に『けっこうでーす!』と即答してしまう私。営業で飛び込みをする人は大変よねー。
62)主人が死んだら生きていけない、、主人が死んだら頭まるめて一生を捧げる、、なんて時には話すけれど、私って、一人でもしっかり元気に生きていけると思うし、好きな人を亡くしたからその人にずーっと固執して生きていくようなことはしないと思う。。。ごめんね、ダーリン。しっかり心に入れて供養はします。が、しかし。この世ではあなたが大事でもっとも必要であるのです。。。順番が逆になったら。。。怖いものがあるかもしれない。家の旦那様。水を得た魚のように生き生きしたりして。。。。なんだかそんな彼の笑顔がよぎるなー。。。
61)男性と女性。本当のやさしい心を持っているのは男性で、強さを持っているのは女性で。。。私の夫婦に限って言えば、主人は〔魔女の宅急便〕〔男はつらいよ〕で、泣ける人。。私はそんな主人を横目でじーっと見ちゃう人。童心のような笑顔で笑えるのが主人で、ちょっと違う笑いが私。うーん。男尊女卑って無理やり作っちゃったのではないのかと、思うこともある。今の時代に来て、それがひっくり返ってきたような。。。今年は特に女性が光っている。アテネで微笑むのは女性かも??〔女は強いよ〕なーんて映画。。。。私だけかしら?? でも、でも、昔から麻呂は気弱なイメージで、、女帝なんていわれてたし、、、やっぱり、女性は本能で生きてるのね。けれど分別と自制心はあります。これ、私です。
60)今、自分が不幸のどん底にいると思っている人。甘えなさんな。世の中には自分ではどーしようもない運命に翻弄されている人が多くいるのだから。誰でも悲劇の主人公に思えることは、実は悲劇でない自分をかわいがっている証拠。本当にそうならば、そんなことも思いつかない。と思う私です。
59)〔クレオパトラ〕〔西太后〕歴史上でこの二人はもっとも興味のあるそして大好きな私。どうして好きなの?って聞かれても具体的な表現ができない。だって好きなんだもん。なぜか惹かれるのですよ。しいていえば、この二人の生き方かな?気高く賢いところ?人間の持っている本能というものを感じずにはいられない。え?なんて残酷な。。。っていったって、人間も動物。みんなもっている 特に女性は。。いろいろな教育の過程で、慈しみや、やっていいこと、悪いこと、などを植えつけられて、本能というものにも変化がでてきた、、、人を大事にもできるようになった、、、権力の為に何でも、、できなくなった、、この二人の事を知れば知るほど、すかーっとするときもある私。またしてもうまく表現できない自分がちょっとはがゆいけれど、〔クレオパトラ〕〔西太后〕ひきつけられる二人です。今の時代信じられないことをして犯罪を行う人たち。なんでここまでするの?とまゆをひそめてしまうけれど、人間の昔がでてきてしまっているのだと思う。それらの人の環境をみてみれば、必ず欠陥が浮き上がる。家庭環境、愛情。私たちが自然に受けてきた愛情教育ができてきていないのでは。。。 要するに私が言いたいのは〔残酷〕という感情をもてるのはちゃんとそーいった教育が生きていることであるけれど、極限状態に陥ったときにもその教育が持続できるかっていうと、そうではいと言うこと。極限状態の位置づけは人それぞれ違うという事。だから、私たちは〔残酷〕という感情を避けてはいけなくて、もっとその先の深いところまで感じなければいけないと言うこと。この短い単語をもっと重く受け止めなくてはいけないのではと思うのです。〔クレオパトラ〕〔西太后〕の残酷さ、キリストの張付けまでの残酷さ、戦争の残酷さ、拉致の残酷さ。 今の教育環境、家庭環境。3−40年前にさかのぼって、一から見直さなければ、もっとひどくなってしまう。幸せはお金ではないし、苦労をしないことでもない。苦労をさせたくないと分以上のことを強要させても、、、若いときの苦労は買ってでもしろ!これも人生の大事な大事なな勉強ではないのでしょうかねー。
58)町中を歩いてると、ブランドに身を固めた人であふれていて、私もブランド物は持っているけれど、、、ブランドってエルメスやシャネルだけではないのよね。ユニクロだってイオンだってブランド。わかってるのかな??ブランドを避難しているあなた。あなたもブランドもってるのよ。でもね、《自分》というブランドが一番高価なの。この高価なブランド。身につけるのは日頃の行い次第。エルメスの100万のバックより高価なブランドが、手軽にはいるのに。。。
57)人と話をしていて、その人の頭をぱっかり開いてホースを入れて洗い流したい事が。。。有ります。
56)【パッション】という映画を見て私なりに感じた事。率直にいって、この映画が心に残る名画という枠では括れないと言う事。そして、おすすめ!なんて気安く人に言えない映画である事。映画が始まってから最後まで涙が止まらなかったけれど、不思議と後に残らない。残酷な場面だけが世間では一人歩きしているけれど、同じ事。現代でも行われている事実。キリストのことを理解した上で見る方がいいかもしれない。 私は10代の頃キリスト教を学び、20代は娯楽教、30代は仏教/道教と縁合って学ぶ機会が有り、まー、身についているのは娯楽教ぐらいかも知れないけれど、、、かつて、【十戒】という映画が本当に好きで何回も見ている私には、ストーリーは全くお馴染みで、、、けれど、最後の12時間を描写した【パッション】で、キリストの最後の最後に悟りを開いた瞬間がはっきりとわかりました。この映画は暴力では何も変わらない、お金を手に入れても失うものが大きければそれは不必要なもの。そう、お金と暴力では何も変わらない、変えられるのは愛である。と訴えていることを感じました。なので、今海の向こうで戦っている戦士達こそみるべき映画なんだろうと思いました。やっている事はまったく同じですから。この映画を見て、残酷!なんて視線からしか見られない、我が国の総理大臣。お疲れなのでしょうか?上辺だけで考えて、見て判断しては行けないのでは、、今の情勢をしっている人の感想にしてはこちらの方が私達にとって残酷。 もっと平たく言うならば、、、【十戒】が人の心情をつく演歌で、【ジーザスクライススーパースター】は躍動感溢れるハードロック。そして【パッション】は魂の鎮魂歌、レゲエといところでしょうか。【ジーザスクライススーパースター】はハードロックの苦手な私同様、今だ理解できない映画の一つです。 ということで、この【パッション】は感動の名作でもないし、、、こーいった反暴力をキリストによって訴えたネルーギブソン。私は彼の感性と感情移入によるピュアーな心。それによって開かれた心の扉。このことに一番感動しました。そして、マリア役を演じた女優さん。台詞などあまり無いのにそこにいるだけで、マリアを出し切ったこの名演技。私は彼女の表情で涙が止まらなくなりました。自分の信念をかけてこの作品を作り反戦を訴える、、、大陸育ちと島国育ちの差でしょうか。カンヌで浮かれている役者さん。役者さんはここまで感情移入できてこそ、人を心を動かせるのですよ。ネルーギブソン。凄いものを感じます。
55)井の中のかわず。。。にならないように。人はこの世にいる限りちゃんと役目があって、普通に生きていていても、それは意味が有る事なのだから。一つの事にこだわりを持つ事も大事だけれど、少し視野を広げるともっとよくなるものです。【生きる】っていろいろあって、沈む事も有れば浮き上がる事もあって、だからこの世はおもしろい。と思うのです。同じ【生きる】なら両手を広げてみよう。もっともっとおもしろい事が待っている。広げた手の中に困難が有るかも知れない。それはラッキー。習いたくても習えない事がわかるのだから。誠心誠意でぶつかれば、よりアップするもの。【みーんな悩んで大きくなった】というフレーズがあるように、、、だから、時に立ち止まってふりかえる自分も必要。一つの事にこだわる事がいけない事では無くて、こだわるのならいろいろ見て、試してからでもいいのではないかなーと思うのです。 今の立場に甘んじてはいけない。自分が正しいと人に押し付けてもいけない。いろいろな道をたどりながら成長するのだから。時に敵にまわることがっても、いつかわかりあえる。それが縁。 自分が今幸せでいるならば、運がいいと思えるなら、そこで止まっていては幻となる。そこから先が大事なのよね。 54)腹はたてるものでは無い。とは主人の口癖。うーん。でもやっぱり人間の感情で出てしまうもの。が、ここへきて、うん。腹はたたないものなのだ。と確信がもてました。そもそも、怒りの原因を冷静に一つ一つひも解いてみると、なんと、元は自分なのでした。怒りまでに行く間に自分の中でうまく整理がつき、一歩下がって行うと、あら、私って随分無駄なエネルギー使っていたのね、と笑いまで出ちゃうのです。人にはそれぞれの生き方や考え方があって、相手が間違っていても、それに腹をたてることはなく、では、どーしたら間違いをいい方向へ導けるか、、そっちへ転換すればいい事なのですね。とはいっても、火に油を注ぐ結果になってもあれなので、こーいうときは、引いて、引いて、時期を待ちましょう。腹はたてるものでは無くて、座るものですね。
53)私には地位や名声はないけれど、自分に自信を持って生きている。けれど、所詮、バックグラウンドのある人にはかなわない。同じことを話しても、私の言うことより、バックグラウンドのある人の方がいきてくる。うーん。まだまだ私が未熟ということね。それでも、ぶたのしっぽより、にわとりのとさか。
52)明日という字は あかるいひ と書く。歌の文句ではないけれど、今日はもう終わるのだから、反省することがあっても、いつまでも悩んでいるのは、、、やめましょうよ。悩んでいる、、、って暇なのよ。忙しい時は一つの事をうだうだ考えている事はないはず。考えてもいい答えは出ません。答えはすぐに出るものだから。出ないのは、自分で理由を考えるから。下ばかり向いてないで、上を向いて、顔を正面に向けて、鏡を見て、にこっと笑って、おやすみなさい。気分を暗くするのも、明るくするのも、自分次第。ならば、明るく行きましょうよ。外は雨が降っていても、厚い雲の上には太陽がでているんだから。その太陽を想像して、また新しく一日をはじめましょう!
51)お友達。いつの時代も宝物としょうされている人間関係。私は10代の頃からお友達には沢山恵まれて、その時はいろいろあってもお友達のつながりを大事にしてきました。けれど、30歳を過ぎた頃から、そのお友達関係に変化がでてきました。自分をいつわってまでもお友達はいらない。自分を押さえてまでもお友達はいらない。お友達の顔色を伺ってまでもいらない。いい事も悪い事もひっくるめて、一緒に心からわかりあえるそんな関係を望みはじめました。去るものは追わず。来るものは選んで。結果、44歳の私に残ったお友達は3分の1に減ったけれど、かけがえのない、主人の次に心を許せる関係です。少なくても、中身濃いおつきあいです。10代の頃からのお友達が大半を占めます。同じ学校を出て、ということは、育つ環境も似ているからなんでしょうね。なんとも言えない安心感と、開放感と。癒しのひとときを過ごせます。もちろん、最近知り合った素敵な方々もいます。人を見る事ができるようになると、直感でわかるもので。。お友達は宝。 お友達に話をしている時は、自分自身にも話しているのと同じ。だから、自分にも言い聞かせられる。自分の見えなくなっている部分も、その会話の中で、不思議と明らかになってくる。だから、何年会っていなくても、会った時には話し続けます。私はこの先もまた宝が増えていくのでしょう。若い時とはまた違ったお友達。私にとって、お友達は宝です。地位、名誉、そんな肩書きのない裸の付き合いができるお友達。幸せ。つくづく思う。人生、生きていれば日々いろいろなことがあるけれど、人に話せる事。とっても幸せ。巡り逢いと、縁に心から感謝です。
50)今月は法事が重なって、毎週法事でいろいろなお寺を廻る事になる。宗派も違えば御住職のあり方も違ってくる。今日は主人の祖母の13回忌。都内の「保元寺」の御住職。ここのお経は最近では珍しいくらい長い。そして説法も身にしみる話で涙が込み上げてくるものが有る。そもそも、先祖代々のお寺と分家の新しいおつきあいのお寺との差なのかも知れないけれど。明治生れの祖母の時代背景から家系まで。ちょっとひとことではさらっと語れない何かを感じ取った私です。このようなおつきあいのお寺がこれからは少なくなるのであろう。旦那さんとは別のお墓に入りたいとか、家族の中でも法事をしなかったり。そもそも親戚のお付き合いが少なくなっているし、少子化でもっと機会がなくなるのだから。いずれ、このような集まりもなくなってくるのかと思おうと、大事なものがみんななくなることに寂しさも加わります。「家」の崩壊が多い現代ではなおさら。「家」って素晴らしい。つながりって素晴らしい。ビジネス化しているお葬式はちょっといただけないけれど、なんていうのか、うまく表現できないけれど。。。いいお話を聞いた後は初心に帰るかのように、心がピュアになって、また一から始められる勇気を与えられるような。。何がいいお話か?特にない。ただ、昔話を聞いて主人の背景がわかって、あらためて、血のつながりを感じ、だから今があるのね、と思えた事。この次は主人の父上の17回忌。都内の大きな名の有るお寺。ここは。。。味もそっけもない。でも、揃う事のない3人の兄弟が会食をするのだから、それだけでも良しとしましょうか。まー。。。。私の立場での会食はちょっときついものもあるのは事実ですが、一番の若輩者。にこにこ笑ってはいはいと言っていましょうか。。。
49)占いの通りに人生なるわけでもなく、自分の人生、自分次第です。いいこと悪い事すべてが自分の姿。人に言われてやるよりも、本を読んでやるよりも、必要なことは必ずそのように導かれるもの。そのきっかけは病気かも知れないけれど、挫折かも知れないけれど、それが気付き。そしてそうしたことで踏み出す1歩は、何ものにもかえ難い宝となる。と私は思います。
48)3年まえに自宅から歩いて6分程の所に、綺麗なワンカフェができたのですが、そこの2階はメモリアルホール。そう。ペットの葬祭場。可愛い可愛いと飼っている自分のワンを連れて、どうして、そんな環境の所でお茶が、買い物ができるでしょうか?たまたま今日、そのお店の前を通ったところ、そこの店員さんが「かわいいわんちゃんですねー、お散歩ですか?お洋服も有るんですよ、見て行きませんか?」はい!などといえる分けも無く。まして、家のワンちゃんは死と向い合せの時期もあったのです。動物を可愛がっている人ならば、2階にメモリアルホールなんて作らないでしょう、せめて、ホテルとか、トリミングとか。お金儲けだけを考えてるから時にとんでもない組み合わせが生まれてくるのです。
47)あのー。私は宗教家では無いので宗教のことをあれこれ言いたくはないけれど、日本の若者諸君!大丈夫??このページの最初の方にもにせクリスチャンのこと書いたのですが、いろいろな宗教はあるけれど、それは流派のようなもので、大元はひとつなのですよ。そこの所ちゃんと理解した方がいいのでは?もしわからないのなら、古い書物でも引っぱりだしてお勉強して御覧なさい。今のあなたが見えるはず。
46)なんで?どうして?でも?。。。この言葉って、人に教えてもらう時に使う言葉ではあるけれど、やみくもに使えばいいって言うものでは無く。。。私は人に質問する場合は自分でやった後にするものだと思っている。あげ足とりのように、質問攻めで先に進まない事、こーいうことをやっている人は、上辺だけで中身、そう、身についていないし、身につかない。質問は最後。やってみないと何がわからないのかわからないはず。屁理屈的な質問を並べる人程、まっとおしていない。人に聞くのはいい事だと思うけれど、程度といものがあって、少しは自分で考えて、工夫して。。私はもっと人間の感性を養って行く方がいいと思う。これこれがいいわよ、と話せばふむふむとそれなりに質問はたくさんする割に、成果が今一つ。ちゃんとやっているのかと聞けば、書いてくれないとわからない。。いいですか。人にやってもらったものは、また、すぐに忘れます。自分で苦労して話している事をメモして納得しなければできません。頭では無くて身体に覚えさせるんです。楽をして達成できても、レベルアップは夢です。時間が無くてという人。やる気が無いだけです。一日は24時間もあるんです。過ぎてしまった時間は取り戻せないのです。運命は決まっていても、目先の時間はいくらでも変更可能です。それも運命。 45)人間は心をなくしてしまったら、ただの肉の塊。お金をなくしても、心をなくしてはだめ。正直者はばかをみると、良く言われるけれど、ばかもうまく積み重なると、肥やしにもなる。見てる人は見ています。誰にわかってもらえなくても、世界中で一人でもわかりあえる人がいれば、いいのでは?脚光を浴びる人、浴びない人。それにはきっとそれなりの理由が有るはず。すべて、意味の有る事だから。 44)世のなかには、はー。。。と思わずため息をつきたくなるような人が。。。いる。今度生まれ変わったら、私もそーなりたい。 43)銀行や公共機関へいって、気分よく帰ってくることはあまり無い私ですが。。三井銀行/溝の口支店の受付嬢は大変なものです。受付は会社の顔。私自身も受付を永年やっていて、その苦労はわかっています。ただ、にこにこ笑って座ってる役立たずの受付ではありません。何を聞かれても、キャッチボールのように快適に明確な言葉をかえす。人の顔/名前を忘れない。そして笑顔。三井銀行/溝の口支店の受付嬢はまさに、非の打所のない完璧な方でした。この支店は、、と社員の対応をいろいろ試してみてみても、、、素晴らしい。親切、丁寧、そして、無駄が無い。こーいう企業が優良企業なのです!区役所/社会保険庁。見習って!
42)ある番組でビールを飲む妊婦さんの危険性をとりあげていて。。。妊娠中にアルコールを飲んだ母体から生まれる子供は、普通よりIQが低く知能障害になるという報告。私は大笑いをしてしまったのですが。。。普通よりIQが低いくらいで知能障害だなんて、、、世の中知能障害だらけではないのか?? ついでに、食べる事がめんどくさいという若いお嬢さん。結構多いらしい。ジュースオンリーの生活で食費も浮くしダイエットになるという。こーいう人がこれから先の日本をになって行くのかと思うと、日本も暗い。世の中には食べたくても食べれない人がいるのに。ダイエットダイエットっていうけれど、そんなに痩せていることがいい事でしょうかねー。見ためはいいかも知れないけれど、、、、中身が大事。毎日きちんとした生活をしていれば太りません。太るには太る理由が有るのです。自分では気がついてないだけです。衣食住。これは大事です。 41)常識、非常識ということが良く言われますが、どこで線を引くかでかなりの差がでてくるものです。何を持って常識というのか。。。世間一般とならび、本当に今一つはっきりしない事柄です。家族の中でもこの常識と世間一般はかなりの開きがあるはず。最低限という言葉がつくと、さらにわかりずらくなる。最低限がわからないのだから。この現象は若い人だけでは無くて、70代80代にまて至ってしまうから。。。アメリカンな主人に言わせると自分が基準だと言う事なのですが???世間一般はともかく、常識というのは、いわゆるわかりきってること、その時代の普通。と私は理解します。けれど、わかりきってることがわからないんだから、常識なんて今の時代ないのかも知れない。普通は。。。である。結婚式に白を着るように、不祝儀には黒。それ以上の細かい常識は今の時代守ってる方が少ない。悲しいけれど。 まあ、それも日本と言う小さな島国の出来事。ロンドンでは結婚式に黒のドレスをはやりで着るそうだし。そう。何をかくそう、14年前。ロンドンで挙式をした私達はドレス選びの時に白より黒が多くて驚いたのです。その当時は黒が流行ったそうですが、いくらはやっていても、私の中の日本の常識が白を選びました。
40)先月末に子宮全摘出を告げられた私です。先生に言われた時は冷静に受け止めて、1年の内には手術を決めていた私ですが、ここへきて、考えが変わってきました。失うものの大きさ。手術で治すのではなくて、失うのだから。。先生や第三者の方は、さっさととって痛みから解放した方がいいと口々に言うけれど、ちゃんと役割あっての部品。そんなに簡単に無くしてしまっていいものであろうか?どーしても、っていうことなら仕方のない決断になるけれど、私の場合は私が我慢していれば問題ない程度で、その程度でとってしまう事を罪悪に思えてきたのです。女性は子宮で物を考える、というように、女性の大切な部品。女としてとか、子供がとかいうレベルの迷いは無い。医学の進歩って、この程度のレベルなのねとも思い知らされて、もっともっと研究を重ねてほしいと思う私です。それほど多くの女性が簡単に失っているのだから。
39)人の顔って、手相と同じくらいに変わるんですねー。どんなにお金があっても顔って正直だから。。心。心なのよね。心の豊かな人は何をしなくても、綺麗なんですねー。お金は欲しければ何でもして手に入るけれど、心の豊かさはそうそう簡単には手に入らないのです。毎日の生活と行動の積み重ね。美人には今さらなれないけれど、心の豊かな綺麗な女性は目標!40数年の間に何人出会ったかな?それほど少ない。。。。手相と同じように変わるもの。人間が未熟な私にはまだまだだけれど、笑顔。これはとりあえず大丈夫。。かな??
38)私は主人が大好きです。地球上の男性の中で一番です。。。この気持ちは14年間変わる事なく、それは夫婦ですから喧嘩もしますがそれはふりかけのようなものです。でも、たいていの人にこの事を話すとあきれられるか、変人のように言われるのが現実。そして、今日もふと知り合った人と、何げに会話をしていたら、「仲がいいんですねー。。考えられない」あらま。私の方が考えられませんわ。縁あって夫婦になって、好きで反対されても一緒になって、自分の選んだ人に責任持たないとねー。どんなに仲の良いお友達より私の事を理解してくれている人だから。自分の目に狂いはない!だから、これからも変人扱いされても私は胸をはって言いますよ−。誰に迷惑かけてるわけではないしね。でも。。。時には「沈黙は金」かも知れない。
37)テレビの力って。。本当に凄いと毎回感心している私です。昨夜、酢黒豆が糖尿病を防ぎ、なおかつダイエット効果!なんていうのがありまして。我が家では大豆で同じものをつくり永年愛食しているのですが、黒豆も美味しそうなんておもって、午前中スーパーへ行ったついでに乾物をのぞけば。。黒豆はすでに売り切れでした。そういえば、こうやどうふの時も、寒天の時も、にがうりの時もそうだった。けれど、この宣伝効果の弱点は長続きしないと言う事。そう。どの食品も1ヶ月もすれば、誰も手を出さない。ダイエットの文字に手をとるあなた。一度成功してもすぐに戻ってしまうあなた。継続は力なりです。最近の食材の傾向をみていると、やはり、日本人の昔ながらの食卓をにぎわせていたものが、一番健康にもよく、ということは、ふとらないのです。
36)数カ月ぶりに11歳になる甥子が遊びに来ました。塾とサッカーで忙しい日々を送っている彼。全員で身体検査もどきをして、柱に身長と体重を刻む。我が家の一行事です。しばらく見ない間にずいぶんと身長も伸びて、年内には私が一番ちびになりそうです。遊びにくるにも塾の宿題持参で。。大人5人が一緒に顔を寄せあって彼と問題をとくも、、、難しい。ほんとに小学校6年生の勉強であろうか??私は広辞苑を片手に冷や汗を流したわけです。これでは、学校の勉強で受験は乗り切れないわけですね。彼の名前は画数の多い漢字が5文字。その大事な名前がうまくかけていないので、彼の手をじーっと見ていました。ペンのもち方がおかしいのです。2時間も熱弁を振るって、ペンのもち方と文字を書く事の大切さをレクチャーしました。話を聞いていると学校ではノートというものを今はとらないそうで。。。驚きでした。全部頭に入れるのだそうです。入ってる子はいいですがね。そこで、私は彼に一行でも良いから日記を書くよう約束をさせたわけです。うれしいこと、悲しい事、悔しい事、何でも書きなさいと。いずれ、パソコンで文字離れになってしまうのだけれど、文字は体を表わすといって、とても大事。私達の年令なら、誰でもペンダコをもってるものですから。。。難しいお勉強も大切なのでしょうが、もっと大事な荷かを省きすぎているのではないでしょうか。文字は書けない、正しい日本語は話せない、本は読まない。。。
35)少し前にカウンセラーという職業に興味を持って、心理学のスクールへちょこっと顔を出していました。そこでの教科書は一般的な教科書とあとは分厚い推薦図書でした。高い本をいわれるがままに4冊程購入いたしましたが。。。内容が。。。ページをめくっただけで鳥肌が立つような。。中でも「夜と霧」という本はアウシュビッツの事が書かれているようですが(読んでないのでわかりません)私は、何を思ったか最後の写真のページから見てしまった。!もうーだめ。モノクロ写真でも直視できませんでした。この本は教科書なので必要なことはわかっていても、私には先にすすむのがその時は全く無理でした。なんていうのかしら。避けてきたというか。。なのに、昨日は立続けにナチの戦争映画を見てしまった。wowowって、時々妙な時間に??という映画を放送するのですが。。夫には見るの?といやな顔されましたが、そろそろ心の準備も整ったのか、昨日は受け入れられました。虐殺の映像に心臓がとびでそうな思いで見ていた2本。人間っていう動物は地球上で一番残虐な動物なのではないのか?ライオンや熊はお腹がすいて襲う事が原則だとおもうのだけれど、そう、生きるために。けれど人間は、自分の欲望のために何でもやってしまう。それは何十年たっても変わらぬ習性。今も兵士は捕虜を辱め死に至らしているのだから。あんなにガンガン撃ってもまだたりないものなのか?あ−いう状況に長い時間置かれると、誰でも狂ってしまうのであろうけれど。それにしても、近代化になっても変わらないんだ。。。そろそろ読んでみようか。。 34)お役所。この組織は半永久的に変わらないのかしら?何度いっても横柄な態度。何様のつもりなんでしょうね。あなた方のお給料は誰が出しているんでしょうかねー。カウンターの後ろにはずらりと頭をさげて昼寝している職員。不愉快なので、寝るなら見えないところで寝て下さい。人が多すぎる割に、何をしているのかさっぱりわかりません。ただ印鑑を押してもらうだけなのに、なんで30分も40分もかかるんですかねー。こんな仕事のできない人は一般企業ではリストラでしょうねー。態度の悪さ、稼働率の悪さ、これって、日本の象徴でしょうか。 年金の財源がないからって国民から引き上げるばかりで、どーしてなくなったか、なんでなくなったか。天下りのおじいさんだけが得をするんですね。これからの日本人はドライですから。今までのような事には行かないでしょう。使い込みがばれてるんだから、普通ならどうなるかなんて、誰だってわかるのに。 お役所、役人。国民にとって百害あって一利なし!
33)私が子供の頃は、食事の時間にテレビを見る事等許されない事でした。父親が帰宅して唯一全員そろう夕食の時間。まー、今思い返せば楽しいひとときとは決して言えない時間だったけれど(一日の反省やら、食べ方やら。。)うまく言葉では言い現せないけれど、大人になった今は良かったんだと確信しています。今、私と同世代の家庭ではテレビをみながら、携帯メールをみながら、、のながら族が主流だそうです。親をみれば子供がわかる方式で、親が最低限のしつけをできないのですね。ひきこもりやぷち家出や。。社会のせいだと言う人が多いけれど、家庭のあり方のせいでしょう。関西のなんとか塾のおばさんが雄叫びをあげているけれど、これってあたりまえのことなのよね。親が子供にばかにされて、とことんそこにいってからSOS。大人が大人になりきれていない今、なさけない。 サラリーマンのお父さんのズボンのプレス。最近。きっちりついてる人少ないんですよ。奥様。優雅にランチ食べてる暇あったら、プレスぐらいしてかおでかけしたら?結局は、妻がわらわれるんですよ。
32)人間って、いとも簡単に洗脳されちゃうんですねー。不思議で仕方ないのですが。うーん。自分をそっくり捧げてしまう。その団体のトップの人は、そんな事に力を発揮しないで、もっと世の中のためになる事を洗脳してくれたら、どんなにいいでしょうか。やはり、人間は悪い方に流されやすいと言う事でしょうか。。
31)このところ、「自己責任」と言う言葉が世間をかけめぐっていますが。。ひとくちに自己責任といってもそれぞれいろいろな人の中では価値観も違うでしょう。一連の人質事件で被害者のはずの彼等が、帰国後は犯罪者扱い。確かに、無責任な正義感だけの行動と言う点ではもう少し、大人になりなさい。といいたいけれど、その後の世間の反応はあまりにレベルが低いと思えてなりません。中傷パッシングをそれだけ強い言葉であらわすならば、なぜ、言っている本人の名前を明かさないのか?これって、ただのいじめでしょう。自分の意見が正当と思うのならば、堂々と意見を述べれば良いのです。まして相手がはっきりしているのだから。それこそ「自己責任」。自分の発言に責任をもって頂きたいです。そして、誰でも良い事のように思っている、ボランティア。もう少しこの際考えませんか?ボランティアはそれなりにゆとりがなければできない事で、誰かの援助を受けながらするのはボランティアではないのです。正義と善意。イコールではないと私は思います。
30)生きる権利。この世にいる人すべてにあるもので、たとえ、親子でも決定権のない事であると思うのですが。私の父が余命宣告を受けました。心臓の大手術が必要でしなければ2年。年令は今年75歳。他に肺気腫が悪化している。本人の頭にはすれば元気になり、しなければ2年の命とインプットされ、その方程式は誰がなんと言っても変わらない状況のなか、選択をせまられています。私はこの話を聞いた時から、手術は反対派。今現在は自由に好きな事ができる状況にいて、何も75歳になって、延命処置の承諾書が必要な手術をしなくても。。。と思うのです。仮に、手術が成功しても、今以上の生活は保証されていないのだから。ポリープができて、切り取れば元気になるのとは分けが違う。けれど、妹は本人が手術がしたいのであれば、本人の意見を尊重すべきと反論し、その上で、帰らぬ人になるのは仕方がないし、無理矢理手術を止めさせて、のちのちあの時していれば、、と恨まれるのはとても娘として辛いと言う意見である。この平行線の子供サイドの意見の隣。本人は、いたって気楽なもので、すぐにでも手術をして、5月の庭の手入れを愉しみにしている。この、トライアングルゾーン。どこか間違っていると思えてならない。そもそも。本人は自分のことをジャッジできない状況にいるのだから、本人の意見は。。。あとは、私達子供がどーあるべきかにかかってくるのではないだろうか。綺麗ごとをいってる場合ではないのす。介護の現場を肌で感じ自分の身体をぼろぼろにしてきた私は、世間でいう、親の面倒、とは時として、大いに反論が有ります。介護の状況にもよりますが、、、NOときめる決断だって時として優しさになるのでは?今元気な人に、何の保証もない手術をあなたはすすめられますか?75歳の体力の弱っている人にやりたいのならやりなさいと言えますか?私はその方がよっぽど冷淡だと思うのですが。。。介護やボランティアは心のゆとりがなければ全うできません。一時の優しさが取り返しのつかない結果となるのです。長期戦になるのなら、生活設計から介護体制までしっかり想定しなければ、、、、同じ間違えをくり返さないために。私の20年を本に書けば、ベストセラーになる自信はあるけれど、受験生の甥っ子やら、親戚の立場を考えると、今は書けないのが残念。けれど。。こーやっていろいろ心配してくれる家族がいるって言う事は、本当に幸せなことです。私なんて子供もいないし、夫のほうが先立つし、一人で何もかもしなくてはならない。ぼけてなんていられないわ。
29)お役人さんの考えてる事は、私のような一般ピープルには到底わからない事だらけではあるけれど、お役人さんの考えや意見が正しいかと言うと、それは疑問。大いに疑問。しかし、一般ピープルは立ち上がれないので、その屁理屈たっぷりのご意見に従うしかない現状。日本という国が存在している限り変わらないのであろうか。。。誰か、大きな変革を成し遂げてくれる人は出てこないのか。。。女性の立場に立って私の不満。最近は年金問題だのいろいろある中で、子供のいる人が女性のような扱い。仕事を持っている女性で子供ができる事によって補助金がおりるとかおりないとか。。。子供がいる人ってそんなにすごいの?欲しくったって、私のように恵まれない人もいるのよ。一方で、せっかく授かった子供を虐待する人もいるのよ。世の中の全女性の身体の構造が全く同じ条件のもとでの話しではないはず。ならば、できないで悩んでいる人の方へ、補助金を出すが筋ではないのでしょうか?それでもできなくて、海外で授かった子供に国籍を与えないなんてバカな法律がまかり通っていいのでしょうか?言ってる事とやってる事が、一般ピープルの私には理解できません。
28)テレビで有名デザイナーが着物のコーディネートやら、御自身のデザインした着物のショーをやっていたんだけれど、、、これだから、私は大声をあげたい!!!!!基礎!基礎ぐらい頭にいれて欲しい。色や柄だけで、組み合わせないでほしい。ファッションとして見るのなら許されることも、知らない人はこれがそうだと思ってしまうの。振りそでにコルクのぞうり。勘弁して−!!!真っ黒の振りそでに金箔のくすんだ帯にまっかな帯締め、伊達襟。黒に赤をもってくればいいというものではない。「着物だいすき」のページでものべているけれど、洋服感覚で合わせて行くと、汚く、品がなくなるのです。もうひとつ。コーディネーターと名前を出すのなら、もう少し、御自身をセンスアップしないと真似できません。
27)最近の親って子供を叱らない。電車の中でも、人込みでも。ママさんは自分のことで手一杯の御様子。でも、迷惑なのよね。うるさくはしゃぐ子供。カートにのってあっちこっち手を出す子供。私の子供時分は親が世間体を気にして?バシッっと手やらお尻をたたかれたものですがね。世間体。こればかり気にしているのもどうかと思うけれど、少しは繊細になって欲しいもの。ちょっと、ずーずーしい、図太い親が。。増えてます。
26)人が買い物している姿とか、自分が買い物している姿とか、見ているとおもしろいものがあって、よーっく観察してしまう私です。その中でも、いつも不思議に思うのがスーパーでサングラスかけている人。真っ黒の。明らかに病気以外の人です。真っ黒のサングラスをかけて、お肉やお魚、野菜、、どこ見て買っているんだろう?パッケージの説明も大事かも知れないけれど、やっぱり、鮮度ではないでしょうかねー。
25)私の憧れの女性からのメールに、見事な花を咲かせる桜の樹があるという。その桜は戦後植えられたそうな。。年代的には、主人と同じか。。桜の花の堂々たる満開の姿は、富士山の雄大さより勝るものがあるが。桜はやはり、優美な女性だろうなー。ということは、年輪を重ねていって、微動だにしないあの姿があるのだ。人間の私もあやかりたい限りである。今時は、なんの意味もなく年令を重ねて、頭の中は中学生レベルの方が多いから。。樹は寡黙。沈黙は金なり!
24)日本語は時にすばらしく情緒があって、その響きにうっとりすることもあるけれど、気分を悪くするときもある。使い方もいろいろあって、現時点でどれくらいの人が、100%確実な日本語を話せるのだろうか?英語やフランス語や中国などには、基本形がしっかりあって、綺麗汚いがわりとはっきりくべつがつくけれど、日本語は、難しい。ていねいすぎて、コーヒーにも「お」をつける人がいれば、標準語??と思うような言葉もある。私は、言葉は文化であり、生活だと思っているので、人格形成には一番重要な事だと思っている。言葉一つで生活が変わるのであるから。。。人に言われて、とーっても嫌な気分の言葉が一つあります。「ご苦労様」この言葉って、昔むかしは、殿様がけらいの人に向かって使った言葉ではなかったかな??さだかではないけれど。。何かした後にこれを言われると、なんで??といつも思うのはきっと私だけであろうな−。目上の人にいわれるのは、まだいいのだけれど、年下の子が使うと、え?っと必ず聞き返す私。私自信もこの言葉はほとんど死語のごとく使わない。「ありがとう」「お世話様」もちろん、御用聞きのひとにも、出前の人にも、「お世話様」私はそんな偉い人間ではないので、「御苦労」なんて、めっそうもございません。
23)みんなと同じで納得してしまう人が多くなってきている。それ以上を望まない。個々のルールは必要なんではないだろうか。個々のルールと世間のルールが同じではやはりそこには真実はないのだと思う。私は古いかも知れないけれど、今の殺伐とした世の中をみていると、やはり、スパイスがたりない。テレビで連日のように流れる子供の虐待と殺人。その背景をよーく見ていると、みんな同じ。こんな状況でこの先大丈夫なのだろうか。正す人も見習う人もいないのか。。
22)去るものは追わず、来るものしっかり選ぶ。自分にあった環境は自分で作る。その時に必要な人材は必ず目の前に現れてくれるので、あとは、しっかり自分の目で見極めて。。。
21)ちょっとした一言でかなり良い気分になれるもの。袖触れ合うも他生の縁。それに笑顔が加われば嫌な気分になる人等いないはず。
20)形式やスタイル、環境はもともとは人が作った物で。。いわゆる既製品。それに当てはめれば簡単だし、考える事もなくスムーズにいくけれど、なにも形式にこだわる必要はないのだと私は思う。これはいい!というものがあったら、それを取り入れるのもその人の自由。そのようにしていこうと、自分の形だってできるのです。何でも簡単に手に入る世の中だからこそ、「無から有」をあみ出してほしい。人が作る既製品。できばえはどうであれ、万人にできるのです。
19)同じような事で、人が何かをやると、それを否定し出す人がいる。そ−言う人は理屈は横綱級。私だったら。。。と必ず能書きがつく。それならば、人を批判する前に、自分でやって見せてほしい。やるかやらないか。これが大事なのだから。やることは、口でいうよりはるかに大変なのだから。できない人の強がりなのだろうか?私なら。。。まずほめる。感動する。そして、人知れず自分もすぐに始める。同じスタートラインに立ってから、御意見申し上げます。人間、経験は宝ですから。
18)「無から有がうまれる。。」人によっては、この論理があり得ないと言い切る人もいる。どんな人?楽をしてる人。想像力のない人。マイナス思考の人。結果だけを求める人。夢のない人。屁理屈屋さん。自我の強い人。口先だけの人。
17)今パソコンにしがみついている毎日を送ってみて、パソコンの私への影響を痛感し、また戦っている。パソコンに専念してしまうと、想像力が欠落して、創作ができないのである。想像力。今まであまり真剣に考えた事はなかったけれど、それはまさに「心」そのもであった。機械相手では心もすさむというわけで。。。やはり感情や暖かみのコントロールは生身の暖かさ。パソコンにはまっている子供達の行動が分かった瞬間でもある。画面で得る感動より生で感じる感動、気持ちが人を豊かにするのだと思う。
16)世の中美味しい物があふれているけれど、もう一度食べたい!と思う物が意外にも少ない。ジュネーブのレマン湖のほとりで食べたシュリンプカクテル/中国 成都で食べた坦々面/会津の山奥で食べた水そば。私はこれだけはもう一度食べたい。
15)Sベーカリーレストランで夕飯をしたのですが、、、ここはほとんどがコース料理。ここでまたまたうめき声をあげてしまう私。席に座った途端にたばこをくわえ、お料理が始まっても、一皿終わるとまた、たばこ。居酒屋でお酒飲みながらつまみを食べるのと同じ感覚のようだ。おまけに、子供連れ。こんなテーブルが一つ二つでないのだから、唸ってしまう。ここは、レストラン。食事をするところ。そ−言う人は、居酒屋行って!マナーですよ!
14)今どき、いろいろな人がいろいろな本を出しているけれど、格言にまさるものはない。昔の人は良い事いってるのです。でも、それらの本をめくっていると、言葉は違えども。。。なんてものが大半で。それらを読んで感動している人が不思議でならない。昔話だって、童話だって、哲学です。最近のおじいちゃん、おばあちゃんの言う事ではないですよ。もっともっと昔のおじいちゃん、おばあちゃんです。そう、身をもって苦労して喜びを得た人です。こんな単純な図式にお金を払って話を聴きに行く人もいる時代。気の毒。
13)お金があれば何でもできる世の中だけれど、お金で買えないものの方が、ずーっと価値がある。 12)基本的に神様はいると言い切っているけれど。。時に、神様、旅行中??なんて思う事もある。
11)今、重大な病気になったなら、私ならどうするか?寿命と思ってあきらめるだろうなー。60間近の不器用なだんな様に面倒見てくれとは言えない。手術はしたくない。薬も放射線も絶対拒否。身体が動く間にいろいろ整理をつけて、お迎えがくるまぎわに病院へ連れていってもらって、静かに旅立ちたい。旅立つことへの恐怖心はないの。心残りになるようなこともないし、しいていえば、だんな様が心配だわね。ま、私のことだから、きっと彼の背中に張り付いてると思うけれど。。 10)20代、30代の人の留学が多くなっていると言う。目的意識がはっきりしていて、計画的に留学をする、自分で仕事したお金で留学する。すばらしいことだと思うし、そーいう前向きな頑張りやさん、応援したい。けれど、今の会社が嫌だから、つらいから。。などの逃避型の留学はいかがなものか?今までの自分をリセットしたい。。。????それって、甘えじゃない?辛いこと、嫌なことから逃げても、その事実が解決できないでリセットしてしまえば、いつかまた、同じことのくり返し。夢を持つことは大事だけれど、ハードルを乗り越えましょうよ。日本で越えられないハードルを、未知の世界で越えたとしても、クリアーとはいえないのでは?
9)うーん。。。主婦のもっぱらの愚痴と言えば御主人のこと。誰かと話すと、必ずここに行き着くけれど、御主人の不満を言う前に自分はどーなの?って私は言いたい。相手の嫌いな部分を直してほしかったら、まず自分が変わらなければ人なんて変わらないと思う。それでも、人の性格を変えるのは限り無くできない、というより変わらない。けれど、考え方生き方は変えられるもの。まず、変えたいと思うのなら、自分の行動で示すこと。時間はかかります。10年20年。。。でも言い続けること、やり続けることが、ある日突然変化として目の前にあらわれるものです。我が家も現在進行形。主人に対する不満はありません。なぜなら、私は結婚して14年。大きく脱皮をしたから。 8)暇な人って、時間の使いかへたなんだと思う。一日24時間。うまく使えばいろいろできる。時は金成。この時は今だけなんだから、もっと大事に使いたい。忙しくても自分の時間って絶対作れる。作れないのはその人の姿勢の問題だと思う。私?ここまでいいきるんだから、充実しています。猫の手も借りたいくらい忙しくても、ライフスタイルは崩さない。過去はかえられないけれど、今日と明日はいくらでも変えられるから。
7)人間として大事なこと。「ありがとう」「ごめんさい」が言えることだと思う。いくら頭が良くても、この言葉が自然体で出ない人は、私は頭が良いとは言わない。学歴にこだわっている人がまだまだ多い世の中だけれど、頭の悪い人が多すぎる。
6)今時の親って。。私の家の近所には小さな子供のいる家が多いのですが、公園等の遊ぶ場所のない地域で、子供が外で遊ぶとなると、道路ということになるのです。その道路も私道で道幅も狭く家をつなぐ道です。そこで遊ぶのが悪いと言うのではないけれど、人様の迷惑になる遊びはいかがなものか。あるとき子供同士でボール遊びをしていて、そのボールが我が家のガレージの扉にしばしばあたるのです。この扉にあたると、ガレージの上にある我が家のリビングではものすごい音と振動となるのです。のんびりしている時に、こんな音を聞くと、心臓が飛出そうになるぐらいです。たまりかねた私は、子供に注意をして、その子供は遊ばなくなったのに、しばらくすると、今度は親が率先してボール遊びをはじめました。同じように注意をしにいくと、その親は、私に対して、くってかかるように子供の遊びを主張している始末。扉にボールのあとがつくと言えば、拭けばいいでしょう。。。いつ拭いてくれました?子供が遊ぶところがないのだから、仕方ないでしょう。。。迷惑だと言ってるのだから、もっと注意をするべきでは?昔からこーいったことはよくあることですが、昔の子供は、『ごめんなさい!』と必ずいってました。今は、子供も親も謝ることをしないで、自分の主張のみを通しています。また外が暖かくなったら、この親は自分は子供の為に遊んでるんだと言わんばかりに、また我が家のガレージにボールをあてながら遊ぶのでしょう。親がこんなだからいくら子供に言っても聞くはずがなく、文句を言うのもばからしくなるけれど、この音。耐えられないのよね。一言。『ごめんなさい』があればこちらの気持ちもなごむけれど、、、こんなに子供中心の世の中でいいの??親はいいこと悪いことを教えるのが義務ではないの?私と同世代のこの親。お里が知れます。
5)最近人と話をしていて、とても耳につくフレーズがあります。私はAさんが好きでAさんとおつきあいをしているのに、Aさんは、親族一同の自慢話へと発展して、どーだといわんばかりの御満悦顔。親戚一同に刑法に引っ掛かる人がたとえいたとしても、その人との関係は変わりはないのです。自分にもっと自信をもって、Aさんの自慢話なら、あくびをしながらでも最後まで聞きます。似たような件で、、、今年も来ました。子供だけの年賀状。ハッキリ言って何なの??私の御挨拶をしたいのは子供ではなくて、親なのに。面識もない、まして他人の子供。もらう方は困ります。我が家ですか?毎年夫婦揃っってお着物で愛犬を交えてのカードです。これには意味のあることで、年賀状のやり取りだけになっているお友だちに、今年も元気に生きてますよ−って証ですから。結婚した時に50枚はいるフォトアルバムを買って自宅用にファイルしてあるけれど、我が家は13歳の年齢差。何枚ファイルできるかしら??
4)ついでに、日本のお葬式。自分の母の葬儀を出して痛切に感じたこと。突然の死で何も考えられない程パニックに陥っているのに、現実に直面せざるを得ない事実。葬儀の段取りにお金。なんでこんな時にお金の交渉をしなくてはいけないの??しっかり悲しんでいられるのはお式の最中だけ。残りの大半はこの現実と向き合うのである。これはもう催しものである。イベントである。そして、お香典かえし。ハッキリ言ってかなりのショックを受けている時に、人のことまで考えられないです。そして、どこから聞き付けてくるのか、お墓のちらしと商品のカタログの山。山といえば聞こえがいいが、積み上げれば天井に届く程の数である。こーなってくると、お墓なんていらない私。ビジネスに乗りたくない私。。。。私は今後私に関わる父や夫の葬儀はしない。もちろん私自信のも。静かに心から送りたいから。イベントとしてやるなら、生前葬にします。
3)数年前、母の葬儀の祭に甥が、『私はクリスチャンなので焼香はできませんので、順番を飛ばして下さい』と私の前にきました。私は大泣きをしている最中で、彼にかえす言葉もありませんでしたが、この一言とこの場面は今も納得のいかない点です。どーしてクリスチャンは焼香できないのでしょうか?スタイルこそ違えども、神様は一人ではないのでしょうか?お世話になった人に手を合わせることもしない。それがキリストの教えでしょうか?私は仏教徒でもキリスト教徒でも何でもありませんが、日本の代表的な葬儀のスタイルはやはり仏教葬なのです。ならば、そのしきたりにのっとってお参りするのは当たり前なのではないのでしょうか?クリスチャンでない私もキリスト教の葬儀に参列し多場合は、そのしきたりに従いますけれど。。。日本に長く在日されているシスターは、聖職にありながらも、仏教葬に参列した場合は、手を合わせるとのことです。宗教のことをあれこれ言いたくはありませんが、ちょっと勘違いしている人、多くないですか?そんなことがまかりとおっている宗教なら、罰当たりだらけです。昔の宗教は生活そのものだったはず。便利な世の中になって、文明も進んで頭のいい人もたくさん出てきたけれど、なんだか、かたよってて、それを修正する人もいないなんて、この時代、いいんだか、悪いんだか。。にせクリスチャン。まだまだ私のまわりに沢山いるんです。とっても悲しいことです。
2)最近ペットブームで、ワンちゃんのお洋服やら着物がたくさん出回っています。
1)親孝行って、これがそうだと言う形はないと思う。いろいろな親子がいるように、したいこと、できることもいろいろあるんだと思う。プレゼントを贈ったり、どこかへつれて行くことが親孝行だとは私は思わない。それができるにはそれなりの関係があっての形であると思っている。親への感謝。感謝はしていてもその親が問題ならば、その親にど−やって親孝行するのか?たぶん、親が生きている間はいろいろな心の葛藤で難しいだろう。でも他界した時に、そんな迷惑な問題児の親を思い出さない人はいないのである。いいにつけ、悪いにつけ思い出となって心に、脳裏に浮かんでくる。そして、月日がたつにつれていい思い出一色となるのです。そーならなければおかしいのです。それが親子だから。この世に自分を存在させてくれたのだから。私はそれも親孝行だと思っています。生前目に見える形でするか、他界したあと目に見えない形でするか。親孝行の定義はないと思う。子供は親を選べないのだから。私は、年輩の人や親を大切にしなさいとは人には言いません。それぞれ事情があってのことだから。私自信は、目に見えなくなってから親孝行。毎日思い出して語りかけている。これは私にとっての精一杯の自然にできる親孝行。お墓参りとか、供養とか。。。思い出すこと、気にかけることが供養だと思っているから。いなくなってからでは意味がないと言う人もいます。そうでしょうか?なくなった人への思いは届いていると思いますけれど。何かをしても、いなくなってから一度も思い出さないよりずーっといいのでは? |
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